第九話 反則すぎる人たちが増えてませんか
騎士たちの突撃を、ブーリエンとダリス、そしてアンセムが受け止める。おお、三人とも押し返してる。相手が傀儡状態で、本来より少し鈍いこともあるのだろうが、サーマック公たちが襲撃に備えてつけた人材と、武門のフェーデル家の従者だけあって、皆武術と魔術の腕はかなりのものだ。
特に前二人は本当に護衛向けなのだろう、盾の扱いが旨く、よく捌いている。同じ西方の戦士であるためか、家が違うのに戦闘のやり方はよく似ていた。アンセムのほうは剣術もうまいがそれ以上に魔術がなかなか素早く、相手の攻撃をうまく阻害している。
そして後ろで攻撃魔術やこちらへの妨害魔術をかけようとしていた騎士たちに、マクセルの矢が飛ぶ。彼が得意とするのは『破魔矢』だ。弓と矢にそれぞれ魔術をかけ、弓には矢の威力を増す魔術、矢には魔術を妨害する『破魔』の術をかける。
この術は魔力的な意味での雑音を撒き散らすもので、発動すると自分自身も破壊してしまうためか一瞬しか維持できない。
そのため、武器や矢にあらかじめ発動直前状態でかけておき、相手に当たる直前に発動させる、というやり方が使われる。ただこれ凄くコツがいるのよね。
普通に矢に魔術をかけて飛ばしつつ発動ってだけでも結構難しいのだけど、破魔は特にそう。最後の呪文の一言が、早すぎても遅すぎても駄目。発動直前状態もあんまり長くは維持できないので、ついつい慌ててしまうし。
マクセルの場合は弓がかなり高級な珠宝具で、矢も普通の矢ではなく効果が高い。つがえての連射も魔術の装填も素早く、狙いも正確。さすがフェーデル家の一族、我が婚約者は結構優秀。
でも、本来の近衛騎士ならこういう弓や破魔対策の装備も備品にあるはずだし、そもそも弓も正規装備にはあるのに、どっちも持たせてもらっていないようだ。やっぱり命令してるやつ無能なのでは。
というか、近衛騎士って奇襲に使う人種じゃないよ、彼らは背後にいる貴人を守るのが仕事。矢や魔術は後ろにいかないように避けないで防具で受け止めることが染み付いてる人たちだ。
ろくに装備も渡さないで破魔矢使いを相手にさせたら、防壁や矢返しの術が効かないわけだし、そりゃ食らうわ。まして意志もおかしくなってるのだろうし。それをわざわざ奇襲に駆り出すのは、部下に主を害させようとする悪意に他ならない。汚らわしい下衆の考えね。
後ろの連中は魔術がうまく使えず、近接戦に切り替えようとしたようだが、矢傷を受けた身は更に鈍くなり、そもそも既に3対3で戦っているところに、そんなに大人数が一気に戦えるわけもない。そうしてじわじわとこちらが優勢になって、押し切りつつあった。
そうして前で戦いをやっているうちに、後ろから傭兵たちが何人かこっそり近づいてきてる。うん、姉上を舐めすぎ。呪文詠唱と共に姉上の周りに大きな魔法陣が浮かんで――。
「ぐぎゃあああああっ!」
何人もの傭兵が突然痛みに絶叫し転げ回る。姉上の背後の周辺が燃え上がっていた。これは本物の炎ではない、『幻炎』の魔術によるものだ。
実際に炎を出すのではなく、痛みを与える幻の火を生み出す。痛みだけだが、実際の炎を作り出すよりも遥かに広範囲に高速に展開できる。そうして痛みに転げる傭兵たちにヤーナルが吐き捨てる。
「幻炎か……いったん下がれ馬鹿が、そっちは後だ。欲をかくな」
うん良かった、私の体に入って腕が落ちてたらごめんなさいするところだったが、あの呪文でこの効果なら、私よりも上。ということは姉上の力が出せているということ。
なら魔術はやはり体より中身のほうが大事であったか? それとも私でも本来これくらいはできたのかな? ……修行が足りなかったな私。
魔術の効果は……使い手によって、効果範囲や持続時間、強度・抵抗のしにくさ、使ったことによる疲労、さらには見かけなども変わってくる。あとは補助に魔導具を使った場合は魔導具によっては変化することも。
とりあえず、疲労しにくいかどうかというのが魔法適性を判断する基準では一番簡単。要するに一般的に魔術の素質とは、評価基準の魔術を何回使えるか? ということなのだ。
そして範囲や持続時間とかも、これにある程度比例する。まあ回数で10倍多く唱えられるからといって、1回あたりの効果まで10倍にはならない、そっちはせいぜい2、3倍だ。
それでも一回あたりでも違いがあるうえ、もともと消費が少なければ、そのぶんをさらに効果増強や範囲増大とかに回せるわけだから、結果的には相当な差になる。
その魔法適性の基礎値は、だいたい血筋に負うところが大きいが、稀に才能ない両親から凄いのが生まれたり、その逆もあるので一概には言えない。
そして厳密には、得手不得手が偏ってる人や、素質が疲労しにくい方向にはいかない人、なぜか呪唱魔術はからっきしで他の魔術でないとだめな人……なども稀にいるそうだ。オストラントみたいな学問の国なら、その辺もう少し詳しくやるのだろう。
うちの貴族の子女であっちに留学してる学生にその手のが一人いた気がする。うちの国はまだそういう稀な才能を育成できる環境ではないのだ……。
うちの王立学園や公立学校でやってるのは、単純な手の平大の発火の魔術を何回出せるかどうか。これを魔力指数といい、才能がなく訓練もしないど素人の大人なら10がせいぜい。
才能ないけどしっかり訓練した人で30から40くらい。だいたい騎士とか貴族とかは、それなりの素質で訓練もするしで50から100あたりが多い。
魔導師免許をとるなら100以上が最低必要と言われる。それだけないと試験項目の魔術を達成できないからだ。ただ、魔導師資格の試験は結局のところ複雑で高度で多種類の魔術を、様々な状況下で応用して使えるかどうか、を問うもの。
なので、戦闘で強いとか、素早く使えるかとかは別の話である。そっちは軍内部で別に評価をやってるはずだが私は知らない。
平均的魔導師で魔力指数200が一つの目安。うちの国で最高の魔術師集団である宮廷魔術師十人ほどの平均が450、最高の人で600くらい。なお姉上は500弱。
つまりは姉上はすでに国でも指折りの領域にいる。未成年だとかなり凄い話で、歴代王族でも三指に入るらしい。たぶんそのうち600超えて歴代でも最大になるんではなかろうか。
でも魔力指数って、単純に体力あるかどうかでも変わるんで……純粋に魔法適性を表してるわけじゃあないんだけどね。体力のある騎士や戦士は魔術の技量のわりには高くなりやすい。
宮廷魔術師長は若い頃は650超えてたそうだけど、ヨボヨボの今は400ないらしいし。あの枯れ木みたいな体でそこまでいく時点で凄いから、今のあの人に全盛期の体力あったら、800超えるんじゃないかなあ?
でもまあ実際の能力として体力要素は無視できないから、魔力指数は評価基準として定着している。そして魔力指数が桁違いに上の相手には、術によっては効かないとかも出てきたりする。魔導師には一般人の魔術が効くとは限らないわけだ。
魔力指数は後天的にもある程度は伸ばすことができるものの、訓練で伸びるのは数倍までがせいぜいなので、才能のない一般人では魔導師になるのはなかなか難しい。
まあなる必要もないけど。魔導師とはあくまで資格、確かに資格があれば信用や高給を得やすく、法律面で公的な場で使っていい魔術が増える。逆にいえばそれだけでしかないしね。
どっかの国の精霊の愛し子って言われてる精霊魔術の天才が、別の手法で測って、魔力指数換算1500相当だとかいってたっけ。そういうのが何十年かにひとりの天才というやつ。
が、それはあくまで人間の基準だ。魔人やエルシィさんあたりだとどの辺なのだろうか………。
「魔人の場合はだいたい基礎体力が人間と違うからの。魔力指数を基準にするなら、人間よりかなり高くなろうて。ここでいう魔導師資格相当のはゴロゴロしておる。エルシィの場合は、あやつは向こうでも例外級だから参考にならん」
なるほど。あと、呪文は普通は速く唱えることが望ましいが一概にそうではなく、魔術によっては韻や拍子を適切にとったり、沈黙をいれないといけないものもある。
そういうのは少し難しい。そして勿論呪文をいじると効果は変わるがうかつに呪文をいじると発動しないことや、効果が変わることもある。
一般に名前が付けられているような、公表されている魔術とその構成、そして呪文というのは、だいたいよく考えられていて、失敗しにくく目的の効果を得やすいものになっているのよね。そのぶん、魔法陣を見たら何の魔術なのか読み取りやすいというのはあるけど。
さて、そうして前の戦いにも決着がついた。向こ騎士たちは死んでこそいないが、軒並み重傷を負ったようだ。手当てしないと死にそうなの哀れだが、そこで手を抜く余裕はない。
一方、こちらの前衛は……ダリスがやや大きめの傷を腕に負っているほかは大したことは無さそうだ。
ダリスはちょっと後ろに下がって止血しようとしたところで、姉上が魔術でそれを補助。傷はとりあえず塞いだが、塞いだだけだ。治療術は特殊な魔術で、効果は魔術の腕だけでなく、使い手の医者としての腕に大きく左右される。
傷や病気に対して適切な構成を選択して魔術をかけてやらないといけないのだ。その点姉上もダリスも、医術の腕は応急処置の域をでないようだ。あとでエルシィさんに見て貰ったほうが良さそう、あの人の治療術は化け物じみてる。……だからエルシィさんどこ?
「あやつは保険をかけておる」
「なんですか保険って」
保険……概念としてはわかる、うちの国だと商業者組合が先払いで荷物の運送損失補償やってたっけ、ああいう予めやっておく危険対策の仕組みよね?
「万が一のための逃げ道作りよ。そこまでするほどの相手ではないように思うが……何かあるか?」
前の戦いの間に、馬車を取り囲むように傭兵たちが散開していた。幻炎の外側からとり囲んでいる。
「仕方ねえな……所詮は傀儡か、まあ一人痛められただけマシか」
「どうしやす、隊長」
「俺が出る。お前らはそのままだ、こいつらが逃げようとしたら殺れ」
そして、ヤーナルが近づいてくる。マクセルが弓をいかけるが、うおっ、剣で矢を叩き落とした。凄い、私だと矢なんて避けるのが精一杯なのよね。いくら見るだけならゆっくりに見えても剣で斬るなんて、腕のほうが間に合わない。
「……やはり、自覚ないんじゃな(ぼそっ)」
? そしてヤーナル一人に対し、ブーリエンとアンセムが仕掛けるが……速さでヤーナルに劣るようだ、さっきと違って2人がかりなのに防戦一方になった。
ガルザスの側近ということで、一筋縄ではいかないかと思ってはいたけれど、この男、ヤーナルは相当に戦い慣れている。姉上の記憶映像のときは20代かと思ったが、こうしてみるともう少し年上かもしれない。
しばらくして、ブーリエンとアンセムが顔をしかめて少し後ろに下がる。二人とも手足から出血し、重傷ではないもののダリスと同じくらいの怪我をしたようだ……ヤーナルの顔にはまだ余裕がある。手強いね。
「降伏したほうがいいと思うがね、命だけは助かることもあるかもしれんぞ」
なんという、自分で言ってることを自分でも信じてないのが丸わかりな降伏勧告。少しは演技しようよ。
「お断りいたします」
「どうせガルザスからは逃げられねえよ。あいつは傀儡をいつでも無数に作り出せるんだ。そこの部下たちだって、あいつがその気になれば、あそこの騎士どもと同じさ。お前を守れるやつはいない」
「本当にふざけた力……。やはり、そのような男にこの国を渡すわけにはいきません。父と妹の仇は必ずや討たせていただきます」
「はは。てめえらには無理だ。たったこれだけじゃあ俺は止められねえぞ、傀儡どもやそこらのと一緒にしてもらっちゃあ困る。油断だったなあ」
哄笑しつつ剣を抜き近づいてきた。確かに一見護衛も少ない現状は隙を突かれた苦境に見えるだろう。それを意図したものだが、さて。そしていつの間にか、姉上の横にエルシィさんがいた。今までどこに行ってたの?
「エルシィ殿」
「こいつは私が引き受けるから、あんた達はお下がり」
「はい」
「――は。無理だよババアが」
一瞬で、ヤーナルが間合いを詰めてきた! いつの間にか魔術をつかって加速、さっきまでやっぱり本気じゃなかったのね。人間の限界を超える高速の突き……うわ、何とか見えるけどこれは……。
カアンッ
エルシィさんがこちらも凄いスピードで前に出て、杖を振るって、剣の先端を突いて突きを逸らし、さらにそのまま反撃する。杖がくるりと回って剣に絡みつくように……となったところでヤーナルが剣を一瞬自ら離し、体を凄い勢いで横にずらし、杖は空振りとなった。
そして離したはずの剣がふわりと自ら動いてヤーナルの手元に戻る、これはものを引き寄せる『招来』の魔術? これもいつの間に。
「てめえ…」
「若造に簡単に遅れをとるほど耄碌してないさ……だが、あんた。その術、誰に習った?」
「さあ……なっ」
ヤーナルは少し後ろに下がりつつ、小さく呪文を唱え……そして今度は非常に低い体勢になって下段からの高速の払いを繰り出す。それを少し跳躍して交わしたところに払いから信じられないほど素早く返された刃がエルシィさんの足を狙って……いこうとしたところで杖が回りながら刃の先を叩き、その方向を変える。
変わったところに杖がそのままヤーナルのほうに押し出され、ヤーナルは体を捻ってそれをかわす……そこにさらにエルシィさんの足払いが入り……そうになったところで、体が急に移動してかわす、地面を蹴れてもいないのにかわせるとは、これも何かの魔術かな? 複数の魔術を使ってたの?
「ちっ……!」
ヤーナルの動きは鋭く速い。アンセムたちも蹴散らしたし、言うだけのことはある。しかしエルシィさんのほうが一枚上手のようだ。確かエルシィさんって、体術でも槍聖と呼ばれたニクラウス将軍に勝るのよね……姉上の記憶映像で確認したけど、二人ともあの時は今のヤーナルよりさらに速かったように思う。とんでもない。
「あれだけの速さの攻撃を全部紙一重でよけて、しかも武器を狙ってあてられるなんて、凄いですねエルシィさん」
「見えておるのか?」
「え? 見るだけなら」
「…………」
変なの、集中したら実際の速さはどうあれなんでもゆっくりに見えるでしょう? ……そういやマクセルにも言われたことあったな、なんで矢や剣筋が見えてるんだって。なんでそんなこと聞くかな。みんなできるでしょそれくらい。
それでも、二人の攻防は非常に速く、他人はそこに割ってはいれない。向こうの傭兵たち徐々に包囲を詰めようとしているが、マクセル達が牽制している。姉上自身も魔術で足止めをしているが、正直ヤーナル以外は微妙っぽい。ヤーナルさえ何とかなれば問題なく切り抜けられるだろう。
ブーリエンとダリスは信じられないものを見る目でエルシィさんとヤーナルを見てる、うーん、たぶんあの二人がこれほどの使い手とは思ってなかったんだろうな。
「しかし、「八弦剣」か、こんな東の地で魔人でもないのに使い手がいようとはな」
「有名なんですか?」
「八弦剣は魔戦技の一つよ。ファスファラスでは比較的使い手の多い流派じゃが、人間では珍しい」
「魔戦技は、私はあんまりやってないですね」
「そなたは直接戦う者ではなかろうしな」
魔戦技は、魔術と武術を組み合わせた近接戦闘術の総称だ。さっきからの戦いでもアンセムたちはそれを駆使していたし、近衛騎士たちも本来なら得意だ、さっきはぎこちなかったけど。
私自身はほぼ魔術専門で、魔戦技は学園でも初級しかやってないが、騎士学級の皆は中級以上を習っていた。え? 初級すら貴族令嬢でとった人は近年他にいなくて十数年ぶりかだったって? ……護身のためよ、そうあれは必要だったの、私には。
一般的に、魔戦技は予め魔術を唱え、それを武器に載せたり、自分の体を強化して攻撃するのが基本になる。直接魔術で攻撃するのは普通はやらない。攻撃魔術は術の構築に時間がかかるから、直接戦わない後衛の仕事だ。魔戦技は前衛や護衛のための魔術の使い方である。
普通は、剣や槍、矢など武器を魔術で強化しその持続時間が続くうちに、別の魔術で高速に動いて攻撃、素早く間合いをとって呪文を唱え直し、再度高速攻撃……という、短時間で攻撃と離脱を繰り返すのが基本形。
武術としての腕に加え、いかに魔術を素早く唱え直すか、いかに魔術の強化による反動を抑える動き方や鍛え方をするか……武術だけ、魔術だけとはまた別の訓練が必要になる。
「八弦剣の使い手は、徹底的にある一つの魔術を練習する」
「一つ?」
「その一つ……八弦の術は同時に自分に八種の強化をかけるというものになる」
「複合魔術で八種ともなると、いくら自己強化とはいえ、かなり時間がかかるのでは?」
自己強化の魔術は比較的呪文が単純で短く難度も低い。そのため魔導具と併用することで、近接戦闘中でも使える程度に高速化できるのだ。
なお魔術の中で最速は聖痕魔術だが、これも問題がないわけではない。聖痕魔術は、素手で皮膚のどこかに刻まれた聖痕を触りながら発動しなくてはならない。つまり、発動時は少なくとも片手がふさがり、かつ聖痕は露出する瞬間があるので、それが隙になる。
でもどんな方式でも、八種ともなるとそれなりに時間が必要なのではないか?
「慣れぬうちは時間がかかるな。だがひたすら修行すると速くなる。もっとも、八弦剣は単純な強化を意図した戦技ではない。八種のうち、いかに使わない魔術を作り出すかが肝要じゃ」
「使わない、ですか?」
「魔術の発動には原則として呪文が必要じゃし、魔法陣も発現する場合が多かろう。それゆえに魔戦技はこれからどんな攻撃を行うか読まれやすい。構成を読み取る余裕さえない乱戦ならともかく、少人数同士だとな」
「うちの騎士たちは読まれても避けられない攻撃を行う訓練をしてましたよ。だから最初の攻撃が肝心なのだと」
魔術無しに比べると、はるかに素早く強い攻撃ができるのが魔戦技のいいところだ。呪文のあとにどういう攻撃が来るかがわかっていても、避けるのは難しいほどに。
「人間ならそれでもよいが、魔人の場合、体を壊さない範疇で出せる程度の速度では、読んでいさえすれば対応できる奴が多いからのう」
さすが魔人すごい。ああエルシィさんもそうか、あんなに動き回ってる武器を狙って叩けてるということは、速さも読み合いでも上回っているということ。
そりゃまあ、私でも見るだけならどんなに速くても見えるけど魔戦技の速さになると、体がついて行かないよ。
「ゆえに八弦剣は、いかに攻撃を読まれないようにするかに重点が置かれておる。そのために、魔術そのものはだいたい同じ魔術……八弦の術を主に使う。そして八のうち、必要な効果以外は発動後に止める」
「せっかく発動したものを止めるんですか……なぜ?」
「変化を作るためじゃな」
「変化?」
「いかに訓練しようとも、魔術の起動や準備には呪文ないし特定の身振りなどが必要であることは変わらぬ。しかし魔術を発動させないのにはそれらは必須ではない。発動を止める、ないし遅延させることは、発動に比べ遥かに速く、慣れれば相手に悟られずにできる」
「八弦剣の使い手は、八の術を八の弦とみなし、どの弦をどれだけ止めるか、弦を動かす機をいかにずらすかによって攻撃の変化を作り出す。発動させる魔術はいつも同じゆえ、相手はどんな攻撃がくるか呪文や動作を見聞きしただけでは分からぬ」
「強化を減らすほうが幻惑になって有効になることもある、という領域ですか……魔人くらい元の能力が高いと読み合いのほうがそれだけ大事なんですね」
「魔人に限らんよ。魔戦技というものは、上にいくほど、単純に盛ればいいものではなくなるしの。速く重くするだけが能に非ず。魔術の助けにより、身体能力だけではなし得ない緩急差と強弱を作り出すことに意味がある」
「八種もの強化ゆえ習熟していないうちは無駄が多く、魔術の遅さのほうが目に付くが、極めると、威と多彩さを兼ね備えた武技に至る。まあ寿命の長い魔人向けの流派じゃな。そもそも八弦の強化を人間が連発すると体力がなかなか厳しいそうじゃ」
なるほど。さて、ヤーナルとエルシィさんの攻防は、徐々にヤーナルに疲れが見えるようになってきたようだ。
「エルシィは八弦剣にも慣れておるしの。体力切れを狙った引き延ばしにかかっておるな」
八種もの複合魔術を、仮に魔導具の補助があったとしてあれだけ使えるなら、魔力指数としては三桁近くかそれ以上ありそうだけど。さすがにあれだけやってるともたないのだろう。
「エルシィさんは魔人なんですか?」
「本来は少しだけ魔人の血を引く人間、じゃな。今は……どっちにしろ制限状態ゆえ今も人間相当か」
またなんか変な背景がありそうだ…。
「あの男は魔人ならぬ人間にしてはかなりやる、ことに剣術はなかなかのもの。昨日の槍の老人より速さは遅いが、一撃の重さでは上回るし、体力も魔術も優れている。かなりの剣才じゃ」
「術の発動も速いが、まだ八弦の弾き方は未熟じゃな。変化のやり方が単調じゃ。ここはあの若さでは無理もないが、あれではリュースを見慣れているエルシィには通用せ…………ん?」
リュースって誰? と思ったが、その前に向こうに動きがあった。
「まさか、こいつを使うことになる…とは…なっ!」
手袋を捲って……聖痕魔術? この魔法陣の構成は……召喚。何を呼ぶ気? エルシィさんも何かを感じたのか、追撃を止めていったん後ろに下がった。
「なぜ下がる。召喚は発動前に潰すのが定せ……お?」
そこに。鋭く見えない何かが走った。
「くっ」
エルシィさんの右の袖先が少し裂け、血が滲んでいる。いつの間にかヤーナルの手には深緑色の柄の、白い変な形の刃をもった剣があり。彼がその剣を振るたびに、鈍い風切り音が響き、透明な何かが、エルシィさんに殺到した。
透明だけど景色が一瞬歪むこれは……『風刃』の魔術か? こんなに素早く連発できるなんて、あの剣の力?
それに対し、エルシィさんは何かの防御魔法をつぶやいた。見えない風の刃に合わせて魔法を込めた手を突き出し、衝撃を散らして威力を弱め……。杖にも同じ防御魔法が、相変わらず速い。
風の刃は、さっきの剣よりも速いうえに見えにくいのに、あれに合わせられるって凄い、たぶんうちの騎士たちじゃ最初ので斬られて終わりな人が多そう。それでもさっきとは違って、防戦気味になっている。
「……地神器が一基、颶風剣ツムガリ。なんとまあ……」
「神器なんですか、あの剣?」
「左様。ファスファラスから持ち出されたとは聞いていたが……となればこの男、オージェの関係者か。それで保険を、なるほど」
「ファスファラスの神器なんですね…地神器?」
「神器や王器は、さらに天器と地器に分かれる。天器とは妾たちのように疑似魂魄や人格、いわゆる聖霊を持つもの。地器とは、それらを持たず宝珠の性能を純粋に道具としての能力に充てて作られた珠宝具じゃ」
「ゆえに単純な性能では地器は天器よりも優れておる。使い手を補助する効率も、最大出力も高い。とはいえ、神器の最大出力なぞ、人間に引き出せるようなものでもないが……励起駆動でも行き過ぎであろうしな」
「励起駆動?」
「上位宝珠は例外を除き多段階の駆動状態を持つ。限定駆動、定常駆動、励起駆動、超過駆動……といった感じでな。今みている風刃はツムガリの限定駆動『草薙』じゃ。使い手は殆ど体力を使わんで遠距離から薙ぎ倒すことができて便利」
「励起駆動までいけば、城壁を打ち砕く爆風や竜巻を作り操ることもできる。とはいえツムガリの励起駆動以上は、常人では長く維持するのはきつかろう」
さすが神器、怖い。
「でもエルシィさんほんと凄いです、あの風刃どうやって見切ってるんですか」
『風刃』や『雷槍』は、基礎的な攻撃魔術の中ではかわしにくく強力なものの、呪文が『爆炎』や『石槍』などに比べかなり長く、射程も短い事が弱点とされる。風や雷の術で短い呪文で使えるものは、威力や射程がさらにガタ落ちになってしまう。
子供が軽く殴った程度の威力しかない『風拳』や、接触しないと使えない『紫電掌』など。しかし、これだけ離れたところから、実際に人を切れる威力のものをあの速度で連発できれば、弱点とはいえない。
「魔素の動きを読んでいるのじゃ。風刃の魔術は普通の視覚だけでは透明でも、そちらなら丸見えじゃからな。本来ツムガリの草薙は魔素の痕跡も少ないはずじゃが、あの男にはできておらん。おそらくツムガリを正式に継承したわけではないのであろう」
「魔素を見る術を戦闘中に使えるってとんでもないですよ、あれ凄く集中しないと使えないです」
「それはそなたが慣れておらんだけじゃ」
「いや、私だけじゃなくてですね、一般的にはそうですってば」
「じゃから、それは慣れておらぬ者の常識よ。確かに、脳に本来人間にはない別の感覚を刻み込まねばならんからな、慣れるのは面倒ではあるが。耳目を閉ざし魔素だけで周囲を認識する訓練をすればよい。ファスファラスの黒甲騎士団では新人訓練でやっておるような話ぞ」
「魔人の常識で語らないでください…」
「むう…まあ妾のようなモノにとっては、肉体的な慣れという感覚が今一つ分からぬところはある、許せ」
「魔人にとっては簡単なのかもしれないですけどね」
「いや、言われてみれば、魔人でもできる奴は多くはない。騎士団に入る時点で平均よりは上でないと無理か……。エルシィは例外の塊じゃしな……とはいえ、あやつは単純な戦闘では護法騎士最弱候補じゃが」
「あれで?」
「あやつは戦いではどうしても魔術主体だからのう。魔術はどれほど極めても、発動の意志から実際の発動までには時間が必要で、一瞬にはならぬ。しかし大半の護法騎士は、まばたきが隙になる程度には速い。速さを極めれば下手に魔術を使うより殴るほうが強い、道理であろ」
……道理……? 道理とはいったい? 世界が一周回って元に戻った感。極めた果ては、物理が全てを解決するの? なぜ? どうして? というか魔術無しでどうやってその速さに?
「だがいくらツムガリ相手とはいえ……ああ、なるほど。生け捕りにするつもりか。聞きたいのであろう、オージェがどうなったのかを」
「その、オージェとは?」
「オージェは、魔人の貴族で、ファスファラスでは著名な武人じゃった。何年前だったか、100年はたっておらんはずじゃが……まあそれくらいに出奔して以降行方知れずでの。あの国は、武を磨くことを奨励しておるが鎖国して久しく、戦いといえば魔物相手が大半、対人はほぼ模擬戦ばかりで実戦は機会が少ない」
「そこで奴は自分の武を試すため、島の外に出奔した。そも八弦剣は対人武術であるのに、技を模擬戦でしか発揮できぬことに不満があったようじゃな。その出奔の際に、家宝であった神器も一緒に持っていってしまい、追われることになった。だが奴は追っ手を悉く倒し、そのまま行方をくらました」
それはまた迷惑な話ですね、自分の武を試したいというなら、せめて家宝はおいていくべきでしょう。実は自信がなかったのでは?
「あのヤーナルなる男は人としては強いが、魔人であったオージェの技や神器を継ぐには未熟。今、自分自身が振るっている風刃も、自分ではろくに見えておらんし、痕跡を隠せてもおらん。つまり魔素を見る訓練もやっておらん」
「剣才はあり、八弦を弾けるということは、少しは指導を受けたのじゃろうが半端じゃ。あるいは……教えかけの弟子に不覚をとりおったかの、あの小僧」
「ナヴァさんに聞けば、そのオージェさんや剣の行方なども分かったのでは?」
「あやつにそんなことを尋ねる権限は、陛下にしかない。余人がみだりに他者の生を読むことは通常は許されておらん」
「一応死者に敬意を払ってたんですね」
「一応は余計じゃ」
「はあっ、はあっ、くそっ、なんで、刻みきれねえ……!」
「あんたが未熟なのさ。せっかくの魔剣が勿体ないね……で、それをどうやって手に入れた?」
「こいつは俺のものだ……」
「正式に継承したなら、その剣はそんな封印状態になってないさ」
「封印、だと」
「そんなことも知らないか。あいつはどんな風に死んだんだい?」
「……てめえも向こうに送ってやるよぉっ!」
「仕方ないね」
そしてエルシィさんが何かをつぶやくと、ヤーナルの周りの地面が光る。あれれ、魔法陣? そしてヤーナルの体が硬直して動かなくなる。
これはまさか……擬似的に時間を一時的に酷くゆっくりにするという『停滞』の魔術? ……第六段階の上位魔術なんて面倒なのを、いつの間に……。
「さっきから、草薙をかわしながら地面に紋を刻んで範囲化の構成を紡いでおったからの。刻紋魔術の応用よ。範囲陣を刻んだ場合、『停滞』は不完全発動でも一定の効果を持つから逃亡防止に向いておる。これも魔素が見えていれば対処できたろうにな」
「防戦してるように見せかけてただけか、格が違いますね……」
普通は呪文を唱えていると魔術の構成を示す魔法陣が術者の前に浮かび上がる。慣れれば、それを見ればどんな魔術を使おうとしているか分かるのだ。
この魔法陣は、かなり見えにくいように隠蔽することもできるのだが、それには高い技量が必要なうえ、発動も遅くなる、効果も弱くなる、ということで、戦闘の場ではなかなか難しい。
昨日マクセルたちが隠蔽しつつエルシィさんにやろうとしてたけど、完全には隠せてなかったのよね。姉上の目でうっすら見えてたくらいだし。でも今のエルシィさんのは発動の直前まで見えなかった。隠蔽の技術も私が知るよりずっと高いということなのだろう。
そして硬直したままのヤーナルの頭をエルシィさんがつかんで……。
「ふん……なるほど……」
なんだ…うごけねえ…これは……
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……俺は東のほうの小国の、貧乏騎士の家に生まれた。ガキの頃から剣については同世代で一番才能があるといわれ、それを磨いた。いずれは親の後を継いで騎士になるものだと思っていた。
だが成人もまだのうちに、両親は突然病で相次いで亡くなった。そこからはまともな伝手もなく、結局騎士になることもできなかった。俺は我流で磨いた剣を生かして、魔物狩り、そして傭兵となってその日を暮らしていた。
そしてあれは、10年近く前だったか。ネザーラントという北のほうにある小国で、傭兵として雇われたときに、客将として俺たち傭兵を率いたのが、オージェだった。
見かけはかなりの爺だったが、それでも若い俺たちより遥かにすげえ剛力で、さらに見たこともなかった奇妙な魔戦技は、下手な正規騎士たちを相手にしない強さ。何より、切り札としてとんでもない魔剣をもっていた。実は魔人だと知ったのは、だいぶ後になってからだ。
奴が率いる軍は、本人の圧倒的な強さのために、烏合の衆にも関わらず向かうところ敵なしだった。そうして、奴の下にいるときに、俺も含めた何人かが教えを請うた。
奴はそれなりの金や酒と引き換えに技を教えていた。そんなに高額でもなく、気前は良かったと言ってもいいだろう、稽古の指示は地獄だったが。
そうして、二年近くは教えてもらったか。剣だけでなく、魔戦技についてもだいたいのことはわかって、それこそ奴以外に負けねえ強さになってきたころ、だんだん師匠面して理不尽な命令をしてくるようになった。
それで鬱陶しくなって、傭兵契約を打ち切って、抜けることにした。抜ける駄賃に珠宝具か何かを頂くつもりで、酒に薬を混ぜた。その時はまだ、あそこまでやるつもりはなかった。
ああ。そして、魔がさすというのは、ああいう感じのことか。常在戦場だのなんだのうるさかった爺が、薬を混ぜた酒を飲んで、酔いつぶれている様をみて、ふと、手が動いちまった。喉を一突き、それだけだった。断末魔の声もなく奴は死に、俺はこの剣を手に入れた。
思えば、いつも戦場にいると思えという奴の教え。口でそんな事を言いながら自分ではそれができていなかった、油断した奴が悪かったのだ。
そしてその日のうちに逃げ出したが、俺がやったということは速攻でバレた。ネザーラントからは追手もきたが、みんなこの剣で切り刻んでやった。
だがまっとうな傭兵としてはやっていけなくなり、俺は裏社会の側に落ちていくことになった。顔も変え、名前も変え……その頃に出会ったのが、ガルザスだ。
元々はどこぞの王族だったというが、奴の代にはすっかり落ちぶれ、本人もそれなりに魔術の腕はたつものの、間違っても貴族様ではなかった。俺たちは比較的気があったほうで、何度か一緒に仕事をすることもあった。
そしてある国で仕事をしたとき、俺たちは組織の捨て駒にされ、捕まった。標的の貴族を事故に見せかけて殺す、その情報が漏れていた。後で、俺たちを疎んだある幹部の仕業だったことが分かった。
剣だけは隠せたが、他のものは全て押収され、魔術も封じられ、あの処刑の日がやってきた。俺の前に引っ立てられたガルザスが、首切り役人に縛り付けられ、声を封じられ、それでも叫ぼうとしたときだ。奴は何かに目覚めた。
実際奴が何に目覚めたのかは今ひとつわからない。分かるのは、奴が奇怪な、人を操る技を使えるようになったことだけだ。本人は神の祝福といったが、いや、あんな力が祝福なわけもねえ。
どっちかと言えば悪魔の力だろう。だがそれのおかげで俺たちは生き延び、さらなる力を得たのだから、それの元が神か悪魔かはどうでも良い。
そうして処刑を免れた俺たちは、陥れた幹部共に落とし前をつけさせ、ついには組織を乗っ取った。そして俺は命の恩人であるガルザスに仕えるようになった。
爺から学んだ技を自分なりに磨き、何よりこの魔剣を持つ俺に勝てるのは、それこそガルザスみたいな理不尽な力を持つやつだけだ。そう、思ってきた。
しばらくはガルザスのおかげで俺もいい思いができたが、そうして……そうだ、あいつが現れてから、何かがおかしくなった……なぜ、俺たちはこんな……大それたことを……ガルザス……。
―――――――――――――――――――――――――
「あれは何をやってるんですか?」
「記憶を読み取っているんじゃな」
「……部下に、薬で眠らされて殺されたのかい、無様だねオージェ。仮にも蒼鱗の百人隊長だった男がなんて様だ。ダイラムの一族もあれだけ犠牲を出して、これが結末ではやりきれんね。……どっちにしろ、都牟刈大刀はダイラム家の、そしてファスファラスの宝だ。見つけた以上は返してもらうよ」
そして剣をヤーナルから取り上げようとしたところで、突然エルシィさんが背後に飛ぶ。
「えっ」
直後、ヤーナルの周りに、多数の石の槍が降り注いだ。そして何本かヤーナルにも刺さりかけてる。あ、これ、停滞の魔術がとけた瞬間串刺しになるやつでは……女の声が聞こえ、ヤーナルに何かの魔術が、これは『破魔』の術? となると……
……ぐさささっ
「ぐへっ……」
停滞の魔術が弱まり、やっぱりヤーナルはそのまま串刺しに。石槍の術って、いったん生み出されて打ち出されると破魔では消えないのよね、威力が落ちるだけで。あー、喉にもぐっさり、これは死んだ、即死だわ。
「隊長っ!?」
そしていつの間にかヤーナルの側に女がいる。こいつ、ガルザスのところにいた女じゃない……味方ごと攻撃したの? そして女はヤーナルの屍から魔剣を取り上げた。後ろの傭兵たちが問いかける。
「あんたは、ガルザスの」
「リディア…様…なぜ…」
「捕まりかけるような無能は必要ない。おまえ達も」
腕を振ったら後ろの連中が吹っ飛んだ。うわ酷い。姉上のほうにも何か来たようだけど……そっちはエルシィさんが防御したみたい。
あれ? 今ぶっ飛ばした魔術の呪文は? 魔法陣は? 今のは『衝風』だと思うけど、風の範囲攻撃魔術よね、それなりに呪文いるでしょ、いつ唱えたの?
「リディア…!?」
「……ん? アンセム? …そっちについてるのか。そういえばこの辺の貴族の従者になっていたのだったな。運がなかったな」
姉上が女を見ながらアンセムに尋ねる。
「あの女はガルザスの側近のひとりと思われますが、知り合いですか?」
「はい、あいつは……僕の遠い親戚で、一族の中で最も凄い才能があるやつで……ご先祖様の再来って言われてた魔術の天才です。でも、どうして」
「あんな一族なんてもうどうでもいい。貴様のような無能の親類扱いされるのも面倒だ。そうだな、この国の件がカタがついたら一族も潰すか」
女……リディアが魔剣をこちらに向けた。
『認証可能人材確認・地神器・都牟刈大刀・起動・仮登録……承認』
「? 今のは?」
「聞こえたか、ツムガリがあの女を一時的な使い手として認めたのじゃ。今のは同じ神器である妾にしか聞こえんはずだが、そなたにも伝わってしまったかの」
「登録とはどういうことでしょうか」
「本来は、上位宝珠を励起駆動以上で動かすには、正式な使い手としての登録が必要じゃ。ファスファラスの貴族たちにはやり方が伝わっておるが、ヤーナルは知らなかったのであろうな。未登録の封印状態で使っておった」
「しかし正式な手法を知らずとも、適性が非常に高いと、宝珠側が認めれば仮登録ができる。こうなると励起駆動までは発動できるようになる」
「じゃあ、あの女は」
「適性が高い、いや高いなどという段階ではないぞこれは。そうか、そういうことか、くくく」
「勝手に納得してないで説明をお願いします」
「よく見ておれ」
リディアの持った剣の周りに白い霧が渦を巻いた。さっきとは明らかに重圧感が違う。
「リディア、なんで」
「ガルザスには少しばかり恩があるし、こっちについたほうがいろいろと面白いんでね。それに私はあの西海のセイレンの再来だぞ? 好き勝手やってもいいじゃないか。もうあのジジイも死んだし、私を縛るものはない。ガルザスの技だって私には効かないからね」
「先生が亡くなったの!?」
「半年前にな。私を縛ってた呪いももうないのさ。つまり、好きに全力で殺れるってことだ!」
剣を持っていないほうの片手を突き出して
「燃え尽きろ」
爆炎がこちらに向かってきて……エルシィさんが防御する。また呪文もなしに範囲攻撃魔術を……なにこれ。
「ふうん……ヤーナルの野郎が手こずるだけのことはあるのか」
いやちょっと待ちなさい、味方ごと攻撃して、味方を殺してその武器を奪う、これは非道だけどそもそも仲間意識もろくにないならまだわからなくもない。でもなんで姉上まで巻き込みそうな攻撃するの? 金庫開けたいんじゃなかったの? 防御しなかったら今のでも下手すると死ぬよ?
捕らえようとしてる奴のやり方じゃないよ……もしかしてこいつ、目的はヤーナルや魔剣のほうで、全員殺そうとしてるのは単に目撃者を消すため? いやまさかそんな。
アンセムはなんで、どうしてと動揺したまま。マクセルは姉上の前に出つつ弓を用意。ブーリエンとダスリもその隣で盾を構える。姉上はリディアをひたすら観察し、撤退する機を伺っているっぽい。猫のイーシャが姉上の方に駆け上がって、何か警戒してる。エルシィさんは、何か心底疲れたみたいな口調で呟いた。
「ひどい冗談だ……こんな縁も、因果かね」
なんだろう……これは、後悔? リディアは軽く片手を振った。こっちに何かの魔術……これは足を地面に固定する『影縫』か……あ、エルシィさん以外みんな抵抗に失敗した。
呪文無しの速さのため、姉上でも防御が間に合わなかった。……むしろエルシィさんが防御せずに抵抗できてるのはなんでだ?
「むっ……」
そして今度は呪文を唱え始めた。うわわわ、何、こんな大規模な魔法陣……なんで? これは……第七段階、攻城級の儀式魔法『神焦炎』、本来十人以上の術者が、1アウテル(約1.5時間)はかけて陣を組んで練り上げる代物。それが1人で、しかも異様に速く。
「まさか『神焦炎』!?」
さすがに姉上も驚愕してるか。慌ててマクセルが弓を射かけたが、足が固定されてて踏ん張りがきいてない状態だとつらそう。さらに矢は途中で曲がって落ちる。呪文唱えながら別の防御をやってるのか、予め使ってたのか……。
破魔矢でさえ曲げれる防御とは、かなり高度だ。そうして呪文の中断もできず、魔法陣は凄い勢いで稠密になっていく。
エルシィさんが首を降りながら杖を構える。
「はあ……みんな馬車の前に集まりな。何とかするから」
無理よ、影縫が……あれ? 解除されてる? いつの間に。そうして、皆が馬車の前に集まった。
リディアは魔術を解除されたことに一瞬訝しげな表情になったが、それはすぐに嘲笑に変わり……呪文を唱えながら、さらに魔剣を振りかぶった……上乗せするつもり?
よく見ると、目が変だ。さっきは青い瞳の普通の目だったのに、今は瞳が銀色に? もしかして……魔眼?
「あれは万象の魔眼じゃ」
「万象の魔眼?」
「あらゆる魔眼の大元、最古の魔眼。我が主達がかつてもっていた、魔術を統べる魔眼よ。あれの持ち主は、人間でも、ひとりで千の術者を超える魔術を操る権限を与えられる。見ての通り本来複数人必要な儀式魔術を個人で発動することもできるし、低位の魔術なぞ呼吸と同じように呪文なしで発動でき、殆ど疲れもせん」
「反則すぎでしょうそれ」
ほんと反則すぎる。魔力指数どんだけだ、四桁どころじゃないよね。ええと、仮に魔導師1000人以上としたら……20万……六桁以上?
いやありえない、そもそもうちの国だと魔導師免許もちって、引退した人含めても数百人だろう。一国の魔導師束ねるより遥か上の個人って何なの。
「むしろ持ち主が人間だからこそその程度なのじゃ。本来は、人が千人程度では到底足りぬ規模の天変地異、気象と惑星環境を操るための世界守護者の権能ゆえな」
えええ……。
「我が主らが放棄して以後、あの魔眼はほぼ純粋な魔人にしか発現しないんじゃがな……何故か、マシバ家の一門だと、人間と混ざっている血筋でも発現したことが何回かある。この娘もその手合いじゃな。くくく、これは確かに、ひどい冗談よの、アリス」
アリス? 誰? エルシィさんが姉上に提言する。
「一度撤退するよ、今あれと戦うのは面倒にすぎる」
「そうしたいのはやまやまですが、できますか?」
「おめでたいな。逃げられると思っているのか」
「思っているとも」
「そうか、ならせいぜい逃げてみせるんだな……冥府にな!」
いやだから、なんで殺す気満々なのよ……と、魔術が完成していた。かつて学校で理論の確認のために先生たちと生徒たちで数アウテル(約2時間)かけて発動させた『神焦炎』は、直径だけで十数マール(約10m)ほどの炎塊として発現し、炸裂後、裏山の大木数十本を燃やし尽くした。
あのときでさえ凄いと思ったものだが、いまリディアが構築した炎塊は、この短時間で、あの時の数倍大きく、上空を覆うほど。いやでかすぎでしょ。
たかが6人ほどに攻撃するためにどれだけの力を使うの、それとも万象の魔眼の使い手にとってはこれさえも普通なの? さらにリディアは同時に剣の力を発動させる。
「いいね、この魔剣。欲しかったのさ、どうせヤーナルには使いこなせなかったしな。私なら分かるぞ使い方が……こうか!」
『地神器・都牟刈大刀・励起駆動・構成『八俣大蛇』』
「向こうでじじいとヤーナルによろしく、な! ……灰は灰に。悉く燃え尽きよ『神焦炎』!」
巨大な炎塊が落ちてくると同時に、周辺に八方から竜巻が発生して、姉上たちを取り囲み逃げ場を塞ぐ。
「あああああああうそだあああああありでぃあああああっ!」
アンセムの絶望の絶叫。それを横目にエルシィさんがつぶやいた。
「Duplicate the aether code "Planes gate" call "Phase Shift"」
聞いたこともない言葉……あれ? いや、どこかで聞いた……? わからん。とにかく、炎塊が落ちてくる直前、一瞬で、視界が変わった。上下左右、全方面が星空に。足元も星空、うわちょっと何これ。馬車ごと、そんな変な空間に移動していた。
「あああああああああっ……あ?」
絶叫していたアンセムが呆けたように黙った。
「心臓に悪いですね…」
「すまないね」
「ここはどこですか?」
「世界の裏にある、空間の隙間、というべきところだね。予め作っておくことで、一時的に逃げられる。あれを普通に防御するのは今の私じゃつらい」
最初の頃いなかったのは、これのためか……。
「この後は?」
「出口も用意してある。これを持ちな」と、どこからか長い紐を取りだした。
「今から案内するから、それを離さないように。離したら世界の迷子になって帰れなくなるよ。ほれ、腰を抜かしてないで早く立ちな」
アンセムは立てなかった。猫のイーシャにぺちぺちされたがやっぱり駄目。ついにはエルシィさんに引きずられるアンセム。うーん、あれを目の当たりにしたら仕方ないか……姉上やマクセルが剛胆すぎなのだろう。
ブーリエンとダリスは、お互いに顔を見合わせ……顔にこの状況が信じられんと書いてあるが、はかったように肩を竦めると、何も言わず姉上と馬車についていく。そしてしばらくいくと、白い大きな「枠」が見えた。枠が開くと、向こうに景色が見える。出口か。
どうやら、さっきの場所から少し東の山を登ったところの、高台のようだ。下を見ると……おおう。地形変わってる。巨大な、うちの王城が全部そっくり入りそうな穴ができていて、中には灼熱しドロドロした液体がゴボゴボと沸騰。
もしかしてあれが火山からでるという溶けた石、溶岩か……初めて見た。ひええええ……攻城魔法どころじゃない、あの魔術ここまで凶悪な規模にできたのか……。
「万象の魔眼持ちが相手となると、面倒だね……」
「あれが伝説の万象の魔眼ですか?」
「ああ。威力はあの通りだ。だが向こうにも油断があったね、逃げられる余裕を作れた。そうでなかったら、今ごろは私達みんなあそこの池に溶けてるさ」
なんと酷い池。というかヤーナルたちの遺体も溶けてますよね。証拠隠滅ですか。あとはルブラン達、近衛騎士の6人も……。我が騎士たちよ、操られたままこのような死を迎えるとは、さぞ無念でしょう。せめて冥福を祈ります。私もそのうちそちらにいくはずですから…。
「近衛騎士どもは馬車に放りこんでおいたよ、急ぎだったからろくに手当てもしてないが、まだ死んではいないだろう」
「ありがとうございます」
私の祈りの行き場を返して!?
いつの間にやったんだ……。あと、エルシィさんやホノカさんのいう未熟とか油断って、それ地上の世間一般の基準じゃないですよね? 雲上の別世界と比較してませんか? さっきだって、普通なら影縫の解除すらできずにそれまででは? そして姉上が尋ねる。
「万象の魔眼については、実のところ最高位の魔眼である、としか知りません。具体的な能力については当家には伝わっていないのです。どういうものなのでしょう?」
「そうだねえ……基本的には、あの魔眼は、ひとりで千人以上の魔導師に匹敵する魔術の行使を可能にすると考えなきゃなきゃならん。そして普通の魔術ならその反対だ、通常の千分の一の以下の疲労で発動でき、第三段階以下くらいの魔法なら呪文さえ要らない……」
「あれは魔術を統べる王の眼だ。発動時は単純に魔力指数換算なら最低六桁、下手すると七桁いくかもしれないね、あくまで質じゃなくて量のほうでは、だが」
「七桁……ひゃくまん…?」
「……破格の力ですね。あのような方がそんな力を宿しているとは……」
「まあ、あの娘は私が何とかしよう……それが責任というものだろうからね……。詳しくは後で。とりあえず、早めにファディオン伯のところに向かうべきだろうね」
「そうしましょう」
「アンセム、ちょっといろいろ聞きたいことがあるから、あとでよろしく頼むよ」
マクセル、今は圧をかけるの止めてあげましょうよ……その……彼の下半身が濡れてるの気づいてるでしょう? せめて浄化させてあげて?
なにはともあれ、姉上が無事に切り抜けられのはよかったか。厄介なのが、一人は減ったと前向きに考えよう。
「しかしまあ傑作じゃな。エルシィも頭が痛かろう。陛下も奴を指名したのは意図的じゃな」
「どういうことですか?」
「あの魔眼の娘と、あとそこのアンセムか。あの2人は、人間だった頃のエルシィの子孫じゃよ」
「ええええええーっ!」
「くくくく。こんな故郷から離れた地で子孫に会ったと思ったら片方は恐怖に漏らす軟弱者で、もう片方は自分の再来を名乗る阿呆と。これは脱力ものよの。だが、これはエルシィにも製造物責任をとってもらわんといかんなあ」
「再来を名乗るって……えー、その、エルシィさんが?」
「西海のセイレンか。あの呼び名は本人は生前から嫌っておったがの」
「生前というと……」
「いろいろあってな。陛下が死に際して新たな体を与えたのが今のあやつよ」
西海のセイレン…………かつて、300年ほど前、我が国ができる100年前くらい。聖教を奉じる西方諸国が団結してファスファラス討伐に動いたことがあった。
そういうファスファラスとの戦い、通称「聖伐」はグレオ聖教創立以来、百年か二百年に一回ほど繰り返されてきて、未だファスファラスに勝ったためしはないのだけど、ことに300年前のは語りぐさになっている。
なにせ、その時西海を渡ろうとした聖伐軍は総勢10万以上、100を超える大船団だったというが、そのことごとくが、ファスファラスに辿り着くことすらなく海の藻屑になったというのだから。
それを為したのが、ファスファラスの一人の女魔術師だった、という伝説があり、それを史書は西海のセイレンなる者だと記している。眉唾ものの伝説だけど……。
「事実なんですか、その、ひとりで大軍を撃退したというのは」
「事実じゃよ。広域結界も張らずに海を渡る大船団なぞ、大規模魔術のいいカモじゃからな。船単位ならともかく海域単位の戦略魔術を防げる奴はその時の聖伐軍にはおらなんだ。その前の聖伐時にはいたのじゃが、その辺の知識や能力が世代を経ると失われる場合も多いのが人間の課題じゃの」
「まあ、別にあやつ以外でもファスファラスには似たようなことができるやつがいたが、単にあやつの担当が最初に侵攻経路とかちあったたため、そこで全部仕留めてしまっただけじゃ」
いや全部仕留められるのがおかしい。
「あやつは魔術の腕以外にも他にも色々例外の要素があっての。それで陛下が死後に護法騎士にした」
「護法騎士ってどういう方々なんですか」
「魔人王の直属の部下のうち、戦闘力ある者を護法騎士、そうでない者を護法官と呼んでおる。それぞれ数十人じゃな。魔人王は当代になってから直接の領地を放棄し、魔大公と呼ばれる魔人の貴族たちに任せた。ファスファラスもそうじゃ。今のあそこは八家の魔大公とそれに連なる貴族たちからなる元老院と、一般人を代表する議会とで指導する国となっておる」
「だが元老たちは何だかんだで純血かそれに近い魔人族が殆どで、混血が大半の議会の手には負えんでの。護法官は元老たちへの裁判官であり、護法騎士は判決を守らせるための暴力装置、というのが建前上の位置付けじゃ」
「護法騎士は我が主のような古代種や、過去の英雄を陛下が蘇らせた者、歴代の王が作り上げた人造生命などからなっていてな。エルシィはその中でも比較的新参なので、陛下には便利に使われておるの。ある意味では古参でもあるから話が早いというのもあるが」
新参なのに古参? 意味が分からない。
「まあどのみち、普段は力の大半は使えぬ。それであの魔眼と戦うのは面倒であろうの、くくくく」
悪趣味ですねー。
「なんで使えないんです?」
「陛下が禁じておる。理由は知らぬ。だいたい、陛下は配下の力をやたら制限しておって、許可無しでは実力を発揮できん。妾もそうじゃ、ゆえに退屈なのじゃ」
自分も反則の仲間だったことに気がついていないラファリア
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