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第二十五話 星を喰らう花

 当日、魔神が召喚されると思しきあたりを、選抜されたラグナディア軍が手分けして巡回し、一般人の立ち入りを広範囲に制限。


 一応武装は可能な限り強めのものを用意はしたが……実際戦うとなったら厳しいよね。


 姉上や一部貴族が少し後ろのあたりで、魔導聖鎧も含めて待機している。何かあれば駆けつける、という感じだ。


 そうして、正午頃に割とあっさりジェフティ達が発見された。最後の生け贄と思しき十数名の人々たちの断末魔の声が響き、それが元で近くにいたのが見つかったのだ。


 おそらくはあの機械の力で操って、異能でここまで連れてきて、しかしガルザスの力と違って殺し合いさせることはできず、自ら手を下したものらしい。


 魔神王の騎士たちが先行し、それに近くにいたヨーゼル、マクセルとフェーデルの数十人の兵たちが続く。姉上たちは他の巡回らと合流しつつ、その後から移動を開始。


 なお視点は、今回沢山用意してもらったのだった。ホノカさんお疲れ様です。


 魔神王の騎士たちは今のところまだ増援無しで、あの衣装のまま。……暑くない? イーシャさんだけはあれを脱いで人間状態で、ファスファラスから派遣された姉上たちの護衛と自称し、姉上の近くにいる。


 この人は元の育ちが貴族のせいか、物腰も穏やかで優雅なため、お義父様が同行しては、色々向こうのことを聞き出そうとしてたが、のらりくらりとかわされていた。


 そりゃたぶん今生だけでも何百年か生きてて、さらに前世記憶持ちだろうからね、そう簡単に底は見せないだろう。


「ジェフティとヤーンだな?」

「遅かったな、魔人王の(いぬ)ども」

「貴様らが古の魔神を再臨させようとしていることは分かっている。陣はやはりここか」

「陣自体に気がついていたのは分かっていたが、やはり阻止はできなかったな……先ほどの贄で全ては完成した。我が神と同志たちはまもなく、こちらに顕現される」


 いかにも、残念だ、という仕草をしながら演説する。


「当代の魔人王も大したことはない、何度か私の邪魔をしてきたが、結局私を捕らえ、倒すことさえできないようではな。古代種はまだいるのだろうが、我が神にとっては供物に他ならぬ。やはり人が我が神に勝つことなどありえない。諦めよ」


「…………」

「…………」

「……バーリ殿?」

「これ以上私に敗北主義者と語る口はない」

「うーっす、俺も無理っす。怯懦(きょうだ)感染(うつ)りそう」

「……資料にある【双界】と【潜影】……あんたたちは、古の円卓内乱の時の亡霊だね?」


 資料どころかあなた本人知ってますよね。


「……そこまでも掴んではいたか」

「しかしご先祖様も苦労したでしょーね、こんなのが同僚かつ敵だったなんて」

「ウォンガはまだしもエストラーダは当時の代から馬が合わなかったからね……」

「あいつらの子孫だったか……。まあ、誰が誰の子孫かなど、もう関係がなくなる。見よ、あの空を」


 ごごごご……と、いう風の音がし、雲が渦を巻いていくのが分かった。……かなり北のほうで。


「……む? 何故あちらにずれる、陣の中心はこちらに……」


 たぶんあちらに石埋めまくってるせいかと。


「分体か本体かは知らないが、本尊がくる前にあんたたちはいったん片付けておくさ」

「お前たちには無理だ。我が神どころか同志たちすら倒し切れまい。来たれ、我が同志たち、神の僕よ」


 ジェフティの周辺の地面に、数十もの黒い円が生じ、そこから異形の魔物が現れる。


 前回のようなものもいれば、全く違うものも多い。もはや直立歩行しているやつだけでない、足が八つある馬のようなもの、頭が髑髏の鳥のようなもの、金属光沢のある機械の巨人のようなもの、ネバネバの粘妖のようなもの……。


 余りにも統一性がなく、これが全て神の僕だといのなら。この神はいったいどれだけ、異なる種、異なる世界を蹂躙してきたのか。


 そして今この場に現れたものたち、その数50以上。それらがゆっくりとこちらに進み始め、後ろのフェーデルの手勢からは押さえきれない恐怖の呻きと、武器を構える音が響く。


「以前のこちらの肉体を借りた一時的な現界とは違う。あの時より同志たちは遥かに強い。悔い改めよ、我が神に(ひざまず)け。さすれば」

「死ね」


 バーリさんが呟いた瞬間。ジェフティ、ヤーンを含めた、50を超える僕たち全員の体に斜めに線が走り、上下がずれた。


「なっ…」


 そしてエルシィさんが間髪入れず魔術を発動する。『大地噛顎』……魔神の僕たちは、上半身が地面に落ちる前に、落ちるべき地面を失い、漆黒の地割れの中に消えていく。


 そして地割れが閉じた。ぶちゅっという鈍い音が連鎖した気がする。


「「………え?」」


 護法騎士たちの後ろにいたフェーデルの皆から、惚けたような声がする。あまりにあっさりと、先日我が軍を苦しめた魔物たちの姿は消えた。ほんとに秒殺だった……大言壮語じゃなかったわ……。


 

  「嫌がらせじゃの」

  「どういうことですか」

  「どうせ向こうはすぐに再生するが、地割れに飲み込んだせいでしばらく再生しても埋まってもがくのがミソじゃな。向こうの本尊が気付けば助けてもらえようがの」



「まーた先輩の初見殺しっすか、少しはこっちにも残してくださいよー」

「どうせあとから嫌というほど戦うことになる」



  「………というか、さっき魔物たちを切断したの、バーリさんが物を取り出してたりに使ってた、黒い門ですよね?」

  「左様。あれは門であると同時に、『斬空剣』……物理防御を無視する刃物でもある。エルシィの複写版と違ってバーリのそれは、発生がやたら速く、対策を知らんと防御も難しいので初見殺しなのじゃ」



 しかし、そこでどこからともなくジェフティの声がした。


「ごほっ……予想…よりは……強いな、だが……ごほっ……我々は滅びぬ。何度でも蘇るとも。神のお力は無限…ごほっ」



  「土の中で神聖術使ってまで無理して喋らんでええと思うのじゃが」

  「……根性は認めるべきかもしれません」



「あれでまだ生きて…!?」

「仮初めでない魔神の僕どもは、魔神がいる限り完全には死なないらしいぞ。土に埋めたのは、復活して這い上がってるまでの時間稼ぎだ。どちらにしろ、魔神本体を倒さん事には意味がない。……さて、そろそろ来るぞ。私としては、見物するにしろ、君たちはもっと下がるべきだと思うがね」


 そうして。バーリさんの視線の先、先ほどジェフティがあちらと言ったあたりの上空で、小さなな黒い、紫電の煌めく『穴』が出現した。


 穴は急速に大きくなっていき……そして、穴から無数の小さな灰色に光る何かが落ちてくる。数え切れない、おそらく、何千も………。


「あ、あれは……」

「あの一つ一つがさっきの僕どもだ。降りてきたら、主に命を捧げるべく殺戮を始めるだろう。忠告だ、もし接敵するとなったら倒すより逃げること、生き残ることに注力しろ。君達は人間にしてはよく鍛錬されているようだから、そうすれば生き残れる確率は上がる」


 そういっているうちに、姉上たちの本陣が連絡をうけ追いついてきた。


「魔神が来るのですか!? やはり間に合いませんでしたか……残念です」


 棒読みでないあたり姉上頑張ってる。


「まずは僕たちがくる。ついで、魔神の一部が先にやってくるだろう、以前の記録からすれば、それは巨大な花に座する異形として顕れる」

「巨大な花?」

「そうとしか形容できない謎の植物のような何かだ。その花自体も自律的に周りの生命を攻撃し、補食する、気をつけろ。君達はできるだけ近づくな……【神威】に呑まれるぞ」

「神威…?」

「強烈な、我に従え、という意志だ。ガルザスとやらのそれよりも無差別で、強大だろう。気を強くもつことだな。……さて、そろそろ相手をしなくては」 


 異形の軍勢。中には人間の数倍の大きさの単眼巨人、無数の目らしきものに覆われた巨大な団子虫のようなもの、それらに匹敵しそうな巨鳥や、馬と人が融合したかのような半馬人、魔導聖鎧にもにた金属の動く大きな蜘蛛のようなもの……。


 それらは、本当に種々雑多でとりとめもなく、連携もなさそうに見える、ただ同じ目的をもつだけの者たち。


 世界に黄昏をもたらす先駆け。魔神に魂を啜られた屍者の軍勢。おそらく万に届くかもしれないほどのそれらが、地上に降り立って、こちらに生ける人々がいることに気付き、ゆっくりと進軍を開始した。



 そしていきなり、屍者の軍勢から何かが十数個、こちらめがけて飛んでくる。矢のようだが、それより遥かに大きくさらに後ろから炎みたいなものを吹いていて、速い……っ!


「対地誘導弾か? いささか文明の進んだ連中もいるらしい」

「……何だ? それは」

「ふむ。勝手に追いかけてきて爆発する魔術が詰まったでかい矢だと思え」

「エグザ、灼いて」


 言っている間にすぐ目前まで飛んできたそれらは、金属でできているように見えたが……。


「『電焦防壁』」


 聞いたことのないエグザさんの呪文によって、雷を纏う障壁が発生し、それらは全て空中で爆発。かなりの威力だったが、破片すらこちらには来なかった。


 それに反応するかのようにエルシィさんの魔術が放たれる。こちらも聞いたことがない呪文とその発現だった。


「『爆鳴気槍』」


 空中に巨大な赤い槍のような何かが出現。


「『万華式鏡』『見敵追尾』」


 万華鏡のように魔法陣が展開し、中心の槍が8つほど増えて……さっきの敵の矢の軌道を逆流するかのように飛んでいき……敵のあたりで9つの夕陽が発生する。


 さらに一つ一つが凄い衝撃波を発生させてた。なにあの威力……今の一発一発が、リディアの神焦炎に近いんですけど……。


「うむ、誘導弾には誘導弾で返すのが礼儀」

「今の気化爆発術式じゃないですか、あんなの誘導もクソもないと思うっす」

「なんだ今の魔術は……あんなもの、見たことが……」


 そういや今日のエルシィさんって、魔眼の力解放してるんだっけ……背中向けてて見えないけど。


 あ、視点変更ありがとうございますホノカさん。……右目がリディアとも少し違う、光沢ある虹銀色の瞳がない目になってる……あれが本来の姿?


「機械型の敵もいるならルミナスさんあたりを連れてきても良かったんじゃ? あの人なら俺より電磁系得意でしょ」

「あいつと一緒に戦うと地獄だぞ、敵より味方に注意しなきゃならなくなる。陽子崩壊砲をこっちに誤射されたときは割と本気で消滅するところだった。しかも反省という言葉を試験管に置き忘れている。だから連れて来なかった」


 陽子? 試験管? 意味がわからない。しかし、そういや護法騎士って問題児多かったんだっけ……。


 そうこうするうちに、軍勢のうち足の速いものや、鳥のようなものは、普通の矢が届く程度の位置にまで来ていた。仲間の被害にまったく無頓着なのも怖い。


 それらに対して、我が軍からも魔術強化された矢や、魔導聖鎧の矢が飛ぶが、(かんば)しい結果は得られない。


「一度吹き飛ばしたほうがいいかい?」

「そのほうが良さそうだ」


 そうして、エルシィさんが何かの呪文を唱え……。


「風は掌に。()き打たれよ『神掌破』」


 正確には何が起こったのか、よく分からない。起こった現象からすれば、こちらに来ようとしていた数百、数千の敵が、物凄い爆風のような何かによって吹き飛ばされたということ。


 大半は、最初にいた位置くらいに押し戻された……全身がバラバラになりながら。


 ……はい? あの軍勢が一撃で半壊?



  「……今のは?」

  「本来の万象の魔眼の使い手の業というのはこういうものじゃ」

  「でたらめすぎます」



 唖然とするうちの軍を後目に、護法騎士たちは敵のほうへと歩き始めたが……すぐに足を止め、空を見た。


「やっと本尊……いや、まずは分体のほうか」


 空に開いた黒い穴から、巨大な光輝く何かが出現しようとしていた。それは、ゆっくりと地上に降りてきて……そして黒い穴は閉じていく。


 光が消えたあと。そこには、花弁が奇怪に蠢く紫がかった半透明の巨大な花があった。全体としては蓮華の花に似ているが、奇妙な触手が下の方で多数蠢いているのが違う。


 そしてその上には巨人が座していた。巨人は人の数倍の大きさ、花を含めた高さは20マール(約14m)にはなろうか。巨人といっても、その有り様は普通の人間とはかなり違っていた。


 その肌は白い鱗に覆われていた。そして複数の頭と腕があった。四面八臂(はっぴ)の異形。


 牛のような、鳥のような、猛獣のような顔と、そして人に似て非なる異形の顔。目のようなものが3つあるが、鼻がなく、口らしきものは非常に大きい。


 そして八本の腕のようなもの。しかしその腕の先に、指のようなものがあるのは2つだけ。残りの腕の先端は、鱗から変じた錐のような、鋏、鍵爪、鎚、剣山、鋸のような……。


 あるいはこれらの腕は、獲物を捕らえ。叩き、切り刻み、食べるためのものか。背中(?)には翼のようなものもあるようだが、畳まれていてよく分からない。


 そして奇怪な、燃える円盤のようなものが、頭の上でくるくると4つ、回転していて、それはまるで、赤い眼球が浮いているようだった。


 花の触手のいくつかは大地に突き刺さり……何かを吸っているようだ。おそらく魔晶石を、食べているのだろう。


「あ……あれが……魔神?」


 その誰かの呟きに応じるかのように、それが響く。


『告ゲル』


 それは空気をふるわせる言葉ではなかった。そこにいた、心持つもの全てに届く思念であり、意志。


『我ハ 欲スル者』

『我ハ 喰ラウ者』

『我ハ 法ヲ喰ライ 則ヲ超エ 天地ヲ我ガ身トスル者』

『定命ナル者達ヨ』

『我ト来ヨ』

『我ガ身トナリテ永劫ヲ往カン』


 言ってることは、つまりは俺は凄い。おまえらは俺に食べられろということに過ぎない。しかし、その思念には、凄まじい『圧』があった。


 耳を抑えて、頭を掴んで絶叫し、立っていられずうずくまり、倒れる兵士たち。耳を塞いでも目を閉じても、念からは逃れられない。


 兵士たちだけでなく、将や貴族たちにも耐えられない者のほうが多いようだ。【神威】の霊威が込められた思念に、抗える者は少ない。



  「見えておるあれは、所詮は一部に過ぎぬ。人で言えば指程度の分体じゃ」

  「……こっちもでたらめすぎます」



『立テ 歩メ 我ガ元ニ来ヨ 我ガ……』


 そして、倒れていた者の一部が、ゆらりと立ち上がり、半ば白眼を剥きながら、魔神のほうへふらふらと歩み始める……まずい。


「くっ…皆、気を確かに持ちなさい!」


 姉上の叱咤も効果がない。この場に来ているのは精鋭だけだが、これに耐えるには武術の技量や単なる精神力とは違うものが必要なのだろう。


 マクセルやアンセムでさえ、武器を杖に動かずに立っているのが精一杯の状態だ。平然としている魔人王の騎士たちと、顔をしかめる程度ですんでいる姉上が例外なのだ。


 このままだと、多くの者が自ら奴に喰われにいってしまう……。


「イーシャ、守ってやらないとこれはきついよ」

「そうですね……次は対応します」


 巨大花がさらに開いた。あの中に招き入れて食べるのだろうか。


 その時。



  「遅かったのう」



『我ガ元ニ来……』

「おう、来てやったぞ餓鬼ノ王の欠片」


 巨大花に水平に線が走り。そして花が爆ぜた。


『……ガァアアアアアッ!?……』


 苦痛の思念が走り、そして途切れる。魔神が崩れゆく花に飲み込まれ消える。


 そうして、いつの間にか。花の端に片手で白衣の幼女を抱えた初老の男がいた。もう一方の手には、片刃の反りのある剣……刀が握られている。


 男は軽く跳躍して花から降りて……こちら目掛けて走り始めた。げっ。速っ、この間のうちの警備隊たちより数倍速い……あっというまに、彼はエルシィさんたちの前にやってきた。


 幼女のほうは……一目でわかった、これホノカさんの同類だ。服や飾りの作りが同じ、色彩が白と蒼からなっている点が違うだけ。


「すまんな、遅くなった」

「構わん、まだ始まったばかりだ」

「お疲れ様っす」

「ほんと遅いよリュース……ところで」


 エルシィさんのジト目が幼女に向けられる。


「どうして化身を出して抱えられてるんですか、ホノコ様。握られるだけじゃ足りないですか?」

「仕方ない。あんな屍者だらけの世界にいって主殿に穢れがついてはいけなかったから。私がくっついていれば安心」

「化身でやる意味はありますまい? それに既に此界(しかい)にお戻りでしょう」

「意味はある。まだ戦いも終わってない、むしろこれから」

「意味の理由が違いますね?」

「質問に答える必要を認めない」

「すまんエルシィ、ホノコも煽るな、ほら奴が動くぞ」


 崩れていた花が、動き出す。再生を始めたようだ。そして、暴食の下僕たちも花の周りで再生を始めた。


 うわ肉片が集まっていくの気持ち悪っ。人間やそれより大きな魔物、機械のようなものは少し時間がかかっているようだが、小さい魔獣や魔鳥のようなものたちは再生速度も速いようで、いくらかはすぐにこちらにむかってきた。


「……女王様、今のうちにあんた達は下がるべきだ。やはり人には荷が重い、例え見るだけでもね。被害を増やさないうちに行きなさい」

「……ええ。皆、退きましょう。ベール河の対岸まで、急いで!」

「りょ、了解、しました……」


 全軍が撤退を始める。ただまだ思念の影響があるのか、統制が取りきれていない。そこに暴食の下僕たちが追いすがろうと、追ってくるが…………。


「……諸々(もろもろ)の罪穢れ、朝霧、夕霧と共に吹き果てよ。我が境を越えること能わず」


『天神器・瀬織津比売・励起駆動・構成『禊祓端境』』


 幼女が手を降ると、薄い霧のようなものが下僕たちの前に現れ吹き付けられた。


 その霧に触れた下僕たちは、悲鳴を上げて霧から逃れようと後ずさる。人間にはそういう効果はないようだ、霧に触れていてもそのまま普通に移動できている。



  「ホノコは浄化の力を持つ天神器。穢れを持つ者に対しては非常に強い力を発揮する。あの童の姿は、妾同様の分け身であり、本体はリュースの手にある刀じゃ」

  「けがれってなんですか?」

  「難しい質問じゃの。だがとりあえず、ホノコの場合は、死に近い者、本来在るべきでない者……死者、死霊や、それに影響された者に強いと思えばよい。……そなたも対象になってしまうの。暴食の下僕などは、死して魂の欠けたるものゆえ、穢れているとみなせ、相性がよいといえよう……。そうでない相手には刀としての切れ味も悪く、能力も使いどころがない。とはいえ、使い手がリュースである限り、意味のない話じゃがの」


  「というと?」

  「リュースが持つ限り、ホノコが斬ったものは、穢れていたことになる」

  「はい?」

  「リュースが使う限り、鈍刀(なまくら)状態になっているホノコでも、万物がよく切れる。よく切れるということは、穢れていたことになるので能力も通じるのじゃ」

  「意味がわかりません」


  「因果が逆転しておるので常識的には理解しがたいであろうが、そういうものなのじゃ。リュースが持っている限り、あやつはいかなるときも、神器の中でも上位の名刀なのじゃ。そしてそうであるからこそ、本来斬れぬものが斬れる」

  「なんでリュースさんが持つと斬れるんですか?」


  「本人の力の使い方が上手いとしか言いようがないの。物理的な剣の技量も、異能も、どちらも上手い。ことに異能のほうは本来は馬鹿げた消費の能力なのに、使い方が異常に上手いから、大して疲れずに使えるのじゃな」

  「ふええ……」

  「そして斬れるから、ホノコのほうの力も効く。先刻あの花が崩れたのもそのせいじゃな。あの花は外つ神の一部ゆえ、普通なら神器による武器でも斬られただけであんな風に壊れることはないが、それが神器の専門分野であるなら、その限りではない」


  「天神器は専門分野においては因果に介入し、本来有り得ない事象を引き起こす能力を持つ。そして、有り得ない事を重ね、正しくない状況でも正しいと、世界に錯覚させられるなら……事実上、あやつは何でも斬って浄化できる刀なのじゃ」


 よく分からないが反則だということはわかった。


  「ただもちろん、無敵ではではない。リュースの力にしても、ホノコの力にしても、無制限に、無限に使えるわけではない。外つ神を相手にするなら、倒しきる前に力が尽きる。向こうも神よ。因果への介入は向こうにもできる、それができねば界を超えてなお神とは呼ばれぬ……ほれ」



 魔神が再び花弁の上に姿を現す。

 花がその体積を増していた。しかも何か怪しい紫の点滅を始めている。段々存在の圧が増えているような……。


『……恐レルナ 我ガ子ラヨ モハヤソレハ障リナラズ 我ガ力ヲ授ケン』


 異形の軍勢の陣容も回復し、進軍を再開する。しかもなんかまだ増えてる、花からどんどんでてきてる、怖い。しかも今度は霧の中に入ることができているようだ。



  「攻撃を『食らう』ことで、ホノコの術を解析し、【強靭】によって耐性を作りだし、その耐性を【慈悲】によって下僕に与えたのじゃな」

  「一度使った能力は効かないということですか?」

  「全部ではないが大半はそうじゃの。倒し切れぬ攻撃を加えても段々耐性が増えていってジリ貧になる。最初のうちは何とかなるように見えても、倒しきるにはいたらず、やがては逆に相手のほうが強くなり、ついには食われる、というのがあの神じゃ。かといって大技を使っても所詮は分身に過ぎず、倒しきれんゆえ時間稼ぎにしかならん。そしてあの神にとって時間は味方じゃ。今も周りを食べておる」

  「え……」


 ……周囲を見たら、枯れてる。草が、花木が、晩夏の陽光に青々としていた草原が、魔神の周辺から枯死していってる……!


  「それじゃ、こんなことやってる場合じゃないのでは」

  「あれを滅ぼせぬ効果は全て、時間稼ぎでしかない。分身でなく本体を呼び、かつあやつが持つ億を越える命、それを一撃で吹き飛ばせねば、打撃を与えるという方向性では勝てぬ。じゃがの」


 ちょっとホノカさんの様子が変だ。表情はさっきから変わらず、凍りついたよう。……分身の演算に割く余裕がない? ……何かやってる? 何かを、探している。何かを。


  「……時間は向こうだけの味方ではない」



「塵は塵に。腐り果てよ『神朽霖』」

許々太久(ここたく)の罪、流れゆけ。此処に遺るは在らじ」

『天神器・瀬織津比売・励起駆動・構成『祓滅漱流』』


 エルシィさんの大規模魔術と、幼女の術が重なる。神朽霖って……それ、禁術じゃない。霧が地面を這う靄に変わり、雨が降りだす……今度は軍勢の大半が雨を浴びた。そして地獄絵図が発生する。


 溶ける。生けるものは雨にうたれ、腐り、溶け崩れ、白骨を晒す。金属は、錆びて、朽ちて、粉になる。さらに地面を這う靄に触れた白骨は蠢く灰に変わって、異形の灰の川となってどこかに流れていく。


 見るも(おぞ)ましい、まさに亡者の群れに変わって、怒号と悲鳴が世界を満たす。しかし、溶けつつも、崩れつつも再生する。再生するそばから腐り溶け……白骨のままでなお蠢き、肉が腐っては再生、崩れては再生……。


 うへええええ、気持ち悪い……。生命を溶かし殺す術、こりゃ禁術にもなるわ……。


 しかし、しばらく続いたその地獄絵図も徐々に終わっていく。いったんは破壊のほうが上回り、そこらじゅうに灰の湖ができたと思ったら、そこから再生のほうが上回るようになり……やがて。


 軍勢は形を取り戻し、侵攻を再開する。普通ならいくら再生するとしても、心ある者なら恐怖や怯懦、躊躇(ためら)いはあってもいいのに、彼らにそんな様子はない。



  「所詮は、あれらは身も心も命令に抗えぬ傀儡。動く屍の域を出ぬ。さて、あやつも動き出すぞ」



 撤退していく解放軍のなか、取り残される巨体がある。オルドデウスがその場にとどまっていた。


「陛下!?」

「オルドデウスが、動かないのです……!」


『……時は満ちた』


 念が響いた。先ほどの魔神のそれとは違う、力強く心地よい響き。


『リオネル・ガーランド・ラグナディアとの盟約に従い、我は今一度だけ目覚めん』


『封神器・オルドデウス・神名覚醒『界神器・ヴィシュヴァルーパ』』


「王祖との盟約!?」

「魔導聖鎧が、ひとりでに……!」


 そうして屍者の軍勢に、鋼の巨人が突撃していく。その動きは、姉上が操っていた頃よりも遥かに滑らかで速く……棍のひとふりが、衝撃波を生じさせ、一度に数十の敵を吹き飛ばし、軍勢の足を止めた。


『我が相手となろう、屍者の兵団よ』


『界神器・ヴィシュヴァルーパ・定常駆動・構成・『堕神狂宴』』


「…GRU? ……FUNGRUUUUIIII!!」

「Tajaaaaaaaaa!!」

「△◇◎!&%@!!」……


 黄昏の軍勢が、それぞれ理解できない言葉で叫びだし、オルドデウスめがけて殺到していく。挑発の魔術のようなものだろうか?


『界神器・ヴィシュヴァルーパ・定常駆動・構成・『喜見戦輪』(スダルシャンチャクラ)


 迎え撃つ巨人の棍が光ると、巨大な、外周に無数の刃のある燃え上がる円盤に変化し、巨人がそれを投じると……円盤が通ったところから黄昏の軍勢は粉砕され燃え上がり壊滅していく。


 円盤はぐるんぐるんと飛び回り、軍勢を()いては焼き砕いては焼き……軍勢のほうは、灰や炭の粉末になってから、集まって、再生していき……さっきとは別の地獄絵図が……。


 そして戦輪に巻き込まれなかった軍勢を、巨人は素手で迎え打つ。


 手刀や蹴りが目に止まらぬ速さで放たれ、そのたびに白い衝撃波が出て、眼前に立つ軍勢を文字通り粉砕していく様は、魔導聖鎧とはこういうものだという常識までも粉砕するにたるものだった。


 そもそも地に足がついてない、少し浮いてる。浮いてるんだけど? どうやって踏ん張ってるの?


 その状態で、速さは注意して見ないと残像が残るくらいだ、普通なら、おそらく巨大な何かが動いているとしかわからないのかもしれない。


 圧倒的な速度で死を量産していく巨人。いやあんな風に再生していくものを殺すのは、殺すというより壊しているだけなのかもしれないが。


 しかも、巨人本人が壊したぶんは、なぜか再生がとても遅いようだ。そのためさっきの神朽霖のような大破壊よりも結果的に時間が稼げそうに見える。


 そうして巨人が軍勢を引きつけてる間に、こちらの軍は川の向こう側に到達。そして念のため橋を落とす。もったいないけどね。


 対して魔神のほうは、あまりに部下たちが潰され続けるのに業を煮やしたのか、巨人めがけて何かの術を放とうとしていた。


『『卑金ナル雷星』来タレ』


 魔神の頭上に、稲妻のような煌めく丸い何かが多数出現し……霧散する。


『天王器・ナーガールジュナ・励起駆動・構成『一切無常』』


『ム……』


 エルシィさんが魔杖を向けていた。以前リディアに使ってたやつか。


『告。変換飽和マデ残二分。機能停止』

  

  「だから煩いというに、気が散る」


「貴様の相手は我々だ」

『……虫ケラカ』


 そして魔神と、護法騎士達の戦いが本格化してきた。花から謎の光線や触手が無数に放たれ、それを騎士たちが避けたり跳ね返したり斬ったり焼いたり……触手といっても一本一本が人間よりも太いようなものが数十本乱舞する。


 その大きさで矢や鞭のように速く、地面に突き刺さるとそこが爆発したかのように弾け大穴があくような代物だ。


 光線のほうとかは速すぎて見えないうえに、当たったところの土が沸騰しているあたり尋常のものではない。その光線が横に薙ぎ払われると、一拍遅れて爆発が壁のように吹きだしてたりする。


 およそ普通の人間が相手にできるものじゃないが、それに対し騎士たちは今のところ普通にかわしながら反撃してる。


 花や触手のほうは、一見簡単に崩れたり斬られたり焼けたりしているのだが、再生速度が凄くて、斬られた触手が宙に浮いてるうちに再び繋がるなんてのも見た。


 しかも、だんだんと、再生するたびに花の大きさが大きくなってるような気がする。あれだけやっても全然効いてないんだろうか。


 しかも普通に味方の僕たち巻き込んでるんだけど、全く意に介してないっぽい……酷い。


 一通りの攻防のあと、お互いに睨み合う……いや魔神が見てるのは巨人のほうだわ。騎士たちのほうを脅威と見てないのか。


 あくまで対処しているのは花のほうで、花としては騎士たちを攻め倦ねているようだ。そしてその時、騎士たちの後ろに、軍勢から抜け出した、影が回り込もうとしていた。


 この動く影は‥…ヤーンか。復活したのだろう。やや上の視点から俯瞰すると分かるが、同じ高さだとわかりにくいよなあ、これ……面倒な能力だ。


 しかし背後にゆっくりと近づく影に、前を向いたままエルシィさんがいう


「そのまま灼いてもいいんだが、どうする?」


「……通じぬか」


 影からヤーンとジェフティがでてきた。


「今更何しに来たんだい」

「降伏勧告よ。諦めろ。我が神には誰も届かぬ。無駄な被害を増やさぬほうが」

「あんたたちの神が食べる命数が減らずにすむって?」

「……誰しも苦痛は少ない方がよかろう」


「穢れた屍者がいうものだわ、あなた達の有り様こそ苦痛に満ちてる。ある程度以上は自覚出来ないのでしょうけど」

「そもそも神を名乗るなら、いくら端末でも、あんな智天使(ケルビム)の出来損ないじゃなく、見かけだけでも、大天使とか龍神とか如来とかの、もっとこう、厳かで有り難そうな姿であるべきじゃねえのか? どうせ元は定まった形のない存在なんだろ」

「……何? 貴様、は」


 リュースさんとは面識なかったか。少なくとも、今のとは。


「だいたいなんだ貴様たち、その姿は? そんなんじゃなかったろう? 借り物の肉体なんぞさっさと返せよ。自分らに流れる血の誇りすら食われたか、アレクサンドル、セルゲイ」

「!!」

「ああ、俺の方は別に借り物じゃねえぞ。普通に死んで生まれ変わっただけだからな」


 いやそれ普通じゃないです。


「……誰、だ、お前、は」

「……いや、すまんな、アレクサンドル。自分の脱け殻がこんな亡霊になり果てるとは、お前にとっても不本意だったろうにな。銃だとやはり断ち切るには向いていない、今は刀のほうが得意でね。こちらならいけるだろう」

「……貴様は」

「あのとき俺が撃ったときにはもう、貴様たちの魂は喰われていたそうだな。悪かった。気づいていれば、こんなふざけた亡霊など残さなかったし、プラナスを犠牲にすることもなかった」

「……マシバ」

「そうだ。イグナチェフの小僧」

「リューイチローッ! 貴様っ!」



 プラナスの本を読みこむ。

 ……父に。初代魔人王アーサーに仕えた、第一世代の魔人たち。その中で特に優れた12人を、余人は古の伝説に準えて、円卓の魔人と呼んだ。のちの魔人族の八大公家は、彼らの子孫たちだ。


 ただ、ジェーコフは12人の一人ではあったが、彼の子孫はいない。彼は12人の中では最も王から遠かったといえる。本人としては仕えたというよりは、利害がたまたま一時的に一致していた、というだけであろう。


 王の死ののち、彼は円卓の他の何人かと共にジーディアン内を分断する争いを引き起こすことになる。


 では、王に一番近かったのは、誰か。王の右腕、最強の魔人……リュウイチロウ・マシバ。もっともうまく霊威を使いこなし、あらゆるものを撃ち抜く魔弾の射手と呼ばれた狙撃の達人。


 彼がいなければ、古代種の末裔、赤龍将シュラクフリューダスにも、白龍巫ナギルラグナディアにも、人類が勝てたかどうか怪しく……正確には、勝てたというよりは、一本取られたと認めた、という感じだが。


 彼らがそれぞれ朱洛(シュラク)那祇(ナギ)として人類に降ることもなかった……それは、第一世代の者が、共通して感じていたことだ。


 ただ本人は自ら上に立つことはない仕事人気質、むしろ普段は穏やかで、平和的解決を希望する男であった。


 その彼がただ一度、怒髪衝天となったのが、姉の明日香を含む仲間たちがナーシィアン側の謀略で殺されたときだ。


 自身も小さからぬ怪我を負った身で暴走して反撃を始め、やがてその破壊は主犯の大統領が逃げ込んだ移民船本体にまで及び、移民船・第四の方舟(フォースノア)は衛星軌道上で崩壊。


 そこに保管されていた数多の知識は消滅し、人類は電子技術の大半を失って、後に大空白時代と呼ばれる文明の断絶を引き起こすことになる。


 しかしながら、父をはじめ、仲間の殆どは当時それを諫めるどころか怒りに同調したのだから、仕方がなかったのだろう。


 結局は不和の種はその前から芽吹いていて、地面に出てきたのがその時だったというだけのことだ。明日香を始め、そのときに殺された十数人にはむしろ穏健派が多かったことも、不幸であったといえる。



「……貴様が現代にいて、我が神のいかなるかを直接知っていて、私のことも気がついていて……まさか。私を見逃し泳がせて、喚ばせたのか!?」

「そうだ」

「何故だ、人類を自ら我が神に差し出すような真似を」

「今度こそ勝つためだ、アレクサンドル」


「ありえない。馬鹿な、お前こそ狂ったか。我が神は人類ごときに勝てるものではない」

「諦めを魂の代わりに埋め込まれたか? お前は諦めの悪さは人一倍だったのに。人の最先端は、遥か先に届いているぜ。今のお前には到底認識しえないところにだ」

「はは。確かに今の王も多少はやるようだが、所詮は私にすら……」

「貴様が戯れていたのも、当代の王の端末に過ぎん。しかも死にかけのな」


 その端末様が死にかけてるのは主のせいというのが何とも……。


「なに……」

「今の王本人は、あの魔神より強い。あいつが出てこないのは、アレに命数を吸われながらだと、向こうも元気になりすぎて、周りへの被害が大きすぎるからだ」


 ジェフティは思考する。

 馬鹿な。何を言っている。人が神に勝てるはずなどない。知っているはずだ。あの力を。人が届くなどありえない。驕り以外の何者でも……。


 ああ、そうか。この男の、真の力。それは確か……まさしく、その能力の名こそこの男の本質に違いない。


「ありえない。……哀れな、不可能ごとを今の主に吹き込んだのか」

「なるほど。お前の心は、あの時で止まったままか。仕方ないな。グレイも、後世蘇ったときに貴様たちのことを気にかけていたそうだ。ここで俺が引導を渡してやる」

「グレイ……あの逃亡者め……」

「あいつにも色々事情があったのさ。眠れ亡霊。もう地上にお前たちの居場所はない」

「……奢るな。先ほど我が神に与えられた力はもはや人間の枠など……」


 そうして、ジェフティが何かの術を発動しようとしたところで、その隙にヤーンが逃げ出そうとしたところで。ドンっ、と。音がし……。


「……あ?……」

「……な……」


 居合い、というのだろうか。私でも、刀を収めるのが見えただけ、その前の瞬間は殆ど見えなかった。速すぎる。


 刀の届く間合いではなかったのに、振り抜かれた切っ先から何かが生じ、二人を襲ったのだ。二人の体が、またもさっきのように上下に両断され……。


「再生……し…な………」

「ああ。お前たちも、その身体も、もう解放される。休むがいい」

「なぜ……もうあのデーモンとのつながりが、ない……おお………」

「いやだあああ、俺は、まだ、消えたく‥……」

「さらばだ。アレクサンドル、セルゲイ」


 まさか、本当なのか。そんなことが。人が本当に勝てるというのか。あの神、あのデーモンに……本当に……もしそうなら……私のした、ことは…………。


 いやだ、やっと生き返ったんだ、俺は、俺はもっと、俺でいたい、死にたく、死にたくな……。


「…マイ……ゴッド……」

「……ガッデム」


 最後の言葉に残された響きは、二人で正反対のものだった。つるんではいても、同じ神の下僕でも、本当の目的は違っていたのかもしれない。……でも、殺しただけでは、また復活しちゃうのでは?



  「もう蘇らんよ。エルシィの力も使ったな」

  「エルシィさんの?」

  「あの三人は霊威を共有しておる。【共有】自体はイーシャの力じゃ。そして、エルシィの力、【縁起】の本質は因果と縁というものを弄くることでな。正直、本人にも制御しきれん危険な能力なのじゃが、便利ではある」

  「先ほどの斬撃は【縁起】の一部、【絶縁】の力を乗せた太刀。魔神との霊的な繋がりごと切ったのよ。これについては、もし、あの魔神が、あそこで目で見えているだけの大きさの存在なら、同じように【絶縁の太刀】にて斬り伏せる、それだけで世界から追放できて目的達成なのじゃがな」


  「よく分かりませんが人間の枠を越えてませんか」

  「神の枠はもっと大きい。神が見かけ通りの『個』であることは殆どない。まして外つ神と呼ばれるモノは、概念世界上では例外なく巨大じゃ。平行世界に遍在する場合もままある。そうすると一刀では無理で、無理な場合、絶縁の力は自分に跳ね返ってきかねん。ゆえにさっきからも、魔神を斬るときには、あやつはその力は載せておらん」

  「ではどうやって斬ってるんですか?」


  「奴が主に使っておるのは【破現】じゃな。奴本来の霊威はもっと上位なんじゃが、そっちを全力起動すると命が削られる、魔人でもそれこそ10数える間もなく死ぬ」

  「それじゃ使えませんね」

  「破現は否定の霊威。否定されたものは本来の有り様を失い、神の体ですら変質する。奴は、是は真ならず、銃弾にて穿てるもの也、あるいは刀で斬れるもの也、と、対象の性を改変してから攻撃しておるのよ」

  「本来これでも馬鹿げた消費の能力なのじゃが、銃弾の先の、あるいは刃の上の、一次元の概念の範囲に霊威を展開することで消費を抑えるのは、天才の業としか言えん」


 つまり、霊威の発動範囲が、極小の点や線だから、消費も少ないって? でも高速移動してる弾とか剣の先で? そんなのどうやってるの?


 今の私には、霊威について何となくわかるようになっているが、その感覚からすると、正気の沙汰ではない。なぜなら魔導機構による補助がある魔術と違って、霊威の場合、相対位置の固定というか、座標は、自分で認識し続けないといけない。


 そしてその補助に、魔術は、そして普通の五感はあんまり役に立たないのだ。直感とか、あるいは魂覚とでもいうべきか、別の感覚が必要だ。


 敢えて例えるなら、何百羽と飛んでいる鳥の群れの中の特定の一羽を、目を閉じて耳を塞いでなお捉え、その一羽だけを矢で打ち抜くくらいの無茶。


 確かにそれが可能なら、巨大な投網も罠も要らず、用意すべきは矢の一本ですむ、つまり消費は少ないのだろうが、それ、才能とかじゃなくて、既に別の異能なのでは?


  「単に物理的破壊だけなら、【憤怒】や【黒虚】などもっと強いものもあるのじゃがの。破現も含めた奴本来の力の本質は、汎用性も高いのが強みじゃな。ただし、絞り込んでいるがゆえに、力の届く範囲が狭い。だから神を斬れても殺しきれん」


 ホノカさんが、凍りついた顔でつぶやく。


  「つまり奴は今回、切り札ではない」



 ……そこからしばらくの間は、護法騎士たち、特にエルシィさんや、神器としてのホノコさん、そしてオルドデウスの技で花や軍勢が削れては再生を繰り返し、さらに逆に勢力を増す、というのが何回か繰り返された。


 そうして、さすがにこれ以上増えると、一同は退避したラグナディア軍のほうにも再び被害が……と思えるころ、蒼鋼の巨人が動きを変えた。


 オルドデウスが前に出て。いつの間にか手に戻ってきた戦輪が、今度は弓へと形を変える。そして引き絞られて、赤光に揺らめく焔で出来たかに見える矢がそこに現れた。


 そして空に向かって、矢が放たれる。


『界神器・ヴィシュヴァルーパ・定常駆動・構成『火天箭雨(アーグネーヤーストラ)』』



  「もっと上位のしか通じんだろうに……まあ雑魚には効くか」



 光る炎矢が空に向けて飛んでいき……上空で瞬いたかと思うと。分裂。無数の焔の雨となって、軍勢に降り注ぐ。そして着弾と同時に、一つ一つが。爆発した。


 耳が割れそうな轟音が連鎖する。何百、何千もの爆発。その一つ一つが、人間の体など粉砕、蒸発させるであろう力と熱があると、見て取れた。


 大地が抉れ、蒸発し、溶解し……かつてリディアが作り出した神焦炎の溶岩の池。


 あれに似たものが結果的に魔神を取り囲む形で無数にできて、それが融合し、二重円になって、軍勢は……皆、そこに、溶けた、ようだ。


 そして魔神は……全く傷ついていない。炎の雨を、……「食べた」のか。これだけの威力があっても効かないとなると、およそ普通の魔術では傷つけられないのだろう。というか……。



  「今のは、魔術……なんですか……?」


一応、百マール(約70m)はある非常識に大きな魔法陣は発現してたけど……。


  「今のあれは魔術じゃが、本来あやつは魔術を必要としておらん」

  「必要としていない?」

  「魔術、そして魔導機構のない世界であってもあやつは、同様の現象を起こせる。魔術を利用したのは、単にそのほうがこの世界においては、力の消費が少ない選択であるからに過ぎぬ」



『……界神器デアッタカ……何故コノヨウナ……辺境ニ……』

『餓鬼ノ王よ。悔い改める時だ』

『笑止。我ハ……止メラレヌ。貴様モ我ノ礎トナルガイイ……『凄黒ナル喰星』来タレ』


 魔神の背後に多数の黒い円が浮かび上がる。

 黒い。ただひたすら黒く、一切の光が感じられず、遠近感を失うほどに黒いなにか。


 それらがどうやら巨人に向かって投ぜられた、ようだ。黒すぎて移動してるかどうかがわかりにくいのだ。


 巨人はそれに対し、新たな矢をつがえて対抗する。先ほどよりも強そうな力を秘めた、多数の紫電を纏う矢が……。


『界神器・ヴィシュヴァルーパ・励起駆動・構成『梵天神箭(ブラフマーストラ)』』


 視界の全てを奪うような強烈な雷光を纏う矢と、黒い円たちがぶつかり合う。


 雷光の矢はおそらくは、まき散らされる紫電の一端だけでも城を吹き飛ばすほどの神威、それが、黒い円たちと相殺して、進むほどにやせ細っていく……!



  「分体相手でもこのアストラですらこの有り様か、やはり飛び道具はつらいの……」



 それでも雷光の半分ほどは魔神に届くが、魔神はそれを……ああ。食べた。雷光が口に吸い込まれ、今確かにこの神は雷を食べた。


『……不味イ。モウ少シ神力ヲ込メヨ』



  「効いていないんですか……」

  「いや。少し痩せ我慢をしておる。神器相手では命を喰えぬからな、消費のほうが上回っておるのう。分体の変換効率ではそんなものか」


 魔神の花が、動きを変えた。魔神を中心に閉じていって蕾のようになっていく


  「ようやく始まったの、狙い通り」

  「狙い通り?」

  「本体を呼び寄せようとしておる。この分体では、界神器に対し分が悪いと見たのであろう。単なる威力よりも、そう思わせる攻撃、存在でなくては、釣り出せんからの」

  「界神器とは?」


  「古代種が作り上げた神器の中でも、最優のいくつかを指すもの。それ自体が、古代種の大半をも凌ぐ力を宿す、神域なる存在よ。この銀河においても殆ど残ってはおらん貴重品。その一つがこの世界にあり、それがアレじゃ」


  「あやつや妾など、永らく眠っておった神器や王器を見つけた当時の魔神王は、それに人類の伝説の神や英雄、武器や道具を模した名とガワを与えた。あやつに被せられた伝説は、ある神話の神々の主たち。しかも一柱だけでなく、形態変化もできる万能の神器よ」

  「ホノカさんも、ですか?」

  「妾も伝説に見立てた力があるが、少し特殊でな。特化型じゃ」

  「はあ…‥」


  「さて、分体側が死んでも本体にはさして痛痒なく、この世界への経路は残ったままじゃ。それでは以前の繰り返し。じゃが本体が倒れれば………まあ、完全には滅ぼすことはできぬかもしれんものの、復活に時間がかかり、多くの情報は失われ、経路も消せる」

  「でも、本体って、強いんでは」

  「強いの。本体が相手だと、今のアレ以上に飛び道具は効かんし、眼前に立つだけで命が吸われはじめるであろう。だが、それを倒せねば、どの道先はない」



 溶岩の湖が急速に冷えていき、軍勢は一部は復活しようとはしているようだけど、遅い。蕾の中から念が響く。


『我ガ戦士タチヨ……』



  「数より質に移行する気じゃな。軍勢の再生より、側近の召喚のほうを優先しておる」



「お前の戦士たちなら来れんぞ。向こうでいい感じに斬ったからな、復活には時間がかかるだろうよ」

『? 何故コチラニ来ヌ……何故起キヌ 我ガ……』

「だから斬ったと言っているだろ」

『何故』

「部下任せで寝てるから異変に気づくのが遅れてるんだよ」


『何故ダ? ……貴様ハ? ……何者ダ?』

「やっと俺達を認識したか。存在として巨大になりすぎるのも考えものだな。たが、いくらでかくても死を忘れるのは良くない、メメントモリ、だ」

『……笑止。我ハ死ナド超越シタ。タカガ神器使イ如キガ、驕ルナ』

「ならば試してみよう」

『慮外者ガ。果テヨ』


『=&%$・◇▼※゜◎・k+>{]v ・p^~#『◇▼@&』』


 神器発動の時に聞こえる音に近いけれど、意味不明な軋みが聞こえた。


 そして魔神の周辺にあった回転する四枚の燃える円盤。その中心の『目』達が、リュースさんたちを見た。そして。突然各円盤が凄まじい赤い輝きを見せ……画面が消えた。



  「魔術がかき消された。周りの術を消し飛ばしてから力を解放するあたり、典型的高位神器よの」

  「神器……あの円盤も?」

  「左様。先刻のあの光は相手の術や霊威を打ち消す封魔結界。本体はその後に来る太陽の炎による灼熱地獄じゃ」

  「たいよう?」


  「うむ。空に輝いておるあの太陽じゃ。あの円盤……妾たちの言葉に訳すなら、『天の瞳』は、近場の恒星から炎を呼び出す神器での。最大出力なら、この世界の大半を焼き尽くすこともできるであろう高位の神器じゃが、食べるべき命が根刮(ねこそ)ぎ燃え尽きかねんからか、最小限の駆動におさえておったな」

  「それでも先ほどのヴィシュヴァルーパの技の数倍の規模にはなるが。しかし、あんなものを常時携えておるとは、かの神は今はお焦げを好むようじゃな、下品なことじゃ」

  「……だ、だいじょうぶなのです?」

  「分かっている攻撃が効かぬのは何も向こうだけではない」



 言いながら、投影の魔術を再起動する……そして画面に映っているのは。四枚の円盤だったと思われるものは割れて地に落ち……蕾が十文字に切り目が入っていた。はい?


「うまいな、バーリ殿」

「そう何度はできんぞ」


 かの騎士が焔を防ぎ、かつ反撃したらしい……。



  「天の瞳は、相手に防御を許さぬよう封魔結界を展開したあとに炎を呼び出すわけじゃが、結界で全てを打ち消せるとは限らんし、炎を呼び出すまでに刹那の時間差がある」

  「その間は自身の護りも消えておって、普段と違って破壊しやすい。そして四つとも破壊できれば起動を阻止できる。一つでも残すと瞬時に復活してしまうがの、分かっていれば反応もできるわけじゃ」 


 四つとも……ああ、四つの円盤の真ん中にいた蕾に十文字に痕があるということは、二撃で四つを切ったと……うまいって、そういう意味……。


 そういや、護法騎士って、瞬きが隙になる程度に速いって言ってたっけ……。そんな速度で防御不能の刃を繰り出せるって、無茶苦茶だ。


  「あの神器は、宇宙戦闘にも使えるような大規模破壊用。本来あの四枚は遠く離れたところでそれぞれ起動させ、同時破壊を防ぐべきもの。そんなものを、全部相手の間合い内で起動させること自体、(あなど)りの表れ。不死なるものの悪癖じゃの、多少下手をうってもどうせ死にはしない……という認識じゃろうからの」



『……これは我が不明であった』


 切れた蕾の中から、念が響く。


『……分体の手にはおえなんだか』


 これまでの念と違う流暢さと、感情がそこにあった……その感情に、一番近いのは


『誇るがよい。貴様らを我が敵と認識する』


 ……愉悦


4/21 レイアウト等修正

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