第二十八話 もういちど あのはなを
「即興にしては、なかなかの名演であったな?」
気がつくと、ホノカさんが、こちらに微笑んでいる。そして、少し透けはじめていた。
「そうでしょうか……うまく皆に伝わったかどうか………倒せたんですよね?」
「うむ。かの神の魂は燃え尽きた。万一どこかに残した分身体からの復活があっても、この世界への経路はもはやない」
言いながら、ホノカさんはだんだん薄くなっていく。
「妾としても、これだけの規模で起動したのは初めてでな……ああ、人間でいうなら、これを、疲れたと、いうのであろうな」
「とんでもない技でした……」
「ふふふ。……しばし、妾は眠りにつくことになろう。ラファリアよ。そなたと、そなたの姉に感謝を。これほどまでに満足できる日が来るとは、思っておらなんだ……」
「こちらこそ、色々とありがとう御座いました」
「……そなたも、まもなくここには居られなくなろう。その前に、姉とは話をしておくがよい」
「ありがとうございます」
「うむ。さらばじゃ……」
そうして、ホノカさんの姿は部屋から消えた。うん、そして私自身も。だんだん、薄くなってるのが分かる。眠気のような感じ。死人の身で霊威を操るのは、例え外部から命の供給を受けたとしても、無理があるようだ。そういうのも含めて、観察されているのだろうな。
「……姉上」
『! …ラファ、まだ、いたんですね!』
「はい、でも、それももうすぐ終わります……」
『そんな……』
「私は、やっぱりもう、死人ですから……」
『……っ…………うっ…………』
泣かないで、オルフィ……。
『……あなたは……これから、どうなるの……?』
「さて……魔人王の部下の方には、このまま天に上るか、あるいは別のものに生まれ変わるかであろう、とは言われていますけれど……」
『生まれ、変わり……』
「どういうものなのか、全く分からないですけどね。私の事より、姉上たちのこれからのほうが、大事です」
『それこそ何とかしてみせる、でもあなたと話せるのは、もう、今しかないじゃない…!』
「姉上は、きっとすごい女王になります。でも、たぶん今姉上が思っている以上に、事態は深刻なんです。魔神は滅びましたけど、世界の魔術は、先程から、だいぶ、弱くなっています。大半の人は魔術を使えなくなるかもしれません。そして、たぶん、それはずっとそのままです」
『それは……どうして』
「魔を滅ぼす奇跡の、代償らしいです。これからは、それを前提に、考えないと、いけない、時代がきます。大変だとは、思う、のです、が……」
あ、まずい、だんだん自分を維持できなくなってきてる。急がないと。姉上はああいうが、魔術が弱まる状態で、戦渦の傷跡も深いラグナディアを復興させるのは、姉上にとって、とんでもなく難題になるはずだ。
魔人王との契約による王都の結界も、いつまで続くのか分からない。姉上たちには力が必要だ、この状況を打破するための力と知識が。
姉上は自覚はないが、既に【史記】と【奪魄】にはある程度目覚めているはず。だが霊威とは、目覚めているだけでは足りない。同じ霊威でも自覚と、使い方の知識、使いこなす知恵、さらには鍛錬があるのと無いのとでは大違い。それらがないと意味がない。ガルザスが、結局そのために自滅したように。
初代魔人王アーサー、そしてその娘プラナスは、複数の強力な霊威に目覚め、当時としては破格の力を持っていたが、彼らの時代の人類は、まだそれらについての知識や知恵が、全然揃っていなかった。
朱洛や那祇も、自分たちのもっていない霊威については表面的にしか知らなかった。それだから、魔神を最初に撃退したときも、無理をして、命を犠牲にせざるを得なかったのだ。
魔神の霊威の特定も、事態が終わったあとの調査解析によるものだったそうで……。そのためプラナスの本の記録を読むだけだと、折角の霊威の使い方も結構足りていない。
でも私は、現世代で多くの霊威の知識と知恵に優れたエルシィさんに【慈悲】によって一時的に力を共有させて貰えたことで、【史記】と【奪魄】、そしてそれを参考に【勤勉】や【怠惰】の使い方についても、多くを知ることができた。
だから、姉上に、少しだけでもそれらを伝えたい。それはきっと、ひとりになってしまうオルフィの力になる。
……『継承』の魔術は、【史記】の劣化版だ。同じ事を、霊威によって実行できる。この消えかけた状態でも、それくらいなら、なんとか……。
「……姉上、もう、時間が、ないので」
力を込める。願いと共に。
「……えっ、これは、何!?」
「最後に、この旅で私が、得たことのいくつかを、お教え、します……!」
ばちっ! と、最後の力を振り絞って、そして力を、ほぼ使い切った感触。
「ラファ……今のは……!?」
「……ごめんなさいね、オルフィ、これくらいしか、助けて、あげられ、ない………」
「いいから、そんなのいいから、行かないで……!」
「ごめんね……もし、もし、かなうなら、また」
「……また?」
「また あえるなら そのときは……」
さいごによぎるのは、なぜか、あの時のおもいで。二人だけの、ぼうけん……。
「もういちど わたしのはなを いっしょに……」
「……ええ、きっと」
「ええ……さよ……な……ら……」
そして、私の意識はぷつんと途切れた。
魔神とその軍勢が燃え尽き、女王の手にあった刃も消えた。
「……終わった、のか……?」
奇跡の刃に力を吸い取られたのか、皆一様に、酷い脱力感に襲われていた。だが、生きている。
王祖の残した仕掛けとやらが、どういうものなのかはよく分からないものの、それによる奇跡が、事態を終わらせたのだと、皆がそう理解した。
弱々しくも、開放感と、安心による歓声が戦場あとに木霊する。その中で女王だけが、俯いて咽び泣いていた。半身との別れを噛み締めながら。
その女王のほうに、巨大な影が、近づいていく。オルドデウスと呼ばれた魔導聖鎧。そしてその後に、魔人王の騎士たちが続いていた。
『……見事な奇跡であった。人の祈りの力も侮れぬな』
オルドデウス……ヴィシュヴァルーパは、妹姫の作った設定を引き継いで、女王に語りかける。
「……あなたは、何なのですか?」
『我はこのオルドデウスに宿る聖霊なり』
「聖霊……神器であったのですね?」
『然り。そして我は今日のこのただ一時の幻なり。まもなく我は再び眠りにつき、この体もただの聖鎧に戻るであろう』
「そう、ですか……」
『我と、リオネルとの盟約は、本日を持って終わる。だが、心せよ。かの魔神の断末魔の爪痕は、滅びてなお、この世界を刻んだ』
「どういうことですか?」
『そなたらの知る魔術や神聖術は、もはや昨日までの力を持たぬであろう。されば人は、魔術以外の力と知恵を磨くことを強いられることになろう。我を含め、いかなる聖鎧なる躯体も、もはやかつての動きに至るのは困難やもしれぬ』
「……それは、いつまで、どこでの話になりますでしょうか?」
『いつまでかは我にも分からぬ。どこでというなら、この世界の全てなり』
「なんですと……!」
「ほ、本当だ、お、俺、魔術が発動しねえ……まさか……」
「私は辛うじて使えるようですが……いけませんね、疲れが、ひどい……これは……魔力指数でも何割か、落ちている感じです……」
「なんと……なんということだ、これでは復興すらままなら……」
戦勝気分が吹き飛び、騒然となる人々に、巨人が語りかける。
『……案ずるな、人の子らよ。そなたらは、そなたらが思うよりも強い。先程の奇跡がそうであるように、力を合わせ乗り越えるのだ。されば、道は開かれよう』
「……ありがとうございます」
『……うむ。リオネルの意志を受け継ぐ者たちよ。息災なれ。我は、再び、眠る……願わくば、我が目覚める危機のもはや訪れぬことを……』
巨人が纏っていた輝きが消え、鋼の巨体は、そのまま動きを止め、沈黙した。
それを見届けて、今度はイーシャがオルフィリアに向かって話しかける。
「それでは、女王。わたくしたちも、いったん、ここを辞させていただきます」
「いったん、ですか?」
「お互い、後始末で暫くは急がしくなりましょう。それが一段落つきましたら、その後について、相談させて頂く場を設けさせていただくことになるかと存じます。おおよそは、一年ほどでしょうか。その後どうするかは、それは我が陛下の御心次第です」
「……承りました。ご連絡をお待ちいたしますね。これまでのご助力、まことにありがとうございました。魔人王陛下にも、宜しくお伝えください」
イーシャは優雅に一礼すると、他の護法騎士たちのほうに歩いていく。久しぶりの夫たちとの休暇を楽しみにしながら。
女王は、それを見送りながら、これからの道のりを思って溜め息をついた。現状、問題は山積というのも生温い。しかし幸い、これ以上の人命の損失は避けられた。それならば、まだやりようは、いくつもあるはず。
そして、妹の残してくれた知識。正直まだ少し信じられないが、なぜこういう経緯に至ったのか、妹は、自分にだけは語れる限りの真相を伝えてくれた。さらには自分に眠る、異能の使い方も……。それらがあれば、きっと何とかなるに違いない。
「……あなたに貰った命だもの、できるだけ、頑張って生きてみるわ、ラファ……」
……そうして、いつの間にか。私は、ナヴァさんの図書館に戻って、最初に話をした机の前で座っていた。そして向かいの椅子にはナヴァさんが、どこか疲れた感じで座っていたのだった。
消えかけていた私のほうは、少し戻っているようだ。ただそれが一時的なものであるのは分かった、やっぱり、私の時間はもう殆どない。
「お疲れ様だったね」
「いえ……皆様のほうがお疲れではないのですか」
使った力、命数、そしてホノカさんの能力による打撃。結構洒落にならない被害だと思うのだけど。
「……まあ、それはそれ、これはこれだ。今回の勝利は君無しではもっと被害の大きいものになっただろうからね。陛下にかわって、感謝したい」
「これ、どこまで予定通りだったんですか?」
「あの外つ神は、いずれは倒す計画はあったが、まだ当分先だと考えられていた。状況が変わったのは、双生の術式の発動を確認してからだ」
「その後で情報収集した結果、ジェーコフや、ガルザスの事が判明してね。計画を前倒しで進めることになり、用意が間に合っていないところは、色々と見切り発車で動く羽目になった。だから君や父君の死が予定に入っていたわけではないよ」
「でも、あれで被害が少ないんですか? だって……魔神を倒すにあたり、ホノカさんを使って、魔導機構が壊れるやり方を選択したのは、わざとですよね?」
例えば、同じ神器だけでも、オルドデウスでも近いことはできただろう。彼はあれでもまだ全力を出していなかった。魔神を追放するというのが目的なら、むしろそちらのほうが良かったはずだ。
ホノカさんを使うより、周辺の被害は増えたかもしれないが、魔術に影響がでるようなことはなかっただろうから。
「確かに他の選択はあった。それでもあえてそうした理由は分かるかね?」
「人が、いつか宙に戻れるように、ですか?」
「そうだ」
ああ、やっぱり。かつてホノカさんは言った。魔導機構は、星の力を元にしたもの。星の上に在るものに奇跡をもたらすと。つまり、その星から離れたら、それに由来する魔術は使えないのだ。魔術はとても便利な奇跡だ。でもそれを前提とした文明を築いた種族は、その星から逃げられなくなる。
古代種たちが魔導機構を作り出して眷属に魔術を授けたのは、便利な道具を与えると同時に、彼らから宙翔ける翼を奪い、地上世界に縛り付けるためだったのだろう。
それは奇跡なき僕たちへの温情であり、支配のための道具でもあったのだ。それを後からきた人類種が知らずに利用しているわけだが、結果的に、魔術がないと困る文明になりつつあるのは否定できない。魔素がないと死んでしまう病とかもあったりするが、その発生率は増えていると聞いたこともある。
「元々段階的に、機構を眠らせていこうという計画もあったんだ。だが、やはり便利なものは、あると使いたいし、使ってしまう。護法官や我々分身の亜神たちの間でも、その辺は意見が一致しなくてね」
「最終的にはいささか乱暴ではあるが、陛下の決断で、ある程度壊れてもよいとなったのさ。そこで今回は、ホノカさんを使うのを第一選択とする計画が遂行された。状況次第では別の展開もあっただろう」
「そんなに、宙に行けることは大事ですか?」
「そこの価値観が、議論が分かれるところだった。君にも今やプラナス様の記憶が読めるなら分かるだろうが、初代は、人類が再び星の世界に戻れるようになることを熱望していた。ゆえに、我々の本道としては、魔術に頼りすぎないのが正しいし……」
少し苦々しげな、口調。うーん?
「そして、現在の星々の世界では、若い世界や、古代種の遺産に頼る種族や、星々の世界に自力でいけない種は、発言力が低いからね。我々はそのどれにも当てはまっている。実は、我々も形式上は銀河連邦という、星々の同盟に加盟しているんだ」
「それにも関わらず、かの魔神に襲われても、前回はもちろん今回も全く助けてもらえなかったわけだが、これがもっと有力な世界なら話が違っただろう。……だがそれは、あくまで過去数十万年から現在にかけての話だ」
「その前はむしろ遺産を持っていることのほうが重視されていたというし、何万年か過ぎたら状況が変わるのはありうることだ、こうだと思い込むのは危険なのだよ。そして、魔術前提の文明であったとしても、必ずしも星の世界に行けなくなるとも限らないと思うのだがね、それこそ何万年かかけて極めればできなくはないはず。せっかく銀河にいくつも残っていない、完動型だったのに、何も本当に壊さなくても……」
時間軸が長すぎて返答に困る話だ。ナヴァさんとしては、ホノカさんを起動するのは反対だったんだろうな。
「まあ、終わったことは仕方がない。それこそ腹を括って、状況に合わせて対処するだけのことさ」
「というか、誰がホノカさんをああいう形に作りあげたんですか」
「発案は三代目魔人王だよ。母親の仇をどうしても取りたかったのだろう、あれに限らず、彼は複数の手段を模索した。オルドデウスも、元を辿れば彼が最初に手をつけたものだ」
「その意志を代々の魔人王は記憶と共に継承し、少しずつ様々なものを作り力と知識を積み上げていった。そして当代に至って、神々の仲間入りをしたという次第さ」
「……あー、なるほど……」
そうか……。
「……魔導機構は修理できないんですか?【時遡】とかも解析できたのでは?」
「あの霊威は特別でね、うまく複製するには至らなかった。それに複製できたとしても、複製能力は原本には劣るものだし、そもそも原本だったとしても魔導機構には【時遡】も効かないんだな、これが。古代種全盛期の遺産はそういうのが多くてねえ……」
「修理するにもどうやるやら。陛下なら何かご存知かもしれないが、仮にご存知であっても、やられないだろう。……しかし、終わったのに陛下もまだ帰って来られん、傷を癒やす必要もあるだろうに、どこで油を売っておられるのやら……」
なんとなく、違うと分かる。たぶん、今頃本人、凄く忙しいと思うよ? 当代の中にもプラナスがいるのなら、そうするはずだ。
「とにかく、今回君の観察による霊威の研究……そう、古の霊威を蘇らせるというほうの目的は、ほぼ完全に成功したといっていい。そちらの意味でも本当に感謝する」
「凄い博打なやり方だったと思うんですが」
「私もそう思う、思うのだが、できてしまったからには仕方ない」
苦笑するしかない感じ。たぶん同じ分身でも、当代本人には、シューニャさんのほうが近いのだろう。
「さて、君の今後についてだ。君が死者であることは変えられないものの、前にも言った選択肢のどれもを選ぶことはできる。そして私としては、新しい提案を追加したい」
新しい提案……? あ、分かったぞ。
「正直、君が扱えるようになった霊威と、さまざま状況に対応できる柔軟な精神は非常に貴重な才能だと考えている。護法官になら」
「ないです」
「……もう少しよく考えてもらえ」
「ないです」
どう考えてもこき使われる未来しか見えません。そして私自身が、何百年、あるいはそれ以上もの時に耐えられる精神を持ってるとも思わない。
「王祖にもその提案をしませんでしたか?」
「……そうだね」
「すげなく断られました?」
「……そうだね」
ですよねー。
「私としての希望は、もう決めてあるんです。聞いていただけますか?」
「……仕方ないね。まあできないことはできないが、できる限り、便宜は図らせてもらうよ。私に可能な範囲ならね」
そうして、それからしばらくして。
私、ラファリア・リザベル・ミルトンは、ようやく、死の安寧につくことができたのだった……。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました
残るはエピローグ2つです
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