第五話 火の花は咲く時を待っています
「おお、そなたが此度の同居人か、妾はホノカという。しばしの間じゃが仲良くできるとよいな!」
「落ち着きたまえ、ホノカさん。まだ決まっているわけではない」
「んん? なんじゃまだ話が終わっておらんのか? 娘よ、名はなんという?」
「あの…はい、私はラファリアと申します。あなたは…?」
目の前の少女を見る。年の頃は一見幼い。せいぜい7つか8つくらいだろうか。奇妙な、複数の赤系統の色とりどりの布を重ね着したような服は身長より長く、後ろに少し引きずっている。
服の一番上の布は鮮やかな緋色に金糸でこれもまた奇妙な鳥のような模様が多数刺繍されていた。
そして髪と瞳も、また服に負けない鮮やかな緋色で、さらに淡く真珠のような光沢を帯びている。服装もそうだが、こんな色合いの髪や瞳は人間にはいないだろう。魔人だろうか。見た目通りの年にしては態度が大きいが……。
「妾はホノカと呼ばれておる。そうじゃなあ……そなたは大陸南西地方の出身か。されば、妾のようなモノは『聖霊』とも呼ばれておるはずよの」
……聖霊。魔導具に宿る意志……だったはず。高位の魔導具の中には、宝珠という特殊な石を使ったものがある。それを用いたものは珠宝具と呼ばれ、魔術発動補助効果が高く、さらには複数の呪文短縮に対応できたりする。
下位の宝珠ですら作れる魔工師は希少で、珠宝具であるというだけで例外なく高級品だが、中位以上の宝珠を使ったものは単なる補助以上の特殊能力や特殊な魔術などが使えるものがあり、魔導師や戦士として身を立てたい者にとっては垂涎の的だ。
そして、珠宝具の中には『王器』『神器』と呼ばれる超高級品がある。これらは発動補助できる呪文の種類が非常に多かったり、普通なら発動に複数人が必要な大規模魔術を一人でも使えるようになったり、普通の魔術にはできない特殊な効果があったり。
武具の神器であれば、所有者は一騎当千にもなりえるという。そしてそうした王器や神器の中には、人と会話することができる意志が宿っていることがあり、そうした意志を『聖霊』と呼ぶ。
ただ王器や神器級の上位宝珠は、現代の技術では作ることができないと聞いた。作れるのは僚器や将器と呼ばれる中位以下のものまでで、それでさえ高級品。
上位の王器級以上はいつ誰が作ったかも不明な、古代から伝わるものしかなく凄く貴重。まして最高位の神器となれば、大陸全土でも10あるかどうからしい。
そんな中で有名どころだと、確か北にある湖畔の国オストラントでは、建国以来の国宝として聖霊憑きの『聖盾』があって、その聖霊は建国以来の知識により大臣とも同等の扱いを受けているとか。
大陸の東を支配する煌星帝国の皇室にも、喋る『光剣』があるそうだし、グレオ聖教の教会本山にも『聖杖』があって、代々の聖王が引き継いでいるらしい。
なお、我がラグナディアには私の知る限り神器級珠宝具はない。というかそんなもの、ない国のほうが多い。
うちでも王器ならあったかな、確か王位継承の儀式に使う槍がそうだった。短めの投擲槍なのだが、呪文を唱えながら投げると、へっぴり腰でもほぼ当たる優れもの。
そしてさらに呪文を唱えると手元に戻ってくるほか、貫通力や飛距離向上の魔術を補助する能力もある優秀な武器……なんだろうけど、大昔ならばともかく今となっては王が投擲槍で戦う事態というのも困る。
本来は前線の戦士に与えるべきものよね、あれ。聖霊はいないし、普段は宝物庫に死蔵され、複製品が玉座の後ろで飾りになってたけど、もったいない。
あとあれ確か直系向けの『血継』の魔術が刻印されてたよね。あれがかかってると、登録者の祖父母や孫、兄弟くらいまで血が近くないと使えない。だからさっきの槍も功臣に下賜したりできないのだ……ダメじゃん。
ちなみに血継の魔術は実際の血縁確認用として、王侯貴族には重宝される魔術だ……本物の胤かどうかの判定って結構需要があるらしいのよね。貴族ってほんとにもう……。
王家の血継制限物は、先日までお父様が登録者だったはずだし、叛乱の首謀者が私の再従兄弟にあたるというなら、ギリギリ使えるかもしれないが、微妙なところだ。
従兄弟あたりから使えないこともある。まあ使えなかったとしても、妹たちが捕まってたりしたら登録者の変更がそっちの権限でできるかもしれないか……あの子らはまだ幼児だもの、言うことを聞かせるのは簡単だろう。
それはさておき。この子が神器聖霊? 色彩こそ変だが人間に見える。まさか人形型の珠宝具? それともこれはここ限りの幻なんだろうか。
「聖霊……なんですか? でも、その姿は?」
「聖霊であれば、本体とは別に、こうした動く分け身を作ることもできるのじゃ。力の消費が多くなるゆえ他の連中はあまりやらんがな」
「あなたやホノコさんは色々例外だからねえ……」
「どうせ妾の本来の出番などそうそうあることではないし、あればあるで困るであろう。かくも長きの無聊、多少分け身が動き回るくらいは許容してもらわんとな」
「許容しているが、やり過ぎると陛下から止められるよ。愚者のことは聞いているだろう?」
「かかか。謹慎如きであやつが悔い改めるとは思わんがの。陛下とて本気でどうこうなるとは思っておられまい、違うか隠者」
本当にこの子がそうなら、聖霊って、単なる意志じゃなくて、生きているのね。人間ではないのだろうけど、話は通じる感じがする。
「それで、同居人、ということでしたが」
「なに、基本的にはただの話相手よ。そなたもひとりで幽霊を続けるのは苦しかろうし、妾も暇つぶしになる。我が主が妾を使うのは誠に非常の時に限られておってなあ。極稀に使われたとしても、全力を出させてもらったこともない。ゆえに妾は無聊を託つこと夥しく、悠久の時を持て余しておる次第。そこに斯様な仕事を紹介されれば、ほれ食いつくもの宜なるかなというもの」
「あなたが候補になっているのは、あなたの存在が今回の状況に適しているというのが主であって、あなたが暇だとか退屈しているというのは二の次だからね?」
「目的は理解しておるよ、今更言われるまでもない」
「そもそも、あなたには本来退屈などという感情はないだろうに…………」
「ならば妾に斯様な心を与えたあやつにいうがよい、心の機構を組み込んでおいて、感情を演算するなとは無体というものではないか?」
「だが他の『天神器』の皆は、そういう無駄な感情までは演算していない者が多いわけだからね」
「人に近い心を得たなら、無駄を楽しまずなんとする。そも、天神器の中でも最も壊すことしか能のない妾に、壊さぬことを強いておるのは陛下と主らじゃ」
「あなたの力は世界への影響が大きい。理解しているだろう」
「理解しておるからこそ勝手には使っておらんではないか、力はな」
「……そうだね、力は使っていない、そこは認める」
そうして溜め息をつきながら、ナヴァさんはこちらを見た。
「このように少しばかりうるさいかもしれないが、彼女は様々な君の疑問にも答えられるであろう存在だ。魔術や霊威について解説もできる。なお、君が望むなら適宜彼女を追い出し、望む時に呼び戻すことも可能だ。その場合声に出すようにして私に話しかければ対応しよう。どうかな」
こちらとしては、特に断る意味はないように思う。どうせ隠し事とかはできる状況にないだろうし、いきなり幽霊になるといっても勝手が分からない。話し相手がいるならそのほうがマシか。
「わかりました。それでは……」
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そうして、あとは細々とした条件をナヴァさんと交渉し、ちょこまか動く幼女な同居人と一緒に、姉上の中で幽霊暮らしを始めた……のであるが。
姉上の中だといって案内されたところが、公爵家での私の寝室を再現したという見た目の場所であったため、他人の中に取り憑いているという感覚が全くない。これはこれで、いかがなものか?
というかこの幽霊の体は無駄に生前を再現し過ぎている。痛みはあるし、心臓は鼓動してるし、息もしてるし、息を止めると苦しい。
試しに肌を引っ掻いたら血も流れた、即座に治ったのは普通ではないが。あとは体温がなく、空腹や眠気を感じないあたりも普通ではないが、それくらいしか違和感がない。
そして、部屋の中の寝台の前に、黒い大きな板のようなものが浮いている。確かこれに、姉上の見ているものが映ると聞いたのだが。
「何も映っていないのですが」
「うむ?」
ホノカさんがふよふよと浮きながら答える。そう、床から少し浮いてるのだこの聖霊。地に足がついていないとはこのことか。
「ああ、宿主が寝ていれば、そうなるであろう。今は夜じゃからな」
「なるほど」
するとさっきの姉上の会議は夜にやってたのね。そういえば死んでからこちら、時間を知る手段がなかった。
「時計があったほうがよいかの」
ホノカさんはごそごそと、袖の中を弄ってぽいぽいといろんな小物を取り出し始めた。湯飲み、香炉、手鏡、手拭い…えーと…。どこに入って……いやどこかに繋がっているのか? でもここ姉上の中のはずよね? なんか怖いんですが。
「心配しなくとも実体ではないぞ。この部屋も実体ではなく、そなたに部屋のように認識できるようにしているだけの幻よ。これらの小物も妾の宝物庫の中身を複写したもの、この妾と同じく影に過ぎぬ」
聖霊が宝物庫……わけがわからない。そうしてしばらくしてうちの王宮にあったものによく似た時計が出てきた。時計って案外貴重なもので、魔術式にしろ機械式にしろ結構高い。
公爵家のほうでも屋敷に数個しかなかった。庶民なら見たことすらない人もいるかもしれない。そういう人らには、広場にある日時計や、教会が鳴らす鐘が時計の代わりである。
「これならよかろう」
「はい、わかります。ありがとうございます」
「もし外が見たければ見ることはできるぞ」
「そうなのですか」
「この地上であれば、大概の地は『遠見』できるからの。そこに投影してやろう」
そうして指を動かしながら、腕をくねくねさせ始め…その指の軌跡が光を帯びて魔法陣に……これは、身振りで呪印を作る【展印魔術】か? 呪唱魔術よりも同一効果なら呪文は短いけども、同時に精密な動作が必要なために余り使い手のいない魔術。
……なんだけど、しかし、速っ。彼女の体よりも一回り大きな規模の稠密な魔法陣が一呼吸ほどの後に出来上がった。え? どうやったのこれ、さすがに展印魔術でもこんな速くない、こんな規模の陣だと普通に描いてたら数十数えるくらいはかかるはず。
驚いてる間に、魔術が起動し、黒い画面に寝台の天蓋らしきものが映った。弱い灯火の魔術による薄明かりに照らされている感じ。
「視点はそなたの姉の目からにしておる」
「ありがとうございます……しかし、速いですね…」
「今のはやり方自体は普通の人間も使える魔術の組み合わせにすぎぬ。まあ人間がやるには問題がいくつもあるがの」
「人間には使えないんですか?」
遠見と投影自体、一人でやるには難易度が高いのは確かだけど。
「このような仮想空間に関する知識があると仮定すれば、使えなくはないが、時間がかかる。さっきの妾の速度に至るには、人間の器のままでは不可能ではないが厳しい。本来、魔術というのは人間のためのものではないから致し方ない。人間はもとより魔人でさえも、魔術の真価を引き出すには肉体的な機能が足りぬ」
「肉体の問題なんですか?」
「大半はの。思考速度、体の形、いろいろある」
「そういえば試していませんが、私もここで魔術って使えるのでしょうか」
「そなたは使えまいよ。外部とつながっておらんからな。『魔導機構』と接続できない環境では、常人は魔術を扱えぬ」
「なんですか、その魔導機構って」
「魔術というものについてはどう考えておる?」
「所定の呪文や紋、刻印などを用いることで、周辺に満ちる魔素や精霊、あるいは天使などに働きかけて所望の現象を発生させる、というもの……では?」
「それが現代の教科書での定義かの?」
「そうですね」
王室内の教師や王立学園ではそう習った。とりあえず呪文さえ唱えれば発動はするのだから、その辺をそれ以上に深く研究するのは、象牙の塔に住む人たちの仕事だ。
「ふむ。魔導機構は、そこで言うところの魔素や精霊といった端末を制御しているモノと考えよ。端末からの情報により、使用者が予め定められた動作を行ったと認識した場合に、幾許かの体力、精力を代償として、その動作に指定された魔術という奇跡を発生させるモノじゃ」
「魔導機構は、大昔の古代種が作り上げた、星の力を利用した極めて高度な機械での。その星の上に生きるものに奇跡をもたらす。従って魔導機構から認識できない環境では、魔術は使えぬ。妾は本体を通して外と繋がっておるから可能じゃがの」
「……つまり。魔術は、使い手が起こしているわけではなく、何か別のものが……その魔導機構が起こしている、そして例外はない、ということでいいのですね?」
「それがこの地上において『魔術』とされるものであるならそうじゃ」
「分かりました。ありがとうございます」
学園の教授たちにもこの問題で派閥かあったのよね。精霊の力を借りるという精霊魔術や、神に仕える天使が起こしているとされる神聖術は別として、他の魔術は使い手が起こしているのかどうか、という。
意外なところで真実を知ってしまった。私には知覚できないが、精霊や天使とされるものもまたなんとか機構の端末ということか。知ったところでどうにもならない状況だけど。
画面のほうを見てみるが、相変わらず寝台の天蓋が映っているだけであった。姉上のものらしき寝息が聞こえる。……うーん。せっかく投影してもらったが、正直現時点では意味が無さそうだ。
「これは、他の視点にはできますか?」
「できるが、基本的には生物のいるところからの視点でないと準備が面倒じゃ。適当な生き物を探さねばのう」
「そうか、遠見は使い魔が有効な術でしたね」
「この妾自身が、本体の使い魔の一種といえるからの」
こんな高度な使い魔がいるか! とつっこみたくなる。使い魔は動物を魔術で下僕に作り替えたものだ。普通の使い魔は契約者でもせいぜい感情が分かる程度。
一応元の動物だったころよりはちょこっと賢くなるそうだが、会話ができるほどではない。あー、でも使い魔はちょっと欲しかったなあ……。ねこー。猫型使い魔……来年にはという話だったのに、もう無理な悲しみ。
「これは私もしばらく寝たほうがいいのでしょうか。寝ようと思えば寝られるんですよね? この体」
「そのはずじゃがの。何かあればナヴァに語りかけるがよい。寝たくないのであらば、何か質問があれば答えるぞえ? あるいは単なる世間話でもよい」
「疑問は、それはもう沢山ありますけれども」
「ではなんでもよいから言ってみるがよい」
「では…」
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