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#17 「まぁまぁだったわね」

「あんたなんか、全然好きじゃないんだからね!」


「――おもしれぇ女……」


 恋の常を知るという名目で、恋愛映画を観ようという話になったのだが……


「うるせぇ口だな……」


「んっ……」


 これは拷問か何かか? 彼女がいたことのない俺だが、キスをこんな風にしないことだけは分かる。恋愛真っ只中の今なら、何かしら共感のしようがあるかとも思ったが、どうやら見当違いだったようだ。

 ……まぁ、人気の少女漫画を実写化したということなので、全国の恋する乙女には刺さっているのだろう。


 俺は横に目を向け、伊沼の様子を窺う。

 伊沼も悪魔とはいえ、現代の女の子だ。彼女もこの手のシチュエーションに憧れたりするのだろうか。


「(きゃ、きゃあ……! こ、こんなのって……!)」


 口元を両手で覆い、目をぱちくりとさせる伊沼。彼女は画面の世界に釘づけになっていた。

 満足げな伊沼に感想を求められても厄介だ。俺も視線を前に戻し、残りの展開を刻みつけることにした。


 しかし、その努力は徒労に終わる。


「まぁまぁだったわね」


 劇場から出て、伊沼は開口一番そう言い放った。


 待て待て冗談だろ?! 観てた時はあんなにはしゃいでたのに! ……きっと伊沼の”まぁまぁ”は、世間で言う”最高”と同じ意味なのだ。そうじゃなきゃ説明がつかない。まったく、伊沼も素直じゃないな。


「いやぁ、そうだな! 俺もすごい面白いと思ったよ」


「……あんた正気?」


「いえ、正直言って全然面白くなかったです」


 訝し気に目を細められ、俺は早々に白状する。

 ……あれ? おかしいな。ひょっとして伊沼もこの映画はお気に召さなかったのか?


「伊沼も、微妙って感じだったのか?」


「最初にまぁまぁだって言ったじゃない」


 誰がそれを信じられるか! 俺は見たんだからな、お前が楽しんでる現場を!


「それにしては、『きゃ、きゃあ……!』とか言ってはしゃいでたよな」


「なっ……! あんた、映画に集中しなさいよ!」


「なんていうか、伊沼はこれを楽しんでるのかなって気になって」


「不覚だわ……。私、だらしない顔してなかったかしら……」


「いつもと変わらなかったぞ」


 俺がそう言うと、伊沼はぐいっと俺に詰め寄ってくる。

 これが映画なら、キスシーンになってもおかしくないほどの近さだ。


 伊沼の吐息と俺の吐息が、空気に溶ける前に混じり合う。


「それって……可愛いってこと?」


「なんだよいきなり……」


「いいから答えて」


 さらに顔を近づけて、伊沼は俺に問いかけてくる。どちらかが顔を動かせば、もう唇が触れる距離まで伊沼は迫っていた。


「……そうだな。いつも通り可愛かったよ」


 俺は早口でそう口にして、その勢いのまま顔を背けた。

 告白に乗せられてこんなことを言ったわけじゃない。色眼鏡で見なくとも、伊沼の容姿は恵まれたものなのだ。


 くそっ! これでまともに顔なんか見れるかよ!

 羞恥心に埋め尽くされ真っ赤になった耳に届いたのは、「そう」というため息にも似た声だった。


「勇が素直に答えてくれたお礼に、私も一つ恥ずかしいことを教えてあげるわ」


 その魅惑的な響きに釣られて、俺は伊沼の方に目をやる。

 自分の赤面した姿は見えないが、彼女の顔と鏡映しになっていると顔の火照りが訴えていた。


「さっきの映画、まぁまぁだって言ったでしょ? どうしてかって言うとね、映画の男の子より勇の方が格好いいって思ったからなの。どれだけ素敵なお話でも、私にとっての王子様はあんたしかいないって」


 真っ直ぐに伝えられた思いが、すとんと心に落ちる。

 けれど、忘れられた俺が為した功績が、また一つ大きなものになったようにも感じた。

お読みいただき、ありがとうがとうございます。

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