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第十四話 過労死ダメ絶対

 翌朝になり、馬車はさらに北方に向かう。なお馬車は幻覚魔術によって、昨日までとは違う地味な見かけになっていた。


 昨日は敢えて襲われることを前提にしていて、少し目立つ感じの仕立てのものを用意したからだったが、今は急ぐほうを優先しているからである。


 ファディオン伯本人はついてこないことになったが、配下のものが一人案内役として先導していた。ファビオという名前の痩せた40くらいの男で、一応騎士の位はあるが、鎧姿ではなく軽装だ。


 北方にいく途中で、大河ファラモントと街道の交差点にたどり着く。ラグナディアを曲がりながら北西から南洋まで斜めに抜けるこの川は、昔はとんでもない暴れ川であったという。

 

 しかしここにラグナディアができてからは小規模な越水はあるものの、大洪水は起こっていない。それが魔人王との契約によって領内に大嵐が来ないから、ということであるなら、契約が切れたあとが心配である。


 この川に橋がかかっているところは少ない。ファディオン伯領はその数少ない一つだ。大抵の川沿いの町は船で渡るようになっているが、街道のところなどは橋をつけている。


 そしてこれらの橋は、中心だけは下に船を通すために少し盛り上がった形になっている。ここがよく壊れるのが悩みどころらしい。魔術による強化って、珠宝具使わない限り割と速く消えちゃうものね。


 魔術を日々かけ直すのもめんどいし、そんな予算を確保できるところは少ない。そして土木工事のために高価な珠宝具埋め込むなんて、ねえ?

 かつてそれをやろうとしたある国の建造物は、宝珠の盗難によって崩壊したというから人の欲とは度し難い。


 叛乱以後、簡単な関所が川の手前にできていて、そこで怪しいやつがいないかどうかの確認が行われていたが、今回は伯爵の連絡が回っているため問題なく抜けられ、橋にさしかかる。


 ここを超えて、半日もいけば北方扱いになるのだが、私はこの橋の先に行った記憶がない。厳密に言えば4歳くらいのときにあるそうなのだが覚えていない。東西南には最近も行ってたのだが、北は何故かいく機会がなかった。


 そのため橋を渡るのは少し楽しみにしていたのだが、そこに姉上働き過ぎ問題が立ちふさがったのであった。つまり一向に外に視線を向けないのである。


 昨日もマクセルと会話していた時以外は魔導伝文をひたすらやりとりしていたのだが、今日はさらに酷い。


 馬車の中で、複数の魔導伝文の筆がさっきから止まらない。サーマック公、スタウフェン侯、お義父様、ファディオン伯らとの連絡に、さらにニクラウス将軍と南方軍のシルバ将軍にも指示が飛んでいる。


 現状、宰相を筆頭に国の中枢の貴族、官僚たちが機能停止しているため、末端の人達は何をどうしたらいいのか分からなくなっているようだ。


 そのため、姉上の名のもとに非常事態としてサーマック公とミルトン公に緊急で権限を付与し、遅くとも半月を目処に王都解放軍(仮称)に全力を集積し決戦することを狙う方針を周知。


 そこから必要と見積もられる資材や情報を逆算し、調達、収集するよう指示している。そこまではいいけどその後が細かい。

 

 公家へ暫定的権限付与する内容のまとめ、昨日の件の情報共有と、叛乱軍の現状の情報共有、異能防御の珠宝具に改造できる品の探索の指示、諸侯連合軍陣容の正確な把握と必要兵糧算出の指示、諸外国に対する情報説明を行う指示、王都に取り残された貴族・宮廷魔術師や教師などの有力者の名簿作成と消息調査の指示、叛乱以後崩壊している王都の物流、特に食糧と薬についての手配を南方経由で進め、王都解放後に備えること、治安維持のため騎士に期間限定の警察権を認める指示、文官不足を補うため各家からの人材派遣や、民からの徴用を要請し暫定的にお義父様指揮下に組み込むこと、決戦に向けた魔導聖鎧などの特殊兵力輸送の要請、プロスター公の調査を項目を絞り込んで明日に間に合わせるよう指示、難民の居場所確保のための場所調査指示、国外留学している者達の状況確認、参戦諸侯への租税免除と備蓄放出の要請、西方国境警備隊と海軍が管理する国の備蓄兵糧放出の指示、軍資金確保のため王家直轄地の売却を担保にすることを許可する指示……。


 ところどころに、姉上がやるようなことか? というのが混じってないかな? というか、王家の機密や権限を要することは別として、調査指示などには今更なのでは?


 お義父様やサーマック公や諸侯はなにやってんの、達成済みの調査って叛乱軍の布陣とかの前線の軍事情報ばっかりで、ガルザス達首脳の情報や、操られた要人たちの現状や、物流の情報はさっぱり。


 それどころか自軍についても、諸侯単位のバラバラ状態で集約された情報がないってどういうことなの? 兵力だけなら万に達するのに、まさか烏合の衆やってるの?


 事件発生から6日目になって、西方の軍も一次出動組はまだ移動中のもいるとはいえ大体揃ってきたというのに……これから二次出動組も来るでしょ?


 うーん、文を見ているとわかったのは、サーマック公も西方では最大勢力だけど、まだ比較的若い(といっても30過ぎだが)ためか、皆が認める代表者とまではいかず、命令しようとすると反発があってまとまらないようだ。それで情報も集まってこない。


 そしてお義父様は、中央よりで外務畑なので武力畑の西方諸侯にはあまり顔が効かないうえ、軍に場所を提供する手配と流入した難民による治安悪化への対応だけで手一杯。事務処理も追いつかなくて麾下(きか)の文官たちが過労死しかかってる。


 さらに戦後を見据えた駆け引きも始まってるようで、ドロドロしてて非常に雰囲気が悪いと。そうすると大抵のことは、姉上が言ってるから、という建前で動かすのがまだマシなのか。


 あと、そういや情報収集や大規模兵站(へいたん)って中央軍の管轄だったような? そっかー、王宮と中央軍司令部がどっちも完全に機能しないという事態を想定してなかったから、手足はいくつか無事でも、頭と血が止まってる状態なのね……おお、もう……。


 王家と中央軍絡みって、だいたい諸侯と独立してる縦方向の組織だから、上が潰れると連絡すらままならんかったのか……そういう事態は考えたこともなかったよ。



  「人材難が酷い……」

  「これは王の仕事かえ? 方針決定のみならず、具体例や達成度による対応変化まで踏み込んで指示を出しておるのがあるが、むしろ下が困るのではないのか」

  「今は緊急事態なのでご容赦ください……姉上はたぶんその辺も分かっている人です……本来やるべき人達が軒並み操られてるんです……」

  「それならいいがのう」



 そして書類の確認を手伝わされているマクセル。

 慣れぬ作業に疲労の色が見える、大量の紙を運びこむように指示された時にはこうなるとは思っていなかったのだろう。


「オルフィリア様、兵糧の情報確認が終わりました」

「ありがとうございます。どうでしたか」

「判明している軍勢だけなら半月ぶんはありますが、移動中らしいザインツ侯、アンクネン伯、ローバル子爵の手勢の情報がありません、ここの必要数が不明です」

「分かりました、そこの確認指示を行いますね」


 ふう、と一息。


「しかし、これほど書類が必要になるものなのですね」

「これでもまだ大まかな部分しかやっておりません」

「まだ大まか、なのですか」

「大まかといっても本来の私達の仕事からは細かすぎますけれど。ましてあなたはミルトン公を継がれる身、であれば本領は外務にあり、領内の事は部下たちにおおよそを任せることになるでしょうからね」

「金の絡む決裁については知っておくべきとしても、今やっているようなことは本来我々がやるべきでないものも多いですが、なにぶん、普段それを仕事とする方々の大半が敵方なのです」


 姉上が不機嫌なのが私でなくても分かるくらいにあからさま、仕方ないとはいえこれは珍しい……。今日はイーシャさんがいなくて気分転換もできないのか。


「グラハム殿(=お義父様)は外務相ゆえ、そちら関係のことは方針さえ決めればお任せできますか、現在中央官僚たちのぶんの仕事も一部やってもらう必要がでてきており、それらまでやるのはミルトン公家の能力では根本的に不足しています」


「急遽補充人材を各家に要請しているのですが、文官の必要性に思い至る方が何故か西方諸侯の方々には余りいらっしゃらず、全て後手に回っています。そも、西方諸侯は戦場の働きについては申し分ありませんが、今回はただの戦ではありません。相手の大半は操られただけの我が国の兵なのです」


「できるだけ双方の損害無い解決を模索したいのに、やれ久方ぶりの大戦に血が滾る、やれ中央軍は元からいけ好かなかった、どう倒す、どう殺すなどの議論に私の前で熱中されるのはいかがなものか……こうして少し離れたほうが私としても冷静になれます」


 怒りが滲む。

 姉上、呪文詠唱。効果は感情抑制。

 うんあの軍議の半分くらいは酷かったね……私だったらこの脳筋どもが(わきま)えなさいと叫んでいるところだ。


「……軍議でそのような状態になっておりましたか」

「……内務は良くも悪くも宰相のサトー侯に集中しておりましたし、兵站の手配は軍務相のマイナルディア侯とロダン将軍が管理されておられました。ロダン将軍が亡くなられたのであれば、中央軍のほうは本来の力を出せないでしょうが油断は禁物です」


「どうも捕虜やルブランたちもそうでしたが、ガルザスが操った人々は、命令されていないことに対しては指示待ち人間になるようですし、余り後先を考えなくなる。そうすると、前例のないことに対しては適切に指示しないと能力を発揮しない。叛乱勃発から6日、物流が死んでいるのでそろそろ食糧、医療関連の問題が発生するでしょう」


「こんな前例は初代以来なかったでしょうから、指示待ち人間に適切に対処できるはずもない。となれば、ガルザスが状況に気付いてどうにかしろと無体を言い出す際に、傀儡と化した彼らがやるであろう行動を予測して対処しないと余計な犠牲が発生します。余り時間はないのです。それなのに、もう」


 姉上、呪文詠唱。疲労感除去。

 ……ちょっと待って姉上それダメ、魔術使うこと自体が疲労するのに、感覚だけ除去しての一時凌ぎ、魔術が切れた後余計に反動が来るダメなやつじゃない!


「こういったことに向いた人材に心当たりはないのでしょうか」

「残念ながら。これは中央が真っ先にやられたからです。我が国の軍制は、意図的に、中央軍無しには支障が出るようになっているのです。それが今回裏目に出ています」

「意図的だったのですか……そういえば、国境で何かあるたびに、どんなに小規模でも中央からわざわざ誰かしら出張ってくると思っていましたが」


「中央軍は兵站と情報収集の機能を重点的に高め、各国境に対する必要物資の手配と輸送を主任務としていました。そうすることで、諸侯がそれらの機能を独自で持つよりも、中央軍に要請したほうが遥かに安価になるような仕組みを作り上げてきたのです。そのため直接血を流さない弱腰扱いを受けていたようですが、それも意図的なもの、彼らは血を巡らせることが仕事なのです」


「要するに裏で兵糧と物資の流れを握ることで、諸侯が叛乱し難い状態を作ろうと?」

「目的の一つではあります。国土の大きさがそういった手段にちょうど良かったというのもあります。もう少し大きければこうしたやり方は採用しなかったでしょう、もう少し小さければもっと直轄となる分野が増えたでしょう。ただ、いずれくる、魔人王との契約が終わる日のために、単純な軍事力よりも後方支援、災害復旧に優れた組織が必要だったのです」


 言われると、なるほどーと心当たりがいくつかある。歴代のご先祖様たちも色々考えてやってきてたんだねえ……。


 姉上、この辺の勉強を学園終わった後に夜にやってたけど、これは神経蝕むわ。もう少し差し入れなりでお助けすれば良かった……。積み上がる報告を読みながら思案を重ねていく。


「ヤーナルが死んだことで、向こう側の軍がいっそう崩壊することを期待していましたが、どうもリディアが後を埋めそうですね……。元々あの二人が方針を巡って対立し、それであのような行動に出たのかもしれません」


「早晩、物資強奪や、こちらの要人を誘拐し操るために小規模に出撃してくる危険があります。無用な被害を出さず対処し、そうして、何回か敢えて部分的に成功させたところで、彼女本人が出て来るような餌を用意し、待ち伏せて彼女を討てればと思います」


「私の生存を知れば今度こそ自分で殺したいと考えるでしょうから、ここでも私が誘引に使えるでしょう。……エルシィさん、いかがでしょうか」

『その前にあんたはもう少し心身を労るべきだ』

「お心遣いは感謝しますがやるべきことはやらねばなりません」


 うちの姉上が殺人的に忙しくて戦の前に倒れそうなのに誰も助けられない件について。オルフィを助けなきゃ。


 あああなんで私死んでいるのよ、オルフィは一度あんな死に方をして私を巻き込んだことで心に深刻な傷ができてるっぽい、仕事に没頭することで一時忘れようとしてるけど、そんなの無理だ……。


 それでも復讐だけでなく戦後のことを考えて動ける姉上を尊敬します、だからどうかそんなに自分を責めないで。


「……私でできることであればお助けいたします」

「ありがとうございます……」


 そして一つの文に目を通す。


「プロスター公のほうはだいたい状況が見えてきました」

「何か分かりましたか?」

「あそこの孫の2人が、叛乱勃発時にどこにいたか? ということです」

「……ああ、なるほど、言われてみればそうですね」

「西方でも要請に対し動きの鈍いところがありまして思い当たり、ここに絞って確認してもらいましたが、アイゼルもライナー殿もやはり帰領されていない。そうであれば、実質的に人質になっていると見ていいでしょう」


 王立学園に残ってた子女達は人質状態か、そりゃそうだ。夏期休暇は冬季休暇と違って帰省せずに中央で遊び回る子らも多いし。プロスター公のところのは、姉のアイゼルは同級生で、姉上の茶飲み仲間の一人。私も多少つきあいがあった。


 弟のライナー殿は正直わからん、余り接点がない。あの家って、2人の父親は前に事故死してて、ライナー殿が後継ぎ筆頭のはず。あそこは王家と違って男児優先なのだ。


「独自に救出を目論んでおられるかもしれませんが、そうだとすればもう少し時間がかかります。返答が鈍い理由はその結果待ちかもしれません。ただ、もしそうだとしても上手くはいかないでしょう、今の王都から無事に出てくるのは難しい」

「ライナー殿はまだしも、アイゼル嬢が捕まっているなり操られるなりとなると、公を動かすのは難しいですね……孫娘を相当に溺愛されていたように思いますよ」

「本人のほうがそれを(いと)って余り帰省しないのが結果的によくなかったですかね。公爵の性格からして、よほどのことがないと孫娘の命を優先しそうなことは否めません。どうにかして救出しないと公を動かすには……しかし」


 いやーな予感がする。アイゼルも姉上に劣らない美人だ。さらに単純な凹凸なら私達より彼女のほうがあった。もしガルザスの被害にあってた日にはプロスター公が大爆発するのではあるまいか?


 しかも状況を考えれば、ガルザスがアイゼルを后扱いにする可能性だってあるな。未婚の妙齢の女性で、王立学園に在籍してる中で、侯爵以上の高位貴族の娘って元々10人もいない。


 そして私の見る限り、その中ではアイゼルが一番美人だと思うし、家格も王妃として申し分ない。やや若いが15歳なら別に変というほどでもないだろう、今年中には成年の16歳となるし。


 性格は落ち着いている中に毅然とした芯のある、いかにも貴族の娘らしい人で、普通ならガルザスなんぞに靡く娘じゃないが、奴の力にはそんなの意味がない。


「……救出の目処が立たないですね。それに奴があの娘にまで手を出していたら……」

「あまり考えたくありませんが、むしろその意味ではアイゼル嬢は在校生の中で一番危険かと思われます。真っ先に捕まっていてもおかしくありません」


 ですよねー。あの娘の婚約者ってどこだったっけ……東のローズバーグ侯のとこの嫡子だったかな、私は面識ない。東ならガルザスの異能にやられてるだろうからそっちから救出とかも無理だろう。あかん。


「とりあえず所在確認しないことには、この線では攻められませんか、最優先での救出を約束しても動いてもらえるかどうか……」

「兄に救出部隊を出せないか検討してもらってはどうでしょうか」

「まずは所在確認が先ですね。それ次第では機会を見てお願いすることになるかもしれません……ああ、もう」


 呪文詠唱。今度は痛覚鈍麻……頭痛? それとも胃に穴が開きかけてないですか? 私の体は健康体だったはずですが、ちょっとこの状況じゃ厳しい気がしてきましたよ……。

 溜め息だらけの状態で、一行は一路北方へ向かっていった。

4/15  レイアウト等修正

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