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ただあるだけで、見えないものを

作者: 畔木鴎

良いお年を

 遠く、遠くをぼうっと見つめている。何かに焦点を合わせるということもなく、ただひたすらに乾いた風を一身に浴びて夜を過ごしている。

 誰かを待っていると言うわけでもなく、誰かと一緒にいるというわけでもない。

 ただ、少しの間だけ干渉にひたっているのだ。


 村上春樹の小説の中で、駅のホームで道行く人や電車を眺めて過ごす主人公、というのを読んだことがある。

 彼がどうしてそうしていたのか、僕はその理由を思い出せはしないけれど、きっと特別な時間だったのだろう。


 夜遅すぎるということもない時刻。

 少なすぎるということもない人混み。

 普段、意識の外にいる人を見るだけで、その人と繋がれたような気持ちになることがある。

 もちろんそれは僕の勝手な思い込みであって、その人からしたら僕なんて赤の他人なのはわかっている。けれど、相手の服の袖を掴むぐらいは出来るんじゃないかと、勝手にそう思うのだ。


 ──みかんの皮が無造作に置かれたコタツに入って、年末の特番を見ながらウトウトと船をこぐ様子を想像してみる。

 ──付き合っている男女が手を繋いで寒空の中を歩くなか、少し見上げた夜空に足を止め、二人の距離が少しだけ縮まる様子を想像してみる。


 僅かな幸せと、喜び。空気感や表情を見て、そっと一人静かに考えてみる。

 あぁ……、僕が見ているのはきっと不幸せの中によぎった一瞬の幸福の光なのかもしれない。頭の中でみんなを動かしている僕がそう望んでいるから、結果がすべて良い方向に向かっている。そう言われてしまうと、確かにそうだ。


 僕は腰掛けたベンチに背中を預けてゆっくりと顔を上げる。なにも、嫌な事について考える必要はないんだから、そんなもの適当にほっぽりだしてしまえばいいんだ。

 好きなことだけを考えられるのなら、好きなだけ溺れてしまえばいい。きっと、冷たい夜風が夢から覚ましてくれる。微睡まどろみながら歩く夜の街は、星空のように輝いて僕を迎えてくれるだろう。


 残念ながら僕が見上げた先に月は見えなくて、冷たいホームの屋根があるだけだ。

 ぼうっと視界を滲ませると、脳裏に溢れてくるのは今日見た人たち。今日あった出来事。どれもすでに霞んでしまって、全てを覚えているわけでもないものの、どこか暖かい夢の欠片のような思い出たち。


 僕もまた、彼らに混ざるようにベンチから立ち上がった。

 普段意識しているパーソナルスペースが曖昧になる瞬間を味わっているはずなのに、どうして何も思わないんだろう。なんて、こんなくだらない事を考えているのは僕だけかもしれない。


 エスカレーターのモーター音と雑踏に耳をすませるように、僕は目をつむる。体の全てが下がっていくような感覚はあまり好きではないけれど、一日の終わりと体の疲れを知るには好ましいものであるはずだ。


 改札を抜けて帰路につく。星々の絨毯に浮かぶ月は、雲の切れ目から僕を優しく照らし出してくれる。

 満月ではないけれど、いつ見ても月光に変わりはない。不思議なものだ。きっと、僕たちもそういうものなんだろう。

 いつもが完全な調子ではないけれど、僕という存在が変わることはないように。月が変わることはない。


 なんてことを考えていたからだろうか。コンビニに入った僕の手には、月の様に見える雪見だいふくが握られていて、レジに並んで立っていた。なんでこんな寒い日に雪見だいふくを買っているのかわからないけど、それで味が変わるわけでもない。

 そう、月が変わらないように。

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