第十七話 あなたが咲いてくれるなら
翌日、オルドデウスの起動鍵(?)を携えて一行はファディオン伯家のほうに向かう。途中で寄り道をするそうだが、そんなに時間は食わないはずとのことだった。
プロスター公や北方の軍も、数は少なそうだが明日には順次出撃し始めるだろう、そうなれば半月後には決戦、という予定には間に合う。
さて、移動執務室になってきる馬車の中でのやり取りによって、プロスター公と会談したり、ライナーを正気に戻したり、馬車内から指示を出しまくったがために、姉上の生存は向こうにもバレたっぽいことが分かった。
ま、そこまで全力で隠してたわけではないしね。取り合えず再度の襲撃を少し警戒しないといけない。
また、他の貴族の子女でもライナー同様に帰宅し謎の道具で親族を操ろうとした例が複数あって、中には成功しかかったところもあったらしいが、精神系向けの魔法で防御、解除できることを周知したところ、なんとかなったそうな。
ガルザスの異能で洗脳されてる人たちは、当面幽閉するしかないんだけどね……。プロスター公のように、洗脳されてる子を殺そうとする親は流石に他にはいなかったようだ。
なおその謎の機械だが、普通の人は使えないようだ。ライナー殿も使えなくなっていた。どうも何らかの手段でガルザスの影響下にないと起動できないようになっているらしい。無駄に用心深い。
そうして半日くらい行ったところ、昼過ぎにエルシィさんが指示して少し街道から外れたところに移動。小さな山の麓に、古びた屋敷があって、その前で止まった。
見るからに怪しい屋敷である。少なくとも10年以上は人が住んでいないだろう、廃屋だ。どこかの貴族の別荘だったのだろうか。
「一見ただの廃屋だけど、ここには今、うちの上役の居場所につながる道が設置してあるんだ」
「まさか、転移の術で人間を移動できるのですか?」
「魔人王陛下が手を加えてるからね。私らの魔術じゃ生き物を運べないのは変わらない」
「魔人王……また、なんというか……貴殿は本当に……」
「つまり、ここは魔人王陛下絡みなんですね?」
「上役はコネがあるみたいだね」
嘘ではないか。自分にもコネがあることは言わないだけで。あと……魔術じゃ、といってますが……魔術以外についてはどうなんですか? この前リディアの魔術から逃れたの、あれ魔術じゃなくて霊威ですよね?
「ここは人数や秘密もあるので、姫様だけでお願いするよ」
「わかりました。皆さんは、一時、外で待機をお願いします」
「……承知いたしました、どうかご無事で」
そうして姉上たちが、廃屋の扉を開ける。蝶番の軋む音がやけに大きく響いた。
「これは、作っておるな」
「どういうことですか?」
「今の音は作り物、扉が出した音ではない。趣向としては、お化け屋敷らしい」
「何ですかそれ」
「大昔には、こういう屋敷に幽霊や化け物を模した人形や奇妙な仕掛けを多数配置して、それで度胸を試したりして楽しむという遊びがあってな。いかにもそれらしさを醸し出すために、無駄に実際には有り得ない音や照明を配置したりする」
「この先に魔人王直属の方がいる。いくつか、敵について情報があるようだから、教えて貰えればと思っているよ」
「は、はい……わかりました……」
エルシィさんがすたすたと前を進み、姉上は恐る恐るついていく。
ここはどうやら、前に私がナヴァさんと会話したところや、エルシィさんがリディアから逃れるために潜り込んだ空間と同様のところのようだけど……。
その、お化け屋敷? 状態の幻影がかかっているようだ。蝋燭の炎が奇怪な影を見せたり、何者かの骨が床に散乱してたり、奇怪な呻き声がどこからか響いたり。
蝙蝠のようにみえてそうでない奇怪な物がバサバサと上を通り抜けたり、背後から悲鳴が聞こえたり、視界の影をちらちらと異形の何かが見え隠れ……ひええ、予備知識なかったら怖いってばこれ。
「…本当に、この先ですか?」
「そうだよ、あと少しだ」
「ちょっと心を強くもたないといけないですね……」
「?」
「エルシィさんは平気なんですね」
「これらはエルシィには見えておらん」
「えええ?」
「まあ見えておったところで奴が驚くことなどないであろうが、趣味が悪い」
しばらくして、エルシィさんがある扉の前に立ち止まる。複数の髑髏で装飾されているのはいかがなものかと。
「ここだね」
「……やっとですか、ただ、ちょっとこれは……」
「どうしたんだい」
「……いえ、大丈夫です」
さっきから怖い思いさせられてるんです。正直エルシィさんを信用してなかったら、一体どこの地獄に案内されてるのか? という道中でしたよ。
そして扉を開けたところ、その先は、うちの王宮の謁見の間に似た広い部屋で、多数の装飾品や立像があり、向こうの奥に玉座っぽいものがあって、誰かが座っている。
装飾品や立像は大半が壊れていた。絨毯も破れ、天井は蜘蛛の巣で覆われていた。そして、薄暗い部屋の中、何故か絶妙に光が斜めから差し込んでいる玉座には。
胸の当たりを古ぼけた黒い剣に貫かれ、背後の背もたれに縫い止められた骸骨が座していた。
「……!!」
その骸骨の前までいってキョロキョロするエルシィさん。
「ん? シューニャ様、どちらですか?」
「エルシィさん……その……見えておられない、ですか」
「はい?」
「あの、そこの……骸骨……」
「骸骨?」
姉上に問われ、玉座のほうを睨むエルシィさん。
「……そういうことか。私を対象外に……このテクスチャは、狂える城 ……シューニャ様! 悪趣味ですよ!」
エルシィさんの怒鳴り声が響く。そして。
『うふふ、あははは。ごめんねー』
少女の玲瓏な笑い声がした。
そして周辺の光景が一瞬で切り替わった。
暗い廃墟ではなく、豪奢な白と金を主体にした清潔な感じの部屋になった。砕けていた立像や蜘蛛の巣は消え去り、代わりに左右の壁には、胡座をかいて印を結び円盤を背負う半裸の男たちが何十と規則正しく並んだ、何かの魔法陣のような、神秘的な絵が描かれていた。
何となく、教会の宗教画を思い出した。方向性は違うが、どこか荘厳な空間になっている点は同じだ。
そして、玉座に座ったその主は、もはや骸骨ではなく。身長よりも長い真珠の輝きを帯びた銀髪に、ホノカさんによく似た真紅の瞳、さらに見事な曲線も兼ね備えた、私と同年代くらいに見える少女になっていた。ただ問題は。
剣が刺さったままだった。心臓あたりに。
そしてやっぱりそのまま後ろの背もたれに縫い止められているようだ。血が滲んでてそこから下の服や玉座が半分赤褐色なんですが……あの、まだお化け屋敷とやらが続いてます?
「それ、まだ刺さったままだったんですか……」
「仕方ないじゃない、これはシアがやったことだもの。私の力を充分に吸うまで抜けないよ。我が身未だ空に非ざるなり、あははー」
そんな剣が刺さった状態で笑顔で話されても怖いんですけど!
……ん? その剣、どこかで、見
……いたたたたたたたたたたたっ!?
「無茶をなさるから陛下がそれを使ったんですよ」
「あれを無茶というくらいなら、シアの若い頃だって大概だわ、というか私は分身の中で一番シアに肉の体が存った頃に近いわけだし、多少は大目にみるべきだと思わない? アリス」
「今の私はエルシィです。自分に似ているからこそ厳しくなることもあるのではないでしょうか。それに今は客人をお連れしたところ。まずは自己紹介ののち、先程のいたずらを謝罪されるべきかと思います」
「はいはい。……では、失礼して。いらっしゃい、ラグナディアのお姫様たち。私はシューニャ。魔人王シアの分身の一人にして愚者の号を与えられたもの。ここは無明宮、一応は私の家であり地上とは異なる位相の空間にある宮殿よ」
「さっきまでの廃墟は私のいたずらの幻なの、ごめんなさいね。知り合い以外の客人なんて百年以上なかったし、私はこの有り様で動けないし、ちょっとびっくりさせたかったのよー」
「あ、はい……私はラグナディア王女、オルフィリア・リザベルです。お目にかかれて光栄、です………」
「ああ、これ? これは、ちょっと前にある実験をやり過ぎて失敗しちゃった時に、魔人王がお前はしばらく動かず謹慎しなさいと、私をここに封印した力の具現なの。まあびっくりするだろうけど気にしないでちょうだい。私の力ではまだ抜けないの」
「……わかりました」
「もう少し砕けてもいいのよ? この状態の私が礼法に五月蠅いように見える?」
「いえ。お気持ちだけは受け取らせていただきます」
「もうー、真面目ちゃんねえ」
そういう問題では、ないと思います……。
しかし痛かった…………あの剣、ヤバい物体だわ……よく思い出せないけど、そもそもよく見ちゃいけない奴だ…………うう……。
「シューニャ様、そろそろ本題に入りたいのですが」
「その前に、はい、アリス。あなたの杖よ。この間は壊しちゃってごめんねー」
「だから今はエルシィですって。ありがとうございます」
どこからか、朱塗りの杖がくるくる回って飛んできて、それを受け取っていた。
「あれが本来の杖ですか?」
「そうじゃな。天王器でそれなりの品ではある」
「それじゃ、とりあえず現状について許された範囲で説明しよっか。聞きたいのはガルザスとリディアとジェフティなる者たちのことでいいかしら?」
「はい」
「ガルザスについては、現在彼の状況は、と……うわあ、若いって凄いわあ」
「…………」
「シューニャ様。冗談が通じる相手で状況かどうかせめてご一考くださいませんか」
「アリス……えっちょっその力まで使うのやめてさすがに今それはきつ」
「シューニャ様」
「わかりましたよエルシィ。では少し真面目に参りましょう。彼の異能、【奪魄】にて操られている人間は現時点で9020人、うちラグナディアの民は6951人。他人の魄との置換による彼の魄浸食率は、約9割。あと1000人くらいで上限ですね。現時点でも相当に理性が減退している状態にありますが、もはや奪魄を解除したところで、彼は元の彼には戻れず、このまま限界までいくしかないでしょう。そもそも解除する方法を彼は知りません」
「魂魄の置換とはなんでしょうか?」
「生き物には魂というべきものがあります。これはいいですね? そして魂のうち、魂と物理的な肉体を結びつけている機能を持つところを魄と呼んでいます。ガルザスの異能は、この魄の一部に侵入し自分のものと結びつける、もしくは入れ替えるというものです」
「この際、結果的に相手の肉体の支配権や精気を奪ったり、肉体のほうを魅了することもできますが、そこは別にそうしなくともよいものであり、この異能の本領ではない。本来は、多数の生命と魂魄を結びつけることで、一人ではなし得ない大規模な事象改変を起こすための基礎となる異能なのですが……」
……また少し頭痛がする。なんだろう……。
「ガルザスは入れ替えて操るやり方しか理解していない。入れ替えということは、つまりやればやるほど、本来の自分のほうの魄も分散して薄くなっていくということ。一方奪った他人の魄は、正しい使い方を認識していないと、自分のものとして利用できない」
「そうなると、自分の肉体のほうも、意志に対し段々鈍くなっていき、本能や欲望が意志にとって代わります。つまり抑制がきかず我が儘になっていくわけですね。ガルザスは自分の能力の本質について知らず、自身が段々短気で即物的に変化していっていることにも自覚がありません。被害者のほうと違って、ゆっくりな変化ですし」
「異能に目覚める前の彼は、むしろかなり用心深いほうでしたが、この叛乱を起こした時点で既にかつてとは別人と言っていいほど変容していました。現時点では、あなたが知るよりもっと後先考えない、かなり欲と本能に忠実な男になっています」
なるほどね、姉上を殺した際に既に信じられんくらい短気で我慢のきかない奴だったが、異能の代償だったか……。しかし、あれより本能に忠実って、それもうあかんでしょ、どんなケダモノよ。
「異能に溺れた報いでしょう。私は彼を決して許すつもりはありません」
「とりあえずは、しばらくの間は王宮から動いていませんし、動く気配もないですね。だいたいナニをヤッているかは想像がつくでしょ」
やめてくださいよその口調、想像しちゃうじゃないですか!
「……私の友人たちが多数犠牲になっています。一刻も早く、助けたいところです」
「そして彼の理性減退が進行するにつれ、実質的に、後述するジェフティが叛乱勢力全体の指揮官になりつつあります」
「わかりました」
「リディアのほうですが、彼女が現在、名目上の軍の指揮官です。これにヤーンという傭兵が補佐についていますが、実質上はこちらが指揮官というべきでしょう。黒蟻団という傭兵団の団長ですね」
「なおこのヤーンという男はガルザスに操られた者でなくジェフティの配下にあたるため、自己意志を保持しており少し注意が必要でしょう。リディアとしては、解放軍の拠点を襲撃し物資を奪ったり、あるいは解放軍本拠地を襲って要人を誘拐するなどの計画を立てていて、近日中に実行するでしょう。彼女のほうは不完全ながらガルザスの異能の影響下にあります」
「万象の魔眼は、本人に高い恒常性をももたらすため、本来なら奪魄も余り効かないのですが、いまの彼女は意志は保たれているものの、ガルザスに魅了されている状態です。簡単にいえば、あいつは恩人だ、バカだから私がついて居てやらないといけない、という感じですかね。実際には恩人というより仇なのですが、そこは忘れてしまっている。さらにいえば、彼女も少し理性が減少して普段より我慢がきかなくなっています」
味方殺してまで魔剣奪ったのはそういうのもあるのかな。
「最後にジェフティ。これが……」
ぐらっと一瞬、建物が揺れた。
「あら、今回は少し過激ですね」
「今のは?」
くすくす笑いながらシューニャさんが答えた。
「ジェフティが、私に『視られた』ことに気がついて反撃してきたんですよー」
え……?
「この虚相空間にまでですか? ここに干渉するには、魔術では至難ですよ?」
「そうですね。つまりは、彼もまた異能持ちです。単独では彼の異能のほうがガルザスより厄介でしょう」
もう一度少し建物が揺れる。
「しつこい男は嫌いです。……奢るな、屍者め。静かにせよ」
低く威厳のある声。こんな声も出せるんだ……そして男の苦悶の声のようなものが聞こえ、静寂が戻った。
「倒したんですか?」
「ちょっと静かにしてもらっただけです。私には彼を倒す権限がない。これ以上陛下の命に背いたら、石像にでもされてしまいます。まあ彼の現在はおいておいて。彼の過去を調べた結果、そして話せる範囲のことだけを伝えます」
「よろしくお願いします」
「この件で調べるまで私も知らなかったのですが、グレオ聖教のラグナディア東部教会は、古の遺跡の上に建てられていたのです」
「どのような遺跡ですか?」
「かつて、魔人が自らを魔人と名乗り始めたくらいの大昔、人間の国でいえばまだシュタインダールすら影も形もなく、各地で小規模な都市がぽつぽつあった程度のころ、魔人たちの間で、主導権争いがあったのです」
「対立点はいくつもあったのですが、最大の争点となったのは、人間に対しての態度。人間と距離を置き、大陸は人間に譲り、自分たちは西海の果ての島で暮らすべきだとする主張と、人間と同じく大陸で暮らし共存するべきだとする主張との争い。ラグナディアにあったのは、後者のほうの遺跡でした」
頭痛がだんだんきつくなってきた、うーん。
「この抗争は結局人間と距離をおこうと主張する側が勝利したのですが、その終わりに、劣勢だったほうの最後の足掻きがあったのですよ。ある異能に目覚めたものが、異世界の外つ神……魔神と繋がっており、その魔神を呼び出そうとしたのですね。そしていくつかの試行のすえ、成功してしまって大騒ぎになった」
「それが、ジェフティが呼び出そうとしているもの、なのですか?」
「そうですね。ラグナディア東部教会の地下の遺跡には、その時の記録、そして敗北者たちの怨念が眠っていた。私たちも含め、他の誰もがそれを忘れて数千年、いつしかその上に偶然教会が建立された。そこに3年前、建立以来初めて聖者の資格ある者がやってきたのです」
聖者セシェル……ジェフティ…いや……ジェーコフ……うう……いたい……。
「かの聖者は高い神聖術の素質により、地下に何かがあることに気がついた。そして…………色々あったようですが、端的にいえば。彼はそこで己の異能と魔神の力の残滓によって現世に残っていた亡霊に出会い、乗っ取られた。力と知識と狂気を得て、代わりに自らを喪ったのです」
……どこかで、見たことが、あったのは……体のほうだけじゃ、なくて……。
「そうして生ける亡霊と化した彼は、過去の儀式の再現を試みた。生け贄を集めまずは小規模に、向こうの世界への門を開こうとした。そのための力が彼にはあった。しかし昔ほどの力も道具も足りない状態で、かつ縮小版では上手くいかなかったようです」
「試行錯誤していたところで、周囲、そしてあなたの父に異変を察知された。そうして彼は自殺しましたが、魔神の力によってまた蘇り、元の怨念にこの国への逆恨みを追加して、いつか儀式を成功させるための準備を始めた。その途中で、ガルザスという、己にとってとても便利な力を持つ者に出会ったのです」
……いたい。彼は、狂喜した、だろう。その力は知っていた、そう、それは、かつて彼の、敵が、魔人の王を継いだ、小娘が、もって…いた、もので……。
「ちょうどそのころ、メルキスタンにいたある魔術師が、ジェフティの異常さに気がつきました。ジェフティは怪しまれていることに気がつき、ガルザスの力で彼を傀儡にしてしまいます。そして、彼は全ての知識を奪われ、最後には自害させられた。同時に、魔術師には極めて高い素質を持っていた弟子がいて……」
「ガルザスは、彼女も傀儡にしようとした。それだけなら効かなかったかもしれないですが、それにジェフティも一枚噛んだことで、支配は完全にではないですが効いてしまう。記憶をねじ曲げ、師匠への思慕を恨みに反転させるという形となって」
……リディア…のこと…?
「……そういうことでしたか……」
「そうして彼らは、まずメルキスタンを異能で支配し、そこを根拠地に、1か月ほど前からラグナディア東方地域で貴族たちを傀儡にして回り、使節団と合流、そして王都にやってきて王とあなたの殺害にいたったわけです。状況はわかりましたか?」
「ジェフティの中身は……ジェーコフの小僧でしたか。ではヤーンとやらは?」
「そちらも同じ立場です。今の中身は、【潜影】のイグナチェフ。ジェーコフの部下だった者ですよ」
「……分からないですね」
「あなたは会ったこともないでしょう、こちらは方舟生まれでもなく地上生まれで、プラナス様よりも年下ですからね。後で資料は送ります。人となりが知りたければリュースに聞きなさい」
「なるほど。……しかしシューニャ様、よくそこまで調べられましたね。総当たりでは【史記】でも厳しいのでは」
「頼りになる同僚のおかげですね、良くも悪くも、今回は適宜死者が生じたために、そこを基準にして情報を揃えられました」
「ああ、そういえばあの方が常時起動されてましたね、死者の書………陛下ならあの方に指示できますか」
いててて……また何か記憶が変に……つまり、ナヴァさんに死者の記録を調べて貰ってたんですね……いたたた。
「ジェフティ自身の異能は、異界の門を開くことと、この世ならざるものとの交信を主としています。それによって、魔神の下僕である異界の徒のうち、界渡りしやすい精霊を召喚できるようになっており、その精霊たちを介することで、先ほどのように空間を超えた干渉も限定的にこなします」
「そしてこの異能はガルザスの異能よりも格上であり、またジェフティ自身の使い手としての技量も高いため、彼にはガルザスの力は効いていません。まあどちらにしろ、彼に会って見ればわかるでしょうが、この世界の人間基準では、狂っていると言って差し支えないでしょう。魔神の召喚をラグナディアで続けようとしている時点で分かる話ではありますが」
「狂っていようといまいと、私は彼らに行いの報いを受けさせます」
「そうですね。最終的にはそうなるかと思いますが……ジェフティに関しては、それは、早くとも凪の月の最初の星の曜日まで待っていただかなくてはなりません」
「それは……儀式の準備が整う日、ですか?」
「そうです。これに関して、この度我が陛下は、彼に召喚を成功させるべきだと判断されました」
「………!!」
「……うう……いたた……。あれを、もう、一度……?……うう」
「やはりそうなるか、致し方ないのう……」
「シューニャ様、陛下はここで終わらせるおつもりですか」
「そうです。かの外つ神との縁を断ち切ることを望まれました。あなたにも協力してもらいますよ、エルシィ」
「……陛下がそう判断されたのであれば、私はそれに従うまでです」
「オルフィリア姫。魔人王は、今世にて魔神をこの世界から完全に排除することを決断されました。そしてそのためには、一度呼び出さねばなりません」
「ラグナディアに……街を穿ち湾に変えたという魔神を顕現させる、と。そしてそのために、我が民が生け贄になることを、見逃せと仰せになりますか……」
「その通りです。そこで、あなたに提案があります。予想はつくでしょうが、聞きますか?」
「……はい。私がそれに協力するかどうか、ということですね?」
「はい。あなたが協力するなら、そこに至るまでの犠牲は可能な限り少なくなるようにできるでしょう。また、破壊されるであろう事物も、可能な限りは減らせるでしょう。なお、協力していただけなくとも、魔神を顕現させるという我々の方針はもはや変わりません。ゆえにその場合はあなたは、こちらの動きが分からないままにその日を迎えることになります」
「…………」
「今起こっていることはガルザスやジェフティの罪であり、そして阻止できる召喚を阻止しないことにより起こるであろう犠牲は我々の罪です。あなたを始め、ラグナディアの民は、本件では最初から最後まで、被害者でしかない」
「その境遇は同情すべきものであり、契約の範囲で助力はしますが、そのままではそれ以上ではありません。ですが、もしあなたにも手を汚す覚悟があるのなら、私達はあなたに今少し貸し出せる力があります。いかがですか?」
……うう。まだ頭が痛いけど、話は少し分かったぞ……酷い話だ、でも私達には、全てを守る力がない。魔神や魔人王はおろか、ガルザスたちにも自分たちだけでは勝てない。
そんな私たちに、ただ被害者として泣くのか? というなら姉上の返事は決まっている。向こうも分かっていて聞くのだろう。
「……具体的に、提案において私に期待されることと、それを成した時に我々が得られるものを、お教え願えますか」
「あなたにお願いしたいことは、まず、ジェフティが召喚を成功させるために集めている生け贄集めやその殺害など、召喚のための陣の構築について、彼の邪魔をしないこと。もし彼が生け贄手配に苦労しているようなら、敢えて、手配できる状況を作ること。既に動いているあなたの部下たちもその件については止めてください。追うとしても、形ばかりのものに抑えること」
「そして、王都解放の戦の際にも、仮に勝ったとして、少なくともジェフティは、儀式が可能な状態で脱出させなくてはなりません。また、セシェルとしての過去と教会についての調査も打ち切ってください。あちらは放っておいても何かやるでしょうが、こちらからつつくと想定外の要素が増えすぎます。そして、戦場となるべき場所を選んでください。王都にできるだけ近く、魔神が暴れてもよい場所の候補を提示してください」
「……他には?」
「ジェフティが儀式に必要として探している資材の中には、現在では入手困難なものが含まれており、それらはラグナディア近隣には殆どありません。特に魔晶石と呼ばれる特殊な石が重要です。これは我々のほうで用意しますので、彼の手に渡る工作をお願いします」
「…………」
「あとは、我々が送り込む戦士たち、数人程度ですが、彼らに便宜をはかってください。万一揉め事があった場合は、揉み消していただかねばならないでしょう。最後に、本件はあなただけの秘密です。余人に明かしてはなりません」
「……助力としては、何を?」
「まずガルザスの異能に対処できる魔導具、エルシィがいくらか用意したと思いますが、それと同等のものを300までであれば明日にも提供できます。次に既に操られているものを正気に戻す方法を、薬という形で提供しましょう、これもまずは300で、適宜追加します。まあ実際には薬を飲んだ相手に対して我々の部下がエルシィがやったような解呪を遠隔でこっそり施す、というもので、薬自体は単なる目印兼眠り薬みたいなものですが……」
「トーリにやらせるつもりですね?」
「解呪は彼の専門、それだけはあなたよりうまいですからね」
「300もやってたらいくらあいつでもすぐにはできませんよ」
「だから眠り薬も混ぜています。寝ているうちには終わるでしょう」
「……誰です?」
「陛下配下の護法官の一人じゃな。本名はオラトリオだったかの。生前は解呪の方面では有名だったというぞ。オストラントあたりじゃったか」
「……あそこの国でオラトリオって、教科書にも載ってる昔の聖者じゃないですか、そういう人でも魔人王に仕えるんですね」
「どちらかというと奴は信仰そっちのけで呪いの研究に淫する類のアレじゃぞ? 聖者になったのも未知の呪いに出会いやすいからという……」
「真実って知らないほうがいいこともありますよね、ほんとに」
「そして、ガルザスとリディア、ジェフティらに関する所在と状態の情報、目に付いた行動があればエルシィを通じ教えましょう。魔神が顕現する場所、時刻が予め予期できれば、被害を低減できるでしょう。なおジェフティは異能により、この空間に似たところに隠れ、そちらを移動することができるため、あなたの配下にいるような普通の間者では、行動を監視し続けることができない可能性があります。しかし私たちなら監視が可能です」
「さっき監視がバレていませんでした?」
「敢えて視ていることを分からせたのよ、その気になれば分からぬようにはできる」
「どうしてそんなことを?」
「確実に魔神召喚という切り札を切らせるためじゃろうな、それもこの地で」
「今すぐに答えを出せとは言いませんよ?」
「いえ。答えを出すなら、早いほうがいい話ですよね」
「そうですね」
「ならば、ご提案を受けます」
「宜しいのですね」
「私はここの王を継ぎます。聖人でも英雄でもありません」
「さればせめて、犠牲を無駄にしないことを我が名において誓いましょう」
「……はあ、全く。本来なら、私はあなたには優しい嘘をつくべきだと陛下には文句を言ったのです」
「優しい嘘、ですか?」
「ジェフティの背景と目的が明らかになったとき、陛下は戦うと決断された。それは仕方ないとして、わざわざ、実は召喚を止めることはできるのに、敢えて止めずに無辜の民を犠牲にしてから呼び出させて戦いますなどと、教える必要ないでしょう? 馬鹿げています」
「エルシィにも事情を説明して口裏を合わせ、もう召喚自体は止められない、魔神が出現したなら我々が倒しますからその時に民が逃げられる準備をしなさい。ということにすれば、起こっている現象は同じでも、あなたに変な提案なぞしなくともすむし、悩みも少ない。あなたも部下にこの状況を説明するならそうするでしょう?」
「……そうですね」
「ですが陛下はそれを是とされなかった。あの方は、秘密主義ですが、嘘は原則として好まず、つかねばならないなら沈黙や韜晦をもってそれに替えます。そして物臭ですが、それでも何かしなければならなくなったら、一石で二鳥三鳥を狙う方なので……す……くそー、いいじゃない、これ、くらい……」
……今剣が光って、少し血の範囲が広がったような……。
「……そんなわけでして、あなたたちが真の事情について知っておくことが、陛下にとっては必要だった」
「いま、私にも話しかけました?」
「そうじゃな。……何かやる気じゃぞ、気をつけろ」
「はい?」
「何か別の目的があるのですね」
「そうです。それが何であるかの詳細は言えないですが、本来、あなたにとっては悪い話ではないです。例えば、その指輪」
「これ、ですか」
うちの指輪を調整して対ガルザス向けにしてあるやつね。姉上もつけている。
「それは今のあなたには必要ないのです」
「どういうことですか? 再び奴に操られるわけには……」
「今のあなたは、二人ぶんの守りの力がある。以前のように術式ごしでなく、直接です。そして妹姫のそれは、あなた本来のものより高い。相乗効果も考慮するともっと上がっているべき状態のはず」
えっ、そうなの。
「合わせれば、本来指輪の補助ぶんくらいはとっくに超えていなければならない」
「……ですが、あの子は、私のせいで……」
「そう、それです」
「?」
「その罪悪感が、力の融合を邪魔しているんです。相乗効果どころか、一人ぶんより落ちている。未だに体に違和感もあるでしょう?」
「………」
そんなことを言われましても。……それに、違和感?
「あなたのせいではないのですがね………仕方ありません。ちょっと思っていた以上に進んでいないようですから……少し方針を変えましょう。この件が終わるまでの、一時の間だけですが」
はっ……まさか。
そしてシューニャさんは姉上のほうに手を翳して……。
「オルフィリア王の精神安定のために、本来は観客のあなたにも、天に帰るまでの間、黒子として舞台上に上がってもらいます。いいですね、ラファリア姫」
「……えっ!?」
そうきますかー!!
そして、次の瞬間、私は姉上目線の画面でなく、驚きに目を見開いた姉上を見ていたのだった。
はっと自分の体がどうなっているかを確認したが、体や服は見かけはあるものの、白く半透明の幻のようになっていて、透けている。そして手足は自分で動かせるけど素通りする。うん、幽霊ね。
姉上との間は、お互いの左腕の聖痕のところ同士に、半透明の白い紐がでていてそこで繋がっているようだ。
「ラファ…?」
『…はい、姉上…?』
お、声は出せるのか。
「ラファあっ!!」
姉上は涙を流して私を抱きしめようとしたが、スカッと素通りする。
「……あっ」
『すいません姉上、えーと、どうやら私は幽霊なので触れないみたいです』
「観客席から突然引っ張り出してごめんねー」
シューニャさんがケラケラ笑う。
『びっくりしました』
「でも、ずっと話はしたかったでしょう?」
『それはその通りです』
「どういうことなのでしょうか…?」
「ラファリア姫はあなたの命と引き換えに亡くなりましたが、双生の術式の繋がりを利用することで、我々のほうで魂の昇天をしばらく引き止めているのです。引き止められる時間はあまり長くはなく、この件が終わる頃くらいまでになるでしょうが」
『死んでから、魔人王の部下を名乗る方に、君はもう死んでいるが、しばらく幽霊として姉上に取り憑いて欲しいと言われまして……それで、私も未練があったものですから、それを了承しました。以来姉上の中から、姉上の見聞きしたものは、だいたい私も見ておりましたので、状況は分かっています』
「やっぱり、私のせいで……」
『そんな顔をしないでください。姉上の身代わりとして死ぬなら、死因としてはそんなに悪い話ではないです』
「私がもっと早く異常に気がついていたら。ガルザス達は何日も前から動いていたそうなのに……。それに、生き残るだけならあの後でもやりようが……」
『仕方なかったと思います。あんな異能なんて想像も対処もできないですし、あんな短気で下衆な男相手じゃ、傀儡になるしか生き残るのは無理です』。
『あの男の傀儡になった姉上を見るくらいなら私から死にます。私だけが生き残ったところで、姉上ほどうまく皆を導くことはできないですから、これでいいんです』
「そうかしら。ラファは私より皆に好かれていたわ。私ではなくあなたが残ったほうが、きっと皆は……」
あーもう!
『……いいから、オルフィ! いつまでもうじうじ後悔しないの! あなたが生きてる事は罪じゃない、私が許す! だからこの件はそれでおしまい。私はもう亡霊なの、これからオルフィが私のぶんも生きるの! そうでないと私が困るの!』
「……もう。こんな亡霊なら、ずっと居て欲しいのに」
泣き笑いの顔がこんな、花のように綺麗なんて反則だわ、元私の体のくせに中身の差が偉大すぎる。
「こういうので自覚薄いって罪よねー、婚約者さんも苦労したはずだわ」
『? ……しかし、その、シューニャさん、この幽霊状態で外に出るわけにはいかないですよね?』
「それは今だけの仮初めよ。あと少ししたらあなたはまた姉君の中に戻る。これからしばらくは、望めば念話は可能になるわ。そうなったら、基本的にはあなたたち2人だけの専用会話になるから、短い間だけど姉妹水入らずで別れを惜しんでね」
ホノカさんはその際蚊帳の外か、ちょっとごめんなさいね。
「それじゃあ、そろそろいいかしら、オルフィリア王? ………エルシィ、後で用意したものを送るから、オルフィリア王に渡してね。ジェフティとヤーンの情報も送っておくわ」
「了解いたしました」
「それではエルシィ、改めて陛下よりの命を伝えます。『この機を以てかの外つ神、暴食なる餓鬼ノ王を、組織と意識の一片たりと残さず縁を断ち、当世より追放せよ』」
「はっ」
「かの外つ神は不滅、死しても死すら死して蘇るともうそぶく、銀河連邦においても古き神に入る一柱。されど一度本体を消滅させれば、復活にも悠久の時間がかかり、この世界との縁を絶つことも可能でしょう。前回のように痛めて追い返すだけでは、結局こちらの世界に経路を残す。奴の触覚は未だにこちらに残っており、このたびジェフティを介して蘇ってしまった」
「いずれ放っていても自然に再来したでしょうが、その時のこちらの戦力が、今ほどである保証もありません。ゆえにここで禍根を断ち切ります。奴の現界にあたっては、護法騎士よりはあなたと、バーリと那祇とリュースとエグザを出します。核となるのはあなたの能力です。負担をかけることになりますが、頑張ってくださいね。他の騎士たちも一応は後詰めとして準備させます。当日の現場指揮官はバーリとします」
「バーリ殿にエグザと夫はともかく、那祇様を? かの外つ神とは相性が悪いかと存じますが」
「本人のたっての希望なので。命数の多い彼女は暴食にとっては良き餌。囮として有効でしょう、戦況に応じて投入します。またこれにあたって、あなたの封印を現界の日の期間限定で解き、魔導機構の全力使用と【化身】による多重起動を許可します。少し面倒な手順になるでしょう。策は後ほど授けますが、命数の消費は私に回しなさい」
「承りました」
「神器について、ホノカとは話しましたね? あなたか、オルフィリア王か、誰でも構いません。本来はリュースがいいのでしょうが、あの子が拗ねるでしょうから。彼女の神威解放の消費命数はナヴァを通じ我々が引き受けます。それと都牟刈大刀は回収してしばらく使ってもいいですが、年内にダイラム家に返却すること。あと、あの聖鎧の……」
「あれはどういうことなんですか……」
「本来は、あなたでなく、あれこそがリオネル殿との約束のための護衛でした。今回はあなたの異能が必要になったから、あなたを起用したのです」
「……私の【縁起】 の受動発動を期待して、関係者の因縁を紡がせたのですね?」
「私の考えではありません。陛下の考えです」
「はあ……彼のほうは今回、起きて貰っていいものなのですか?」
「暴食やその下僕たちと戦わせるのにはちょうどいいでょう。命無き機神、神器はあれらの天敵です。我々が前にでると、奴は回復のほうが上回りかねませんからね」
「わかりました。これは中身を話してもよいものですか?」
「あなたの判断で構いません」
「了解しました」
「イーシャのほうの状況は理解していますね? 那祇とリュースは今は別に動いていますが、当日には合流できるでしょう。魔晶石はバーリに渡しています、彼とエグザは明後日にはラグナディアに着きますから連絡をとりなさい。後は任せます、私はここから当日まで動けないですからね」
「はい。シューニャ様もまだ回復途上の身。囮の役目にはご注意ください」
「……囮?」
「ジェフティは過去の亡霊。彼はかつて、当時の魔人王との争いに敗れ、最後の手段として自らを生け贄に魔神を呼び出した。ゆえに魔人王とその子孫にも恨みを持っています」
「そうなのよねー」
「シューニャ様は、自分を当代の魔人王だと彼に誤解させています。先ほどの反撃の力の質は、彼が知るであろう大昔のやり方でした」
「はーい。おかげで今の彼の目はこっちに向いてるの。ちょっとここの場所を「うっかり」教えちゃったからねー、モテる女は辛いわあ。でも倒すことは許されてないから逃げられないのよ、ちっくしょおおおお」
「それは……」
「だから私がモテている間に、あなたはすべきことをなさい。半月くらいはモテ期になる予定だから。いいわね?」
「はい。ありがとうございました」
「少し長くなってしまったわ。はー全く、こういう真面目のなんて本来女帝や皇帝の仕事でしょ、愚者の柄じゃないのに。なんで近くだからと私にやらせるかな。……そろそろお別れね。と、その前に」
そして、私の体が薄れて、姉上の聖痕に吸い込まれる。あーれー。
「戻ってきたかの」
「いきなりはびっくりしましたよ……」
「じゃあオルフィリア王、彼女と話したいと念じてみて」
『ラファ……?』
『はい姉上、聞こえますよ』
『良かった……』
「それじゃあ、さようなら、若き王よ。よき旅路を」
次の瞬間、エルシィさんと姉上は廃屋……いや、お化け屋敷状態が解除されて、普通の貴族の別荘になっているところの、入り口にまでとばされていた。人間を生きたまま転送……これができると革命よねえ、いろいろと。どうやってるんだろう……。
扉を開けると、馬車で一行が待っていて、そのまま問題なくファディオン伯家への旅路を再開したのだった
「オルフィリア様、どういうお話があったのですか?」
「……そうですね。良い事と悪い事がありました」
「良い事、とは?」
「ガルザスの異能に対する防御手段について、少し助力頂けるそうです。数を近いうちに増やせそうですよ。彼らの状況についてもいくつかお教えいただきました」
「それは良かったです……悪い事は?」
「……ジェフティが召喚しようとしているものは、もはや止められる段階でないおそれが高いとのこと」
「なっ…」
「大事が起きる前提で動かねばならないかもしれません。ファスファラスの方々もそのつもりで戦いの用意をされるようですが、いざそうなれば、ラグナディアの被害に構ってはいられなくなる恐れもあります。我々としての準備が必要です。宜しくお願いいたします」
「……分かりました。しかし……」
「なんでしょう」
「何か他にありませんでしたか?」
「?」
「いえ……行かれる前に比べて、その、肩の力が抜けておられるような感じがありまして」
「……私は、自分で思っていたより現金で度し難い女だったのです」
「姫様?」
「ただ一つの、許しが欲しかった……それが分かったので。我が民にはこれからもまだ理不尽な苦難があるというのに、本当に度し難い……」
「よもやジェフティがあやつの亡霊であったとはのう」
「…………うーん」
「……どうした」
「さっき、過去の話を聞いたときに頭痛と一緒に何かを思い出した気がしたんですが、痛みが消えた今は一部が思い出せません」
「……思い出せないのなら今は必要ではないのじゃろうよ」
「そうですかねえ……」
でも少しは覚えている。たぶん、ガルザスがそうであるように、私たちもまた、そうなのだろう。エルシィさんのような特性の能力はないか弱いかで、だから断片でしか思い出せないだけで、きっと私達の魂の一部は……。
主人公は観客から黒子にレベルアップ
4/17 レイアウト等修正




