第十五話 血筋って時に度しがたい
馬車を急がせ、途中でどこか街によるのかと思いきや、なんと野営する。通常なら姉上みたいな貴人がやることじゃない……が。
周辺にとんでもなく高機能高強度の結界が張られ、下手な宿より快適かつ安全という異常事態が発生していた。
さらに土と木を魔術で操作して建物を作り出し、残暑の暑苦しさを感じさせない冷たく快適な空気に包まれた個室と寝具、さらには風呂に、衣服の浄化消臭までついている。
あげくに熱々の料理まで。しかも結界の外からは不可視で虫も入ってこない。なんだこれは、反則すぎでしょうが。エルシィさん便利すぎる。
「貴殿の非常識さには感服を通り越して嘆息するしかない」
「魔人の間では、ひとりだけで如何に無人島を改造して快適な避暑地に作りかえるか、というのを競う娯楽を追求している連中がいてね。そいつらに教えてもらった」
「魔術の知恵の無駄遣いとしか……」
「これを構成している術の一端だけでも知りたいところですね、いくつかだけは分かる部分もありますが、これほど高度に連係できるとは」
「これでは侍女として私がついてきた意義がないのでないでしょうか?」
「言っておくがここまで非常識なことができる奴はファスファラスにも10人とおらんからの」
「むしろ他に複数いるというのがおかしいんですが」
「平和が続くと奇怪なほどに快適さに価値を見いだす者も現れるようになるのじゃ、こうした移動野営術は娯楽であり、専門で研究する学会や競技会すらある」
「私たちに理解しかねる文化があることは理解しました」
そこからは何事もなく(相変わらずの姉上過労問題を除く)次の日の昼過ぎに北方の盟主プロスター公爵の街、プロスタリウムに到着。速いなあ……馬車としては普通より半分近くに時間短縮できてるのでは?
ここは北方域内でも王都よりだけど、出発したのが王都の北西にあるミルトン公家の街ラグナクロウ、そこからなら通常なら馬車で3、4日かかる程度にはあるはず。
ほぼ2日なら、車を引かない早馬に近いほどだ。何か魔術を使ったのだろうか、そういえばこの馬車、異様に振動しないな。エルシィさん何かやりました?
「やっておるの。馬と車両方が普通ではない」
「ああやっぱり」
まあうちの国は小国だから、北端から南端まででも馬車で半月かからないそうだ。なお飛竜なら瞬間的には早馬より速いが、あいつらは持続力がないうえ荷物もあまり載らないので、乗り継ぎしない限りは急ぎでも馬車のほうを使うのが一般的。
飛行の魔導具? やっぱりあれも長距離だと魔力続かないし、貴重品だし。
このあたりにはまだ王都の混乱は届いていないのか、ダラスよりも往来がある。北方といってもあくまでわが国にとっての北方でしかないので、大陸の北方のように夏に雪山が見られるとかそういうことはない。
それでも心持ち涼しいのはいいのだろう。今の私は外の温度わからないけど。でも全体的に娯楽が少ない感じなのよね、やや山がちで平野が少ないし。
ファラモントの流域に比べると土地が痩せているのもあるのだろう。羊などの家畜や鉱物資源が主な産物なので、賑わいはむしろ山近辺にあるのかもしれない。
そうしてやっとプロスター公の屋敷に到着。
「ようこそいらっしゃった」
「バーランド殿も御壮健のようで何よりです」
プロスター公爵バーランドは60前くらいか、白髪白髭でやや小柄の少し全体に角張った方である。老いてはいるが、筋肉はまだかなり維持しているようだ。
早速会談に移るものの、姉上とマクセルとファビオ以外は隣室で待機となった。まあ隣なら何かあっても対応できるだろう。
「わざわざ姫様自らが、このようにお越しになられますとはな」
「それだけ火急の事態であることをご理解いただけますよう、お願い申しあげます。多少の危険を冒さずには済まない状況なのです」
「伝文ではグラハム殿(ミルトン公)やマークス殿(サーマック公)から連絡を受けておりますが、王都では信じがたいことが起こっているようで」
まったく、公としても情報収集やってるだろうに、何をトボけているのやら。
「ええ。ガルザスなる、奇怪な異能を持つ首魁を戴く叛乱軍は瞬く間に王都を制圧し、さらには東方地域の貴族たちも異能によって操られているのか、それに参加しております」
「信じられん話です。本当だとしたら、いったいいかなる者か、そのような異能など聞いたこともございません。それに一日と保たないなど、まったく中央と東方の者共もなんと情けないことか……いや、失礼」
「私のほうも斯様な事態になるなど、想像だにしておりませんでした。私は偶然ミルトン公のもとにおり難を逃れたものの、既に父と…妹や、ロダン将軍らは叛乱軍の手に掛かり、もはやこの世の者ではないとのこと」
「既に王は亡くなられたと文では伝えられましたが、間違いない話であると?」
「ええ。実は私のほうも、ここに来る途中襲撃を受けました。幸い敵をうまく出し抜く形で逃げられましたが、大規模魔術により周囲が焼け野原になるなど、周りを巻き込んでの攻撃であったため……あるいは私のほうも死んだものと判断したかもしれませんね」
「そのようなことができる人員で襲撃とは。情報が漏れているということですかな」
「その可能性もあり調査中です。現在は、ご存知かと思いますが、サーマック公を中心に西方地域の諸侯の軍、そして国境警備隊のニクラウス将軍、南方軍のシルバ将軍らが、王都解放のための兵を集めております。バーランド殿以下の北方諸侯の皆様も、是非にこれに参加していただきたいと思っており、ここまで足を運ばさせていただいた次第です」
「話としては理解しましたが、我々の兵が必要であるというのですか? 正直なところ、練度と数であれば西方の者たちのほうが、我らよりも適任ではありませんか。無論我らとて訓練は怠ってはおりませぬが、実戦から遠ざかっていることは否めません」
なーんか怪しいなあ、理由としては弱いよね。
「さればこそ、我らが中央に向けて兵を出すなど過去に無かった。また、このところ、北のラベンドラの動きが妙でしてな。それを無視して容易に兵を出すわけにも」
「何も全軍を出せというわけではありません。一部だけでもよいのです。既に我々はこちらに合流するどころか叛乱軍に与する東方諸侯軍を目の当たりにしております。これに対し北方からは、多寡はともかく、何らかの兵を出して頂かぬことには、あらぬ疑心を引き起こすことになりましょう」
「疑心とはまた穏やかでない、我らの忠誠を疑われますか」
「皆の忠誠を疑うようなことはありません。しかし敵の異能はまことに異常なもの、一目見るだけで相手の心を操り、忠義の騎士がその忠義の対象を替えてしまう。幸い対抗策もないわけではないのですが、数を用意することがまだ難しく……」
「……今王都から脱出できていない有力者は、ほぼ奴の手に落ちていると考えられます。そう、王都には、私の部下や友人たちの多くも取り残されておりますが……」
お、プロスター公の目が少し鋭くなった。
「……西方諸侯の中にも家族や子女が向こうに残っていた者などは、安否の確認に追われており余裕はないと言う方もおられます……私もことに、彼女については心配しているところなのです」
「……ご心配いただき、ありがとうございます。姫様はあれらとは懇意でありましたな」
「ええ。万一彼女らが敵の手におち、操られるようなことがあってはならないとこちらとしても救出を考えており……」
「それには及びませぬ。なに、2人につきましては我が手の者に迎えに行かせているのです。そろそろ戻ってくるころでしょう」
「なんと、既に手をうたれておられましたか」
「自らのことは自らで、それが我らの信条でございますれば」
「それがうまくいくならばそれに越したことはありませんね。私もアイゼルとは一時でも敵になりたくはないのです。先日私を襲った者の中には、見知ったる近衛騎士も混じっており、敵の力の恐ろしさはひしひしと感じるところ」
「おそらくガルザス本人を倒せば、操られたものたちも解放されると思うのですが、現状では術を解除できる腕のものが殆どおりません」
「宮廷魔術師どもも捕まっておるのですかな、全く情けない」
「それで、もし2人が戻られましたら、参陣していただけますか?」
「……そうですな、ライナーめが戻れば、あやつに率いさせ少しは出せるやもしれません。しかし先ほど言った通り北がきな臭くてですな……」
「多少であれど出していただけるならそれで構いません。あと、これとは別件でお願いしたいことが……」
と、そこで扉の鐘がチリンと鳴った。公爵は姉上をちらりと見たが、姉上は構わないと頷き、公爵が反応する。
「レーメか、どうした?」
そして執事の爺様が一礼して入ってきた。
「御館様。ベルニヒが、ライナー様を連れて街の手前まで来ているようです」
「そうか。アイゼルは?」
「それが、ご一緒ではございませぬようで」
「…なに?」
あー、これはやっぱりそういうことかな。
姉上が言う。
「私達は席を外しましょう」
「いかがなされた」
「今の王都から出て来るのは、尋常では考え難いところ。されば、ライナー殿は使者であるのかもしれません」
「あやつが、ガルザスなる者に操られて使い走りにされていると仰るか」
「その可能性は否定できません」
「……いくら姫様のお言葉でもそのご意見には承服しかねますな。ベルニヒは我が配下でも有数の使い手。ライナーとてもはや幼児ではありませぬ。奇怪な異能を使うといっても首魁だけのことでしょう、あやつらであれば脱出くらいできますとも」
「そうであることを私も願いますが……いずれにしろ、私達は最初は会わないほうがよいかと」
「……ではひとたび隣室でお過ごしください。茶菓子なども用意させましょう。レーメ、その後でライナーとベルニヒをこちらへ」
「どうにも、まだプロスター公自身が状況をわかっておられない感がありますね」
「そうですね。ここでライナー殿が帰られたのは丁度よいと思いますよ」
隣室に案内されて一服したところで、エルシィさんがごにょごょ呪文を唱え、私が今みている画面に近いものを作り出す。ホノカさんともやり方違うのね。これプロスター公の視点か。板の像の中で板の像を見るのは少し不思議。
「これは?」
「あの公爵の視点を借りたのさ。声も少し聞こえるようにしとくよ」
「遠見と投影か、さすがですな」
「魔導具無しにこんなすぐに遠見と投影なんてありえないですが今更ですね…」
しばらくして、プロスター公の部屋にライナー殿と、壮年の筋肉モリモリな騎士らしき者が入ってきた。
「御爺様、お久しぶりでございます」
「……うむ、息災で何より。ベルニヒも大儀であった」
「はい……」
「案の定、どちらも目の焦点があっておらんな」
「ルブランもそうでしたが、この状態で会話できるのってやっぱりちょっと怖いですね」
「なにやら王都が大変なことになっているというが、アイゼルはどうしておる?」
「お喜びください、姉上は正統なる王ガルザス様に見初められ、王妃となられることになりました。近々案内もございましょう」
「!?」
やっぱりそうか、そうなる可能性が高いと思ってたよ。アイゼル、可哀想に……。
「……どういうことか?」
「ガルザス様は偉大な方、一目あの方の目を見ればいかなるものも忠誠を誓います。その方がこの国の王として起たれるにあたり、数多の女性の中から姉上を后としてお選びになったのです」
「……ライナーよ、この国の王はベルトラン陛下なり。ガルザスなどという者ではない」
「いいえ、ガルザス様こそパルス王子の血を引かれる正統なるラグナディアの王であらせられます。既に簒奪者ベリナスの子であるベルトランやその娘は王城前の広場に無様な骸を晒しており、王都は一丸となってガルザスのご即位を祝おうとしております」
「……………」
「東方のものは既にガルザス様に心服いたしました。未だに西方や南方のものは、ベルトランの娘の片割れを立てて不毛な抵抗をせんとしておりますが、つい先日そちらのほうも死んだとのこと。残る抵抗勢力どもも、一目ガルザス様に拝謁すれば、叛心などたちどころに消えましょう。賢明なる御爺様に置かれてはいかにすべきかは明らかかと。我ら北方の民は、今すぐ陛下の元に馳せ参じ、姉上と共に陛下の恩寵を賜るべきと存じます」
うん。なかなか笑える演説。でも声が棒読みなのはどうにかならんのかな? ああ、棒読みじゃなかったら本心でそう言ってることになるか、それはそれで困るね。
「……そなたは本当にライナーなのか?」
「何を仰るかと思えば……ライナー・デイズ・プロスターは私の他におりません。この白狼紋に賭けて誓いましょう」
家紋を刻んだ指輪を掲げる。
「ベルニヒよ! これはいったい」
「御館様。ライナー様の仰る通りでございます。ライナー様をお迎えに上がったところでそれがしもまたガルザス様に拝謁する栄誉を賜り、あの方の眼差しに真の忠誠に目覚め申した。我ら北方の者は一刻も早く、ガルザス様の元に向かい、新たな王道の始まりを共にする栄誉に属さねばならぬかと……」
だから虚ろな目つきで棒読みやめようよ。
「……なんと、なんということだ……」
プロスター公は絞り出すように呟く。
「これがそうか、人伝に聞くと見るとでは大違いよ、このような……。ああ、儂がいくら老いさらばえようともだ、そなたらをそのような妄言を吐く者たちに育てた覚えはない」
「いいえ、御爺様はまだガルザス様をご存知ないだけのこと。お会いすればいかなる疑問も霧散いたします」
「ティーダ、レーメ、ライナーとベルニヒを捕らえよ。こやつらは敵の技にて乱心しておる」
「乱心など……御爺様のほうこそ考えをお改めください、今ならまだ間に合います」
ライナーに対して執事たちから拘束魔術が飛ぶが……魔術が弾けとぶ! ベルニヒはライナーの後ろに回り彼を背を守る体勢に入った。そしてライナーが懐から小さな杖のようなものを出していた。
これは……魔封銀かな? 魔封銀は、魔術を阻害する貴重な金属。ある程度大きさ以上のこれを身につけていると、自分は魔術を一切使えなくなるものの、魔術による直接干渉も受け付けなくなる。
ただ自分は一切使えなくなるのに、無効化のほうは、例えば魔術で加速した矢や石槍、炎など物理的なものは普通に食らうので、割に合わないものではある。
まあお互いに敵対の意志のないことをあらわす誓約の場や相手を拘束する際には有用だ。姉上が付けられてた首輪みたいに。
「このようなこともありえるとのことで、私は偉大なる王に従う賢者ジェフティ殿よりこれを授かったのです。この程度の魔術は私には効きません。そして……」
短杖が怪しくゆらゆら紫に光り出す。おお?
「これを一度受ければ、例え離れていてもガルザス様の偉大さをたちどころに……」
「これはまた懐かしいものを……」
「なんなんですか?あれ」
「あれは暗示を植え付ける道具じゃ。霊威でも魔術でもなく機械式のな……しかしあれを知っているとなると、ジェフティとやらは……ふむ」
そうして狂気の笑いを浮かべたライナー殿が光を祖父に向けようとしたところ。
「ご高説はそのくらいにしていただけますか、ライナー殿」
姉上登場。
「!? そんな……なぜここに、それに確かに妹も死んだと、魔導伝文が……」
「生憎と、まだ死んでおりません。必ずや父と妹の仇は討たせていただきます。さらにアイゼルは我が友。彼女が捕らわれたのであれば救出しなくては」
「姉上はもはや貴様の友などではない。……そうだ、ならば貴様もガルザス様に…」
と謎の光を向けようとしたが……。
「がはっ!?」
ライナーの腹に強烈な拳が刺さった。体がくの字になって、前に倒れたところに背中から肩にまともに踏みつけが入り、ぐぼきぃっ! という悲鳴と骨の砕ける音の合奏が響く。
ライナーは吐血し白眼を剥いて気絶………仮にも孫に対し容赦ないな。魔術が効かないなら暴力か。やはり暴力は全てを解決する。
ベルニヒのほうは執事たちが取り押さえていた。あれ? なんで筋肉達磨な騎士より枯れ木のような執事のほうが強いのかな? レーメさん、凄い速さでベルニヒの後ろをとって首を締めて気絶させたんだけど?
「姫様」
「はい」
「申し訳ありませぬ。私は敵をあまりにも甘く見ておりました」
「お気持ちはお察しいたします。私とてあのような力など信じたくなかったのです」
「人を、あのような狂信者に変えてしまうなど……ああ、アイゼル、そなたまでそのようなものの毒牙に……なんということだ……」
最愛の孫娘のことを思って嗚咽する公爵。ところで公爵、もうひとりの孫が、折れた骨が内臓に刺さったのか、吐血と痙攣してて割とヤバそうに死にかけてるんだけど?
「とりあえずライナー殿を治しましょうか」
「姫様、このように乱心したものをもはや表に出すことなどできませぬ、この上は我が手で楽にしてやるのがせめてもの慈悲……」
そのまま殺す気だった! ほんと容赦ないな!
「お待ちください。その乱心を解く手段があるのです」
「なんと……今一度この不肖の孫に機会を与えてくださるというのですか」
「はい。現時点ではそれをできる術者は限られているのですが、ちょうど同行してもらっております。……エルシィ殿、お願いします」
「分かったよ……あれまあ、ずいぶん遠慮なくやったね、骨が肺に刺さってるじゃないか」
「そなたはまさか……黒衣の魔女か?」
「なんだいそりゃ」
「北方には黒衣と片眼鏡の老婆の魔術師が愚か者に死を運ぶという伝説が…」
「さて? 私じゃないだろ、私はあんまりこの辺には来ないんだが……(全くどうして私はこう変な呼び名ばかり……(ぶつぶつ))」
特徴的な姿してるうえに腕前披露しすぎるせいじゃないかなあ?
そうして、ぶつくさ言いながらもエルシィさんが手当てする。痙攣も徐々に小さくなって明らかに天に召される寸前だったライナー殿は、凄い速さで話ができる程度に回復したのだった。めでたしめでたし。
「むう……なんと見事な治癒術」
「正直私くらいの腕じゃなかったらこの子死んでるよ?」
「殺す気であったのだから仕方あるまい」
「もう少し冷静になるべきだよ、っと……治療代は……」
姉上を見る公爵。おいこの吝嗇爺。
「……後日請求してください」
次にライナーとベルヒニは気絶したまままとめて霊威を解除され、そうして公爵に往復ビンタされて起こされる。やっぱり容赦ねえよこの人。
「うっ……いたた……ひっ、おっ、御爺様っ!? も、もうしわけ、ありまっ、ありっ!」
「お、御館様……ま、まことに、それがしは、ああ、なんという……」
「二人とも、正気に戻ったか?」
「「はっ、はいいいっ」」
「ライナー殿、何が会ったのかお話願えますか」
「オルフィリア、様……では、あの、広場のあれは……ラファリア様…なのですか……」
「そういうことになるのでしょうね、私は父も妹も、まだこの目で見てはいないのです」
「……なんということ……あの方が、あのような無惨な……」
そりゃあ無惨だろうね、首から上だけを考えても、オルフィは最後に少なくとも片目は抉られて舌も切られてたはずだからね。あの野郎絶対に許さない。
「……まず、叛乱の最初の時にあなたたちはどこにいたのでしょう?」
「私と姉上は、事件が起こった時点では学園のそれぞれの寮の方にいたのです。何か外が騒がしいなと思っていたところ、近衛騎士の方々が、何故か出入り口を封鎖され、学園長以下、教師の何人かが王に呼ばれているといって連れていかれ、そしてしばらくしたらその方々は帰ってきたのですが……」
「既におかしかったのですね」
「はい、先程までの私のような状態にされていたものと思います。そうして、学園長が残っていた学生の皆に話さねばならぬことがあり、学内にいるものは講堂に集まるように、と。そして私や姉上を含めた皆が集まったのです。そこに、しばらくしてあの男……ガルザスが現れました」
「……やはり学園はかなり早いうちからの攻撃目標でしたか」
「ガルザスは、今日からは俺がこの国の王だ、と宣言し、騒然とする皆にいったのです。「だからお前たちは俺に従え、その命全てを俺に捧げろ」と……その瞬間、私は、私でなくなり……体が勝手に跪いて奴に忠誠を誓って……あああ……」
「アイゼルは、どうしたのだ?」
「姉上もまた私同様に奴の奇怪な技にかかり……。ガルザスは、二十歳以下の貴族の女性は皆荷物をまとめ、王宮のほうに来るようにと命じ、他の者に対しては、原則学園から出るな、ただし新王に刃向かうものあれば報告しろ、と。そうして、姉上や、ミリエール嬢、ルヴェルタ嬢など、学園に残っていた高位貴族の女性生徒の皆様は、皆、王宮のほうに向かわれたのです」
「ミリエール達も残っていましたか……」
ミリーに、ルヴィまで……。辛い、たぶんあの子たちもあいつに……。全員知人同士だが、強いていえばアイゼルとミリエールは姉上の友人、ルヴェルタは私の友人。
ミリエールはマイナルディア軍務相の次女で一年後輩の、姉上のお茶仲間達こと生徒会の一員。ルヴェルタは東方のイシュハーン侯の長女で同級生。
ルヴェルタは、私の思い付きの行動に、文句を言いながらもつきあってくれる気のいい子だった。それに西方に帰省してるザインツ侯のとこの長女のマルガリテの、2人が私の普段の遊び仲間。……お願いね、マギー。叛乱が終わった後ルヴィを支えてあげて、私にはもうできないから……。
あ、私の代わりは、シルバ将軍のところのシーリンを推薦するわ、あの後輩には私と同じ気配感じてたの。
「その後しばらくして、学園に残らされていた男子のうち私を含め何人かが呼び出されました。やつに命じられて以降、私の体は、私のものでなく、勝手に指示に従って動き……夢をみているかのように、見えていても何も思い通りにできないのです。広場で、王と姫のご遺体が晒されているのを見ても、声すら出ず、立ち止まりさえもしなかったのです……おお……」
「仕方のないことです。あの力は本当にひどい」
「そして私は玉座に座る奴のところに連れていかれました。奴の側には姉上やミリエール嬢らが、その……侍っていまして……普段なら到底ありえない姿で……」
容姿だけならもう少し上の年齢の美人も近隣にいたはずだけど、貴族の学生が多いのなら、あの野郎め、身分の高い若い娘が好みだったか。とことん俗物だこと。
「…………」
「バーランド殿」
「止めないで下され姫様、私はその男を絶対に殺さなくてはなりません」
「私も殺したいのはやまやまですが、確実に殺すためにも情報は必要です」
「……そうですな」
「そうして、奴は姉上を抱きかかえ、お前の姉を俺の第一后にする、ついてはお前の一族を俺の元に連れてきて忠誠を誓わせろ、と。そのような余りに酷い命令にも、私の体は、先ほどまでのように喜びすら浮かべて従ったのです……!」
涙を流すライナー殿。そりゃあね、悔しいったらないわ。
「異能を濫用しまくりおって、自分への弊害も知らないんだろうね」
「弊害があるのですか?」
「似たような力についての大昔の記録によれば、使えば使うほど、理性が弱くなり欲を抑えられなくなっていくようだ。たぶんもう手後れだね」
「人が持つべきでない力を持った末路ですね……」
「だが自滅するまで待っていればどれほど被害が広がることか。早めに倒さねば」
「そうして、私の体が勝手にこちらに帰る準備をしていたころ、ベルヒニが学園に潜入してきました。彼は見事に私のところまではたどり着いたのですが、私の体は彼を拘束し、王宮にその旨を報告、そして私同様の傀儡にさせてしまったのです」
「ライナー様の様子がおかしいとは思ったのですが、まさかいきなりそれがしを、二階から突き落として締め上げて気絶させたうえで、敵に引き渡すとは思わず……」
容赦ないのは血筋かな?
「油断してしまいました……。気がついた時には、私はガルザスの前に引っ立てられていて、奴と目があった瞬間、心が浮いたのです」
「心が浮く?」
「体と心が切り離されたといいますか……自分の体がやっている愚行は分かるのですが、見ていることしかできないのです。気が狂いそうになりましたが何故か狂うこともできず……」
「ルブランも似たようなことを言っていましたね、奴の力の特性がそうなのでしょう」
「そうして今度はベルヒニと共に帰ろうとしたところ、ジェフティなるガルザスの側近が近づいてきて、あのような使いを寄越すようではそのまま帰ってもお前の親族は新王の力が分かるまい、簡単には納得しないだろう、そのためこれを授ける、と」
「それがこの杖ですか」
「はい、その杖は魔封銀が含まれており、魔術を無効にすると。さらにここを押すと、奇妙な光がでて、それを浴びている間に命じられたことに人間は従う、と。これを使ってお前の家の当主をガルザスに心酔させ、ここに連れてきて会わせるのだ、というようなことを言われました」
「ニューロクラッカーか…これはまた、古代の遺物を……」
「なんですか、それは?」
「魔人に伝わる古代の道具だよ、相手の思考力を鈍らせて、命令に従わせる装置だ。ガルザスの異能に比べれば遥かに弱く、せいぜい長くて数日位しらいしか保たない。きれたら都度かけ直す」
「魔導具なのですか?」
「魔術ではない、別の原理で作られている。だから魔封銀と組み合わせてもよい。ただ、これの効果はガルザスのと違って、あんたらでも魔術で防御も解除もできる。だから魔術が進化するにつれ廃れたそうだ」
「魔術で防御できるならさほど脅威ではないですね」
「そういう訓練をしてないと少し面倒な代物だろうが……こんな古代の遺物、作り方までは、私も知らん。それを知っていて、さらに魔神召喚の知識まであるとなると……ジェフティは、何らかの方法で失われた古代の知識を手に入れているようだね」
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