表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/31

第六話 逆賊死すべし慈悲はない

 最初から気になっていたことをぶつけてみる。


「この件で、わざわざ私に色々な情報を教えてくだっているように思いますが、本来はそこまで教えてくださる必要はないと思うのです」

「そうじゃの」


 あっさりと頷く。やっぱり何かあるのか。


「…姉に取り憑く、というのも私の同意は必要ないのではありませんか。どのような境遇に送り込まれようと、私自身にはどうすることもできないですし、記録とやらはその状態でも取れるでしょう」

「確かにとれるであろうなあ」

「ですが、ナヴァさんは色々説明してくださり、私に同意を求められました。必要もないのにそうしてくださるということは、そこに何か意味がおありなのだと思うのです。それが何であるか、いささか気になります」


「うむ。まさに、そなたに幾許(いくばく)かの知識を与え、同意してもらうことが、妾たちにとって意味があるからそうしておるのよ」

「それは霊威に関わることですか?」

「それも理由の一つじゃの。教えられる範疇であれば……そうじゃなあ。そもそも今回の元凶であるところのそなたの国の叛乱か。それが今の所上手くいっておる理由が、霊威によるものであるが故」


「叛乱が成功した理由……霊威の使い手が、叛乱に関わっていると?」

「左様。ゆえにそなたが事態を理解するために予備知識が必要じゃ。効率を考えるとそれが霊威であると認識することが必要になるからの」


 なるほど。効率? 何の効率だろうか? そして私が霊威について知識をもっておくべき理由自体は、教えられる範疇ではないということか。少なくとも今のところは。


「まあ、教えていただけるぶんには正直助かりますので構いませんが‥…」

「そなたは分からぬことがあれば気楽に尋ねればよい。妾が知っており、語れる範疇であれば答えよう。状況によっては語れる範囲も増えるであろう。適度な好奇心は健全である、妾たちを作りし方々は、それを喪って消えたのじゃから」

「神器を作った人々……ですか?」


「妾たち天神器も含めた上位の宝珠を作った者たち、じゃな。人間ではないぞ。先程も少し触れたが、古代種(アルケア)、神とも魔とも呼ばれた古き者たちよ。魔導機構を作って、眷属に魔術を授けたのもその方々じゃ」

「古代種…」

「妾たちは、人がこの世界に来るよりもはるか前、この銀河を統べた古代種に作られた。彼らは個として人を遥かに超える力をもち、星々の海を駆け、数多(あまた)の世界を制覇した」


 銀河? なにそれ。星々の海? 数多の世界?


「ちょっと壮大すぎる話に…星?」

「空の彼方にある星々は、遥か遠くにある太陽がそのように見えておるものでな。それらの太陽の近くには、ここと同じように命ある者の住む世界が稀にある。まあ、本当に稀なのじゃが、元の星がそれこそ数え切れないほどあるわけじゃからして、命のある世界もまたそれなりにあるのじゃ」


 夜空の星が、あれが遠くにある太陽、他の世界だというの? 多過ぎる……。


「古代種は、そういった星々を瞬く間に渡る術をもっていた。だが、天にも地にも、神にも魔にも、永遠などは無く、かの方々の繁栄も永劫ではなかった。永き時の果て、彼らはいつしか心を磨耗させた…」


「好奇の心も、生きる喜びも失っていった。生命として在るには力を持ちすぎ、長く在りすぎたのかもしれんな。ゆえに……殆どの古代種は、この世から、消えたのよ」

「消えた……死んだということですか?」

「必ずしも死ではない。妾を作った方は、生に意味を見いだせなくなりつつあると言っていたのう。星すら砕き、あるいは創りさえする力を振るいながらも、心を保ったままに森羅万象の滅びの定めを超える術は見いだせず」


「存在の永遠に近づいた者は例外なく、心の壊れた異形になり果てた。いつしか古代種たちの多くは未来を諦め、緩やかな滅びに身を委ねるようになり……新興の種に銀河の覇権を譲って、また一柱、また一柱と消えていった」


 星を創るって……世界を作れるってこと? ほんとに神様じゃない。それなのに永遠でないの? どれだけの規模の話なんだこれ……。


「もちろん滅びを受け入れなんだ方々もいる。そうした方々こそが、先に世から消えた。世の果てを超えるためには、世に縛られてはならぬ。そうなってしまうと、下位の世にいるものでは認識できぬ」


「あるいはあの方々は今もなお、上位の世にて、滅びの先を求めているのかもしれんが、今の妾では知り得ぬ、解脱(げだつ)の果ての向こうよの」


 世に上とか下とかあるんですか。どうも死後の世界とか天国や地獄とは違うっぽいし。もうわけが分かりません。


「そして滅びを受け入れた者だけが、それぞれの星々に残った。生き残りはもう殆どおらんが、この世界にはそうして残された古代種の(すえ)が今もおるのじゃ」

「え? 今も?」

「うむ。妾の主がそうじゃな。今は魔人王陛下に仕えておるが、古代種の文明が終わり、人が来るまでの数百万の歳月、我が主ともう一柱だけが残っておった。

「すうひゃくまん……」


 すいません人間なんて100年生きれば凄いんですが。魔人でもせいぜい300年くらいでしたっけ?


「古代種の方々はだいたい億の時を生きておったからのう」


 やはり人間とは格が違った。


「まあわが主たちはこの世界でのその最後の裔よ。偉大な往年の知恵の大半を喪い、単なる墓守に成り下がっておったがの。眷属である竜人どもに(かしず)かれてはおったが、それでただ生きるだけのほか何かが出来る訳でもない。不毛な無聊(ぶりょう)を極めておったところ、ある日外の世界より人間という種がやってきた」

「人間はこの世界の外から来たのですか?」


「グレオ聖教であったか、そなたらの信じる宗教の神話にもあるじゃろ。人は故郷の楽園を失い、代わりに天使に船を与えられて新たな世界に導かれ、そこに巣くう魔や竜を打ち倒し、地上の支配を認められたと」


「これには幾許(いくばく)かの真実がある。我が主たちは……そうじゃな、力がありながら、油断した。そして人間に降伏し、北方大陸を始めとする多くの地が人間のものとなった」


「我が主たちに仕えていた眷属の竜人たちは南の大陸に追いやられた。まあ奴らも、往年の全盛期に比べると見る影もないほど衰退しておるしな」


 人間が勝った? 衰えていたとしても、それでも数百万年を生きてきたような存在に、いったいご先祖様達はどうやって勝ったの?


「そうして我が主は、自らを破った人間の末裔に仕えておる。つまりはそれが、魔人王じゃ」

「えー……つまり、魔人はやっぱりもともと人間であったと?」

「そうじゃな。魔人は人より生まれた者よ。そして人のために戦う者であったが、ある時、人と(たもと)を分かち、魔人を名乗った。その理由についてはそなたらの宗教にも少しは語られていよう」

「でも、さっきまでのお話が事実なら、私が聞いた教えとはかなり違うと思いますよ」


 教会で聞いたのは、確かこんなのだった。人は罪を犯し原初の楽園の世界を追われたが、慈悲深き神は償いの機会をくださり、天使(ジブリル)を遣わされ、世界を渡る方舟(ノア)を人間に授けた。


 天使の啓示をうけた人間の祖先たちが方舟にてこの世界にたどり着いたとき、地上を支配していた邪悪な竜や悪魔、そして彼らの王たる魔王と世界を賭けて戦うことになった、という。その戦いこそ太古の聖戦である。…たぶんこの魔王がさっきの古代種の末裔、ホノカさんの主とやらよね。


 そして戦いの中で神を裏切り、魔王に魂を売った人間も現れた。彼らが魔人であるという。聖戦は長きに渡ったが(つい)には人々は天使の加護により魔王に勝利した。


 しかし、最後に魔人の計略によって人々は天使のもたらした知恵を失った。そうして文字や記録も多くが喪われたが、その後数千年以上の時を経て大聖者グレオが地上に現れ、正しい信仰を世界に取り戻した……という話。


 そういえば、竜人や悪魔、魔王が古代種の眷属や(すえ)だったなら、神や天使は何なのだろうか? そして大聖者って何者?


「何が真実かは立場によって異なるものよ。無論妾は事実がどうであったかは知っておる。この姿になったのはその後の事であるが、天神器としてはそれ以前よりあったのじゃからな」


「妾に言えるのは、魔人の元になった者たちは、この世界に来る前は人間であり、その中でも特に戦いや過酷な環境で生きるために自らを作り替えた者であり、我が主と戦ったのはほぼ彼らであった、ということじゃな。そして我が主が敗北を認め降伏したあと、ある事情から、人間と、魔人の祖達は、(たもと)を分かった」


 あー……なんとなく、わかりましたよ。つまりこれはあれですね?


狡兎(こうと)死して走狗(そうく)煮らるる、という言葉がかつての人間にはあったそうじゃ。そして(いぬ)が素直に煮られるはずもなかった、それだけのことよ」


 当時の人間の王が誰なのか、神話に残る聖人の方々だったのか、それとも違ったのかは分かりませんが、たぶんその方々はやっちゃったんでしょうね。功績をたてすぎた、力のある人達が、勝ったあとは邪魔になったか、怖くなったんでしょう。


 そして追放したのか、戦ったのかは分からないですが、魔人の祖先は人間たちから離れ、別々の種として生きるようになった、と。


 ずきっ

 あれ……また頭痛が、なんなんだこれ。


「それがいつの話なんですか?」

「今からおよそ6000年ほど前になるかのう」

「その辺は私の知る神話と同じくらいですね」

「まあ裏切られ仲間を騙し討ちで殺された怒りのあまりに、星船を人工知性(ジブリル)ごと破壊し電子サーバーとネットワークを根刮(ねこそ)ぎ焼却したのはやり過ぎであったな、そのために人間たちは文明どころか言語さえ多くを喪い、魔人たち自身さえも苦労するはめになった。それが大空白時代の始まりじゃったか」


 ……言ってる言葉の意味はよく分からないのですが、やったことの意味はわかるように思います。要するに、知恵や力の元を破壊したんですね?


 そうであれば、大聖者グレオが現れるまでの「大空白時代」の原因は、やっぱり魔人の方々なんですね、そりゃ話もいっそうこじれるでしょうし、悪魔に魂を売ったことにされてもおかしくないでしょう。


 まあ、聖教の人らも大概だけどね。そういやこの間も、汚職だのを重ねたあげく自殺した聖者がいたって話だった、内部はきっとドロドロしてるわ。王家や貴族たちと大して変わらないんだろうなあ。ああやだやだ。  


「そうして第二世代以降の人間と魔人たちは、親の世代がやらかしたことの後始末を進めるはめになった。壊れた遺物を発見するたびに修復できないか苦慮しておったな。それとは別にこの世界への適応も進めねばならず、人間にとっても魔人にとっても、苦難の時代が続いたのじゃ」


 ご先祖のやらかしは大変ですね! よく分かる気がします。


「そして……そなたの先祖の、ほれ国の初代王の」

「王祖リオネルですね」


 噂をすればなんとやら。


「あ奴は、その時代の遺物をいくらか見いだし、それを対価に魔人王陛下と交渉したのよ。遺物の価値を見抜いたあ奴のことを、陛下は人間にしてはことのほか気に入っての。それで建国を手伝ってやることになったのじゃ」

「なるほど」

「そなたら人間の時間感覚は妾たちにとっては新鮮であった。なにしろ数百万年以上、代わり映えのない世であったからな。こうして人に近い形を知ってからは、なかなかに刺激を楽しんでおるが、人間に近づくほど感覚も近づいてきてなあ。最近では、年単位で暇があると退屈で叶わぬ。我ながら贅沢なことよ」


 その退屈さはわざと演算している、というようなこと、ナヴァさんが言ってた気がするんですが? 結局は、その退屈さえも楽しんでるんですね。


「あと、私が死んでから、少し時間がたっているんですよね?」

「そうじゃな。だいたい3日か4日ほど過ぎておる」

「それまでの間、何があったのでしょうか。といいますか、そもそも、叛乱の始まりってどのようなものだったのでしょうか?」

「この宿主が見聞きした範囲であれば再生できるぞ」


 記憶の再生……そんなことまでできるのか。そういや死者の記憶とかこの人達にはダダ漏れでした。


「さすがに普段の妾では、生死に関わらず他人の記憶を覗くなどできぬし、権限もない。今はナヴァの力でここに分け身を置いてもらえておるからこの宿主に限り可能なのじゃ」


 そういうことにしておきましょう。


「それでは、この叛乱の最初の辺りからかいつまんで見られませんか?」


 姉上って記憶力は異様にいいのよね。私も普通よりは物覚えいいほうだと思ってたりするが、姉上のそれは特技というか、何年も前の食事や天気まで覚えてるし、本や呪文なんてちょっと読んだだけで記憶してしまう。羨ましくもあれば……哀しいなと思うことも。ことにそれが、辛い記憶なら……。


「できるが、正直、一部は映像として見るのは勧めぬ」

「というと」

「妾の感性は人間とは異なるが、それでも一般的な人間がいかに思うかを予測することはできる。正直、常識的な人間では目を覆いたくなる惨状や、胸糞が悪くなる光景があると思うぞ」

「でも、それは姉上が目の当たりにしたことなんですよね?」

「そうじゃな」

「ならば、見せてください。そうでないと姉上の思いを理解しかねるかもしれませんし」


 そうして、姉上から見た叛乱の始まり、一部始終を拝見することになった……のだが。


 最初から最後までおかしい。酷い。何故そうなった? いつからそうなっていた? あれはいったい何なの? うわあ……酷い、こりゃ見るのは勧めないというわけだ……15歳の乙女が見るようなものじゃなかった……でも姉上の経験なのよねこれ。


 そして15歳の乙女が経験すべきことでもないよ……姉上に……私のオルフィに、こんなことを………この男には地獄ですら生温い報いを与えねば……。他人の目で見るからまだマシかもしれない、特にあの時にオルフィがどれほどの絶望を感じていたのか、考えるだけで怒りが。


「……これはもう、この男、殺すしかないですね」


 逆賊死すべし。それもオルフィが受けた苦しみを倍返ししなくては。


「であろうな。そなたの家族の無念は想像するに余りあろう」

「……あれが、霊威ですか」


 最初から、信じがたい光景が展開されていた。叛乱の首謀者であると思われる、20代半ばほどの、顔立ちは整っているもののどこか品のない黒髪の男。ガルザスという名のその男は、北東の隣国メルキスタンからの通商交渉の使節団の一員だった。


 そして王と使節団との会談の最中、その男はやたらキョロキョロしていたのだが、やがて突如立ち上がって……「動くな」と声を出した途端、そこにいた全員。他の使節たち、そしてさらには我が実父と姉上、護衛の近衛騎士たちまで、身動きができなくなった。


 そして男は自分こそがこの国の王になるべき血筋であることを宣言し、既に王になったかのように、周りの人間に命じ始める。皆はまるでその男こそが絶対の王であるかのように、それに従っていく。そうして、男は、父上にもこう命じた。


「おい、自害しろよ簒奪者の息子ベルトラン。できるだけ無様になあ! なあに安心しろ、この国はちゃんと俺が貰ってやるからよ!」


 余りにも酷い。それなのに父上は、なんと虚ろな眼でのろのろとその言葉に従い、護身用の短剣で自分を何度も突き刺しはじめ……。


 そしてその場で、姉上だけが動けないまま疑問と悲鳴を絶叫した。他の皆はどこか虚ろに黙って父上が血まみれになっていくのを見ていた……。


 自害しようとする父を止めようと、姉上はまともに動かぬ体ながらも呪文を唱えようとする。体の動きを止める捕縛魔術か、しかし。


「ああ? 何だてめえ、喋れるのか。おいお前あいつを黙らせろ」


 横にいた近衛騎士がその命令に従い姉上の口を塞ぎ、呪文を中断させる。


「ぐっ、ん……ぐ…」

「なんでだ? 力の効きが悪いのか? んん? おう、よく見たら上玉じゃねえか……。よし後でじっくり調べさせてもらうぜ。おい、とりあえずおまえ、その女を気絶させろ」


 そうして姉上は、護衛のはずだった従卒……私もよく知っている男に首を軽く絞められて。


「……あ……」


 父上が血まみれで倒れ付すのを見ながら、姉上は意識を失った。うわあああ……。


 ……最初からこれである。この後も酷い。姉上は魔術を阻害する魔封銀でできた首輪をつけられ、そして二人の妹の母である父の第二妃サリア様とともに、この男によって……。


 姉上と私の母である第一妃ナーキシィアは6年前に病死しているが、もし生きていたら、母もそうなったのだろうか。なっただろうな、美人だったし……。


 妹たち、ストレリティアとオーキディアの2人については姉上の視点からでは消息が分からないが、まだ四歳と二歳の幼児が捕まったとしても、そういうことはさすがにされないだろう。


 そしてその後、それでも男に従わなかった姉上は王家の機密や財宝の在処を吐くよう拷問され、それでも口を割らず。どうやら、父上が死んでも姉上を操れば問題ないと思っていたようだが、何故か姉上は完全には操ることが出来ず、男のあては外れた。


 他の王族は私も含めてだけど、秘儀については継いでないのよね……サリア様は外国出身なこともあって、そっちのほうは知らされていないことも多いだろうし。


 そして、結局姉上は、業を煮やした男によって、痛めつけられたあげくに無惨としか言いようのない姿で殺された。絶対に許さない。しかし、いや短気すぎるだろうこの男、何故殺すまでいった? 例え黙秘状態であっても、人質としての価値を考えなかったのか? しかも殺すまでが酷すぎる。


 なるほど、生き返ることができない損壊とナヴァさんが言ったのもわかる酷さ。そして姉上は悲痛な呪詛を吐きつつ亡くなり、私の体で目覚めたのだった。


 最初は混乱しつつも状況を理解し、お義父様に事情を説明。いくらかの王家の秘儀を開示し、それによって身を明らかにし、お義父様を納得させ、公には王都にいて死んだのは私のほうということにして、周りの貴族たちを招集。


 そして王都に戻ろうとしたところ、どうもメルキスタンに近い我が国の東部地域の貴族たちは、あの男の謎の力で既に籠絡されてしまっており、王家直属の中央軍は初日のうちに幹部たちが男の力に支配されて、王都はそれらによる叛乱軍……いや今や、自称正統ラグナディア王を僭称する僭王ガルザスたちに占領され封鎖されることに。


 仕方なく姉上とお義父様は、籠絡されていなかった西部の貴族や軍を糾合し、それに対抗しようとしているものの、遠方からの軍が(そろ)うには少し時間もかかるし、なにぶん未だに理解しがたい状況のため混乱は酷く、小競り合い止まりでまともに戦うに至っていない………という状態である。


 とりあえず、敵の首魁はあのガルザスという男だ。謎の力…霊威? で、周りの人間を支配することができるようだ。そして奴には、側近が3人ほどいるようで、そいつらは支配された使節団や騎士たちなどと違って普通に気安い感じで会話していた。


 ひとりは筋骨隆々の粗野な戦士っぽい男、ひとりは栗毛の短髪の勝ち気っぽい女、最後のひとりは灰色のローブにフードを被った陰気な男。うーん、どっかで見たことあるような……思い出せない。とりあえずみな20代半ばから30前くらいに見えた。少なくともこの4人が要注意人物だろう。


「……あの男のアレは、いったいどういう力なんですか?」


 魅了か支配の魔術ではあそこまでの、自害させるほどの効果はないはずだ。魔術のそれは本人が心から嫌がることはさせられないし、さらに一瞬で、同時にあれだけの人数を操るなど不可能だ。


 精神に干渉する魔術は大体呪文が長くて難しく、範囲も狭い。それに護衛の騎士だけでなく王侯貴族であれば、自己防御の魔術についてはかなり熟達している。私もそうだ。そんなに簡単に精神や体に直接影響する魔術にかかったりはしない。


 だからこそ、叛乱に対処しようとした人たちも混乱している。昨日までの味方があっさりと裏切り、あの男こそが真の王であると褒め称える……どこか棒読みで。


 精神干渉の魔術を疑うも、捕虜にはその痕跡は全く見つからず、解除もできない。いったい何が起こっているのか。事情を知らなければ疑心暗鬼も極まる話だろう。


「あれは【奪魄】の霊威。魅了と肉体の支配の異能じゃ。原理はともかく、見た目の効果は先程の映像のように、相手を魅了状態としたり、精気を奪ったり、あるいは体の支配権を奪うこともできる」


「支配権を奪われると、体が自分自身の意志よりも命令者の言うことを優先するようになる。支配された本人は夢をみているかのように現実感がなくなるというぞ。夢を見ない妾にはよく分からぬが」

「防ぐ手段はないんですか?」

「まず、あれが発動する前提としては、使い手が支配したい対象の魂魄を『視る』ことじゃ。人間があの霊威に目覚めた場合、相手の魂魄を肉体に重なる影として目で見ることができるようになるらしいが、この魂魄を認識しなければ前提を満たせぬ」


 やたらキョロキョロしていたのはそのせいか。


「どのくらいの時間見られたら駄目なんですか?」

「使い手がその気なら、一目見ればよいはずじゃ」

「あの状況じゃ無理じゃないですか」

「うむ。そして前提が満たされた場合、使い手が魂魄を認識できる限り…つまり大体見えている範囲にいればということじゃが、いつでも命令できる。命令の強制力は使い手から離れるにつれ、時間がたつにつれて薄れてはいくが、この世界内であれば数年は保つと考えてよかろう」


「耳を塞いで命令を聞かなければ大丈夫だったりは……」

「残念ながらな。必要なのは命令するという意思であって、声は関係がない。相手が理解するかどうかではないのじゃ。ゆえに魂魄ある生命であれば、耳の聞こえぬ者にも、赤子や動物に対しても効いてしまうし、本人の口を塞ぐのも意味がない」

「つまり、一度相手に見られたら終わりと?」


「まあ魔術による遠見では駄目で、本人が直接見ねばならん。遠隔視系の霊威が併発していればその限りではないが、奴はそうではない。あとは、同時に支配できる人数には限界があるゆえ、使い手が新たに別人を支配することでその人数からはみ出せば、そやつは急速に正気に戻るじゃろう」


「だがこの数は使い手次第でなあ、最大数が何千人か、あるいは何万人かはわからん。あとは魂魄を操作できる者なら対策もとれるが……大陸側の人間にはまず無理か。であれば、奪魄に狙われていると分かっておらんと抵抗する術もないかのう」

「分かっていたら抵抗できるんですか?」

「分かっていれば魔術でも防御できよう。ただ、霊威による干渉を魔術で防ぐには、汎用の防御魔法では足らんな。霊威の特性に応じて専用の防御術理を構築しなくてはならん」

「実質的に無理じゃないですか」


 普通は霊威なんてもの自体知らないよ!


「……解除は、できるんですか」

「魔術での解除も、特性がわかっていればできる。少々特殊な技能は必要じゃが……そなたの国にも解除できる力量の者はいるかもしれん。……まあ、肝心の、あれの特性がわかっている者は、我が陛下の関係者の他にはおらんであろうが」


 やっぱり無理だ。ごめんなさい父上、真っ先に叛乱軍に殺されるなんて油断しすぎと思ったけど、こんなの油断どうこうの問題じゃなかった、どうしようもない。


「ガルザス本人が死ねば容易に解除できよう。あとは、あるいは何らかの霊威の使い手であれば効きにくく、かかっても解除しやすい。ことに階梯の高い霊威もちには大体効かぬ。とはいえ常人にとっては恐ろしい力よの。過去数千年、あれの使い手はいなかったのじゃが」

「以前にもあんなのがいたのですか?」

「以前の使い手は、人ならぬ妾が言うのもなんだが、高潔な心の持ち主だったと思うぞ。私欲のために力を使う事はなかったしの。そして、以前人での使い手がいたからこそ、特性について多少わかっておるのじゃ」


 こんな力を持っていて私欲に使わないって、それ、むしろ人間離れして、ます、ね。


 ずき ずきっ

 痛い、なん だ、こ  れ。


「そやつは、二代目の魔人王でな。自分に厳しく他人に優しく、最後は皆のために自らを犠牲にし、周りの誰もがその死を惜しんだ」

「いてて……さっきのアレとは正反対の人格者ですね……」

「うむ……霊威が発現しているということは、あの男の魂には、あの娘の魂が混ざっておる可能性が高いが……なかなか不思議なものよ。前世が高潔だった反動かのう? あるいはその部分は別にいったか……まあ、魂と人格は一致しないことのほうが多いようじゃしな」

「しかし、どうしてそんな力が目覚めたのでしょうか」

「ちょっと待て……ふむ」


 ホノカさんは袖から文の束を取り出して軽く目を通した。


「あの男は元々はここの王族の血を引いておる。つまりは、魔人王の、ひいては先程の先代の使い手の血も引いておるということじゃな。そのため霊威の素質と目覚める可能性が一般人より高い」

「ああ、そういえば」


 すると私にも僅かにはその素質があるのかもしれないのか。


「あとは、奴の祖父パリスなる者がかつてこの国の王太子であったが、余りの乱行ゆえに地位を剥奪されてこの国より追放され、そして奴の親の代ですっかり没落して、奴自身は借金のかたに裏社会の使い走りのようなことをやっていたようじゃ」


「そして何年か前にある国で殺人の罪で捕まり、処刑されかけた。首を落とされようとしたその際に、偶然霊威に目覚め、難を免れたらしい」


「その力で他人を支配してひとしきり豪遊生活を送ったあと、やがて自分こそは世界に選ばれた者だと信じるようになり、祖父を追放したここの王家を逆恨みし、自分こそが王に相応しいと考えこの暴挙に至ったらしいぞ。まあ本人は霊威というものは知らず、神に授かった王者の証と思っておるようじゃが」

「なるほど……」


 確かにさっきの姉上の記憶映像でも、繰り返し、俺こそが王として神に選ばれた者だと連呼してたわ。そりゃあ、こんな力に目覚めたなら、そんな風に確信してもおかしくはない。


「あれで正しい霊威の知識や感覚があればもっと深い使い方もありえるから、まだマシかもしれんな、数こそ多いが使い方は初歩的で雑じゃ」


 あれがまだ初歩でマシなほう? 洒落になりません。


「宿主の記憶を見る限り、奴は制御法を知らんとしか思えんな、常に最大威力で使っておる。そうすると副作用も大きいのじゃがな……」

「副作用あるんですか」

「うむ。あとはそも人間の肉体の機能では魂魄の全てを認識できん。五感のどれか、主に視覚に変換する事になるが、人間はその視覚ですら優れたほうではない、変換するにもその時点でかなりの情報が欠落するからの。操作できる要素も限られるゆえ、仕方ないところはあるか」


 いろいろあるんですね……しかし、初歩的だろうと私たちにとって凶悪なのは変わらないです。こんな他人の心身を支配するなんて力……ん?


「そういえば……なんで姉上には効きが悪かったんでしょう? 他の人は言動全ておかしいのに、姉上は心は魅了されておらず、まともに動けずとも声は出せていました。これは?」

「まずそなたの姉は精神はかなり強いほうじゃし、魔法適性も高いの。それらは多少は抵抗力になる。でもそれだけではない」

「とすると……」


 そういえば、さっき、ホノカさんは、霊威の持ち主には効きにくいというようなことを言った。それなら……。


「もしかして、姉上にも何かの霊威があるのですか?」

「不完全じゃがな。あの場にいた者の中では一番素質があるから、おそらくはそれじゃろう。発現には未だに至っておらんがの。階梯の高い力は覚醒も難しい、というか、どうしたら覚醒するのかが不明確でな。ガルザスの場合は死の恐怖がきっかけであったようじゃが、単純に死にかけたら発現するとは限らん」

「階梯というのは?」

「魔術にも似た概念はある。矛盾する効果の場合、下位の魔術より、上位の魔術のほうが勝利しやすいのは知っておろう」

「そうですね」


 確かに魔術にはそういう点があり、上位の魔術と下位の魔術とで矛盾したり重複があると、原則として上位のほうが優先される。


 それに抗うには、使い手自体にかなりの力量差が必要になったり、体力を余計に消耗したり、あるいは別の術を発動して補わねばならない。


 確か、魔術には七段階あったはずだ。段階が三つ以上違えば普通は技量差があっても勝てない。ただ、上位の魔術ほど呪文が長かったり魔力消費も多かったり、繊細で失敗しやすいなどもあるので、必ずしも上位段階の魔術が有用なわけではない。


「それと同じことが霊威にもある。古代種たちは、そうした霊威の質の差を階梯と呼び分類した。霊威階梯は五つ知られており、奪魄は第二階梯か。第三階梯より上の霊威の持ち主には効きにくい。第二以下でも、霊威に覚醒しておれば、効果は落ちる」


「適切に修行すれば低い階梯でも霊的防御力を高めることはできるが、これは今は関係ないかの。そなたの姉はすくなくとも第三以上の素質があるものの、覚醒が不完全ゆえ、不完全に効いていたようじゃな」


「姉上にはどんな霊威の素質があるんですか」

「現時点では具体的には妾にはわからぬ。比較的上位であろうとは思うが、妾はそれの専門ではない」

「そうですか……つまりは、どうやってそういう力を目覚めさせればいいのかが、ナヴァさんたちの調べていることなのですね」

「そうじゃな、それも目的の一つじゃ」

「私と姉上がそれに近いところにいそう、ということなのですか?」


「霊威は霊威を呼ぶという言い伝えがあるが、具体的にどうなのかが明瞭ではない。人の身で実際に目覚めた例が少ないからの。その例も、死にかけたり激情で目覚めた例もあれば、頭を強打した後に目覚めたり、昼寝をしていて起きたら目覚めていた例まで様々でな……」


 なんじゃそりゃ、余りに一貫性がない。


「どうも古代種とは、同じ霊威でも発現に至る経過や効果が違うようなのじゃ。そこで、あの男は貴重な研究対象になりえる。そしてそなたらは血筋と双生の術式のせいもあって、比較的霊威の素質が高く、あの男と良くも悪くも「縁」を得た」


 ああ、なるほど。姉上に素質があるのはこの術式のせいでもありますか。


「その状況になったのは偶然ではあるがの。偶然であろうと、機会があるなら生かすべきだとナヴァは考えた」

「わかりました。いずれにしろ、それがあの男を倒すことにつながりそうですか?」

「そなたの姉がそれを諦めぬのであれば、そうなるであろう。エルシィが派遣されておるようじゃしな」

「エルシィ?」


「ナヴァから聞いておらんか? そなたの姉を守るために陛下が契約に基づいて派遣した護法騎士よ。先ほどの魔術での防御についても奴は陛下の部下の中で一番詳しい。次に会ったときには、易々と心身を縛られるような事はあるまいよ」

「それなら良かったです。あれは、生かしてはおけません」


 どんな理由があれ、あのような理不尽をもたらす男を、そのままにはしておけない。私が生きていれば万難を排して殺すところだが、この有り様では頑張ってください姉上、お義父様としか……。私にはここから応援することしか、できませんが……。


「でも、ですね」

「どうした?」

「今回は、王祖との契約があったからこそ、皆さんは姉上を助けているんですよね?」

「然り。そもあの男が霊威を使っていることが分かったのも、双生の契約の発動によって状況を調べたがゆえとのことじゃ。さもなくば、事態を把握するには時間がかかったかもしれぬ」


「では、それがなかったら、あの男は、そのまま放置ですか? その場合、あの男を止められる人間は、いるのでしょうか?」

「あの男がファスファラスや陛下に挑んだり、世界的に厄介になるような事に繋がらん限りは、放置じゃろうな。普通は国の一つ二つ滅ぶ程度では動かん」


「霊威が使われておることが分かれば、その記録だけはとったであろう。そして我ら以外にあの霊威を止められる人間は、いるかいないかであれば、大陸にも何人かいるが、今この国の近くにはおらん。いざ止めるとしても、相当な時間が過ぎてからであろうな」

「……わかりました」


 そうだろうなと思いました。原則として魔人王は、地上に対してはそういう立場なのですね。余り力のある方が下々に介入するのも良くないでしょうし、どうせ上位階梯の霊威とやらをお持ちでしょうから、本人らにとってはあの男も脅威じゃないんでしょう。


 やはり姉上たちに頑張ってもらうしかない……死人であることがもどかしい。

SF味はフレーバーです

やっと前提情報がそろいました

4/8 レイアウト等修正

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ