第三話 つまり実験動物なわけですね
「我が主は、リオネル殿と交わした契約の中に、君に刻まれている双生の術式を引き継ぐことも盛り込んだ。それによっていずれ我々の研究が進むことを期待してね」
「研究というと?」
「我々魔人王の眷属は、古くから、『魂』の研究をしている。6000年ほど前の初代魔人王から続く命題の一つだ。さっきも言った通り、神ならぬ我々は、真の死の先を知ることができない。しかし、魂と呼ぶべきものがあることは認識できている」
「魂……」
さっきの話によれば、今のところ私は死に向かっていた魂を、ナヴァさんの手で引き戻されたということなんだが、実感が湧かない。最初の、あの視点だけの状態が、魂のそれなんだろうか?
「魂とは命に付随して生じるものだ。通常、人は五感では魂を認識できないが、古き種族には生まれつき魂を知覚できる種があり、それを前提とした文明を持っていた」
「そのころの知識は、断片的にしか残っていないが……我々は僅かに残るものをもとにして研究を進めてきた。魂に依存した異能は実際に存在し、使いこなせば有用なのだよ」
ずきっ。
……なんだろう、何故か、少し頭痛のような感覚があった。変なの、今の私は幽霊みたいなものなのだろうに。
「異能ですか………魔術とは違うのですね?」
「そうだね。現在において魔術は、才能の優劣はあるものの、殆どの人間は学べば使えるだろう。魂に依存する異能は、魔術以上に才能の世界だ。使える可能性のある能力はそれぞれの生命の持つ魂の鋳型によって異なり、適正のない能力は習得もできない」
「魂というのは、血の繋がりとは別なのですか?」
普通の才能は血筋によるところも大いにあるはずだけど。魔術とかもそうだ。
「魂にも血縁による共通性はあるね。しかし、全体的には親兄弟でも違うことのほうが多い。基本的には魂は個人のもの、その個人が死んだとしても、いったん霧散するだけで、いずれそれらは新たに別の命とともに現世に顕れる。この世界だけでなく、別の世界も含めてね」
「今の私は魂だけということですか?」
「今の君は、魂と記憶からなっている。記憶は肉の体に基づくもので、死ねばだいたい消えてしまう。魂が何かを覚えている例は皆無ではないが滅多にない。そして君の体にあった記憶は姉君の記憶に上書きされてしまった」
「契約の条件が満たされたことを感知した我々は、君の上書き直前の記憶をこちらで保存して、その後君の魂に紐付けなおしたのだよ。だから……敢えて言うなら、今の君の体はこれかな」
といって、さっきの本を示す。おおう……? よく分からないが……やっぱり幽霊みたいなものということでいいのだろう、今の私は。
「その今の状態はそれほど長く維持できるものではないが、まあこの説明の間くらいは問題ない。気楽に聞いていて欲しい。さて、先ほど血縁について話が出たが、双子は、実は魂の面でも普通の兄弟姉妹や親子同士より共通項が多い傾向がある。君たちもそうだ」
「双生の術式は、魂のそうした性質を利用したもので、双子であれば生命の存在する力…【命数】の融通を行い、生死を入れ替えることが可能になる。ああ、ちなみにだが、君の左腕に刻まれているのは双生の術式ではないよ」
「違うんですか!?」
「その左腕のものは、術式発動の条件が成立したことを我々に連絡するための検知と通信、そしてそれらを隠す偽装の術式だ。実際の術の発動は我々のほうでやっている」
「正直、生命の入れ替えの術は、聖痕魔術で作るとそんな小さい紋では描ききれない。腕どころか半身規模になってしまいかねん。それに生命を操る術は極めて重大な機密だ。それを代々外部の家に伝えさせるのは問題があるだろう?」
言われてみればもっともな話であった。
「ただ生命の入れ替えができることはわかっていても、入れ替えに伴う魂への影響やその後の経過は十分にわかってない。魂に由来する異能がどうなるのかも。我々の研究のためにはその情報が必要だった」
「そのため、我々はリオネル殿に契約を提案した。いざ子孫に双子が生まれた場合に、魂が我々の希望する状態になりやすくなる契約を結んでもらえないか、と」
つまり子孫を人体実験に使うことを承諾したんですね、ご先祖様? そこまでは聞いてないですよ、いや聞いていてもどうしようもないけれど。
「……なぜわざわざご先祖様に? あなたがたなら、そういう、ええと、魂の状態の人を用意するのも容易なのでは?」
「それがなかなか、思うような特性を持っている生命は少ないんだ。そしてリオネル殿の場合、本人はともかく、奥方のほうが特殊な血筋でね」
ああ、確か世界最古の王家の末裔だったという……申し訳ありませんご先祖様。私はそれ、てっきり建国に箔をつけるための誇張で、実際はそんないい話じゃなかったはずと思ってましたわ。正直少女趣味の……げふんげふん。
「確か、シュタインダールの王族だった……という?」
「そうだね。シュタインダールの王家は、そのさらに大元を辿ると、大昔の魔人王の一人に行き着くんだよ」
魔人王とのつながりはそこからですか。というか私も魔人王の末裔ですか。さすがにびっくりですよ。
「まあ、血が別れたのはシュタインダール建国からさらに二千年以上遡るから、今の君に魔人の要素など爪の先ほどもないかもしれん、それでも常人よりは、我々に近い。【縁】があるというわけだ」
「魂は縁に縛られる、実際の血の近さよりも縁の近さが大事だ。フリージア殿の場合は血も縁も薄かったが、ゼロではないことがこの際は重要だった。無からやろうとすると手間が段違いでね、少しでも既知の要素があったほうが楽なんだ」
エン……またよくわからない言葉が……とりあえず何かの形でつながりがあるということですか? それだけの古く細いつながりを、認識しているというのが凄いですね。
人なんて、王侯貴族でも、100年もすれば直系以外の血筋なんて分からないことだらけなのに。記録改竄と真実追求のいたちごっこですわよ。
「その縁に期待して契約を行った。そして我々は、ラグナディア地域の天災を抑える結界や魔物避けの結界を構築した。あのあたりは元々は人が住みにくい土地だったが、過去200年、大きな災害はないだろう? 王都の辺りには魔物もでないはずだ。そして、建国にあたって必要な技術、資金や道具の提供も行った」
なるほど、結界なんてものがあったんですね、知りませんでした。
「リオネル殿自身はまだしも、子孫の君たちからするといい迷惑かもしれないが、相応の対価は払っているつもりだよ」
いやほんとに。そのせいで私死んだんですよね? いやまあ、私と姉上とで生死を選べるなら、姉上のほうが優れていることは否定しませんし、生き残るべきは姉上なのは明白です。
うん、仮に私が生き残ったとしても姉上無しに叛乱軍との戦いに担ぎ上げられそうではあるから、そんなめんどくさい状態になるくらいなら素直に死んだほうが良かったかもしれないけれど、それはそれ、これはこれです。
「姉君については、通常なら死後すぐに霧散し捕らえられなくなる魂を、片割れの君の魂と共鳴させることで引き戻し……そして体の損壊が酷く修復している余裕がなかったため、君と体を交換するということになった」
「それで今度は君の魂のほうが霧散しかかったから、先ほどから引き戻しをしていたわけだ。君達で成功例としては三番目かな」
「私たち以外にもいたんですか?」
ラグナディア王家では発動した記録はないという話だし、さっきの話だとそれなりに貴重な血筋がいるのでは?
「我々が契約したのはリオネル殿だけじゃないし、シュタインダールの血筋以外にも、条件に合う家系はあるんだ。そんなわけで他の国、他の時代、他の人種相手にも、同様の検証はやっている。少し条件を変えたりしてね」
「積極的にやり始めたのは当代の魔人王になってからだが、その前からも少しはやっていたし、今も同時進行でいくつか動いている」
「はあ……失敗した例もあるんですか?」
「昔はあったようだね、私が担当になる前の話になるが」
実験か……まあ、こんな空間を作れるような存在からすれば、ひとりの人間の命なんて大したことないものかもしれません。こうして話をしてくれるだけマシなのかも。
「それで……研究対象であったところの私は、実験の終わった今後はどうなるんでしょうか」
「うん、そこがさっき言った提案でね。まだ実験は継続中なんだ。我々としては、君について、もう少しこちらの指定する条件下で経過観察したいという希望がある。しかし率直にいって、これは魂に対する冒涜的な試みだ。ことに信心深い人にとっては許し難い罪だろう」
そうですね。私は信心深いほうではないですが、どことなくいやーな気持ちにはなります。確かに悪魔の所業という方もいるかもですね。
「拒絶されると成功率が下がる危険があるので、できれば本人の意志も尊重したいと思っている」
今、成功率と言いましたね? 単なる経過観察じゃなくて、何か狙っていますね?
「提案としては、今からいう我々の希望にのるか、それとも、このまま安らかに眠りにつくか。後者を選ぶなら私は君の魂を解放して、自然に任せる」
「おそらくはそのまま魂は霧散して、いつか新たな命として生まれ変わるだろう。あるいは、我々は認識できないが、真の天国があるならそこにいけるかもしれない」
「希望にのった場合どうなるんですか?」
「その場合君には、しばらくの間、姉君に取り憑く幽霊になってもらう」
はい?
「幽霊?」
今の状態も幽霊っぽいですが……取り憑く?
「敢えていえば、そういう感じだということだよ。姉君の体の中から姉君の目や耳を共有して、外を眺めている状態、かな。基本的には何もできず、ただ眺めているだけになるだろう。その状態で君と姉君の間で発生する魂の面の変化を我々のほうで記録していく」
なるほど。
「姉上が寝ている間とかはどうなるんです?」
「君も寝ても構わない。起きていてもいい。実質的に幽霊状態であるからして、体がある状態と違ってその辺は意志次第でどうにでもなるんだ。重要なのは、同じ体にいて、無意識にでも経験を共有することだ」
「しばらくの間とは、どれくらいなんですか? そしてそれが終わったあとは?」
「期間だが、まず君の今のような状態は永遠に続くようなものではない。宿る肉体無しには、我々が保護し続けたとしてもいずれ限界が来る。姉君の体にとりついても、長くて半年といったところか。もっとも、おそらくその前に終わることになるだろう」
「といいますと?」
「我々が君の魂を保護するのは、かつてリオネル殿と結んだ別の契約が生きている間までになる。その契約は、簡単にいえば、子孫たちに本人らだけでは解決困難な危機が迫ったとき、一度だけ助けるというものだ」
「姉君にはその契約に基づく支援を始めたところでね。叛乱が鎮圧されて姉君が改めて即位するか、もしくは、彼女が反撃を諦めるか何かで、事態が落ち着くまでだな。どちらにしても、おそらく長くても数ヶ月以内には終わるだろう」
姉上なら諦めないだろうなあ……自分を殺した相手なわけよね。乗っ取ってしまった私のこともだいぶ気に病みそうだし、逃げるなんて選択はしないだろう。むしろやりすぎないか気になる。
「あるいは、姉上が志半ばに倒れても…ですね?」
「可能性としては、ゼロではないね。そういう終わりもありえるかもしれない。だが我々としては、契約がそのような形で終わるのは極めて不本意だ。命を守るための方策は複数用意しているよ」
「姉上への支援というのは」
「とりあえずは、我々の部下が一人……いや、二人かな。護衛として彼女についている。二人だけだが、その気になれば一国を滅ぼせる程度には強いよ」
どんな怪物たちですかそれは……。
「我々直属の部下たちは、人間基準で考えないほうがいい奴が多いからね……問題児もやたら多いが……」
あ、なんか遠い目をしている。
「……話を戻そう。契約終了後についてだが、先ほど言ったように自然に昇天するのもよし、あるいは……別の生を用意することもできる」
「別の生…?」
「我々の手による人為的な転生か、もしくは、体を用意するので別人として生きるかだね。勿論その場合、今君に教えている知識の多くは忘れてもらうことになるだろうが、そこは勘弁して欲しい」
「いずれにしろ、ミルトン公爵令嬢、あるいはラグナディア王女としての君は公式には死んでいるわけで、君本人を生き返らせることはできない。姉君の死については、死んだのは実は君のほうだった、という扱いなんだ」
それはそうなるだろうな。復活の可能性なんて下手に知られたら、悲惨な人体実験が始まりかねないし、表向きはそうするほかないだろう。
後でこっそり生き返りました、というのは通じないし、そうであるなら仮に元の体と同じであっても、別人にならざるをえない。
もし生まれ変われるなり、別人になれるなら、もう少し長生きできる生を望みたいなあ。このまま自然に死ぬというのはどうも私の性にはあわない。
どうせ死ぬか生まれ変わるなら、もう少し世の中をみてからにしたいし、何より姉上が気になる。私の唯一の片割れがどれほど悲しんでいるか、考えたくもない。
しかし、提案に乗ることで姉上や義父母に迷惑がかかることがあるならその限りではない。そこは確認しておきたかった。
「仮に私が提案の通り姉上に取り憑いた場合、私や姉上にはどういう影響があるのでしょうか?」
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