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エピローグ2 二輪の花

最終話です

 今日は、朝から何か胸騒ぎがする、と、ラグナディア女王、オルフィリアは自室にて朝の紅茶を飲みながら考えていた。今日の予定は……ああ、そうだった。少しばかり、面倒なことになりそうな案件があるのだったか。


 ……20年前のラグナディア王国における僭王ガルザスによる叛乱と、それに続く魔神降臨は、世界に異能と魔の恐ろしさを知らしめた。


 ことに後者は、戦場となった場所に今も、熔解し硝子に覆われた無数の孔と、断裂され草木も未だ生えぬ大地を残し、それらは恐怖の記憶と共に放置されたままだ。


 そして何よりも魔術の減退という全世界に影響する後遺症をもたらした。


 かつては呪唱魔術であれば、子供でも簡単な魔術を行使できた。それが今や、そもそも魔術を発動すらできない者が大人でも半分以上。


 発動できる者も、回数、効果ともに大幅に減り、魔術は生活の一部、戦士の必須技能から、才能あるものだけが使える特技、専門職の技に変貌した。


 魔術に多くを頼っていた国ほど影響は大きく、地域によっては文明は数百年は後退したという者もいる。


 これについて、魔神と戦う異能の戦士を送り込み、何らかの事情を知るはずのファスファラスは沈黙を守った。


 また、ラグナディアの王家も、王祖がこの魔神大戦を予測していたとされ、同様に何かを知っていると目されていたが、生き残りの女王は、僭王の叛乱による損壊や先王の死により、その多くが失伝したとして、起こったこと以上のことは分からないとの公式の立場を崩さなかった。


 グレオ聖教をはじめとする各宗教はそれぞれの見解を発表はしたものの、それらは熱心な信者たち以外の世人の納得のいくものではなかった。


 その真相が何であるかについては、結局明らかになることなく、後々の世まで、多くの物語や創作の種となることになる。



 さて、ラグナディアでは、魔神が倒れた日を復国記念日とし、祝日として祝うようになっていた。


 日にちが秋の始まり、収穫期のすぐ前ということもあって、その年の豊作を祈る祭りと結びついたこともあってか、年々賑わいを増している様に思う。


 それは、無事に復興がなった証であった。あの惨禍の国難のあとも、領土が減ることは阻止できた。そして財政面、人口面でも、魔術が減退したにも関わらず今はほぼ全ての指標で20年前以上の規模になっている。


 それには、亡き妹姫が最後に教えてくれた異能の知識が大いに役に立った。女王に宿っていた異能は、記憶と記録に関する力。


 物に、場所に、あるいは人に関わる過去の記憶を読み取り、見知らぬ文字や言葉もその意図を解することはでき、それらを他人に伝えることもできる。


 自分が知っていることから離れるほど、場所が遠くなるほど、より過去を見ようとするほど、疲れも酷くなっていくので万能というわけではない。


 しかし、魔術に頼らない古の知恵の発掘や、周囲の状況を的確に把握しての政策立案、そして海千山千の貴族や他国の首脳に対して優位にたつのには、非常に有用な力だった。


 もう一つ、僭王に宿っていた、皆の力を集めたり、体を操る異能も、彼ほどでないものの使えてしまうようだが…そちらは余りに苦い記憶のために、封印することにしていた。


 隣国のメルキスタンなどは、王家のものが軒並みガルザスに操られていた影響で、事件後王家の権威が失墜し、数年に渡る大規模な内乱の果て王朝交代に至り、今もそれによる国力減退から回復していない。それに比べればうまくやれたといえよう。



 今年の復国記念祭は一昨日のことで、後片付けもほぼ終わった。日中はまだ暑いものの、朝夕は少しばかり涼しくなってきて、各地は作物の収穫準備を始めていた。


 そうして一息ついた頃合いで、記念祭で起こった事件のために、女王はある人物に会わねばならなくなったのである。


「女王陛下」

「入りなさい」


 部屋の扉にある鐘を侍女が鳴らして入ってくる。


「リザ、予定通りですか?」

「はい。予定通り、姫君がお越しになりました」


 かつての友人に良く似た侍女が淡々と答える。

 ……事の起こりは記念祭の当日の夜。当年13歳になる女王の長男の王太子クラウスが、衆目あるところで、ある女性に限り無く求婚に近い勢いで婚約を申し込んだのであった。


 王太子の婚約については、確かに正式な相手はまだ決まってはいなかったが、おおよそ、北方のプロスター公ライナーの9歳になる長女が第一候補になっており、来春くらいには発表される、という予定で関係者たちは動いていた。


 これが既に正室と婚姻、さもなくても婚約がなっており、いずれ側室として迎えたいと唾付けする……というなら、多少外聞は悪いものの、歴史上でも時折ある話なのだが……。


 まだ婚約者すらいない段階で、しかも祭りの、市井の目撃者多数の場で、感極まって衝動的に申し込む、となるとさすがに前例は見つからない。13歳でよくやるものだ。


 さらに、相手が問題だった。なんと相手は、ラグナディアの王立学園に留学してきていた他国の姫君だったのだ。そのため、昨日の閣議の場ではいったいどう対処したものかと大いに問題になった。


「いやはや、むしろ天晴れですな。あの頃の私にそうした勇気があればと今でも少し思いますからね」


 ……こらミルトン公よ、気持ちは分からなくもないが、感心している場合ではない。ことは外交に関わる、あなたの領分でもあるから一蓮托生なのだぞ。


 これがまだ国内の娘であれば、揉み消す……とは言わないが、穏便に済ませる手段はあったものの、他国の姫では冗談では済まされない。

 まして単純な国力では、今のところ向こうの国の方が上なのである。


 国力としては大したことのないラグナディアに、他国からの留学生が来るようになったのは、まず魔神大戦の現場であるということから、魔に関する資料が他国よりも多いからだ。


 そしてラグナディア王立学園がここ十数年、優先的に魔の研究や、魔術の省力化について予算を回されたことで大きく力をつけ、オストラントの学園に次ぐと言われるようになったのもある。だが、よもやこのような事が起こるとは想定外であった。


 クラウスについては事態が発覚した昨日の朝に呼び出して、叱責ののち謹慎させている。本人も一晩たって冷静さを取り戻したのか、自己の短慮を平謝りし、文句もなく沙汰を受け入れた。


 件の姫君は、南海の向こうの国ヴァンドールの、現王の第一王女であるという。


 身分的に釣り合わないわけでなし、人物がよく、先方の了解が得られるならば、正式な婚約者とするのもやぶさかではないのだが、根回し、手続き皆無でやってしまったのはいかにも印象が悪い。


 そんな浅はかな者が王太子である国と思われるのも腹がたつが、そんな国に娘を嫁がせたい、と思う王は普通いないだろう。いかにして事をおさめるか、頭が痛い。


 あとは、仮に向こうが納得したとしても、偏見にさらされる危険もある。ヴァンドールの民は、概ね浅褐色の肌を持っていて、白い肌の者が殆どのこの国ではとても目立つ。


 さらに北方大陸とは言葉も全く異なるため、こちらに来る商人なども結構訛った喋りの者ばかりだ。女王としてはどうでもいい要素だが、無駄に伝統に拘る保守的な貴族などからは嫌われる要因になりえるだろう。


 さらに姫本人は珍しく魔法適性があるようなのだが、向こうの民は20年前以前から魔法適性の低い者が多かった、というのもある。


 それがために、早くから余り魔術に頼らない形で国が成り立っており、魔術が弱まった昨今ではむしろ相対的に国力が上がっているというわけで、その辺も差別と嫉妬の温床になっているのだ。


 件の姫は12歳、こちらにきて3カ月というのだから、まだそのあたりの悪意をうまく乗り切る技能をもっているとも思えない。


 ただ、クラウスがこの姫君に惹かれているのでは、という情報は、二月ほど前から入ってきてはいたのだ。そのため念のため程度の情報は集めさせてはいたのだが……。


 やれ天才だの、才色兼備だの、言葉の訛りもなく、性格面も極めて大人びており温厚……など、彼の国出身としては俄かに信じがたく。


 本当に姫本人か? 向こうが送り込んできた、要人籠絡のための訳ありなのでは? もしくは別の間謀の目そらし要員なのでは? というような情報ばかりだった。


 しかし少なくとも情報を信じる限りは、彼女は第一王女当人で、父親は彼女を溺愛していて、こちらに留学となったときも先方はすったもんだの大騒ぎになったという……なぜそこまでしてここに来たのかもよく分からない。


 それでもまさか、こんなに早く事件になるとは予想していなかった。ともかく、一度本人に会って話をしなければならないと考えて急遽使者を遣わし、本日の参宮を了解してもらったのだ。


 事の性質上、正式な謁見などではなく、ヴァンドールの姫を私的にお茶会に招いた、という形式にしてある。


 そのため、会うのも会見の間ではなく、城の中庭にある、散策と茶飲みのために作られた小さな展覧台の一角だ。一応それなりに護衛などを適宜伏せさせてはいる。


 そうして先に中庭にて待っているとしばらくして、姫君がリザに案内されてやってきた。後ろに護衛も兼ねているらしい、なかなかに筋肉質な侍女を連れている。


 姫君本人は、どうもリザのことがやたら気になるような仕草を見せていたが、こちらに気がつくと、軽く会釈した。


 ああ、なるほど。これは、クラウスがおかしくなったのもわからないではない。


 浅褐色の健康的な肌に、蒼玉の大きな瞳。見事に長く艶やかで、複雑に編み込まれた美しい黒髪。そして12歳とは思えないほど大人びた、気品のある佇まい。


 瞳に合わせた鮮やかな蒼を基調にした衣装と、白と黄色の花をあしらった髪飾りを纏った姿は、まさに蒼海の美花。


 正直、現在ラグナディアの高位貴族の娘で、クラウスと同年代となると、この姫より美しいと感じられる娘は見当たらない。


 候補であったライナーの娘などは、往年のアイゼルやリザの子供の頃に似ていて将来は美人になるだろうと思うのだが、いかんせんまだ9歳だ。この年代の3、4年の差は大きい。


 ……アイゼルのことを思い出すと、少し胸が痛くなる。彼女はあの後修道院に入り、今も出てこない。


 彼女の娘……そう、あの時王宮に連れ込まれた女性たちには、僭王の子を宿してしまったものも何人かいる。アイゼルもその一人だ……は、子供には罪はないとして、王宮にて引き取って侍女として育てた。それがリザだ。

 

 だが彼女は物心ついてから未だに実の母親や叔父に会ったこともなく、年頃なのに縁談もない、難しい立場となっている。


 本人は何事にも淡々としているので、内心がどうなのかは分からないのだが……。


 それはともかく、今の問題はこちらのほうだ。この姫君に祭りの場で微笑みかけられたら、まだ少年を脱していない息子が我を忘れたのも分からないではない。


 分からなくもないがやめて欲しかった。夫のランディも普段は温厚なのに、緊張すると衝動的な行動をやらかす事があるのだが、どうも子供というものは、親の要らない所ばかりよく似てしまう……。


「お初にお目にかかります、オルフィリア陛下。わたくしは、当代のヴァンドール王ブラストの娘、アイシャと申します。この度はお招きにあずかり、光栄に存じます」


 報告の通り言葉に一切の訛りなく、所作もこちら式で、かつ優雅。本当にこっちに来たばかりなの?


「私はラグナディア女王、オルフィリア・リザベルです。アイシャ姫、この度は急にお呼びだてすることになり、申し訳ない……こちらに座られよ」

「はい」

「……この度は、愚息がご迷惑をおかけいたした」

「クラウス様は……謹慎されておられるのですか?」


「そうです。此度の事は、余りに急であり、アイシャ姫にもまことに失礼極まりない。王太子としてあるまじきこと。もっとも、御身を見れば、あの子が聊か我を忘れたのも頷けます。南海の花は見事なものですね」

「いえ、父上から、遥かラグナディアの美花の話は聞いておりましたが、やはり百聞は一見にしかず。これほどの大輪とは、我が身の未熟さを恥いるばかりでございます」


 ……本当に12歳?


「……アイシャ姫ご自身は、クラウスのことをいかに思われますか」

「……お優しい方と。この3カ月、この国、学園にて右も左もわからぬわたくしに、とてもよくしてくださっておりました。ですが、さすがに一昨日の……お申し出の中身はいざ知らず、それがあの場であったのは、一時の気の迷いであろうと思いますの」


 これだけこちらの言葉を操れるなら、間違いということはないだろう。この言い回しでは、問題なのは内容でなく場だということ。

 ……脈はあるということなのだろうか? それともむしろそれが狙い?


「仮に一時とはいえ、非礼であるには違いありません。このこと、御父上にはお伝えなされましたか」

「まだ連絡はとっておりません。国元の王都とは魔導伝文も、直接は届かない距離ですし……中継が入りますと、思う以上に大事になってしまいかねません。もっとも、此度の件を仮に正直に父上に伝えたとして、父上がクラウス様自体を非礼と謗ることはございませんでしょう。ただ………別の意味で、こちらに乗り込んでくる恐れは……ないとは申せませんが……」


 最後の目の光が消えている感じ……クラウス、これは、仮にうまく進めても茨道かもしれんぞ。

 かの王は、まだこの姫が生まれる前、王太子だったころに使者としてこちらに来たことがあるが、お前と違って筋骨隆々の大男だったからな。


「非礼とはとられない、と?」

「確かにこの国におかれては、王太子にあるまじき性急さであられたのかもしれませぬが、それを申せば、我が国など、この国に比べますと……その、大らかと申しますか……いえ直裁的に申せば、野蛮なところが多々ございまして……父上が我が母を望んだときなど、それは酷いものでございましたのです。此度の事に文句など言える筋合いはございませんの……」


 ……先方の王についての情報は昨日改めて調べていたが、この姫君の母親であるところの王妃は、元々は正式な婚約者の妹だった。


 それが妹のほうが王妃になり、元婚約者の方が側妃になったのだった。何故そうなったかというと、王太子時代の彼が、酒に酔った状態で、人を取り違えたうえで操を奪ってしまい開き直って責任を取った……という、確かにそれはどうなのか、というもので……。


 それでもその事が、隠し事でなくあからさまになっていて、かつ笑い話扱いになっていて、本人にさして咎め立てがあったわけでもない辺りは、文化が違うとしか言いようがないのかもしれない。


 しかしそこで育ったにしては、この姫はこちらよりの感覚のように見える。


 ……少し気になって、つい、姫君本人もよく『視よう』としてしまった。

 ……弾かれた!? この姫、まさか……。


「正直に申し上げますと……その、素直に望まれることは、冥利に思いますの。しかし、陛下に改めて申し上げる必要はないと存じますが、わたくしは、この国に嫁ぐには色々と考えねばならぬ事が多い身。そこをしっかりと判断頂いてなお望まれるのであれば、わたくしとしては、殿下をお支えすること、やぶさかではございません。……もちろん、父上の判断はまた別の話ではありますが。ですから……殿下の改めてのお答えを、お待ちさせていただけないでしょうか。十分に、時間はあるかと思います」

「……愚息については、しばらく頭を冷やさせてから、改めて、お話いたしましょう。勝手はさせませぬゆえ」


 正直、この姫本人は、他の候補者の娘たちよりも、好感が持てる。どうも息子の世代の娘たちは、今ひとつ足りないか、余計な感じの性格の者ばかり。


 一方この娘は礼儀もわきまえており、事前調査の評判も間違っていないようだ。あの息子にしてはいい娘に目をつけたかとも思う。


 しかし、出自の問題はあるし、さらにこちらの力を弾いたということは、何らかの霊威もあるのだろう。となると、事はさらに複雑だ。もう少し慎重に見極めなくては……。


「しかし、こちらの言葉がお上手ですね」

「わたくしには、よき『先生』がおりますの。……ええ、そう言うべきなのだと思います」


 ……先生? 調べた範囲にはない情報だ。後で確認しなくてはならないだろう。


「そうですか、よき教師は得難いものです。大事になされませ」

「はい…」


 また視線がリザを追っている。何か気になるのだろうか。


「あの娘が何か?」

「いえ……少し知り合いに似ているような気がしたもので。失礼いたしました、きっと気のせいかと思います」


 知り合い……南方とは関わりないと思うのだが、先生とやらに似ているのだろうか。


「……陛下、少し御庭を拝見させていただけますでしょうか? ヴァンドールは南国のためか、こちらのような繊細な草花からなる庭園はなかなか難しいようで……」

「ええ……構いませんよ」


 城の中庭は、女王や、高位貴族、官吏たちの憩いの場だ。季節によらず、様々な花が咲き誇っているのは、庭師たちの苦労の賜物である。


 それらを説明しながら歩いていると、その中で、少し違和感のある作りになっているところに辿り着いた。


「……あちらのほうは、なぜあのように?」


 姫が指し示した中庭の一角。そこには、女王の名にも使われている陽日花(オルフィリア)の黄色の花と、それらに隣り合って、一見ただの雑草に見えるものが多数植えられていた。その草は名を、新月花(ラファリア)という。


 新月花は一般には薬草と認識されている草だ。花は綺麗であるものの、新月の夜にしか咲かず、灯などで明るくしたら急速に閉じてしまう、という面倒な性質のため、観賞花とは言い難い。


 薬草としても、その効能は貴重というほどではなく、他にも代替は利くものだ。


 それをわざわざ城の中庭という、王族にとっての憩いの場としては一等地で育てているのは、事情を知らないならば奇妙に思えただろう。


 正直、昼間の単純な見栄えでは良いものではなく、そこだけ調和を欠いているのは否めない。

 

 女王にその花と同じ名前の妹がいて、僭王の乱にて女王の身代わりとなって死んだというのは、国内ではよく知られている話だ。


 さらにその妹姫は、死してなお、魔神を倒す力を授けるために死者たちを代表して現れたとされ、真の聖女であった……と、後付けで聖教から認定されるなど、いろいろあったのだ。


 そのため、妹姫を偲ぶ意味もあって、ここにはその名の草が多数植えられ、そしてその奥には妹姫の像が立っているのだった。通称聖女の像である。


 ……その像を見た姫君の目が、父親の話をした時同様にどんよりとしたが、しばし目頭を抑えると、気を取り直したかのように呟いた。


「……ああ、あれが、聖女様の花なのですね」


 突然流暢さのない棒読みになったのだが、いったいどうしたことか? まあ、聖女云々は他国の人間にとっては、嘘っぽい逸話と感じられるのかもしれない。実際、嘘といえば嘘な部分も多いのだし。


 そうして、新月花の前まできたところで姫君は、ぽつぽつと語り始めた。 


「……私の『先生』は、昔、ある方と、約束をしたのです。本当は、私はこの国に、その約束を果たすために来たのです。そのため、父上にはだいぶ無理を言いました」


 約束……何か目的があって、クラウスに近づいたのか?


「一度だけでも良かったのです。その機会はいずれあると思っていたのですが、こんなに早く、このような形になるとは思わなかったのです」


 いや……違うな、目的はまさか、私か?


「クラウス様のお話も、驚きはしましたが、考えてみれば、さほど悪いお話ではないと思いまして。あの方も、思っていたより、その……よき方と思いましたし。……問題は、父上と陛下が納得されるかどうかですが、いざとなれば、なんとでもできると思いますの。ええ、わたくしは、向こうのことも、こちらのことも、よく存じております」


 周辺がおかしい。

 風のざわめきが消える。そして、侍女や護衛たちの気配も。


 ……この姫の異能が、いつのまにか発動していた。警戒していたつもりだったが、罠だったか!?


 ……いや、この目は。この表情は……どこか、で……。


「……わたくしはあくまで、ヴァンドールのアイシャにございます。ただ、少しばかり。生まれながらに、ある方の遺した記憶などを『視る』ことができて、それをわたくしは、『先生』と呼んでいるのです」


 まさか。


「だから、本当に嬉しく思います。この花がここにあること、陛下の花の隣にあること。『先生』は、『私』は、ずっと、そうあって欲しかったのです」

「それは」

 

 まさか。

 なんという事だろう。

 涙を流しながら微笑むその花を、私は……知っている。


「約束しました。もう一度、いっしょに私の花を見ようと……だから」

「……ああ」


 そんな日が来ることを、夢は見ても、信じてはいなかった不明を恥じる。


「少し変わってはしまいましたけれど……帰ってまいりました。……『姉上』」


 そして。

 花。花が咲く。

 無数に、白く、儚く、されど眩く。姉の花に寄り添うように。


 それは時を操る霊威。先の生(ラファリア)から、僅かながらに受け継いだその力をもって彼女は、月無き闇夜のみに咲くはずの花を、昼光の庭に現出させる。遠きの日の、かつての約束のために。


「……ラファリア」

「……はい」

「……おかえりなさい、ラファ」

「……ただいま、オルフィ」


 年若い異国の少女に、女盛りの女王が抱きつき、お互いに涙を流す様は、もし他に見るものがあれば、非常に奇異に見えたことだろう。


 だが少女の力により、そこは二人だけの世界となっていた。二人は長く、そこに二輪の花として立ち尽くしていた。



『…………その数年後、ラグナディア王太子、クラウスは、紆余曲折を経て、南国の王女を正妃として迎える。王太子本人の熱意もさることながら、母親の女王が王女をいたく気に入り、その婚姻をおし進めたという。

 全く違う出自にも関わらず、嫁姑の仲は非常によく、時に女王は、息子よりも妃のほうを信頼したともいう。妃のほうも夫をよく支え、ことに故郷の南方をはじめとした外洋との商流開発において強い影響力を示し、今に残る南洋海路開発の礎を築いたとといわれる。

 国土としては比較的小国であったラグナディアが、現代にもなお国家として続くのは、オルフィリア、クラウスの2代の王が成した安定による所が大きい。両者の治世の間に中世の魔術文明から、近代の霊機文明に移り変わるにつれ、ラグナディアは大陸においても重要な役割を果たすことになる……。


『ラグナディア年代記 中近世の章より抜粋』』


最後の最後で、ようやくタイトルを回収。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

自分向けでなく、他人に見せる形で話を書き終えたのはなにぶん初めてのため、色々と未熟であると思います。


主人公が最初から原則傍観者の語り部であり、最後に、少しだけ愛する人を助けるために関わって、再会……という話を書きたかったのですが、なかなか難しい……。


気が向けば、背景設定などを追記するかもです。

今にしてみれば、大昔学生だったころTRPG向けに作っていた世界設定の流用のためか、無駄に細かいところまで説明を重ねている部分があります。

駄文ではありますが、もし最後まで読まれた方が、多少なりとも時間の無駄でなかったと思っていただけたなら幸いです。


4/21 誤字等一部修正

別主人公で同世界の物語を連載中です。


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