第四話 魂の力ってどんなものなんですか
「姉君に【取り憑いた】場合だが、君からはこういう感じで物事が認識できるだろう」
そうして彼が腕を振ると、目の前に巨大な絵が現れた。その絵は、大きな机に何人かの貴族や騎士のような人達が座っているというもので、自分も同じ机についていればそう見えるだろうという感じ。あれ、知ってる顔も何人かいるわ。
王国四公の一人で、西方諸侯の代表格サーマック公爵、かつて槍聖とうたわれ老いてもなお尊敬されている西方国境警備隊長ニクラウス将軍に、サーマック公に次ぐ席次のスタウフェン侯爵……主に王国西方諸侯や西方国境警備隊関連のお偉方が何人か。
とても現実の風景に近く感じられる絵……というかこの絵、動いてるし。あ、まばたきしてるし口も動いてる。つまりこれは、今の姉上が見ているものが見えているということか。
遠見の魔術と投影の魔術を併用したらこんなふうになるかな。……みんな深刻そうだけど、叛乱勢力のほうが優勢なのかな。
「今、君の姉君が見ている風景だ。これに音も足せるが、こうした動く絵として彼女の見ているものを見聞きすることができる」
あっさりと高度なことを言う。遠見の魔術の場合、術者以外に見せるために投影を併用しようとすると、映し出すための魔導具や準備やらが必要で、かなり面倒くさいらしい。
遠見自体も、距離や持続時間の制限が厳しい術だったはず。まして音まで伝える伝声の魔術と組み合わせると、少なくともひとりだけでできる人はうちの国に何人いることやら……。
しかも今、呪文も何もなかったよね。こんな変な世界を作ってる時点で今更だが、この人は私の常識とは桁の違う存在のようだ。
私が習っている【魔術】は、ほんの少しの火をおこすだけでもきちんと呪文を唱えたり、魔導具などが必要になる。これについては、宮廷魔術師の皆でもそうだった。
我が国のある北方大陸で知られている魔術というものは、色々やり方はあるけど、みんな一長一短で、こんなふうにさらっと一瞬でできるものじゃない。
私たちの国のあたり、大陸西部で一番広まっていて、私も少し勉強した魔術は【呪唱魔術】、呪文を唱えて発動させる魔術だ。次に広まっているのは、私の腕に刻んでいるもののように刻印を入れ墨で皮膚に刻んで、特定の魔術を最低限の呪文だけで起動する【聖痕魔術】だろう。
呪唱魔術は呪文が長い代わりに、できることが一番多い、とされている。聖痕魔術はその反対。呪文が短い代わりに応用が効かない。
呪唱魔術の呪文は状況に応じて変化させないといけないし(同じ魔術でも時間帯や天候など環境で変わることもある。正直めんどくさい)、呪文を短縮しようとしたら、呪文の中身を肩代わりする別の魔導具が必要だ。
しかも呪文ごとに別の魔術回路を刻む必要があって、対応する呪文を増やすほど必要な面積も増える。さらに威力や範囲などの指定部分を魔導具任せにするとそれらが固定されて、状況に応じた変更ができないという弊害もある。
魔導具は呪符、魔石、装身具、武器や杖などいろんな形態があるが、そのせいで複数の魔術を使う人は、指輪や腕輪や首飾りやらをジャラジャラつける羽目になる。
私も護身向けの防御系の術を補助する装身具はいつも身につけていた。左腕の腕輪もその類だ。適切な道具があれば呪文はかなり短縮でき、単純な魔術なら一瞬の詠唱ですむものもある。
ほかの魔術には【精霊魔術】【刻紋魔術】【展印魔術】【神聖術】【呪符術】……など、様々な術があるが、どれも一長一短。
呪唱魔術は呪文が発音できれば誰でも使える。しかし呪文が長い。中身もはっきりいって面倒くさい。そして素質や熟練度で、使ったときの疲労度や効果、持続時間は違う。
その辺の庶民の子供なら手のひら大の火を数回おこしただけで疲労困憊だが、認定試験に合格して魔導師としての免許を持つような優れた使い手なら、何百と出せる。この発火の術を何回出せるか、というのが魔術適性や習熟度を測るひとつの目安だ。
姉上は認定試験にはもう合格して仮免許持ってた。16歳以上にならないと正式な免許にならないが、姉上は実力的にはもう充分に一人前、天才と言われるほど同年代では飛び抜けてて、うちの国では大人を含めても上位の才能だ。
私も姉上には及ばないが一応は上のほうで……。仮免許? 私はまだです悪かったな。あ、姉上。もしかすると、私の体に入ったことで、その辺が私と同等まで落ちちゃってたら……ごめんなさいね?
そして呪唱魔術は、どんな達人、どんなに優れた魔導具で補助しても、最低限数語の呪文は唱えないと発動しない。というか魔術である限りは長短の差はあれど呪文が必要だ。
一番短い【聖痕魔術】は一言の呪文で済むことも多いが、これはこれで、刻んだ聖痕を触りながら唱える必要があったり、発動するときに痛みが走ったり、効果が固定で変更できなかったりする。
なので声をどうやって封じるか、封じられないようにするか、というのは魔術使いにとって重要な問題だし、声を出せないようにする魔導具も多い。
魔術を直接封じる魔封銀という特殊な金属を使った魔導具もあるのだが、かなり高価なので、市井の犯罪者を捕まえるときなどはやはり声を奪うのが基本。
例外として、高位の魔人は「魔眼」という呪文なしに魔術を発動する術をもっているらしい。聖痕魔術の延長上のものかなと勝手に思っている。
「ちなみに今のは魔法でも魔眼でもないよ。我々が『霊威』と呼んでいる異能によるものだね」
おお、魔術ですらなかった。
「異能…ですか」
「グレオ聖教の『祝福』や、東方の仙人の『仙力』は聞いたことがあるかな? それらも同質の力だ。魔術ではない属人的な異能。我々はこれらは【魂】に依存するものと考えている」
ここでも魂か。どうやら、私の知らない雲の上の世界では、魂とやらが重要になっているらしい。
ちくっ。
……また頭痛がした、なんなんだいったい。
「属人的というなら、魔人が持っているという魔眼もそうなのでは?」
「魔眼は魔術の素養の現れ、あくまで魔術が楽に発動できるというものだ。起こせる現象は魔術の範疇から逸脱しない。いっぽう霊威は、威力や規模は必ずしも大きいとは限らないが、魔術ではできない事ができる場合が多い」
なるほど、魂の研究をしているのは、そういう理由なのか。
「魂の力というなら、私たちにも何かあったりするんですか?」
「そうだ、君にもある」
なんですと?
「霊威の素質は、実のところ今この地上にいる人間なら殆どあると言っていい。だけれども、実際に素質が花開く者は非常に稀だ。普通に暮らしているぶんには、ほぼ死ぬまで目覚めない」
そりゃ沢山いるなら、もっと有名でもおかしくないか。
「それに起動できたとして有用なものばかりじゃない。中には不幸を招くようなものや、人間が持っていても意味もないものもあるしね」
「といいますと?」
「例えば霊威の中には【死触】というものがある。触ったものに死を与えるというものだが、生まれつきこれに目覚めると、そもそも産まれて来ることができない。当然ながらまず妊娠している母親がその犠牲になるのでね」
「生後に目覚めても問題が多い。自分自身すら対象外でないから、うっかりすると自分が死ぬ。なんらかの手段で無効化できる力にも目覚めていないと、ほぼ生き抜くことはできないだろう」
うわー、なにそれ酷い。自分の力で意図せず親とともに死にかねないとか、罠もいいところだろう。
「また、例えば飛ぶときに風を操り、速度や旋回性を増す【天翔】という霊威がある。翼のある種族が持っていれば有用だ、その辺の小鳥であっても凄まじい速さで飛べたりする。しかし生まれつき翼がないと発動しないんだな、これが。人間に後から翼を取り付けても何故か働かない」
……えー……がっかりすぎる。
「これらは極端だが、なかなかいい組み合わせにはならないものさ。単独では意味がなく、複数の霊威に目覚めないと使い物にならないものも珍しくないんだ」
「ただ、魂というものは、生まれかわるたびに混ざり合うようでね。魂の側面からはある者の生まれ変わりが、同時に複数いる例も多いし、一人の人間の魂は、前世では複数の人間や動物だった、というのがむしろ普通だ。そのため素質だけなら、可能性は結構多いともいえる」
「ええ……そうなんですか? 私も何かの動物たちだったとか?」
「知りたいかね? 混ざっているものの二つ目くらいまではすぐにわかるが」
「……やめておきます」
「そのほうがいいね。ただ言わせてもらうなら、今生が人間であったとして、純粋に前世も人間だけ、という人は稀だよ。だいたい何らかの動物や虫やらの魂が混ざっている。むしろ前世が全く人間でなかった魂を持っている人間もそれなりにいるだろう」
教会の神官たちが聞いたら噴飯ものの話ですねそれ。
「ただ大抵の人は複数の霊威の素質があるとはいっても、混ざるほどに素質同士が相殺してしまったり、一つ一つが小粒になりやすいようで、なかなか発現しない」
「太古には、これらの秘密をかなりの部分まで解き明かした種もいたが……我々はまだそこに届いていない。とりあえずはその過去に追いつくことが、我々の目標だ。そして、先祖の魂は部分とはいえその子孫に宿りやすいことが分かっていてね」
それで、私たちのような特殊な血筋なり才能なりがあるもので実験している、と。普通は小粒になりやすいというなら、その逆になることを意図しているのかな?
とんだ迷惑ですね。しかしよく考えれば、ご先祖様の契約とやらがなかったら、この国はここまで続いてなかったかもしれないし、私も産まれていないかもしれないのか。一概に迷惑とも言えないのかなあ。
「話を戻そう、それで、君が姉君の中に入った場合、お互いにどのような影響があるかだが、基本的には君は傍観者で、姉君のほうには干渉できない。ただ魂の領域では、何らかの変化があるだろう。我々はそこを観測したい」
「姉上の健康に影響したり、何か不幸になったりとかはないんですか?」
「何かあるとすれば、どちらかといえば君のほうが先だな」
姉上にも何かあるのは否定しないんですね? 口調は悪い方向には感じないけど。
「私が何らかの霊威とやらに目覚める可能性があるということですか?」
「それも可能性の一つだ。あとは見聞きする以外の感覚や感情を共有できるようになることもあるだろう」
「……。他には?」
「そうだね……同居人が入ってもいいかな?」
「同居人?」
「普通の人間だった者が、単なる傍観者で居続けるというのは、精神を蝕むものなんだ。今の君はただでさえ肉の体がないわけで、孤独は通常よりも心に深刻な影響を与えかねない。そこで、我々としては、君さえよければだが、君の状態観察も兼ねて、話相手となる同居人を用意したい」
「どんな方なのですか?」
どうもこの人がやるわけではないようだ。私としても一応男性に見える人がそうなのは遠慮したい。
「そうだな……すまない、少し待って欲しい」
そういうと、彼は、左腕にしていた奇妙な腕輪に向かって話始めた
「ホノカさん。例の観察任務の話だが、先方が君はどんなやつか知りたいようだ。この際だから、ちょっとこっちに来てくれ。……ああ? それはやめたまえ、道はこちらで用意するから」
彼が腕を振ると、突然その腕の先に、小さい扉が現れた。大人だとつっかえそうな扉だ。なんだこれは、と思っていたら、向こうから扉が開いて………。
「おおう、待ちかねたのじゃ!」
奇妙な緋色の服を着た、幼い女の子が現れたのだった。
ようやく本来の解説役登場
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