表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/31

第二十六話 妖花乱舞

『『頑褐なる圧星』来たれ』


 蕾が開こうとした直前に念が響き、魔神の周辺の大地が激しく揺れ、陥没と隆起を繰り替えし、隆起は無数の土の槍に変じる。


 そしてその槍が護法騎士のたちのいる辺りに向かって次々に伸びていって、貫く……と言うよりは押し潰そうとする。


 するとオルドデウスが、騎士たちの前に立ちはだかり、今度は弓を棍に戻して土の槍たちを迎撃、破壊していくが、槍が余りにも多く、しかもどんどん槍の質が変わり、金属質になって、丈夫になっていっているようだ。


 ついに騎士たちのほうは守りきれないか……というところで。


「『停滞』……鉄は螺子(ネジ)に。捻り空けよ『神捻錐』」


 土と金属の槍たちが停止し……ぐにゃぐにゃと変形して、今度はまとまった一つの巨大な尖ったネジのような槍に変じ、猛烈に回転しながら魔神目掛けて逆襲。


 そうしてその槍は魔神の花に迎撃され、それを半ばまで穿ちつつも……そこで止められたあと、触手に食い破られ崩壊した。


 その間に、いつの間にか、騎士たちはかなり向こうのほうに移動していた。どうやらバーリさんの技で空間を渡っていたらしい。


『……ただの辺境の星ではなさそうだな。前にも来たような気もするが……』


 蕾が、弾け飛ぶ。

 中から現れたのは先ほどの四面八臂の姿ではなく、あたかも眠れる蝙蝠のような、黒い翼を畳んでいる何者か。


 そしてその黒翼がゆっくりと広がる。その姿は、巨大な直立する鰐のようで、顔は一つだけのものの、黄金の巨大な双角が生えており、四本の腕と、黒光りする鱗というもの。


 南海の果てに棲むという竜人に近い。ただその大きさは、おそらく20マール(約14m)に近く、花も含めるとその倍を超えるほど。もはや動く小山だ。



  「あの姿もまた、かつてあったある種のものでな、遥か大昔の竜人たちの祖があんな感じじゃ。先程の分体の姿も大昔の種よ。おそらく食べてその姿を得たのじゃ」

  「魔神本来のものではないんですか?」

  「然り。ただ本来の姿がどうこうというのは、神にはあまり意味はない。それが現在、本体となっているかどうかだけが問題じゃ。そういう意味で、今のあれこそ本体には違いない」



『……そうか、ここはこの前の食べ残しか。確かいい獲物がいた……』


 分体との情報共有を済ませ、記憶と照合をとり、状況を理解したようだ。魔神はあたかも頷くかのような仕草をすると、全方位に念話をもって改めて宣言する。


『良かろう、我が敵、我が糧たちよ』

『我は天地なり、我は神意なり、我は運命なり』

『我が力に敵うものなし』

『我が身となりて、我と共に歩むべし』

『さあ、お前たちの魂を我に捧げよ』


 神なる魔物は地上を睥睨(へいげい)し、【神威】が放たれる。本体を顕した偉容の(かも)す圧は、分体のときの数倍どころでなく。


 今度は間に合ったイーシャさんの結界がなかったら、ラグナディア軍の皆は、遠く離れていながら、睨まれただけで気死し魂を抜かれてしまっていたかもしれない。


 そうして魔神に向かって、無数の何かが飛翔して、吸い込まれていく。【奪魄】を得た今の私にはわかる。あれらは、周辺の動物や虫たちの魂に他ならない。


 結界の外、軍の目の前にある川には大量の魚が浮き上がって下流へと流れていきはじめた。


 彼らにも質や量の違いはあれど魂というべきものはあり、そして遠く離れたところから魔神に魂を吸われてしまったのだ。


 川岸の草花も枯死していってる。というか、川の向こう側の草木、もう全部枯れてるんだけど。怖い。


 鳥獣も、虫の声も途絶え、世界が色褪せていく。そして彼我の大魔術によって破壊しつくされ、未だに溶岩の池の蒸気も立ち上る地獄と化した、かつて田畑と草原だった荒れ野……。


 世界が死んでいき、代わりに独り、異形の花だけが咲く。


 その荒れ野にて、数は当初の一割ほどにまで減ったものの、いかにも見かけが強そうな個体だけが再生した僕の軍勢は、一斉に魔神に向けて平伏する。


 それなのに、魔神の座したる花は、平伏した僕たちごと押し潰して移動を始めた……。

 味方が主に潰されて、花に、咀嚼されているのに、残っている彼らからは一切の恐怖や不満も感じられない。本当に、彼らは動く屍でしかないのか……恐ろしい。


 あんな姿を見せつけられて、素直に食べられる者などいるはずもないのに。ああ、何となくわかる。この魔神には、それが分からないのだ。


 狂しているのか、それとも元々そういう存在なのか。彼にとって命とは、自分に食べられるために生まれるもの、そして彼に食べられることが命にとって幸福なのだと、疑うことがない。


 ……これが、外れた神。


 その前に立ちふさがる、護法騎士たちと、オルドデウス。しかし護法騎士の皆も、顔に先程までの余裕はなく、真剣になっている。ここからが、本番だということか。


『天神器……しかも界神器もある、と。ふむ……神器は余り腹の足しにならんが…………使い手は、なかなか旨そうだな』

「……来るぞ」

『『閃翠なる裂星』来たれ』


 突然、凄まじい数の衝撃波の刃が出現し、線状の雨となって騎士たちに降り注いだ。



  「ここからは時間との勝負じゃの……」

  「……そういえば、さっきからあの魔神が使ってるのは魔術なんですかね?」

  「そうじゃが、この世界の魔術ではない。あやつつは、体内に別世界の魔導機構を取り込んで一体化しており、それを元にした独自の法則による術を起動しておる」

  「魔導機構って体内に取り込めるようなものなんですか?」


  「神域にあるものは、普通、見かけの大きさと実際の大きさはまったく一致せんものよ。とはいえ、魔導機構というものは、本来動かすには余りに大きく、凄まじく燃費が悪いのじゃがな。神の中でもそれができるものは殆どおらず、奴が狂うた暴食の魔神ゆえにできることよ」

  「普通は取り込むなんてできないとしたら、他の神様とかは異世界ではどうするのです? 無力化するんですか?」


  「霊威ならば他の世界でも大抵使えるのじゃがな、魔術はな……世界によって、依ってたつ法が違うのじゃ。魔導機構も、それ以外の魔術基盤も、世界、星ごとにそれに合わせたもので、各々異なる。神が他の世界で術や力を使うときは、その世界の法を学習する必要がある。人間でいえば違う言語を習得する様なもの。逆にいえば、それさえやればよい。ただこれは神なればこそできること、人間程度の処理能力では無理じゃ」


 つまり人間は生まれた世界を離れては魔術が使えない、と……。


  「ゆえにあの外つ神のやり方は邪道。確かにいかなる世界でも、そして星すら無き宇宙の虚空ですら、使い慣れた力を行使できよう。じゃが自らの体内で法を塗り替えるがゆえに、自分の体そのものが都度作り変わる、いくら元が形なき魔であったといえ、それでいつまでも正気を保てるわけなどない。狂うたのも必定」

  「それにあやつの魔導機構は一体化の過程で相当に弱体化しておるから、まだマシじゃ。あやつの脅威の本質は、やはり霊威の種類と質にあると考えたほうがよい。そう、霊威こそが奴の切り札じゃ。最後にはそれに頼る(・・・・・・・・・)


 確かに以前聞いた、分かっているぶんの霊威だけでも酷すぎた。


  「……ふむ。そういえばまさに今妾が直面しておるのがそれよ。結局いかにしてそれまでに此界でない向こうを『捉える』かが問題じゃ……隠されておるぶんを見いだすのが、思った以上に埒があかぬ…………仕方ない、余り負担はかけたくないが、助力を具申するかの。ナヴァ!」

  『そろそろだと思っていたよ』

  「いかにして埒をあければよい? おそらくまだ半分ほどじゃ」

  『エルシィが仕掛ける際に、あなたにも飛ばす。それを使いたまえ、奴が我を忘れたときなら視えるはずだ。詳しくはこちらに』


 部屋の中に、光る小さな球がぽっと現れて。ホノカさんがそれをつまみ、ぱくん、と食べた。


  「(もぐもぐ)…………承知した、これならいけよう」

  『やれやれ……本当にやるのかい』

  「それが陛下の決断なのであろ」

  『………その通りだ。致し方ない』

  「……では、鯉口を切っておかねばな」



『『卑金なる雷星』『愚紫なる害星』『鋭銀なる凍星』来たれ』

「………!」


 稲妻の雨が降り注ぐ。猛毒の霧らしきものが周辺を見たし、その霧ごと巨大な雹を巻き込んだ氷の嵐が吹き荒れる。


 外での攻防は続くが、だんだん、護法騎士たちも無傷というわけにはいかなくなっていたようだ。魔神の繰り出す技の速さ、手数、威力、どれをとっても分体の時より上回っている。


 これ、ここに来てるうちの軍勢なんてマトモに奴の攻撃範囲にはいったら、ほぼ一瞬で数千人全滅に違いない。


 やれる事があるとしたら、魔神が咀嚼(そしゃく)してる時間くらいはその後の歩みを止められるかもしれない。たぶん10数えるかそれくらいで。酷すぎる。冗談抜きで人の世界を終わらせられる怪物だ。


『『貪緑なる殖星』『蛮赤なる溶星』来たれ』

「……くそがっ……!」


 大地から巨大な、無数に棘の生えた、太さ数マール、長さ数百マール(数百m)はある蔓草が現れて騎士達を拘束しようとする。


 草とはいえ、魔導聖鎧すら一撃で粉砕しそうな重さと速さ、しかも予測不可能な所から次々と生えてくるうえに、切り飛ばしても切り飛ばした双方の断面からまた生えてきて、きりが無い。


 さらにその蔓草に穴ができて、そこから謎の溶解液が無差別に噴き出して、回りを溶かそうとする。それらの攻撃を、致命傷を避けて逆に反撃もしたりしている騎士たちも凄まじい。


 腕が飛んだ、溶けた位は、即座に再生させたり、全員自己治癒術も凄い。しかし、だんだん、防戦よりになりつつあった。あれ、エグザさん、なんか傷口からバチバチと火花とんでるんだけど。何なんだあれ……。


『『躍橙なる蟲星』来たれ』


 魔神の花から今度は人の子供ほどの巨大な蜂のような虫が、雲霞(うんか)のように現れる。


 リュースさんやバーリさんが蟲達を異能で次々に切断していくが、あまりにも数が多く、対応している間に蔓草がさらに増殖し、だんだん手が着けられなくなっていっている……。


 そして騎士の中では、恐ろしいことにエルシィさんが一番遅い。攻撃面でも途中から戦力でなくなっている。


 無詠唱で繰り出せる魔術では、エルシィさんのはリディアのそれより数段上の威力があるものの、それでも魔神とその花、蔓草らには通じておらず、通じるような威力を出そうとするとどうしても詠唱が必要で隙になってしまうようなのだ。


 そのためリディアが持っていた魔剣を使っているようだけど、剣は余り得意ではないらしい。そして魔剣の風刃も最初は通じていたが、向こうが耐性を得たのか、今や花の触手や蟲すら切り飛ばせなくなっていた。


 全体的に剣技、体術は他の三人ほどの速さと精度がなく、目の前に来る魔神の攻撃をいなすだけで精一杯になっている。


『どれから食べるか……そうだな』


 そうして、ある瞬間魔神がさらに動く。


『『詭泥なる粘星』『剛灰なる縮星』来たれ』


 異形の粘液が蔓草と花から雨のように撒き散らされ、騎士たちの動きが阻害され、その上で圧縮された超硬度、超高速の石の弾丸が、無数に……一番遅い獲物に集中的に打ち込まれ……。


 エルシィさんはかわしきれず………右半身が、吹き飛んだ! 凄い勢いで、鮮血を撒き散らして、倒れ臥して……。


「……っ…!」

4/21 レイアウト修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ