第二話 そういえば身代わりだったのでした
「まず君は、自分が何故死んだのかは思い出したかな?」
「そう、ですね……」
たぶんこれだろうというものはある。だがそれは、本来なら王家の秘密にあたるものだ。今のお義父様も、表面的なことしか知らないだろう。知っているのは実の父と姉上と、施術の補助をした宮廷魔術師長くらいではないか。
「ちなみにだが、君たち王家に伝わる秘術については、我々は君以上に詳しい。初代ラグナディア王、リオネル殿と契約を交わしたのは我が主だからね」
隠すだけ無駄ということかな。
「では、これのことも?」
左腕の腕輪……そう、記憶を思い出したらこの腕輪もついてきたのよね。それを外してみる。その下からは、およそ3セルト(約2cm)幅の赤い複雑な魔術紋が現れた。聖痕魔術と呼ばれる、皮膚に刻む魔術によるものだ。
「そうだ。つまり君は自分の死因も分かっているね? 君は、その術式によって『姉王の身代わりとなった』ために死んだ」
姉「王」ときたか。そうであるなら。
「父も、亡くなったのですか?」
「叛乱勃発のときに真っ先にね」
ちなみにこれが彼の記録だよ、と、私のそれより数段分厚い本が机の上に現れた。いや父上よ、事情はまだ知らないけど、いきなり叛乱勢に暗殺されるなんて油断しすぎでは?
「そして、その後姉上も殺されたのですか?」
どう考えてもそうだろうな……。許せない。姉上を、オルフィを? 私はともかく、どうしてオルフィにそんなことを。
「そうだね。そして君と彼女、オルフィリア姫とは、『双生の契約』が結ばれていた。彼女が死んだときに、契約の発動条件が満たされたために、君は彼女の身代わりとなった」
「なお、普通なら君が死ぬ代わりに彼女が生き返るのだが、元のオルフィリア姫の体は死の際に、契約の想定以上、復元できないほどに損壊したため、彼女は君の体を乗っ取る形で生き返った。つまり今は君の元の体が、彼女の体になっている」
「!!!」
えええええーっ、私が姉上になってるのっ!? うわ確かに条件次第でそういうこともあるって聞いた気はするが忘れてたよ、少しどころでなく恥ずかしい!
だって私は姉上ほど真面目に体型維持やお肌の手入れをやってたわけではああああっ!?
一応双子だけど容姿は同じだけど中身はそのですね、私のほうがユルいというか、あの、ごめんなさいオルフィ違うのよまさかそんな。それに復元できないって何!? 何があったの!? 私のオルフィに何をしたの!?
私の混乱をよそに彼は話を続ける。
「そも、その双生の契約は、200年ほど前に我が主とリオネル殿が交わした契約の中の一つでね。その経緯と内容は、大体は君にも伝わっているだろう」
はあはあ…。…落ち着けラファ、落ち着け私、うんよし私はだいじょうぶ、それで姉上の命を救えたのなら問題ない、たぶん。
「つまり……あなたは、魔人王殿に仕えておられるのですね?」
「そうだね。私は魔人王陛下が、自分の仕事を肩代わりさせるために作り出した分身の1人だ。私の仕事は、ここの管理。そしてここは、君の夢の中というわけではなく、場所としては実際にある。魔人の国ファスファラスのある場所と重なっているが位相の異なる虚数時空軸上にあるんだ」
「…きょすうじくう…?」
うん、わかりません!
「まあ現実の世界の裏にある、幽霊の世界とでも思えばいい。存在はしているが、普通は人間には認識できない空間だ」
私たちの住む北方大陸の西の果ての、その向こうの海に浮かぶ、黄昏の島ファスファラス。魔人族が支配するそこには、世界のあらゆる書物が揃う不思議な図書館があるという。なるほど、世界の死者の記憶が揃うところが裏(?)にあるのなら、あらゆる書物を揃えることもできるのかもしれない。
しかし、かの国は表向き鎖国していることもあり、内情はよく分からないのだ。稀にこちらに来る人もいるのだが、向こうを出国する際には記憶を一部いじられるらしく、大まかな情報しかもたらされないのである。
これは間者なども同じらしい、向こうを脱出すると何故か記憶が飛んでいるとか。つまり人を送り込んでも何故かすぐバレるのだ。
魔人はほぼ人間と同じ容姿をしているそうだ。若干耳が尖り気味だったり、やや動物じみた毛深い人がいたり、奇妙な色彩の人がいるというけれど、ぱっと見ただけでは区別できない者も多いらしい。
人間の数倍の寿命と高い身体能力に魔力をもつ種族で、人との間に混血も可能。
ただし我がラグナディアのある北方大陸には殆どいない。いないということになっている。いないんじゃないかな、表向きは。
グレオ聖教をはじめ大陸の多くの宗教では、彼らは悪魔や邪神に類するものに魂を売った者の末裔扱いされていて、迫害や討伐の対象になっているせいもあるだろう。
でも実際殆ど区別できない容姿なら、隠れていたら分からないのでは? と思うし、実際隠れているのだろうと思う。時折魔人狩りなるものを起こす国もあるらしい、うちの国ではやったことないけど。
その魔人たちには、王と仰ぐ存在がいる。つまり魔人王だ。王と呼ばれてはいるものの、ファスファラスを治めているかというとそうではなく、魔人という種の王であって、国の王ではないのだそうだ。まあ、それって実質的には国王より上ってことだろう。
とりあえず、魔人王になる者はどういうわけか普通の魔人より遥かに強く長命で、当代は既に500年以上生きているといわれているが、なにぶん表舞台に出てこなくなって数百年とのことで、よくわからないことだらけだ。
そしてラグナディアの王家には、200年前の初代、王祖リオネルから代々引き継がれる秘密があった。初代と魔人王が、ある契約を交わしたというものだ。
魔人と契約したなんて一般に知られたら何が起こるかわかったものじゃない。教会とかから神敵認定されるかも。我が国はあまり熱心な信徒はいない国柄であるが、表向きにできる話じゃあない。でも他の国も、裏ではどうなのかわかったものじゃないけどねえ。
今からおおよそ200年と少し前。のちに我が国の初代王になるリオネルは、もともとはラグナディアよりもう少し東、北方大陸を南北に走る中央山脈を越えた先の東国に居を構える商人で、若くして財を築いていた。そして、あるとき彼は運命の花に出会った、そうな。
その頃東方では、千年以上もの歴史があったシュタインダールという王国が、周辺の新興国(当時。現在は立派な大陸最大の大帝国である)との戦争に敗れてついに滅びた。
滅亡の折、そこの王家直系の最後の姫が生き延びて、紆余曲折を経てリオネルと出会ったという。フリージアという名前のその姫に一目惚れしたリオネルはさらに色々あったのち、ついには彼女と結婚し、やがて我が国を建国するのだった。
この辺りの話は、物語やら劇の題材にもよくなっているようだ。……だけど。出会った当時、リオネルは30代後半、一方フリージアのほうは10歳くらい、結婚した時点でも年齢差は3倍近くだったというのは無視され、二人とも足して割ったくらいの年頃にされていることが多くて……。
……うん……まあ、それでも子供は何人も産まれて夫婦円満だったとは伝わるし、彼らが私のご先祖様なのであるが……。
そして、シュタインダールを滅ぼした周辺国からすれば、古き王家の直系の血など面倒ごとに他ならなかった。東のほう、特に帝国の文化って、割と敵は一族郎党根切りにすべしってものらしい。
古い王家の血なんて相当に広がってはいただろうけど、とにかく血の濃い王侯貴族だった人々は殆ど殺されたらしい。そんなわけで、姫の生存がばれてから、彼らは逃亡を重ね、やがて大陸を南北に貫く中央山脈を越えて大陸の西側にやってきた。
そして、当時は荒れた湿地が広がり、ろくに人のいない土地に自分たちの新たな拠点を作った。その近辺はいつしか人が集まるようになり、十数年ほどで国を名乗るに至った。それがラグナディア王国である。
表向きは、初代王の才覚や、王妃由来の古き縁、そして東方に反発する西方諸国から得られた協力によって周辺の平定と建国がなったとされている。しかし、それだけではないことが王家には伝わっていた。
もともと国になるような規模の土地が空いているにはわけがある。かつてラグナディア王都のあるあたりは、毎年のように洪水や嵐に見まわれる湿地、さらに周辺は魔物が多く生息する闇の森に覆われており、人が定住するには厳しい土地だったそうだ。
命知らずの狩猟民が洪水のない季節にやってくる程度で、住んでいる人間はいない、そんな土地。
しかしリオネルが来てからは、なぜか災害が減り、魔物も討伐され、開拓が一気に進んだのだ。これに裏で魔人王が協力していたというのである。
どうやって魔人王との縁を結んだのか、魔人王が具体的に何をやったのか、そこまでは私は知らない。とにかく、協力の代償として、リオネルはそれまでの人生で得た多くの貴重な宝物などを魔人王に提供する契約を結んだ。
そしていくつかの特殊な魔術や道具も受け取ったという。私は双生の契約とあといくつかのほかにはよく知らないが、王太子であった姉上には現在も残っている全てが伝わっていたはずだ。
さて、私の知る双生の術式は、初代王と魔人王が交わした契約で、もし王家の一族に双子が生まれ、その子らが七歳に達したならば、お互いのどちらかを身代わりとすることが可能な魔術契約を結ばねばならないというものだ。なぜ結ばねばならないのかは伝わっていない。
効果としては、双子の片方が一族の当主(=王)になった場合、もう片方はその命の身代わりになる、というもの。当主が在位中に老衰以外の何かの原因で命を落とした場合、双子の片割れの命を代償として生き返ることができる、と。逆は成立しない一方通行であるらしい。
それでも、復活の奇跡など今の世の中には実在しない、命を代償にしても叶わないとされているのに、この契約は双子限定とはいえ、それを可能にするという意味でとんでもないものである。
紋を施術した宮廷魔術師長も、伝えられたままの単純模倣はできるが解析は到底無理な複雑さで、下手に弄るとどこが変動するのか分からないからできない……と言ってたっけ。
どこがどうなってるのか刻んだ当人も刻まれてる本人も分からないし、どうも刻まれたあとで勝手に変容もしてるっぽいのだ。じっくり解析する許可なんて出せないし、仕方ないね。
復活の形態として、体が乗っ取られるというのもありえるとは聞いていたが、まさか本当にそうなるとは……だって我が国200年の歴史で、王家に双子が生まれた例は何回かあるものの、発動に至ったことはないという話だったもの。
片方が王にならないといけないし、一方通行だから片割れが先に死んでも発動しないし。条件が厳しいよね。
ともあれ、姉と私が7歳でその契約を結んだのち、12歳にて、姉上が正式な王太子となることが決まった。うちの王家は原則として男女問わず嫡子の継承順位が高く、当時の子女は私達と、まだ赤子の腹違いの妹の3人。今はその後さらに1人増えたのだけど、その子も女児だ。
そして私と姉上は双子で本来同格だが、便宜上の順番だけでなく、単純に能力の問題でも姉上は姉上だった。うん。容姿も素質も同じはずだけども、姉上のほうが勉学や魔術では、子供の頃から私より上だったのだ。性格的に私は姉上に比べるととにかく集中力が長続きしなくて根性もなかったのである。
それでも、王族貴族の娘としては充分な成績をとれていると思ってはいる。一応王立学園でも試験では上から10番くらいをうろちょろしているんです、常に3番以内から落ちたことのない姉上が凄いだけであって私が馬鹿なのではない。証明終わり。
とにかく、12歳になったとき、私は王の信任篤い重臣であったが子供のいないミルトン公爵に、養女として臣籍降下することになった。
これは基本的には姉の立場を明確にするのと、私が「身代わり」であることを隠し、かつ精神的な負担を軽減するための処置……であったらしい、他にも理由は色々あったのかもしれない。
そして私はミルトン公爵令嬢となり、公爵家の縁者にあたる侯爵家の男の子と婚約した。いずれは彼を婿として、公爵家を継いでもらうはずだったのだ。というか逆ね。私が割り込んだだけで、本来は彼が先にお義父様の養子になるはずだった。
……彼は、どうなっただろうか。叛乱に巻き込まれていないだろうか。仲はそんなには悪くなかった。あくまで義務としての婚約で恋に至るようなものではなかったが、見栄えも性格も、私の婚約者として問題のない人ではあったと思う。
ゆえに彼と結婚することに異論はなかったのだけど。彼は私が死んだことを、どう思うのだろう? ねえ、マクセル。
あの叛乱の日、お養父様は屋敷の周辺に手勢を集め、混乱の中情報収集に努めていた。そして当日か、翌日の夜だったか、寝所で眠りにつき、明け方になる頃、私は左腕の疼きに目が覚めた。
そして左腕に刻まれていた、双生の契約の魔術紋が光っているのを見た瞬間、私は心臓のあたりに、きゅっと痛みを覚えて……そして意識を失って……今こうなっているのである。
お読みいただきありがとうございます
なお主人公はかなりシスコンですが、百合ではありません。
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