第十二話 神よあなたは今も寝ているのですか
グレオ聖教は、北方大陸北西の聖山アナトに本拠地があり、大陸の西方を主体にから東方の一部までに勢力がある。そして各地に教会を建てていて、宗教としては北方大陸最大であろう。
ラグナディアも、貴族や民の七割くらいはこれの信者であるが、もともと大陸南西部に位置し聖山からも遠い我が国の信徒は、あんまり熱心なのは多くない。
これは王家や貴族もそうだ。それでも教会自体はそれなりに設置されているし、私だって時折通わされてはいたのだが。
さてグレオ聖教には、信徒の代表たる聖王と、それを支える司祭たちが居る。司祭の中で特に優れた者は、聖人として聖者とか聖女などという称号が与えられる。
これの認定は色んな要素があって、まず候補名簿に入るためには、神聖術(魔術の教会版だ。教会の主張としては、神聖術が最初にあって、他の魔術はそれの模倣から始まった、だそうだが)に優れている必要がある。
そのうえで莫大な献金をなした、何か奇跡? を起こした、信者を沢山増やした、他の複数の聖人から推薦された、などの条件をいくつか満たすことらしい。そして聖王が天に召されると、司祭たちが聖人の中から次の聖王を選ぶ。という仕組みであるそうな。
そして聖人は同時には25人となっており、空席が出るとすみやかに候補名簿にある順から昇格、聖人認定されると、他の聖人からできるだけ離れた教会に派遣される。
それで3年ほど前、私がミルトン公家に来てすぐだったか、我が国の東部教会にやってきたのが、まだ30前後の若さで聖人認定を受けた聖者セシェル司祭だったのである。
なぜ若くして聖者に認定されたのか……そこまでは私は知らないが、治療術を始めとした神聖術にはとても優れていたのは間違いない。
とりあえず赴任してきたときにお義父様らと挨拶にいったのと、あと、王都で説法があったときと、2回ほどしか会っていないので、顔を見てもすぐには思い出せなかった、陰気にもなってたし。
問題は、この人が赴任してきてから、いろいろやらかしたらしいことにある。私は後で聞いただけなので、真偽は知らないが……。
やれ教会への寄進を着服したとか、原因不明の難病の子女を治癒してみせたが実は病自体が司祭の仕業で自作自演だったとかの、割と小物臭漂う汚職に始まり、聖者の名の元に信徒たちを動員して領主に教会への便宜を強要したとか。
近隣の若い娘たちを籠絡して手をつけたとか、聖者に協力しない有力者が相次いで謎の死を遂げたとか、果ては教会が運営している孤児院の子供を怪しげな謎の儀式の生け贄に捧げた、というものまで。
どれも事実なのか、あるいは濡れ衣なのかは私には分からないが、このあたりの情報を教会近隣からの訴えにより調査した国王、つまり父は、その調査結果を教会本山に送りつけ、真偽を確認するよう依頼した。
そして一年ほど前、教会本山からやってきた監査役が行方不明になるにおよび、父は騎士達を東部教会に送り込み内部に踏み込んで、そこに隠されていた、当の監査役を含む複数の遺体を発見。
騎士らの追求に対し聖者は、私は真の神に従っている、これこそ神の御心に沿うもの、凡人には理解できないだけ、貴様たちには必ず真の神の神罰が、などの意味不明の言動の果て、教会の上階から身を投げて死んだ、という話だったかと思う。
教会本山はこの事件後、本物の聖者セシェルは不幸にも魔物との戦いに敗れて亡くなっており、ここしばらくは偽物が聖者に成りすましていたとの見解を発表。東部教会の浄化措置をとった。
つまり、建物ごと燃やして有耶無耶にしたのだ。まったく、神様は何をやっているのか。自分のところの聖者の不祥事でしょうが。いないの? 寝てるの?
「姫様、もし何かの間違いで彼の聖者か、あるいは聖者に成りすましていた何者が生きていたとしても、それで恨みというのは……」
「ですから、逆恨みであっても恨みは恨み。本人か、本人に成りすました誰かか、あるいは親族か友人か、そこはどうでもいいのです。我が国への悪意がある者が、ガルザスの異能という手段を見つけた。つまり国を乗っ取るのではなく、壊すことが目的である可能性があること……そして」
「……これが正しければその者がさらなる別の手段を用意していないか、また、手段に別の意味があるかどうかが問題です」
「別の意味といいますと」
「かの聖者が死んだとされるとき、大量、少なくとも20名ぶん以上の遺体や白骨も発見されました。それらは古くからのものでなく、聖者が赴任して以降に行方不明扱いの方々のものでした」
「教会によって現場の証拠は後日消されてしまったのですが、それまでの間に調べた限りでは、何らかの、多数の生贄を用いた魔術的儀式をやろうとしていた可能性が高い、という報告が父と私のところには上がってきていたのです」
「そのようなことが……」
「仮説に仮説を重ねるのは良くないとは分かっていますが……あるいは、それをもっと巨大な規模でやり直すことが、真の目的である可能性もあります」
「これが狂人の妄想で、何の意味もない儀式であったならまだマシです。万一、それが意味のある儀式であったなら。それが規模を遥かに増して、成功したなら何が起こるのか。……ただの杞憂であればいいのですが」
「……教会は何か知っているのでしょうか」
「どうでしょうね、単に聖者の醜聞を消したかっただけかもしれませんしね。……伯爵」
「はい」
「あなたはどう思われますか。何か不自然な動きはありませんか。……そう、例えば、操られた人々が、不可解な作業をしているとか」
「………そのような話があったのであれば、一つ、心当たりが御座います」
「どのようなことでしょうか」
「操られたと思しきものが、何故かお互いに殺し合い、生き残った者も自害するという奇行。それが、王都から少し離れた複数の箇所で見られております」
「私は、ガルザスから離れると支配が弱まる場合があり、それが殺し合いにつながっているのでは、と考えておりましたが、もしこれが……おっしゃるような、何かの儀式の準備であったなら……」
「その場所を、地図で示せますか」
「少しお待ちください。……ルドルフ!」
てきぱきと地図と、報告書の束を準備する従者。そして地図にその場所を記していく。一同は思わぬ展開に、固唾を飲んでそれを見守る。
「分かっている限りでは、ここと……ここと……」
「ここは同心円で……もし、こことかここにでも事件が起こっているとすれば、対称になって……」
「それなら、何かの陣のように見えてくるな」
「……ああ。わかった。これはまずいかもしれない。念のため早めに阻止する必要があるよ、手遅れでなければいいが、少なくとも半月以内には止めないといかん」
「……陛下め、勿体ぶらずに言えばいいものを。そうであれば、やはり妾は準備しておかねばならぬ。そのために妾はこの力を与えられたのじゃからな」
あれ……この……陣、形、どこかで……どこで……。
「こいつは、ファスファラスの伝承で、外つ神と呼ばれているある魔神の召喚陣に似ている」
「魔神?」
「どういうものですか?」
「こことは異なる世界において、神と呼ばれている強大な魔物だよ。ごくまれに、外の世界と頭の中が繋がってしまうやつがいてね、だいたいそういう奴は、この世界に神や神の僕を呼び出そうとする。そのために生け贄を使って召喚陣を描く場合もある」
「大抵は、そういうやつの頭は狂ってしまうので陣も不完全になって失敗するが……一度だけ、魔神を呼び出すことに、成功した例が知られている」
「どうなったんですか」
「魔人たちが戦ったが、倒すには至らず、追い返すだけで当時の魔人王すら含む多数の死者がでたそうだ。その時の戦いの跡が、北方大陸の西端にあるエーギル湾だそうだよ。かつてあそこにはそれなりに大きな街があった。魔神との戦いで円形に大地ごと吹き飛んで、今やただの海だが」
………陛下、奴の命数値がさらに上昇しています、120億アニマを突破、こ、これは……このままでは……
ジェーコフのクソ野郎め、こんな置き土産を
……仕掛けます。皆、退避してください
待ちなさいラナ、私では無理だったけど、もう少しで兄様とマシバがくる、あいつらなら
もう間に合いません………これだけ皆の魄があれば、奴を止めるくらいはできるでしょう。私に何かあったら……あの子たちを宜しくお願いしますね……那祇さん
……いたい、いたい、なにか、みえる、きがする、よく、わから、な……
「そうか。これも縁か。これが目的か、ナヴァよ」
『あくまで起こりうる可能性の一つでしかなかった、繋がったのは偶然だよ。こちらとしても状況に気がついたのは数日前なんだ』
「虻蜂取らずになりかねんのに、偶然を必然にするためにエルシィを起用しおったな? 全く……奴の霊威【縁起】は博打じゃぞ」
『それが必要だというのが陛下の見解だからね。奴を仕留めるための鍵の一つだ』
「全く……ご自分では動かれんのか」
『命数が多く霊格が高いほど奴に対しては不利だからね。分身の私達でさえ、初代や二代目の陛下より命数が重い。まして陛下本人が出たら向こうがどれだけ元気になるか……。命数だけなら向こうと大差なかった那祇がやられたのははそのせいだろう?」
「二代目が命と引き換えに止めたから、最後に朱洛が街ごと吹き飛ばし追い返せたが、あれとて博打であったには違いない。もちろん現陛下なら不利を覆して余りあるが、性質がわかっている以上、不利は避けるべきだ」
「まずは相性のいい者が相手をすべきなのは道理だろう、例えばホノコやあなただ。ただ、あなたについてはできるだけ出したくないのが、私としては本音だが』
「仕方ないのう……せめて「これ」は治してやってくれ。そちらに繋がりすぎじゃ」
『ああ』
「……うう……」
「大丈夫かえ?」
「……あー、はい……何故かさっきまで凄い頭痛がしたんですが、今収まりました……なんだったんだろう……」
「陛下も酷なことをなさる。それでもけりをつけ、喪われた霊威を取り戻すことを望まれるか」
「どうしたんですか?」
「少しばかり昔を思い返しておったのよ。妾が今の形に作り直された理由、神を灼く刃が求められた理由を」
なんだろう。いつも余裕綽々だったホノカさんが、今は酷く真面目に見えた。伯爵のがうつったのかしら。
「こいつが狂い過ぎてて、不完全に終わるならまだいいが、陣を間違えない程度には正気があるならまずい。下手するともう阻止しかねる可能性もあるか、ちょっと、知り合いにも連絡しておくとするよ……」
「……伯爵」
「はっ」
「明日から元の予定ではプロスター公のところまで同行していただくことになっていましたが、ジェフティの状況を突き止めるほうを優先していただけますか」
「了解いたしました。一命に替えましても」
「宜しくお願いします。プロスター公のほうは、私で何とかしましょう。実際にジェフティの意図していることが何であれ、まずはガルザスとリディアらを止め、皆を正気に戻さねばならぬことは変わりません。エルシィ殿、半月以内と言われましたか?」
「こういうの大規模召喚術式は、星の位置が関わる。ある星の位置から準備を始め、ある位置の時に完成させる、それが手順だ。次にその手のことに適した星辰となるのは凪の月の初めあたり、つまりもう一月もないはずだ」
「正確な日付はもう一度確認しておくけどね。……もちろんそれ以前に始める可能性もあるが、その場合は失敗する確率も高い……それでも成功しないとは言えないけどね」
「可能なら阻止したいですね。そのためにも急ぎ王都を解放する、それには北方の兵が必要です。……その前に、近衛騎士の術をといて確認しましょうか。何か掴めるかもしれません」
とりあえずルブランの術だけを解いてみることになり、彼だけが連れてこられた。何かあっても対処できるよう、眠らされ、猿轡のうえに縛られたままで。
さらに念には念をなのか、魔術を使えなくする魔封銀でできた首輪もつけられている。姉上が顔をしかめる……そりゃあ、ねえ……ガルザスにこれつけられてたものねえ。
一応暴れ出した時用に、ダリス達が武器を用意。そしてエルシィさんが呪文を唱えるが……聞いたことない呪文なのはいいとして、んん? 発現してる魔法陣がおかしい。明らかに呪文に対して多すぎる。
「並列起動しておるんだから当然じゃろ」
「でも一つぶんしか聞こえないですよ」
「普通の人間に聞こえないようにしておるだけじゃ」
「……何ですかそれ?」
「魔術発動のための動作や呪は魔導機構が認識できればそれでいい。音である必要はなく、人間に認識できる形態である必要もない」
うちのあたりの魔術理論じゃそんなところにまだ辿り着いてません。
「……ああ、そういうことですか。つまり、聞こえているあの呪文は、呪文に相当する別の何かを生成する呪文なんですね?」
「概ねそうじゃな。それができるのがまず最初よの」
「他にもありますか」
「例えば、まず魔導機構から、一人ではないと認識されねばならぬ。思考を分割し、さらに時間的同期をとる、その理論を理解し勘所を掴むのが訓練のしどころじゃな」
「無茶苦茶ですよ、頭を増やせというんですか」
「内部的にはおよそそうじゃの。リディアが神焦炎を使っていたであろう、あれは本来4人が最小単位の魔術。つまりは機構から4人以上と認識されねばならぬ」
「あやつの場合は自動で複数人扱いされる魔眼の才能で無意識にやっておるようじゃが、そういうことを、才能と関係なく意識して行うには、魔術の発動原理についての知識と訓練がいる」
しばらくすると魔術が終わり、ルブランが目を覚ました。
「…?……んん!?……んんんん…!」
姉上のほうをみると縛られたまま体を折り曲げようとしたが……。ブーリエンが猿轡を外すと、呻きが漏れる。
「ああ……姫様……どうかお許しを……」
どうやら土下座しようとしていたようだ。しかし縛られたままではできないよね。
「ルブラン。今あなたはどのような状態ですか」
「はい……悪夢から覚めた……としか言いようが御座いません、しかし、あれは悪夢ではなかった……あああ……」
そこで何かに気がついた。
「……なぜ……」
姉上を凝視する。そりゃそうよね。あなたたち、父上と姉上の遺体を見たはずだものね? 特に姉上のほうは、あれは酷い。
「……ゆえありまして、城にいたのは、妹のほうだったのです」
「………なんと」
「とりあえず、あれから5日。あなたとしては、どういう状態で、何を見たか。辛いでしょうが説明できますか」
「は、はい……最初にあの男に命じられた瞬間から……自分の中の何かが抜き取られたようなそんな感覚があり、そこから、体が心に全く従わなくなったのです。そして段々夢を見ているかのように……自分の体が、勝手に奴に従うのを、ただ眺めていたといいますか……私としての意識がない間も、勝手に体のほうは動いておりまして……」
「事の最初に、ガルザスなる男が、奇怪な術にて我が父や騎士たちを操り、父と…妹を殺害したことは分かっておりますが、あなたたちはどのように動かされました?」
「ああ……。私の体への命令は、最初は動くなというもので……その場で陛下も操られたようで、奴によって、自害させられました。その様を見ても、体は全く動かせなかったのです。ただ、オル……いえ、ラファリア様だけは何故か完全には操られておられず、魔術で抵抗しようとなされましたが、ガルザスは我らに姫を取り押さえよと命じ、そのまま姫は捕まりました」
「姫様は完全に操られてはいなかったと……どういうことなのでしょうか?」
「……その後は?」
「はい、次の命令は、その、陛下の……御遺体を……首を落とし、晒し者にせよと……そしてサリア様と幼い御息女二人を捕らえ、奴のところに連れていくことと、そして、そして、次の日には、姫……の……」
やっぱり姉上の遺体処理をしたのはあなたたちだったか。正気でなくて良かったね。
「……そこは忘れなさい、あなたのために。………他のガルザス本人と、その側近と思われる者たちの動きを何か知りませんか。そしてロダン将軍は?」
「ロダン将軍も……亡くなられました。将軍も何故か、奴の力の効きが悪く……ですが姫同様にまともに動くことはできず、奴を口を極めて罵倒したところ、ヤーナルに、斬られ……」
「あの方もそういえば王家の血をひいていましたね、他にも何かあったのかもしれませんが……」
「王家の血を引いていると何か?」
「王家のものには奴の力の効きが悪い場合があるようなのです。ただ父は効いてしまったようなので、詳しい条件は分からないのですが」
「あの手の異能は、魔法能力が高かったり、あとは単純に体質で抵抗しやすい場合があるようだよ、同じ血を引くなら、偶然体質が似ていたのかもしれないね」
そういうことにするのね。あるいは霊威の素質も体質の一種と見れば、間違ってはいないのかしら?
「ガルザスは何をやっているようでしたか?」
「ガルザスは、まず城にいた貴族や中央軍の幹部、宮廷魔術師や学園の首脳陣を自分の元に連れてこさせては、我ら同様に操って次々に、奴のいうところの傀儡に変えていきました。……時々はどこかに出かけていってもいたようです。そして……さらに財宝と……若く美しい高貴な女性を集めよと……集められた女性たちもまた傀儡にされ、どこかに連れていかれました……」
「なんという俗物……王というものを何だと思っているのか」
「ヤーナルは、ロダン将軍亡きあと中央軍に何か命令していたようですが、よくわかりません。我ら6人は昨夜になってガルザスに、しばらくの間ヤーナルの指示に従うように命令され、本日昼頃にヤーナルにあの場所まで連れてこられ……これからやってくる姫様を捕らえるので、伯爵からの迎えであるように演技しろと命じられまして…」
「やはり昨夜の時点で情報が漏れていますね、これは」
「女魔術師は、ヤーナルと同じく軍の方に別に命令していたようですが、それ以上は分かりません」
「軍や傭兵に関しては、サーマック公らも間者を放っています。そちらのほうが情報が集まるでしょうね」
「あとは、灰色のローブをきた男……これについては、王都で成人した男女を数日おきに集めて欲しいとガルザスにいっておりました。そうして今週は既に、何十人かのものが、ガルザスに操られ、ローブの男にどこかに連れていかれたようです」
「やっぱり生け贄を用いた召喚儀式について正しい知識があるとみなさないといけないね。適切な間隔で生け贄を追加することで、成功確率が増すからね」
「私の体は、ガルザスに命じられていること以外は、普段の生活をなぞろうとしていたように思います……また、ガルザスが、誰かの命令に従え、というと、その人物にも従っておりました。傀儡同士でもこれは成り立つようで……」
「他の近衛騎士はどうでしょうか」
「近衛騎士は全員傀儡にされていたように思います。中央軍のほうは全員ではないようでしたが、上の方のものは大半が……ヤーナルや傀儡となった者の命令に従わず脱走しようとして、殺された者もかなりいたようです。あと、翌日からは東方地域の貴族の軍もいくらか合流していたように思います、そちらも上のほうは既に傀儡にされていたようです……アンゼルモス公爵もおられました」
「東方地域がいつ頃から侵食されていたものやら、アンゼルモス公を正気に戻せれば分かりそうですが」
「ジェフティが予測通り彼であったなら、あのあたりの地理や情勢は知っていたでしょう、まずあちらが落とされたのはわかります」
「アンゼルモス公といえば……ランディ殿は?」
ランディは王国四公、東方のアンゼルモス公の三男で、姉上の婚約者、つまり王配になるはずの子だ。子、というのは、12歳と年下なのでついそんな表現に。でもあの子って、確か国内にいなかったよね。
「ランディ殿は今年の春からオストラント国立学校に留学されておられます。年末年始以外は帰って来られないかと」
「向こうからだと早馬か飛竜を使っても早くて5、6日はかかりますな」
「ランディ殿以外にも10人近くあそこの学校に留学していた貴族の子女がいたかと思いますが、どうなるのやら。ランディ殿については、仮に急ぎ戻って来られたとしても、アンゼルモス公が傀儡になっているのでは、しばらくはミルトン公かサーマック公預かりになりますでしょう」
あの子自体はそんなに悪い子ではないっぽいけどねえ。王配って立場は少しややこしい。名目上はともかく、実質的に種馬+お飾りなわけで。
その事をちゃんとわきまえて、姉上に相応しい男になれるかどうかは今後の成長次第だったが……この事件でどうなるやら。
「……ルブラン。こちらのエルシィ殿のお力で、あなたにかけられた術は解除しましたが、しばらくの間は、拘束させてください。先日、本陣のほうで術を解除した者もいますが、そちらもまだ数日は拘束し、経過を見ることになっています。あなたも、再び術にかかってしまうようなことがあっては困りますからね」
「そうですな。ルブラン殿、申し訳ないが、しばしここの牢にて待機されよ。囚人というわけではないが、普通の部屋では、貴殿らが万一再度操られ、暴れられると厳しいものがありますゆえ。できるだけ快適になるようにはしておきますよ」
「いえ……どのような扱いも異論などありませぬ。我らは陛下たちを、民を守ることの出来なかった無能者にございます……」
「ルブラン、これはあなたたちの責任ではありません。あの奇怪な術は、今の我が国の者では防ぐことの出来ないものであったのです。その後なんとか、防ぎ、解除する術があることは分かりましたが、どちらも容易ではない。ゆえに私からあなた達を咎めることはありません。もしこれを汚名と思うならば、後日の働きにて濯ぎなさい」
「もったいなきお言葉です……」
「とりあえず他の5人の術も解いたうえで眠らせてあんたと同じところに放り込んでおくから、起きてきたらあんたのほうから説明を頼むよ」
「承知いたしました」
「伯爵、すみませんがしばらく彼らをお願いします。決戦までには対処を決めますので」
「心得ました。何か新しい情報がありましたら、お伝えいたします」
そうしてルブランと残りの5人は隣の建物地下にある牢につれていかれ、エルシィさんはそっちに術の解除に向かうことになった。
「皆様、本日は早く休み、英気を養ってください。急げば明後日にはプロスター公家に着くはず、よろしくお願いしますね」
「「承知しました」」
このお話におけるボスの影が見えてきました
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