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#19 「……私たち、まだ付き合ってませんから」

 それから数度に及ぶ伊沼のファッションショーを終え、俺たちは服屋を出た。

 後ろから声をかけられたのは、そんな時のことだった。


「遊佐君、それに伊沼さん?」


 振り返ると、そこには私服に身を包んだ神楽先輩が立っていた。

 イメージ通りの可愛らしい装いなのだが、頭に被ったキャスケット帽がプライベートな印象を強めていた。


 休日に会う私服の神楽先輩、その貴重な出で立ちに俺は身震いする。


「こ、こんにちは、神楽先輩。先輩もお買い物ですか?」


「はい、そんなところです。それにしても、お休みの日に一緒にお出かけなんて、お二人とも随分と仲が良くなったんですね」


 神楽先輩は、俺と伊沼を交互に見て言う。


「買い物に付き合ってるだけですよ。こいつ、うちにホームステイしてるんで……あはは」


「そうなんですか。どうりで最近二人でいるところを見るなと思いました」


「ですです、だから俺たちが付き合ってるって噂はデマというか――」


「――本当ですか?」


 いつになく真剣な顔で、神楽先輩は俺に問いかける。その迫力もあったが、俺の心臓が今世紀最大に跳ねているのは、神楽先輩の顔があまりにも近くにあったからだった。


 やばい、やばいやばいやばい。あの神楽先輩のご尊顔が! 今、俺の目と鼻の先に……!

 俺は全身の震えを押し殺して、事実を告げようと口を開こうとする。


「ほ、本当で――」


「勇の言う通り、噂はデマです」


 俺の言葉を引き継ぐ――いや、割り込むように伊沼が声を発した。

 俺に顔を近づけたまま、神楽先輩は伊沼に視線を向ける。


 それに構うことなく、伊沼は話を続ける。


「でも、私は彼のことが好きなので、この噂を真実にするつもりです。今日だって、私はデートのつもりで来ましたから」


「遊佐君は買い物に付き合ってるだけ、って言ってますけど?」


 神楽先輩は俺から距離を取り、伊沼に応戦する姿勢を見せる。


 伊沼もまた、瞳に強い光を宿して神楽先輩と対峙する。

 なぜこんなにも物騒な空気が流れているのか、俺にはさっぱり分からない。俺がこれまで図書室で見てきた、可憐な神楽先輩はそこにはいなかった。


「それは……私たち、まだ付き合ってませんから」


「人を好きになるのは勝手ですけど、きちんと相手のことを考えられないあなたに、遊佐君は渡せませんね」


「それって……」


 何かを察した伊沼だったが、その先を言葉にすることはなかった。


「うふふっ、今日はここまでです。そうだ遊佐君、今度の受付当番の日は一人で来てください。――大事な話がありますので」


「は、はい……」


 それだけ言って、神楽先輩は雑踏に紛れてしまう。


 俺の返事は、脳を介さず反射で出たものだった。

 動揺しているのか、虚を突かれているのか、とりあえず一連のやり取りが信じられなかった。


 図書室に神楽先輩が受付の日だけ来ていることは、とっくにバレていた。でも今は、そんなことに狼狽えている余裕もなかった。


「伊沼……」


「何? 私すっごい落ち込んでるんだけど」


「そうだよな、悪い……。俺、神楽先輩の前でつい舞い上がっちゃって」


「あんたは何も悪くないわ。私が落ち込んでる理由はね、あの時ちゃんと言い返せなかった自分なの。悔しいわ、勇は私のものだって宣言できなかった……!」


 伊沼は悔しさと怒りが入り混じった様子で、拳に力がこもっている。


「そこまで好いてもらってるのは嬉しいんだけど、宣言されちゃうと他の恋が芽生えなくなりそうな――」


「いいじゃない、どうせあんたは私のこと好きになるんだから。それにライバルも消えて、一石二鳥だわ」


「そこはせめて、win-winであってほしかったな」


 ともあれ、この出来事の終結は来週にお預けだ。

 神楽先輩からの大事な話、それを少し楽しみにしている自分もいた。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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