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第二十話 うちの姉上は凄いのです

 とりあえず見たらガルザスに操られているかどうか分かるようになった姉上は、来客を待つだけでなく各所に出向く仕事も増やし、他に操られている人がいないかどうかを調べ始めた。


 そうして貴族たちに面会したところ、貴族の中には新たには見つからなかった。ただ、兵卒の中に紐が生えている者を偶然2人ほど見つけた。彼らは周りからは、最近無口で大人しいな、くらいにしか思われていなかったという……。


 この2人はミルトンの兵卒で、初期の頃に捕まってヤーナルに従えとの指示を受けたのだそうだ。そしてヤーナルに、こちらに潜り込んで後日の指示を待て、と言われていた。


 しかしヤーナルが次の指示を出す前に死んでしまったので、宙ぶらりんになって、流されるまま日常を繰り返していたようだ。


 うん、リディアがヤーナルを殺してくれたのはこっちにとっては運が良かったのだろう。健在だったらもっと厄介な状況になっていたに違いない。他にもいるのだろうが発見にはいたらなかった。


 数日後、無事? にレブロン伯に頼んでいた荷物が、王都のほうに送られたとの連絡がきた。搬入後しばらくしてから、ジェフティはそれに混じっていた魔晶石に気がついたらしい。


 凄い勢いで、これをどこで手に入れた!? とレブロン伯のところにやってきて問い質したようだが、姉上に運ぶように命じられた、としか言いようもなく。


 ガルザスの術が解けている事を気付かれるんじゃないかと危惧していたけど、そこはイーシャさんがレブロン伯にこっそり同行してて、誤魔化しを手伝っていたため、ばれることはなかったようだ。


 イーシャさんは魔晶石が気付かれるように、袋の一つが時間差で微妙に破れる、という仕掛けもしていたようだ。細かい。


 ジェフティからレブロン伯は、姉上がこれをどこで手に入れたか探り出せ、との指示を貰ったようだが……なんでか、直接姉上のところには来ないのね、あの元聖者は。ヤーンのほうもラグナクロウには来てないようだ。



  「裏でシューニャや他の護法騎士とやりあっておるからの。手が回らんのであろうな」

  「あ、そうなんですか」


 どうやら私の知らないところで異能戦争が既に行われていたようです。


  「それにこの街は既に下手な霊威では裏道を突破できん結界に囲まれておるからのー。これを破るには、それこそ向こうは本尊を呼ぶしかあるまい」


 なるほど。向こうの選択肢を狭めていってるんですね。嫌らしいこと。


  「あとは教会本山から聖騎士がこちらに向かっておるようじゃな、決戦に間に合うかどうかは微妙じゃが」


 聖騎士は、グレオ聖教の教会本山が持っている独自戦力である聖僧兵団の中で、特に優れた者に与えられる称号。人数は数十人くらいだったか、全員が司祭の資格もあり、聖人と兼任してる場合も稀にあるそうな。


 彼らは本山の守護が本職だが、たまに聖王の命を受けて、堕落した司祭や、神敵認定されたものの討伐に動く事がある。


 セシェルが自殺したとき……結局あとで蘇ったわけだが……その後にも浄化措置という後始末のために一人やってきていたと思う。


  「ジェフティことセシェルが関わっていることに気がついたんですかね?」

  「さてのう……聖騎士を派遣するなら、荒事も想定しておるんじゃろうがの」

  「そもそも、教会がセシェルが死んでないか、もしくは蘇ったか、そういうことを確認して追っ手を出してくれてたら、こうはならなかったんじゃないですかね……」 

  「セシェル自体は死んでおると言ったほうがいい、ヤーンもそこは同じであろうな。記憶と体を乗っ取られて、もはや本来の魂はその体にない」

  「災難なことですね」


 まあ私が言えた話ではないけれど。


  「聖騎士どもはファスファラスを敵視するのが多いからのう……間に合ったなら少し面倒くさい。せめて頭の柔らかいやつが派遣されるといいんじゃがな」

  「聖騎士って、魔人の方々から見た場合の実力としてはどうなんですか」

  「さて、どうも妾の知識は古いようじゃからな……それでも一般論としては、人間としては強いが、魔人と比較するには足りぬとは言えよう」


  「まあ、聖騎士は強さというより総合力が求められる立場ゆえ、武術、神聖術、知識、どれもが人として水準以上であろう。ただ戦闘力だけなら、序列では下になる聖戦士のほうが強いことも珍しくないはずじゃ」

  「そういうものですか」

  「ただ、偶に極めて優れた者もおる。500年ほど前になるが、ライガは並の魔人では敵わぬほどに強かったぞ」


 破竜騎士ライガ。800年ほどになるグレオ聖教の歴史において、最強とされる聖騎士。教会関係の絵画では定番の題材、信仰の篤い国では教会ごとに銅像が造られてるような伝説の英雄だ。


  「ちょっとそれは例外すぎますね……本人に会ったことが?」

  「我が主と何十合か打ち合ったこともある。奴の腕を惜しんだ我が主は決着をつけなんだが、そもそも、打ち合える段階でおかしかった。魔人ですら、人身の化身とはいえ我が主と二合以上うちかわせるものは、世代によってはおらんこともあるというのにな」


 むしろどんだけ強いんですかあなたの主。ナヴァさんと話してた時の言葉からすると、ファスファラス騎士団総長……。それなら、私でも通称だけは知っている。


 ──『紅い闘神』 真紅の斜陽剣の紋章を与えられた魔人。エルシィさんによる悲劇のさらに前の聖伐のときに、西国連合と戦って撃退した……あ、さっきの打ち合ったのってそのときかな。


 魔人王同様表舞台から消えて久しい、これも伝説の魔人だ。さらにホノカさんの言ってることが正しいなら、魔人ですらなく古代種とやらの末裔なんですよね。


 ……ならばあの時代にもいたはず。頭痛に耐えて読み出せば、おそらく少しは思い出せるのだろうけれど。


 聖騎士ライガのほうはほんとにさわりくらいしか知らない。火岩竜をひとりで討ち果たしたとか、北海の果てに潜む海魔たちを滅ぼしたとか、聖魔獣を屈服させたとか、竜や魔物殺しの話がいくつかあったっけ? さっきの聖伐にもたぶん参加してたんだろう。


 これが読書の鬼にして腐りかけた趣味を持つ姉上の友人のミリエールあたりなら目が星になってホノカさんを質問攻めにしただろうな。


 ミリィ……あの娘もどうなってることやら。あの子も凹凸あるほうだったし、アイゼル同様に……とりあえず今考えても仕方ない、せめて生きていてね……。


 魔晶石の仕込みが終わったあとは、いよいよリディア誘引作戦が本格化。どうすれば引っ張り出せるかを、ヨーゼル殿たちと議論し、まずは資材や兵糧輸送部隊を編成、王都周辺の村落の救援や、包囲網構築のためと見せかけるようにすることに。


 何度か襲わせてから、少し警戒度をあげた編成にして、姉上自身が餌になる方針だ。やられ役になる人達すいません。できるだけ怪我はしないようにね。


 全体の懸念点は南方と、メルキスタン。南方のほうは案の定、火事場泥棒的に領海に隣国の戦船と漁船が侵入してきているようだ。メルキスタンのほうは、国境沿いに軍の展開の気配があるらしい。


 どうやら、ガルザスに操られてる連中主体で、向こうの援軍に来ようとしているようだ。ここしばらく、操られていない人達との間で内輪もめしてたようなのだが、決着がついてしまったのかもしれない。


 そのためこちらに向けて移動中だった北方諸侯のいくつかは、サーマック公やプロスター公と協議のうえ、国境のチェン辺境泊領のほうに行ってもらうことになった。


 そして現在、リディアを始めとする叛乱軍はこちらの陣地作りを妨害したりもしているが、戦闘というより民への略奪が主体の行動をしていた。やはり、食料などを優先的に狙っている。囮輸送部隊にも食いついていた。哀れすぎる。


 いやさあ、ガルザスよ。今はもう能力の使いすぎで駄目になってるのかもしれないが、そうなる前には、もう少し王位簒奪後を考えてなかったのか?


 それともその辺は最初からヤーナルやジェフティに丸投げしてたのか? ジェフティがやる気ないのは真の目的からしたら仕方ないし……でももう少しこう、王として動けないの?


 本来中央軍ってその辺はうちの国じゃ一番うまくできる組織だろうに。東方からすらまともに調達できてないのはなんでなんだ……。


 まあともかく、実際中央軍は今や山賊まがいに成り下がっており、お義父様はそれによる難民対策に追われることになっていた。こうなることは分かってたんだけど、こっちも他に適任者いないのか?


 いないんだこれが……貧乏籤すぎる。目の下の隈が酷くて見てられない。


 難民の中にはガルザスの影響下にある人もいるのかもしれないというのもあり、とりあえず全員急遽森を切り払って造成した隔離区画に放り込むことになったが、切り払うにしても時間がかかる。


 そして雨露をしのぐための建物もない。ただでさえ近隣で都合のいい場所は既に諸侯の解放軍が居座ってる。


 姉上は足りない労働力を補うために、解放軍から土木ができる人材や魔導師、さらには魔導聖鎧をも動員することを通知。かなり反発を受けるも、強引に押し切って、昨日は数アウテルほど、稼働訓練も兼ねて自らオルドデウスすら動かしてた。


 失礼、中の聖霊様、これも民のためということで……。あと姉上、いい加減貴族たちとの面談に飽きてましたね? ええ、私もです。


 しかし昨日の作業は、それぞれの人形遣いたちには勉強になったと思いたい、戦闘には余り役立たない経験だけど。


 作業用ゴーレムすら数が揃ってない中にあって、魔導聖鎧の出力は絶大というほかなく、確かにこれを活用しないのは勿体ないのだが、決戦兵器とされるものの使い道ではないと考えるのも(むべ)なるかなというのはある。


 そのため、明らかに不満げな人形遣いや整備兵たちに、まず手本を見せるからと姉上が始めたのだが、不満は時間がたつにつれ驚愕に変わっていったのだった。……木ってあんなにスパスパ切れるものだったんだ? という。


 まず姉上が呪文を10数えるほどの間唱える。そして急拵えの斧槍を持ったオルドデウスが動く。大木が一撃で薙ぎ斬られ、それが倒れていく途中で枝を剥ぎ取られ丸太になり、さらに地面につく頃には滑らかな角材になって積み上がったのは笑うしかない。


 さらに枝や皮などの端材すら、並行して『圧縮』の魔術で角材状になってるんでやんの。


 もともと近くで作業してた兵士たちや、護衛たちはもとより、嫌々動員されてる人形遣いたちまで唖然としてる。そして心配だとついてきたお義父様まで。


 忙しいのになにやってるのお義父様。ここはせめてボルタス(=ミルトン家の家令)にでも任せなさいよ、野外に護衛対象増えるとそっちの面でも大変でしょ。


「こういうこともできるのですな…」

「かつて王祖リオネルは、魔の森を切り開いて国を作るにあたり、このオルドデウス以下、各家の魔導聖鎧も活用したのですよ? むしろ他の皆様方がそういった運用を忘れているのが、私としては心外です。まさかあれほど反対され、そして斯様に意外という目で見られるとは」


 言ってる間にもスパスパ、ドンドン、ビュンッ、プスッ、木は角材に、凸凹の土は叩かれて踏まれて平坦に、飛び出してきた動物は魔術の矢で射抜かれ肉に、万能である。


 あ、そこで護衛やってるミルトンの騎士のアモイとアロンツォよ、地元だし分かってるだろうけど今向こうにいった蛇には注意してね。この辺の森の蛇には結構ヤバいのいるから。ミルトン領だけで年間何十人も噛まれて何割かは死ぬから。魔物だけが怖いわけでなくてよ。


 さて、こんな突貫開墾作業を聖鎧使わずに魔術だけでやろうとしたら、早々に術者の体力が枯渇するだろう。さすが魔導聖鎧、魔力補助効率高いな。


 聖霊抜きにしても宝珠いっぱいなだけのことはある。姉上がこれを引っ張り出した理由だ。ただ、姉上。たぶんもう少し説明しないと、他の人らには無理ですよ?


 ちなみにエルシィさんは手伝っていない。あの人が凄すぎて霞んでるが、姉上も常識の範疇とはいえ天才の類だ。宮廷魔術師長が、世辞抜きに王太子でなければ自分の子供や弟子より後継者に指名したいと言ってたくらいには。


 魔力指数500近くなんて、現在うちの国では他に宮廷魔術師団員にしかいない。400超えなら学園の教授陣にはそこそこいたが、教授たちや宮廷魔術師たちが全員王都にいる以上、姉上は経験はともかく魔法適性では解放軍で最高だろう。


 しかもだ、ここ数日、もっと上がってるっぽい。私との融合が進んだせいか、私の分まで上乗せされてるんじゃなかろうか……。融合ってそういう意味もあったのか。


「そうでありましたか……申し訳ありません。魔導聖鎧といえば戦のためのもの、という意識がどうしても拭えず……」

「確かに、その後魔導聖鎧はより戦闘に特化するようになり、こうした作業は同様に専門化したゴーレムがやることが多くなったのですが、ゴーレムが足りないならその代わりくらいは勤まります」

「代わりどころか……ゴーレムにこの速さはありませんよ姫様」


 そうだね、今も手前でギコギコ動いて木材運搬してるゴーレムがあるけど、遅いよね。そのため運ぶより角材が増える速度のほうが速い。


 ゴーレムと魔導聖鎧は運用するために要求されるモノ(製造費用や使い手の才能)が桁違いだが、そのぶん速さも桁違いだ。


「それは専用ではないからですね。中央軍の第二工兵師団はまさにこういった、森を切り開き陣地を高速造営するための大型ゴーレムを用意しています。彼らを叛乱軍が使いこなせていないのは、不幸中の幸いですね」


 いやあ、専門ゴーレムでもここまで速くないよ姉上。だって姉上、これ一人で一括でやってるけど、ゴーレムの運用も普通は一人じゃできないもの。


 そういや、うちの中央軍には工兵なんていう実質土木作業要員が旅団単位でいて、普段は公共工事をやってるのだが、これはどうやら今の世界的には珍しいものらしい。


 他の国だと軍とは別の組織だったり、軍にいても旅団なんていう1000人以上の単位ではなく、数十、数百人の大隊規模という位置付けのが多いそうだ。国力からするとうちは異常に多い。


 普通は、旅団や師団があるとしたら歩兵、騎兵、魔術兵の三種だものね。東の帝国には飛竜兵旅団というのもあるそうだが、いくら強力でもあんな食費の凄い生き物よく何百も飼育できるよなと思う。


 うちだとせいぜい10頭足らずの飛竜のために、数千の餌用羊を育て、せめて取り返すために羊の毛を特産品にしたりしてるが、それでも費用対効果があるのかはいつも議論の対象になっている。


 今回の戦に参加するのもせいぜい3、4頭と聞いているが、その食費だけでどれだけの兵の兵糧が賄えることか……。


 空からの偵察ってだけなら短時間なら魔術兵やそれによる使い魔にも可能だし、飛竜に比べれば矢の的にもなりにくい。あと飛竜の風の吐息って、射程が短すぎて上空から地上に向けては意味ないのだ、あれは飛んでる奴を落とすための技だ。


 対地上なら結局魔術兵か弓兵が乗らないと意味がない。それ、結局飛竜の運用費を、他の兵の強化に回したほうが良くないか? それとも東じゃ、ほかに何か切り札があるんだろうか。


 工兵旅団は、攻撃に巻き込ま……参加する場合は砲撃の魔導具などで戦うそうだが、そういう用途だと、歩兵の中の弓兵や、魔術兵のほうが強い。


 弓は魔術で強化すれば砲撃の魔導具より遠くに届いて連射もできるし、魔術兵のほうが応用もきく。まあ、砲撃などの魔導具がもう少し進歩したら、工兵も戦力として計上できるのかもしれないが、現状では当分先の話だろう。


 中央軍の工兵旅団は建国後、王祖の肝煎(きもい)りで作られた旅団だったそうだが、おそらくは、それも姉上が言っていたように魔人王の加護が終わったあとを見据えてのものだったのだと思う。


 あるいは、もっと魔導具や武器が進歩した未来を予測したのだろうか? 未だそこには届いていないだけで。


 さて今回動員されていた魔導聖鎧は、ミルトン家のヴォルフラム、フェーデル侯家のプリオコス、スタウフェン侯家のヘルマクス、ストラ侯家のアルマランスの4つ。


 ヴォルフラムは実戦経験のない儀礼向けで、普段は私のおもち……げふんげふん……としても、他のはどれも西方にて実戦経験のある、我が国の主力聖鎧。何度か代替わりして名を継いできた由緒正しい兵器だ。


 ……初代は、王祖が近隣から金で買い集めた中古品や故障品を補修して部下に与えたものだったようだが……今代は立派な決戦兵器である。


 姉上の話を聞いていた、プリオコスの人形遣い担当の魔導師が申し訳なさそうに声を上げた。


「申し訳ありません、姫様……あの、どうやってあれほど速く木を加工できるのでしょうか?」

「え……?」

「先ほどから斬っている大木ほどになると、普通にやると、斬るどころか、先に武器が曲がりかねないと……ましてあのような角材にするなど……」


 (いぶか)しげに周りを見る姉上。しかし全員が、同じ疑問を抱えていたのだった。わかる。君たち戦場じゃあ姉上よりうまく聖鎧を操れるだろうけど、求められてる能力違いすぎるもの。


 聖鎧用装備って、想定相手も硬いせいで切断よりも打撃や刺突の戦い方が主だし。まして珠宝具ですらないありあわせの斧槍でやるなんて、ねえ。


 木なら、単に伐採するだけなら直接魔術でやったほうが早いし、それなら皆にもできるだろうが、その場合は専用魔導具もない現状では体力消費がきつすぎる。さらにこの速度で角材にするなんて無理。


「……『木質脆化』や『空楔』『鋸鉋』『転輪刃』の魔術は覚えていないですか?」

「恥ずかしながら……どれも聞いたことがありません」


 一瞬だけ木を斬りやすくする脆化の魔術に、逆に一瞬だけ空間固定する楔の魔術、さらに刃物にかけることで対植物の切れ味を高める魔術、斬ったものをすぐに周りに掻き出す波打つ魔力刃を刃物に纏わせる魔術。


 これに魔導聖鎧の出力を組み合わせることで、今回みたいに試し斬りの藁束のように大木が加工できるのだが……やっぱり姉上、これらちょっと一般的じゃないわ。


「……確かに、学園の授業には出てこない術式ですし、相手が人間や魔物、聖鎧などには無意味な術ですから、戦闘用ではないですが……第二工兵師団の兵は覚えていましたけれど……」

「少なくとも私は学んだことがなく……浅学にて申し訳ありません」


 もう一度周りを見回すが、やはり皆、知らないようだ。そりゃ私はどういう魔法かは知ってる。だってそれらを姉上に教えたの私だからだ。


 しかしそれは、私が一時期彫刻の真似事にはまっていたからであり、そのために王室出入りの家具職人の木工術を学んだからだ。


 だから工兵師団で使ってるのを見てやり方がすぐ分かったし、姉上に呪文を教えたりもした。だけど、そんな趣味でも持っていなければ、学ぶことはなかった術だ。


 あとさあ……。一瞬でやってるからわかりにくいけど、先に倒れる方向を規定するための切れ込み入れてるよね。その意味ややり方とか、本職でない人はたぶん知らないよ。


 工兵師団が砦増築してるのを視察したときに、当時の将軍が得意気にそれらを説明してくれてたのは覚えてるが、そんなことの細かい中身まで覚えてて、かつ実践できる姉上の記憶力と応用力が異常。あとそんな蘊蓄を上司に向けて語る将軍、あんたもおかしかった。


 それにただでさえうちの国だと中央軍、そして工兵師団って、西方や南方の軍人からは軟弱者と馬鹿にされてるから、その辺の技術が広まってると思わないほうがいいと思う。


 正直なところ、戦時でもなければ、騎兵とかより工兵のほうが有能な気がするんだけどな。それを口に出したら拗ねて話もできないだろう。


『姉上、これらの術式、前にも言ったと思うけど元は家具職人が使う魔術よ? 工兵でない通常の軍人に覚えてろっていうのは酷だし、そもそも本職でも、大木や、魔導聖鎧の武装の大きさに一人で適用するのはきついはずよ?』

『そうですか?』 

『自分の力に自覚を持ってくださいね? 工兵師団の人達が砦造営のために木やゴーレムにかけてた時とか、各魔術につき一人ずつが担当してたでしょ』

『……そうでしたね』


『職人や工兵と違って、人形遣いやってる人達は魔導師として一流だから、練習すれば一人でできると思う。でも最初から魔導聖鎧の操作と併用なんてのは長時間は厳しいかもしれないです。その時は木工の魔術は整備兵の人らにもやってもらう方針もありだと思います。さもなくば、奥の手のアレで経験ごと移植するのが早いかと』

『ありがとう、ラファ』


「……仕方ありません。せっかく来てもらっている以上は無駄にしたくありませんし、私が作業をやれるのは今日だけですし。あなたたちにはここで教えます」

「ここで、ですか?」


 知らない分野の魔術を覚えるのは本来時間がかかる。そりゃあ、呪唱魔術なら呪文ベタ読みすれば、理解してなくても発動はできるのだが、身についていないと、どうしても効率悪くて疲れる。その感覚を掴むことこそが魔術の練習なのだ。


 一流と言われる人達でも、それなりに複雑な術をゼロからやるなら、自分のものにするには最低でも何日か、下手すると何ヶ月かは練習しなければならない、普通なら。しかし。


「少しこちらに」


 人形遣いの一人を前に立たせて、呪文詠唱、そして、指先を相手の額に押し当てる。すると……。


「えっ……あ、熱っ!? あ……」

「わかりますか?」

「あ、はい。呪文が……分かります、これは……」

「王家に伝わる秘術の一つです。本来は文字に起こさない口伝や機密を伝えたり、忘れないようにするための術ですが、このように呪文や感覚を教えるのにも使えます」

「便利な術ですね……」


 その瞬間の思考や感情を伝えるだけの術なら一般にも知られている。でもこの秘術『継承』はそれよりずっと高度だ。単純に知識だけでなく言葉にしにくい経験的な感覚まで複写できるらしい。王祖が魔人王から教えて貰った術の一つだ。なお私は教わってない。


「何度も使える術ではないのです。あと術の記憶維持効果自体は、数日で切れます。それ以降も覚えておきたいなら、ご自分で復習くださいね」

「は、はい……」


 余り職業的に必要な知識とは思わないけどねえ。今回みたいなのは突発的事案だし。



  「便利な術かもしれんが、使いすぎると拷問になるから気をつけないといかんぞ。その辺も含めて王には伝えておるはずじゃがの」

  「なんですと?」

  「本来時間もかかることを一瞬で済まそうというのは代償もあるということよ。一回で伝えられる内容には上限があり、一度やったら効果が続く間は使えず、間隔をおかないといかん。さもないと脳が熱いどころか沸騰するかのような痛みが襲い、入れたぶん以上に何かを忘れるであろう」


 そりゃいかんですね。さすがに試験勉強程度に使える技ではないか。むしろ拷問に使えるのか、呪文と道具は使いようですね。


 しかしこれも含めて、状況を整理すると、魔人王の意図を感じる……。これ、いわば【史記】の一部効果の劣化版だもの。やっぱり、霊威を再現する子孫が誕生するように仕込んでたよねこれ。



 そんなわけで、各聖鎧が高効率で作業を進められるようになり、数千人規模の難民を受け入れる準備を整えるための土木作業に目処がたった。


 さすがに専門の人形遣い達だけあって、慣れてくると姉上より速く滑らかに動かせている。あと人形遣いたちの動きの違いが面白い。


 じっと動かず集中してる人、自分が聖鎧と同じ動作してる人、音楽の指揮者のように腕で指示するかのように動かしてる人……人それぞれだったのね。私の場合上半身だけ同じ動きしてたな。姉上も同じやり方してる。


 大量に切り出した材木は、本来建材として使うには長期間乾燥させる必要があるが、それらの処理は魔術で最低限で済ませ、多少歪んでも当座の雨露を凌げればそれでいい、という程度の難民収容所を造成する。


 冬までには状況が落ち着くと想定し、その後は取り壊して燃料にし、開けた場所は一部は田畑に、残りは植樹などの施策を取るのだそうだ。急に森や山が消えると後で予期しない弊害が起こりやすいのだとか。


 この辺の作業はミルトン家の家令のボルタスが指揮して使用人たちが担当してた。ごめんね、私がいたら少しは足しになったと思うのだけど。


 それとも、お願いですからお嬢様はまた余計なことをしないでくださいと言われたかな? 日々余計なことをしていた自覚はあるから……ごめんなさいね。


『しかし姉上、魔導聖鎧の操作もうまいですね、どこかで練習されました?』


 魔導聖鎧を動かすのはもちろん魔術だけど、効率よく動かすために本人がある程度武術を嗜むのが普通だ。そうでないと、無駄の多い動きになってしまうという話だった。


 でも姉上の操作は、そりゃ専門でやっている人達と比べると荒削りだけど、そんなに変ではない。魔術のほうの才能で補えるものだったのかしら。


『いえ、私は練習はそれほどしていませんよ。オルドデウスのための操作指南書の類は読んでいますから動かし方の理屈は知っていましたが、その程度です。武術も私本人はからっきしでしたし。だから、これは……あなたのおかげだと思います、ラファ』

『え?』

『……この身体になってから、うまく動かせない違和感がずっとあったのです。やっぱり私の体ではないと……それも、良くなかったのでしょうね」


「それがあなたと話せるようになってからここ数日馴染んできて、そうすると、逆に本来の私以上に体が動くんです。武器の使い方も、聖鎧の動かし方も、なんとなく分かりました。これは、あなたの体の記憶だと思います、私のほうはどれも余りやったことがないですから』


 なるほど私の動きであったか。もう少し拙いはずだったが、外から見ると違った印象になるものね。


『そうか……私、色んなことやりましたからねえ…とんだお転婆だったと自分でも思うのですが、それが役に立ったなら幸いです』


 ほんとに色んなことに手を出してたからな、私。彫刻もそうだし、絵画、料理、裁縫、調薬、魔工師の真似事から舞踊、剣や徒手の武術……聖鎧操作もヴォルフラムで結構遊んだ。


 だけどあれはちょっとやり過ぎだったかもしれん、すまんボルタス。そしてどれもある程度できちゃうとそこで飽きてしまうのが我ながら悪癖だった。


 そもそも本来王族、公爵令嬢なら、自分で何かやるよりも、人の使い方や観察眼を鍛えるべきなんだろうけどね。臣籍に降りるといっても、女公や女侯になるという選択もあったが、私は選ばなかった。


 ならば貴族の妻としての能力をもっと磨くべきだったのは、そうなのだけどね。結果的にそれがオルフィの役にたったのなら、改めて我が儘を許してくれたお父様、お義父様らに感謝。


「ところで、マクセル殿」

「なんでしょうか」

「少しオルドデウスを用いて練習したいことがあり、そこであなたの知見をいただきたいのです」

「私は魔導聖鎧には詳しくありませんが?」

「結果的に魔導聖鎧を使うだけで、練習したいことは別なのです。それはむしろあなたが専門のはずですので、伺いたいと思いまして」

「構いませんが……何でしょうか」

「実は……」


 何か企んでるなあ。


 そうこうするうちに、戦の準備が整ってくる。王都解放戦は、今のところ王都の北と西から軍を2つに分けて進撃する方針になっており、主力は西軍。


 北軍は北方諸侯軍がただでさえ疫病のせいで少ないのに、メルキスタンのせいでさらに兵力が減ることもあって、時間差で到達する援軍とする予定。


 解放軍総指揮官は姉上、サーマック公が副将。西軍指揮官はスタウフェン侯、北軍指揮官はプロスター公。この辺も、指揮権限は誰が、誰がどこに行くべきだ、やれ先鋒は誰が、後詰めは誰が、装備は、などの議論が延々と繰り返されていたのだが、今朝ようやくまとまり、明日から各兵力が配置に動き出す。


 開戦は一週間後、そしてそこから3日以内におおよそ終わらせる見積もり。それまでにリディアを釣り上げるべく、姉上が動いた。


 北軍の経路上の仮拠点の設置作業のための輸送隊に姉上が同行して、戦場視察や途中の有力者への説明などを行う。さらに輸送品目には兵糧以外に魔導聖鎧の部品などを含み、いかにも強奪されたらまずいよ、的に見せかけつつ、適度に護衛を強化。


 この護衛たちはいざリディアが襲ってきたら、退避することになっている。そして情報を、間者や、さらにレブロン伯などを経由して流す。さあ食いつきたまへよ。


 そうして往路。村間の隘路(あいろ)で襲撃されたのだが、しかし襲撃者の中にリディアは居なかった。中央軍の騎士とその兵たち十数名、これについてはそのまま撃退。


 半分くらいは操られていないようで、その人らは投降してきた。操られている騎士や兵たちは戦いもそこそこに撤退していった。


 投降してきた人等によると、今回のは物質強奪じゃなく、姉上がいることが分かってて、護衛の陣容を確かめろと指示されたようだ。そして彼らはいかに現在の王都が地獄かを泣きながらに訴えるのだった。


 食糧も足りていなくて、先日からは暴動が何回か起こって、鎮圧されるを繰り返し、それで物資は軍が戦に備えて溜め込んで市井に放出もせず、むしろ徴発ともしているとか。上下水道まで停止していく区画が出てきて、もう本格的にやばいとか。


 このままだと疫病や餓死者が待ったなしと……分かってるからもう少し待ってくれ。準備というものがあるし、問題はさらにそのあと魔神が近くにやってくるのだ。解放したら終わりではないのだ。それは今は言えないけど。


 この人たちについては、念のために手と魔術を封じて連れて行って、北軍向けに作ってる砦で引き取ってもらうことに。


 魔術を封じるにあたっては、普通なら声を封じるのだが、フェーデルの手勢には東方の呪符術の使い手がいたのだった。背中に札をはると、その日のうちは本人は呪文を唱えても魔術が起動しないというものだ。


 ただエルシィさんによるとこのやり方は、魔術を封じるのではなく阻害するやり方、いわば魔力指数を下げる、というものらしい。それでゼロ以下になると起動できない、と。


 魔導師資格持ちくらいなら魔術を少し疲れながらも起動できるだろうし、姉上あたりになると殆ど効かないようだ。リディアにも効かないはずとのこと。


 呪符術は、呪唱魔術と比べると、予め魔術ごとに使い捨てになる呪符が必要な代わりに、起動の呪文が効果のわりにかなり短く、さらに範囲や維持時間にも優れる特徴がある。


 呪符があれば魔導具も不要なのもよい。ただ、この呪符を作るのには結構手間がかかり、つまりは呪符を用意できる財力が決め手になるやり方だ。東方では主力だけど、この辺では珍しい。呪符の素材が入手しにくいせいらしい。


 しかしアンセムもそうだけど、フェーデルの家って、色んなところからの人材抱えてるのね。武門だから実技に関わる技量を重視するのは分かるとして、加えて家柄や伝統も求める保守的な家もうちの国には多いのに。 

 

 うちの国の200年そこらの歴史なんて大陸の西半分の中じゃ大したことないし、王祖なんて単なる商人だったのが明らかなのに、それでも結構そういう人多いのだ。フェーデルについては、外交畑のミルトンが主筋だから、その辺の拘りが薄いのかな。


 そしてリディア。

 とりあえず復路で襲ってくるのかと思ってたら、砦を襲ってきたのだった。しかも単身で。


 どうせ一人で力任せになぎ倒すつもりなら、護衛の陣容とか何のために調べたのかな? どうもこの人の行動は私には予測しかねる……。

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