#11 「図書室では、お静かにお願いしますね」
今日はいつにも増してイベントが多かった。
昼の弁当もそうだが、これから俺が図書室に向かう目的もその一つだ。
放課後の廊下を滑るようにして歩き、特別棟の一角に足を踏み入れる。
入口のすぐ左手――受付カウンターに彼女は佇んでいた。
「神楽先輩、こんにちは」
「こんにちは、今日も図書室に用ですか?」
「まぁ、そんなところです」
俺は挨拶を済ませ、すっかり定位置となった入口から最も遠い席に腰かける。
それじゃあ今日も、適当な本を見繕って……。
俺は目についた本を一冊手に取り、指の引っかかりのままページを開く。
縦書きの小説を横読みで目を滑らせながら、本を読んでいる風を装う。文頭しか見ていないので内容は全く入ってこないが、そんなこと俺の目的の前では些事でしかない。
時折、視線を本より高く上げ、カウンターの方に目をやる。
――ああ、今日も神楽先輩は可愛いな。
神楽由良先輩、彼女は図書室に舞い降りた天使のようだった。一見快活な印象を抱きやすいショートヘアも、神楽先輩の可憐な顔立ちと合わさった途端、あどけなさを内包した上品な髪型となる。
上級生の彼女にこういう表現は不適切にも思えるが、守ってあげたいという欲求に駆られてたまらないのだ。
本当はもっと話がしたい。なんなら遊びにも誘いたい。でも、ここは静寂を守るべき図書室。だから俺は、図書委員長である神楽先輩が受付を担当する日限定で、ここに足繁く通っているのだ。
静かな空間で神楽先輩を見ていると、まるでこの世界に俺と先輩の二人しかいないような――
「へぇ、勇ってこういう女の子がタイプなのね」
「おわっ!」
突然、背後からの囁きが耳元をくすぐる。唇が触れた、思わずそう感じるほどの熱に動揺し、俺は椅子から転げ落ちてしまう。
「っつ……伊沼? なんでここに?」
「帰ろうとしたらあんたがいないから。矢川君に聞いたら、図書室にいるだろうって」
「……そうか」
拓斗のやつ、俺のプライベートをベラベラと……!
良かれと思ってさ、と親指を立てるお節介な顔が目に浮かぶ。
「遊佐君?」
「は、はい……!」
いつの間にか、神楽先輩が側に立っていた。
伊沼に気を取られていたからか、足音は一切聞こえなかった。
……さすが図書委員長、歩く時でさえ音を立てないよう気を使っているのか。
入退出以外で神楽先輩と会話するのは初めてで、変なところで感心していないと心臓が飛び出してきそうだった。
「図書室では、お静かにお願いしますね」
「あ、すみません……」
しかし、現実はロマンチックな展開でもなんでもなく、ただ大声を出したことを注意されて会話は終了。神楽先輩は踵を返してカウンターに戻ってしまった。
勝手な期待も相まって、俺は想像以上に気落ちしていた。
「……なんか、悪いことしちゃったわね」
「……いや、気にするな。そろそろ帰るか?」
「あんたが満足したなら、ね」
いつもなら図書室が閉まるまで居座るのだが、今日ばかりはそういう心持ちではなかった。
「ああ、満足だよ」
この日の俺は、クラスメイトに『哀愁が漂っていた』と後日心配されるほど沈んでいたらしい。
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