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第十八話 実はもうこいつだけで良かったりしない?

 そして、相変わらず馬車の中は移動執務室だったのだけれども、その間姉上とは色々話ができた。こんなに姉上と話をしたのは、何年ぶりだろう。


 今朝までとうってかわって時々笑みを浮かべながら仕事する姉上に、マクセルは疑問符を浮かべていた。ごめんね、私が消える時までにあなたとも話せるといいのだけど。


 霊威関連のホノカさんやナヴァさんからの話やエルシィさん関連のいくつかは、機密扱いなのか、念話に載せられないようだった。まあ仕方ないか。


 また、話しているうちに、念話を交わしていなくても、姉上の感情というか気分というか、そういうものまで少しわかるようになってきた。これが融合が進むということなのかな?


 そうしてやはり野営の強行軍ののち、翌日夕刻にはファディオン伯のところに戻る。その日の晩にはエルシィさんのところに、約束した援助の一つ、ガルザスの異能に対応した守りの指輪が一気に300個届いていた。解除薬はもう少しかかるとのこと。


 さすがに早い。これだけでも下手な城が建つくらいの財産で、ゼロから準備するなら数ヶ月はかかるだろうに、ぱっと準備できるのは羨ましいことだ。


 しかしだ。機能はともかく、形状までうちの酒乱向けのを真似なくても良かったのではないでしょうか? さらに紋様がおかしいのですが? うちの家紋じゃなくてなんで瓶と酒杯になってますか? これで鬱憤晴らしするのやめてくれませんかシューニャさん?


「この紋様は何なのかしら」

『それはですね……(ごにょごにょ)』

「……グラハム殿やヨーゼル殿にそんな体質が……マクセル殿は?」

『私の前で飲んだことがないので分からないです』

「念のため何かあっても、酒は勧めないようにするわ……」

『それがいいと思います』


 ファディオン伯のところについて状況の確認を行う。ファビオとはここでお別れである。案内ご苦労様でした。


 ジェフティに関する情報収集はまだうまくいっていないとのことだが、本人や連れていく者共が突如消えるとか、不可解なことが起こっている模様。やはり空間関連の異能があるというのは本当のようだ、見られるとヤバいことは別の空間でやっているのだろう。


 瞬間移動はできないとしても、別空間を歩かせれば、多人数の移動も隠せる。もし本人が本気なら襲撃から逃走まで様々に使える恐ろしい能力だ……メルキスタンや東方諸侯はそれでやられたのだろうか。



  「そこまで便利でもないぞ、経路を作るにも維持するにも手間はかかるし、行った事のないところに道は作れんからの。あと出入り口の要件も結構面倒じゃ」

  「そういうものなんですか」

  「やつの霊威が数千年前から変わっていなければ、の話ではあるがの。魔神の下僕になっていれば、変質や追加の一つや二つはあるかもしれんな」



 変質していなくとも一度来ていればいけるなら、ラグナディアの主要都市は彼がセシェルだった頃に行脚(あんぎゃ)しているはず。解放軍もそっちの意味の奇襲を警戒しないといかんかも。


 姉上は方針転換する旨を伯爵に伝達。ごめんね朝令暮改気味で。儀式阻止よりも、どこに呼び出す気なのか、他に何か探していないかを探る方向に切り替える。この件の犠牲者についても後日調査することになる……。


 そしてこの日の午前中、向こうに動きがあったようだ。こちらがまだ移動中だったときに、リディア率いる元中央軍の精鋭や傭兵らが、ラグナクロウに直接襲撃を仕掛けてきた。


 事前にシューニャさんから連絡を貰って、警戒するよう伝文は送ったのだが、警告はあまり功を奏さなかったらしい。


 油断はあったにしろ、単に中央軍や傭兵だけなら街の外縁の防衛線を突破されるなどということはなかったただろう。


 しかしリディアのとんでもない高速の範囲攻撃や魔剣の風刃連射、そして並の魔術や弓を跳ね返す防御力には、正直まだ烏合の衆気味のところがある解放軍では歯が立たなかった。


 あれとまともに戦うには、彼女を巨竜に匹敵、いやそれ以上の暴威と考えて、予め対策した対魔術戦の準備が必要だろう。それがあっても厳しい。今からでは準備しているうちに時間切れである。


 そうしてかなり街の奥まで侵攻を許し、いくつもの建物が炎上、巻き込まれた非戦闘員も含めた悲鳴と怒号が飛び交うなか、死者数十人を含む多数の被害が発生、一時は本部のあるミルトンの屋敷の一部さえ炎上するに至ったようだ。


 サーマック公やヨーゼルらには、リディアの異常な魔力については伝えていたのだが、さすがに半信半疑だったうえに、まさか一番人数のいるところに襲撃を仕掛けてくるとは思っていなかったようだ、まあ、仮に油断していなくても、現行戦力では時間稼ぎがせいぜいだろうけど……。


 そのままであったら危ないところだったろうが、何故かリディアの魔術はうちの屋敷に対してそれ以上の打撃を与えることはできず。


 そこでまごついてイラつき、突破できないでいるうちに包囲されて人海戦術の手数でチクチクと攻撃されると、効かずとも流石に疲労は否めなかったのか、しばらく暴れるとリディアは退却していったようだ。


 しかし、彼女の魔術がうちの屋敷に余り効かなかったり、大規模魔術が発動阻害された理由、まさかそれが猫の仕業だとは誰も思うまい……イーシャさんありがとうございますです。


「あの猫が実は魔人の貴族の方だったとは……私、知らず何回も撫で回してしまって……とんだ粗相をしてしまったかも……」

『今は猫なんですから人間のように扱うのも不自然ですし、それでいいんじゃないでしょうか……』


「派手にやってたか。やっぱり、あれと戦うには静謐の魔眼持ちが欲しくなるね」

「どういう魔眼なのですか?」

「魔術を無効化する魔眼だよ、視界に映る範囲の魔術を消し去ったり、発動しにくくすることができる。万象の魔眼に対しても、完全には消せないものの、威力や範囲は大幅に減らせる。そうするとあとは囲んで殴ればいい」


 どうして最後は拳で解決しようとするんですか?


「今はその魔眼をもっている方はいないのですか?」

「ファスファラスの貴族にはいるが……現役の貴族家のものがこっちに来るのは難しい。今来れるように申請しているのは魔神対策の連中で、魔神には静謐の魔眼は役に立たないしねえ……。まあ、あの魔眼に対しては、人員の代わりに道具の支援は貰ったから、それで何とかするしかない」

「指輪や……その杖ですか?」

「これもその一つだね。私の現役時代から使ってるやつさ。これであの娘だけなら、まあ抑えてみるかね」



  「あの魔眼に対抗できるようなものなんですか、あの杖」

  「杖だけならそこまでの力はない。だがあれを持つエルシィは、五割増しくらいには鬱陶しい。封印状態でも、物量のゴリ押しで倒しきるのは面倒じゃ。そうなったあやつに勝つには、やはり魔術が間に合わん速度で殴って……」


 だからなんで最後は拳なんですか? しかし、鬱陶しいとはどういうことだろう。そういえば、エルシィさんが直接攻撃魔術を使うのを見たことがない。


  「攻撃魔術は目立つから余り使わん戦い方をするのが身に染み付いておるんじゃな。使うとしても近接戦に組み込めるものが主体じゃろ」

  「でも本来は大規模魔術が使えるんですよね」

  「魔眼を封じている以上規模のでかい魔術は体力の無駄じゃ。消費の少ない低段階魔術をいかに組み合わせるかのほうが普段は役に立つ。魔眼ありになると問題も多いから、生前から自分で普段は封じておった」

  「問題?」

  「あやつの万象の魔眼は片目しかないとはいえ、最終覚醒までいっておる。そうなると、魔眼の持ち主がいる周辺では、そなたらのいうところの魔素消沈現象が勝手に発生する」


  「同じ建物にいる他人が魔術が使えない、珠宝具も僚器以下は起動すらせんとあっては困ることも多かろ。そうならないようにするのはできなくはないが、魔眼の覚醒度を落としたり、いちいち除外指定するのは不可能ではないが、結構面倒なのじゃ」


 魔素消沈現象。魔素の動きが低下するなどで、魔術が使えない状態。魔封銀がふんだんにあれば、そういう空間を作ることもできるが……人為的にその状態の空間を作るにはとんでもなく金がかかるそうな。


 魔封銀は元々超貴重品なうえ、だいたい指の太さよりも薄く加工すると効果を失うという特性があり、どうしても量が必要になるのだ。黄金の延べ棒を敷き詰めるほうが安いほどなのに、それが建物規模とは。


 なお魔法を封じたいなら、普通は詠唱封じのための猿轡(さるぐつわ)。それが駄目なら沈黙の魔法陣を刻んだ装身具、ないし部屋を用意し、看守などが外から魔法を定期的にかけ直す。


 一方、高貴な囚人には魔封銀を含む装身具を鍵付きでつけさせる。魔封銀自体で部屋を作るなど聞いたことはないが、世の中広いから、どこかにはそういう贅沢なものもあるかもしれない。


  「なんでそんなことに?」

  「万象の魔眼は魔術を統べる星の守護者、神の眼。周辺の魔導機構の端末が、真の主の存在に気がつくと、勝手に主向けの命令待機状態になって、他者の命令を受け付けなくなるのじゃ。ちなみに、そなたらが魔封銀と呼んでいる金属、あれはまさに命令待機状態を作り出すための触媒での。つまり」

  「……万象の魔眼持ちには、魔封銀は効かないんですね?」


  「最終覚醒まではいっておらんとはいえ、あの娘にも効かんであろうな。下手をするとむしろ魔術がわずかに速くなりかねん」

  「無詠唱で魔術使えるし、魔封銀は効かないのなら、どうやって捕まえておけばいいんですか、そんなの」

  「魔眼そのものを封じる道具はある。それと併用するなど、やりようはあろうて。まあ、それを使うにはまず意識を刈り取る必要があるが」

  「まずそこからか。捕まえる時点で厳しいですよね……」


  「魔眼の恩恵は量の面では莫大じゃが、質の面はあくまで眼でなく本人自身に依存する。以前見た限りではあやつの質のほうは、そなたの姉より低い。眼が無ければそなたらのいう魔力指数で2、300といったところ。平均的な魔導師でしかあるまい」

  「ならば量で補いきれない質で攻める。高度な精神干渉や、誓約、呪詛などじゃの。ただし難易度はそれなりに高い。霊威と魔術の合わせ技で洗脳しておる現状が実のところかなり最適解であろう」

  「エルシィさんみたいに質も凄い人があの魔眼を持っている場合は?」


 どれくらいなのか知らないけど、エルシィさんはリディアの『影縫』を素で弾いてた。よく考えたらあれは元の魔力指数がそれこそ桁違いの場合に発生する受動排魔現象と呼ばれるものだ。


 個人を対象にする、行動や発声を封じたり、精神に働きかけたり、体や装備を強引に操作したりする魔術などで起こるもの……なお治癒術でも起こったりする。


 なので高位の治癒師では、自分が意識を失うような怪我をすると他人に治して貰えないという悲劇も発生しうる。


 リディアの本来の魔力指数が2、300くらいだというなら、それと桁が違うということは……少なくとも魔眼無しの現状で、3000以上なのはほぼ確実。


 姉上どころか私ですら、魔力指数20や30前後の人が使うような魔術は特に防御せずとも効かない。それが桁が違うということだ。四桁であれば、大半の魔導師の魔術も効かないということになる。


  「決まっておろう、その場合は基本にして窮極(きゅうきょく)。相手が守れない強度の攻撃を相手が間に合わない速度で……」


つまり殴るんですね、うん分かってました。


  「でもなんで片眼鏡なのかと思ったら、そっちだけ魔眼だったんですね」

  「魔眼を封じると視力も失う。あの眼鏡が受光素子になって右目ぶんの映像を脳裏に転送し、見えるようにしておるのじゃ」

  「慣れないと面倒そうですね……」


 とりあえずファディオン伯のところで一泊し、翌日昼前にお義父様のところに戻ることを目指す。ルブランたちは協議のうえ、連れていくことになった。


 ファディオン伯から彼ら用の馬車を借りる。そのため速度は少し落ちるものの、おいておくにも問題あるし。恐縮しきりの騎士たち、汚名を(すす)ぐ出番があるといいね。


 そうして、今回の道中は敵の襲撃は無し。代わりに十名ほどの山賊に狙われました。叛乱軍の一員とかならまだしも、ほんとにただの山賊だった。


 どうやら姉上が恐れていた難民が発生し、それらの中で腕っぷしに覚えのあるのが山賊化したらしい。私たちの一行には武装した護衛が複数いたのに、そんなの襲うなよと言いたいが、貧すれば鈍すのが人間なのかもしれない。


 悲しいほどあっさり一蹴されて()巻きにされ、その後ファディオン伯の手の物に連行されていったらしい彼らのことはおいとくとして、難民問題は早くなんとかしないと。そうして無事に帰ってブーリエンとダリスとはここでお別れ。ご苦労様でした。


「色々と貴重な経験をさせていただきました」

「二人ともご苦労様でした。マーカス殿とエヴァウト殿(スタウフェン侯)には改めて感謝いたします」

「決戦のときにはお力になれることを祈っております」

「決戦も大事ではありますが、それは過程に過ぎません。皆様の力はその後にこそ発揮していただかなくてはなりません。よろしくお願いしますね」

「仰せの通りですな……。我らも微力を尽くします。それでは」


 変わった点としては、軍議に参加していた裏切り者が一人捕縛されていた。南方の貴族の一人、エレクトン子爵。


 比較的早期にこちらに馳せ参じた一人なのだけど、どうやら東方の貴族同様、叛乱が起こる前の時点で既に支配されていたようだ。


 特徴的なのは、彼への指示はかなり具体的だったらしいこと。情報を流せ、そして流したこと自体は忘れ、普段通りに振る舞え……というようなことを結構細かく指示されていたようだ。


 蜂起当初のガルザスにはまだその辺を考える理性があったのか、あるいはヤーナルかジェフティの入れ知恵か……。


 また、皆の姉上に対する態度も少し変化。最初の軍議の記憶では、どちらかというと、所詮はまだ15歳の姫……という侮りの気配があったのだけれども、いくらかの貴族は少なくとも表には出さなくなったようだ。


 移動執務室からの数々の指示や、北方の協力を取り付けたこと、精度の高い情報(エルシィさんや、ファディオン伯からなど)をもたらすなど、実務で一定の力があることを示せているからだろう。まあ相変わらずそのまんまの人もいるけどね。


 そして、オストラントからランディ殿ら留学生の方々が帰郷しようとしており、王都以東の者らはラグナクロウで足止めになっていた。お義父様の客人という名目の軟禁である。なにせ彼らの父兄は今や叛乱軍に与する国賊ということになってしまうので致し方ない。


 でもまあ周辺に、マクセルとアンセム、さらにお義父様手配の重武装の護衛がいる状態での面会になってしまっては、ランディ殿としてもきついよ。なおマクセルたちはヨーゼル殿との相談の上、いましばらく護衛も兼ねて姉上付きになっている。


「ランディ殿、ご無事で何よりです」

「オルフィリア様……」


 折角の美少年なのに顔が憔悴(しょうすい)して(やつ)れている、無理もない。


「この度は、我が父アルバノが乱心し、兄達も含め叛乱軍に(くみ)したと……」

「敵の異能は、その方の本心や理性とは関係なく意のままに操ってしまい、既知の術では防ぐこともままならぬという、恐るべきもの。これがアンゼルモス公家の本来の意志でないことは私は分かっております」


 あの異能相手じゃ仕方ない、というのは事情を知っていれば分かるが、知らない余人にはとてもそう思えまい。叛乱に与した東方諸侯は戦後どうなることか、ランディ殿の婚約者としての立場も現時点では分からない。


 姉上としては、家の取り潰しなんかは可能な限り避けて、最終的にかかった戦費を叛乱軍側の参加貴族が借金として徐々に支払う、という方向で収めたいようだけど、どうなることやら。余りに負担が重いと東西格差も発生するし。


 しかし、彼以外だとちょうどいい年齢の候補は少ないのよね。ライナー殿? うーん。いや余りよく知らないけど、この前の感触だけでいえば私的には姉上の側にいるには微妙、ランディ殿より下。


 そのランディ殿もまだ合格点は与えてないのことでしてよ。姉上を幸せにできない者は去るべしと言いたい。言いたいが対案はない。つらい。強いていえばマクセル? …うーん、でもなんかこう、それは違う気がする、もやもやする。


「本来ならば父は私が止めねばならないところなのですが」

「敵の異能から犠牲者を解放する手段はわずかながらありますが、少なくとも短時間でできることではありません。アルバノ殿らを正気に戻すためには捕虜にする必要があり、一度は干戈を交えねばならないでしょう」

「その戦いに参加させていただきたいのが正直な思いです」


「現時点でランディ殿が参加されることは、余計な軋轢(あつれき)を生みましょう。ランディ殿の仕事はアルバノ殿らを正気に戻してからです。それまでは、こちらに滞在頂けると助かります」

「……分かっております。しかしオルフィリア様は……」

「……大丈夫です。きっと、うまくいきますよ」

「はい……」


 おお赤面した。笑顔の姉上は綺麗だからね、仕方ないね。とりあえず面会はここでおしまい。ほんとにじっとしていてくれると助かるのだけど。


「父親にどうしても会いたい、と言い出さなくて助かります」

『どうみても、父親より姉上のほうが心配だって目をしてましたから大丈夫だろうと思いますけどね』

「そうですか?」


 姉上はそういうところ少し鈍感よね。

 (自分じゃないと分かるのね)

 ……うん? なんか聞こえたような?


 さて、リディア襲撃の件の被害の確認と、死傷者の弔い、見舞いの後、諸侯を召集して改めての軍議。一応エルシィさんによって、操られてる人は参加者にもういないことを確認してから行われた。


 北方の協力のとりつけと、軍の受け入れ準備。そしてガルザスの異能に対する指輪や薬についての情報提供。ファスファラスとの繋がりの一端を開示し、さらに、聖者セシェルを乗っ取った者による、魔神の召喚についての言及。盛りだくさんの内容に軍議は少し荒れた。


「これが堕ちた聖者の仕業であったとは……」

「確かな話なのですか?」

「現時点では否定できる材料はありませんね、確かに噂に聞く叛乱の首魁は俗物過ぎる。別の首謀者がいて、それがかの偽聖者であるならまだ分かります」

「東方の者どもから取り込まれたのはそういう……このこと、教会本山には?」

「まだ私からは何も。下手に連絡し、介入されては事態がさらに混乱しかねません。彼らは魔人との関わりのほうを許さない恐れすらありますから」

「確かにそうですな、そこは公然とは表沙汰にはできません……向こうもいずれ気がつくとは思いますが」


「ファスファラスの魔人と関わりがあったとは……妄言ではないのですか……失礼、言いすぎました」

「むしろ魔人であると言われねば、先日の女やそこの御仁の力は納得しかねる」

「あの女が、魔人の血を引く者が操られているというなら分からんでもないな……」

「しかし、聖者か偽者か知りませんが、そやつが魔物……魔神ですか、それを召喚せんとしているとして、何が目的なのですか」

「狂人の目的を理解するには狂わねばならんであろうよ」


「ファスファラスとしては、魔神とやらに何かするつもりがあるのですか?」

「魔神はファスファラスの民にとっても敵なんだ。だから応援は呼んだよ。だが、そんなすぐには来れないし、軍として大挙してくるわけにもいかないから、数人だけだろうね」

「数人でどうにかなるようなものなのか」

「数人とはいえ、皆私よりも、昨日ここを襲ってきた娘よりも強い。そういう精鋭中の精鋭さ」

「あれより強い……だと……」


「魔人の切り札になる連中とはそういうものさ、だが、現役がこっちに来るとなると面倒臭い手続きや制約がかかる。まあ制約の中には、敵対しない者に対して力を振るえないようにするのも混じるはずだから、あんたらには手は出せないよ。安心しな」



  「実際に来るのは現役の騎士団筆頭よりも数段強い化け物じゃな」

  「護法騎士ってエルシィさんが最弱なんでしたっけ?」

  「1対1で闘技場のようなところで戦うなら、という前提では最弱を争う。だが、相手が外つ神であり、かつ複数で役割分担ができるのであれば、エルシィはむしろ上位であろうな。速度面を補える仲間がいれば、やつの万象の魔眼は本来の力の半分ほどまでは繰り出せる。外つ神にも通じよう」

  「それでも半分なんですか」

  「そこは古代種ならぬ人間の延長であるがゆえの限界じゃな。人間を完全にやめないとその領域には行けぬ。本人も陛下もそれは望んでおらん。人間を完全にやめるということは、弊害も大きいからの」

  「弊害ですか」


  「例えば妾はこうしてそなたと会話しておるが、その人格は演算されたもの。正確な意味で人間を理解できているわけではない。演技に過ぎぬ」

  「普通に会話出来ているように思いますけど……」

  「妾たちは感情すら演算ゆえ、理解しなくとも演算結果のほうを信頼することで対処できる。しかし元々が感情ある生き物であるなら、格を超える生命を理解することは妾たちよりも困難であるらしい」

  「人が虫の心を想像するのが困難であるように、超越者は人の心を想像できぬ、予測できても共感はできなくなるという。広い視野からは良かれと思ってやったことが虫には伝わらず悲劇を招くこともままある」


 うーん、それこそ格の違う方の認識なのか、それこそ私には理解も共感も難しい。見える視野が広くなることが、狭いところへの理解を困難にするということが、どういうことなのか、例をあげられてもよく分からない。


 話もできない虫と、人間とは、一応は違うと思いたいんだけどなー。むしろ話ができるからこそ、なのか? まあ、王侯貴族と庶民の視点の差、という話などとも少し段階が違うような気はする。


  「そのために魔人王陛下は、分身を作った。かつて古代種でも辿り着けなかった者も多い神域に進化するにあたり、かつて自分であったものの断片をもとに、自分と人間の中間に位置する存在を配置した。それがシューニャやナヴァじゃ」 

  「逆に、なぜそうまでして人間と関わる必要が? 魔人王が進化されて人間を理解しづらくなったなら、人間のことなど気にしないようにされるのがむしろ自然なことなのでは? どうして、いまだに魔人の王であることも維持しようとされているのでしょう?」


 人間や魔人を自分の領域に引き上げようという関わり方をしているようにも見えないし、完全な放任にも見えない。


  「尤もな疑問じゃ。妾にもそれは理解できぬが、本人がいうには強いていえば、過去への敬意のゆえであるらしい」

  「うーん……私としては、違いすぎるものが共存するのは無理というものと思いますから、やっぱり離れるべきだと思いますけどね」


  「………なぜそう思うのじゃ?」

  「私達になる前の私も、そう思っていたから今のファスファラスがあるのではないですか?」

  「……何か見えたのかの」

  「ほんの一部……頭痛のたびに、記憶の断片だけはよぎるのですが、それ以上になりません。ですが…………」 


 私なりの見解を述べてみる。


  「対象は記憶ではないのでしょうけれど、断片でも残っているならば、集めればよい。私が姉上とこんな形で繋がっているのは、そのためですよね。片方が死んで、それでもこうして中で繋がることに意味がある」


 先祖に術をかけ、魂を、世代を重ねて少しずつ繋ぎ合わせて、やがて遥かな過去の祖先の力の一端を蘇らせる。そのためには一世代の長い魔人より人間のほうがよく、血が残りやすい王侯貴族のほうがよく、繋ぎ合わせるなら質の近い魂をもって産まれてくる双子のほうがよく……。


 これが正しいとして、私達はまあいいとしよう。その過程でガルザスのような者が生まれたとすれば、いただけない。そこは責任とってもらいたいところ。一応とってるか、現在進行形で。


  「……そこまでいくと、妾に言えることはないのう」


 まあ、これもまた仮説ですけれどね。ホノカさんには正しいとも間違っているとも言えないんでしょう。


  「姉上と私の繋がりは、先日から強まったのが、何となくわかりました。あとは……」


 まだいくつか、鍵がかかってる感じがある。これはどうやったら開くのだろうか。と、まだ軍議は続いてたか。



「あくまで、ファスファラスとしては大陸への人員派遣は非公式のことだ。余り表沙汰にはしないで欲しいね。この場の者だけにしてもらいたい」

「もし外に漏れた場合は?」

「ファスファラスに侵入した他国の間者がどういう処置をされてるか、知ってるかい?」

「……善処しよう」



  「当日はエルシィも往年の姿になるかもしれんな」

  「若返るということですか?」

  「護法騎士なら肉体年齢は簡単にいじれるからの」

  「それならなんで普段から若くしてないんですか?」

  「若い姿だといっそう面倒事に巻き込まれやすいからじゃそうな」

  「面倒事……」

  「見かけが若い女というだけで面倒事が増えるのが人間というものよ、そなたも一つや二つは経験があるのではないか? 何せ妾のこの姿でさえ、興奮しながら近寄ってくる変態にでおうたことがあるぞ」

  「……………」



 軍議はもうしばらく続き、姉上のほうは決戦までにリディアをおびき寄せたい旨を説明。そのために、敢えて物資を奪わせることも含めた囮部隊を編成したい旨を告げた。釣れるまで何回か試したいと。


 その部隊の荷物に、魔晶石とやらを紛れ込ませるつもりなのだが。そして最終的には自分が餌になってリディアを釣る、と。諫める声は今回もあったが、前回よりは少なく、方針としては最終的に了承された。


 決戦の時点でリディアが敵に残っている状況は、誰しも避けたかったのだ。そして担当部隊のほうはヨーゼル殿がフェーデルの手勢から出すことで纏まったのだった。



 そうして、翌日には、オルドデウスの召喚を早々に行うことになった。決戦直前のほうが相手を驚かせられるのでは、という意見もあったのだが、大半の人員が傀儡状態ではそちらのほうには余り効果が得られないだろう、と。


 それに年1回、しかも低速でしか動かしてないものなので戦闘機動の可能性もあるなら調整も必要だろうということで、さっさと呼んだほうがいいという話に。


 そうして、お義父様やサーマック公はじめ、解放軍幹部が見守る中、姉上が召喚の手順を開始。本体……いや、正確には本体は鍵のほうなのかもしれないが、躯体のほうに血継制限がかかってるせいで召喚も姉上にしかできないのだ。


 召喚術ってかなり高度な術なんだけど、もしかしてこれ王族に使える技量がなかったら意味のない機能なのでは? いくら呪唱魔術が呪文さえ合っていれば発動するといっても限度というものがある。


 難しく複雑な場合、呪文を理解せずに朗読するだけでは、間違ってしまい発動失敗になることもままあるし、魔法適性がないと体力が足りない事態もありえる。 

 

 大規模召喚とか結構呪文長くてやばいし、体力も相当もっていかれるのだ。虚弱体質やヨボヨホの老体だとそれだけで昏倒しかねない。王祖様、代々血継制限かけるよう遺言した遺産の中にこれを含めてたそうですが、自分を基準に考えてませんでした?


 まあ姉上なら問題はないけどね。術の進行につれ、さすがはオルフィリア様、若くして見事な……という感じのささやきが。そうじゃ皆の者、もっと姉上を讃えよ。


 そして召喚円の上がふっと揺らめいて、置換が発生する。召喚術って、物の置換が基本だから、この場合は空気と躯体を置換している、ということになる。揺らめきのあと、そこには無事にオルドデウスの躯体が!


 あれ?

 ……なんかところどころ壊されてるんだけど?


 まず、普段の魔導聖鎧は、整備の都合上組み上げ状態ではなく、かといって一般の召喚輸送時ほど細かくもなく、半アウテル(約40分)以内に組める程度の人間大くらいの5、6個くらいに分解されている。その状態で武器庫に収納されているわけだが。


 オルドデウスも、左右の腕、胸から上、下腹部、左右の足、そして基本武装の錫杖と、7つほどの状態で召喚された。ここまでは問題ない。


 問題は、装甲やらが一部削られてたり、頭部が半壊していたり、錫杖は飾りが無くなってたり……王家の白龍紋とか割られてるんだけど。王城の武器庫は、近衛騎士たちが操られた時点で解放されちゃっただろうけど、この有様はどうしたことか?


「実際に召喚できたのはよいですが………」

「……どうしたことですかね、これは」

「賊は噂の通り救いようのない俗物であるようですな」

「ああ……なるほど、儀礼用に、宝石や貴金属で彩られていた部分が、剥ぎ取られていて、さらに埋め込まれていないかどうかを調べてこうなった、と」


「起動鍵が無ければ戦闘用には使えませんしな、使えないもので価値のある装飾がついているなら、剥ぎ取るのある意味合理的なのかもしれません」

「いやいや、この躯体のもつ象徴的意味を無視するとは、合理というより短慮ではありませぬか。時間はかかりますが起動鍵は交換もできるわけですし。」

「どうせ全員傀儡にするのだから象徴など要らぬ、ということでしょう」

「なんと歪な」

「構いません。これくらいはありえるだろうと思っておりました」


 呆れつつも姉上は続ける。


「召喚できるところまでは、王家に伝わっていた内容に相違ありませんでした。ならば、これも正しいといいのですが」


 姉上は起動鍵を捧げもち、呪言を唱える。意味は……正しき使い手の名において(こいねが)う。神なる鎧よ、再誕を……というあたりだろうか。呪文の言葉って文法が変なのでうまく訳するのが難しい。


 すると起動鍵が蒼く光って、姉上の手を離れて躯体の上に飛んでいった。そして……躯体の部材が、崩れていく。


「なっ……」

「これはいったい…」


 そうして、全てが崩れて色の付いた砂が混じり合ったようなものになった。そこから……今度は床に巨大な金色の魔法陣が出現。


 浮遊していた起動鍵が金色の光を放つと、砂が浮かび上がり、起動鍵を覆って、人型を取っていく。そうして10を数える頃。そこには、往年の姿を取り戻した蒼金の鋼の巨人が立っていた。錫杖はもっと武骨な杖か棍のような物に変わっていた。


「オルドデウスは、例え粉々になったとしても、鍵さえあれば蘇る、不滅なるもの。伝承の通り……」


 サーマック公が感嘆の声をあげる。


「……第七段階『不滅』の術式……初めて見ましたよ、ここまでの機能があったとは……」

「不滅の術式?」

「モノの有り様を記憶し、維持する術です。単なる修理や復元でなく、寸分違わず元に戻す。半ば時を操る術であるとも聞きます」

「確かに派手で意外な復活ではあったが、そこまで凄いものか?」

「エヴァウト殿、不滅の術式の真価は、それが維持時間を持つことにあります。今の一瞬だけではないのですよ」


 姉上があとを引き取って続ける。


「つまり、人形遣いの体力が続く限り、この魔導聖鎧は不壊の守護者なのです。この術式自体が強力な防御であるうえ、壊れても即座に元に戻る。本来は私一人で使える術ではないのですが、この聖鎧には相当に強力な術式補助が働いています。今の感じでいえば、私なら数アウテルは維持できると思います」


「それは凄いな……防御と維持という、魔導聖鎧につきものの課題がないということか」

「そこまでのものを運用して来なかったとは勿体ない」

「王祖は、これの運用は極めて慎重にせよと遺言されたといいます。現代であっても、ここまでの自動防御修復機能を持つ聖鎧は他にないでしょう。流石に速さや膂力などは、現代の躯体のほうが優れているかと思いますが、それを補って余りあるかと思います」

「王の躯体ですからな、健在であることが一番に求められる。これならば十分な戦力ですな」



  「あれの真価は自動防御、自動修復などという生易しいものではないがの」

  「神器ですものね……」

  「あれは、人形遣いを必要とせん。正式な使い手としての主がいれば、あとは自分だけで動けよう。そしておそらくその時の力と速さは、人間が操っておるときとは比べ物にならん。あの躯体は大半が神砂でできておるようじゃし、されば、普通に音より速く動けるな」

  「自分で動くことができるのはともかく……音より速いって、どういうことなんでしょうか…?」


 音より速い……雷槍の魔法なんかは音より速いという話は聞いたことがあるが、そもそも音の速さとやらを私はよく知らない。


 それに、雷槍の魔法の場合は速さは凄いけども、呪文詠唱や照準合わせがやたら時間がかかるので、その速さとやらが生かせているかというと微妙だ。


 なお、照準合わせとされる術式無しに雷槍を放つと物凄い音と共に近くの金属や尖ったものに勝手に向かって行ってしまうそうな。術者が自爆することもある。理由は私は知らない。


  「あの図体で風刃の魔術の風より速い。あれが本気で動くだけで、爆音と共に糸を引いた衝撃波が追いかけてきて、周りすべてをなぎ倒す。そして棍を振ればその圧だけで並の魔導聖鎧など吹き飛ぶであろう」


 もう戦うのこいつだけでいいんじゃないかな?

 いや今回の場合殺しちゃだめな相手が多いんだけど。


  「あれは鎧ではなく、神砂でできた人造の神、機神なり。魔法技術が順調に発展したとしても、聖鎧が操手なしに戦えるというだけで最低でもあと300年はかかるであろうに、そのうえであれは神器宝珠、それも特別に優れたものを積んでおるのじゃから出力の桁が違う。余りにも破格にすぎる」

  「神砂ってなんですか?」

  「大昔に古代種の霊威で作られたこの世ならざる物質よ。鋼を超える硬さと靭性がありつつ、形状を意のままに操作できる、即ち鋼の血肉。霊威や魔術の増幅器としても有用じゃ。欠点は…見た目以上に質量があることか。だがそれも物理兵器としては悪い話ではない」


 いやはや……この戦いが終わったあとが問題だわ、子孫に何も伝えず封印した王祖の気持ちが分かったわ………。


 姉上どうしようこれ。これについては念話に載せられない案件の仲間みたいだし……。


「ラファ?」

『うーん。どうもこの魔導聖鎧、まだいっぱい秘密がありそうですよ姉上』

「これは、王祖が魔人王から授かった物の一つですからね……王祖が子孫に伝えなかったことも、王祖すら知らないことも、たぶんあるのだと思うわ……」

『念話に載せられない話が沢山あります』

「それは、同居人の方から?」

『そうです』

「一度お話ししたいところなのだけど……無理かしら」

『……やっぱり無理っぽいです』

「仕方ないですね……私達にとって、悪い話じゃなければいいのですが」

『悪いというか、秘めた力が強すぎるとか、そういう類なので』

「この戦いが終わった後が問題ということね。起動鍵……もう一度預かってもらおうかしら」

『それもありかもしれないです』

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