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~ 温泉 ~

 リャブリャハの街を一日中歩き回り、イーグ達はようやくノーズノーへ帰ってきていた。街並みが夕焼けに染まる中、イーグは夕飯前にノーズノー自慢の温泉に入って今日の疲れを癒していた。


「はぁ~、疲れた体に染みるなぁ。やっぱり風呂じゃなくて温泉だからだよな。この違いは若い頃には分からんかったが」


 イーグは乳白色の湯船の中で体を伸ばしてリラックスさせながら今日見てきたリャブリャハの風景と昔、自分が見た風景を照らし合わせてみた。


「仕方はないが、見覚えのある物はほとんどなかったな。そもそもそんなに鮮明には覚えてもいないが」


 見上げる夜空には満点の星が輝いており、その輝きはイーグが親友とかつて見た光景を思い返させた。


「この温泉から見える星空は変わらんか……」


 数世紀が経っても変わっていないものがあることが嬉しくてイーグは笑顔になった。


「笑顔ですけど、そんなに温泉が気持ちいいですか?」


 タオルを体に巻き付けただけのシャンテがいつの間にかイーグの傍で足だけを温泉に入れて座っていた。


「温泉が気持ちいいのは確かだが、笑ったのはそれだけじゃなくてな……なぜそこにいる?」


「なぜって私は若様の従者ですから、いつもお傍にいるのが務めですよ」


「ああ、そうだな。その通りだ。だが、時と場所を選べよ。ここは男湯だ」


「今は私達以外にお客はいませんから混浴しても問題ありませんよ」


「問題あるだろ。そもそもハバリはどうした? お前の侵入を警戒して見張りをさせていたんだが?」


「ハバリは日課の稽古してますよ。今日は朝からずっと観光で時間がありませんでしたから、私が見張りを変わるからその時間で稽古しなさいと助言をしたらお礼を言っていました」


「あいつは……素直で真面目なのは良いことだが、ドが過ぎるというか。スライムのくせに頭が固すぎるぞ」


「あと忘れっぽいですよね。誰を入れないための見張りなのかって私と話している内に忘れていましたから」


「それはシャンテ、お前はそういう風にハバリを丸め込んだだけだろ。まったく」


「あの程度の話術で丸め込まれる方が悪いんですよ」


 シャンテは悪ぶりもせずしたり顔でそのまま湯に入ろうと体を動かした。


「待て、シャンテ」


「なんです、若様。今更出ていけと言われても出ていきませんよ。体、冷えているんですから」


 シャンテはイーグを誘うようにタオルを体に密着させ自慢の体のラインを強調しながら艶のある声を出す。タオルから覗く胸は今にも溢れだしそうに圧迫されて異性の視線を釘づけするには十分すぎる魅惑があった。


「湯に入る時はタオルを取れ」


「え?」


 イーグの予想外の言葉にそれまで余裕の表情をしていたシャンテの顔に動揺が映る。


「あっ、いや、いいんですか? これ取っても?」


「取るのがルールだ」


 イーグは動揺するシャンテの顔をじっと見つめてシャンテの行動を待った。


「その……恥ずかしくないんですか?」


「サキュバスの言う台詞じゃないぞ。体が冷えているんだろ。さっさと入ったらどうだ」


「それはそうなんですけど……」


 シャンテはイーグの言葉に従うようにゆっくりとタオルに手をかける。次にタオルを外すために動かそうとしたが、そこで手を止めてしまう。自分から進んでやる分には感じていなかった羞恥心だったが、他人にしかも敬愛するイートグリフに言われて行うことでシャンテは羞恥心を感じてしまっていた。シャンテは視線をちらっとイーグに向けるがイーグは素知らぬ顔で湯につかってリラックスしていた。


「むぅっ!」


 シャンテは自分に興味がないという態度のイーグに腹が立った。羞恥心よりもイーグに対する怒りが勝り、シャンテは勢いよくタオルと取ると飛び込むように温泉に入った。シャンテが飛び込んだ際に起きたしぶきをイーグは頭からまともに被ってしまった。


「おい、シャンテ! 飛び込むんじゃない! 子供か!」


「ふ、ふん、どうせ若様から見れば私は子供ですよ~」


 湯船の中で胸を隠すように腕を前に廻してシャンテは不満そうに頬膨らませた。


「何をそんなに不機嫌にしているんだ」


「若様が女心を分かってないからです」


「女心ね。そういうのはアルナの方がよく分かっていたな」


「そうだったんですか? 若い頃の若様の方がこう言ってはなんですけど軟派な気がして女性の扱い得意そうな印象がありましたけど」


「そりゃ俺の方がアルナよりイケメンだったからな。街々で恋人を作っていたさ」


「でも、先に結婚したのはアルナ様なんですよね。それも若様が好きな人をお嫁さんにして」


「苦い思い出を突いてくるな。意地悪か?」


「意地悪です」


 即答したシャンテはイーグに背を向けるようにそっぽを向いた。


「意地悪されるようなことしたか?」


「若様が先に私に意地悪をしたんです」


「?」


 シャンテの言葉にイーグは首を傾げて自分のしたことを思い返してみるが意地悪をした記憶はなかった。


「すまんが思い当たることがない」


「でしょうね。若様ですから」


 イーグに背を向けたままシャンテは呆れたようにため息を付いた。


「その一言に集約されると自分がとても情けなく感じてしまうな」


「少なくとも今は情けないと思ってください。私も今、女性として悔しい思いをしているので」


「シャンテにそんな思いをさせてしまうとは本当にすまないな」


 イーグはシャンテを慰めようと頭を撫でた。撫でられたシャンテは突然のことに驚き、体をビクッと反応させた。そして撫で続けるイーグの手から逃げるように湯船を奥へと進んで振り返った。


「きゅ、急に何をするんですか!」


「いや、昔はこうやって慰めていたから撫でたんだが」


「いつの話を……」


「お前がこのくらいの頃かな」


 イーグが湯から少し空中で手を水平に降り、当時のシャンテの身長を表現した。シャンテは幼い頃からイーグの従者として過ごしていたため、時折娘のように可愛がられていたことを思い出して顔を赤くした。


「本当に子供の頃じゃないですか!」


「あの頃も何かあると直ぐに拗ねていたな」


「そんな昔の話はやめてくださいよ」


「先に始めたのはシャンテだろ」


「意地悪ですか?」


「意地悪だよ」


 イーグが悪戯に成功した子供のような笑みを浮かべた。

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