~ 親心子心 ~
リャブリャハは湧き出る天然温泉が有名な街であるのに加えて<神>を討伐した二人の王の出会った地として各地から訪れる人が絶えないほどの人気のある観光地であった。が、地方の開拓が進み、その他の娯楽となる観光地ができ始めると次第にその人気は衰えだしていった。
それでも温泉の効能は確かなだけに根強い人気と古くから通っている人達のおかげで観光地としての名目は保っていた。
夕日に照らされる【ようこそ 温泉街リャブリャハへ】という古い立て看板の傍の馬屋に幌馬車を預けていると中年の男性がイーグ達四人に駆け寄ってきた。
「ケーーーイ!」
「お父さん?」
父と呼ばれた男性はケイに抱き付いた。
「心配したんだぞ! 朝から出かけて行って昼を過ぎても戻らないから何かあったんじゃないかと」
「ちょ、大袈裟だって。もう子供じゃないんだし」
「大袈裟なものか。最近は物騒になってきたんだ。お前くらいの年頃の娘が一人で山に入って何かあったらと思うと俺は、俺はぁっ!」
ケイの父親の声が涙声になっていき、涙の量と共に声が大きくなっていた。
「お、お父さん!? 泣かないでよ。人が見てるのに恥ずかしいじゃない」
「いや、親が子を想って泣くのは恥ずかしいことじゃないさ」
恥ずかしがるケイの視線にイーグは答えた。
「私は自分の親にされたら嫌ですけどね」
「こら、シャンテ。若様の心遣いを無下にするようなことを」
イーグの後ろでシャンテとハバリが口喧嘩を始めた。二人が口喧嘩をしている内にケイの父親はなんとか泣き止み、イーグに会釈をして顔を上げた。
「お恥ずかしいところをお見せしてしまい申し訳ありません。私はこちらの娘の父、ダレン・グレイスと申します。皆様は旅行客の方でしょうか?」
「そうよ、お父さん。しかもうちのお客様なの!」
「なんと! それはそれはありがとうございます」
娘のケイの言葉にダレンも嬉しい声を上げて再び頭を下げた。
「そんなに畏まらないでくれ。俺としてはあなたの娘に命を救われた手前、お礼を言うべきはこちらだ」
「娘に命を? それはどういう?」
「詳しい事情は宿に行ってからでいいかな。いろいろあって疲れていて」
「これは失礼しました。どうぞ、宿までご案内します」
「シャンテ、ハバリ、じゃれ合うのは後だ。宿に行くぞ」
イーグの声で口喧嘩を中断した二人は互いに距離を取りながらイーグの後を付いて歩き出した。
リャブリャハの大通りは賑わっており、一番多いのは人族だったが他にもドワーフや獣人、普段は森で生活しているはずのエルフの姿まであった。イーグがリャブリャハの賑わいに感嘆を覚えつつ、木造建築が並ぶ街を興味深そうに眺めながら歩いているとダレンが声をかけてきた。
「リャブリャハへは初めてのお越しで?」
「いや、かなり昔に来たことがある」
「そうでしたか。その時はどこにお泊りになったのですか」
「前もノーズノーだ。温泉が気持ちよかったのだけは今でも覚えてっ!?」
背の低いドワーフの頭部がイーグの膝部分に当たってしまい、重心がずれたイーグの体が前へと大きく崩れた。そのまま倒れてしまう寸前にシャンテとハバリが左右からイーグの体を支えた。相手のドワーフは特に気にした様子もなく歩いていき人混みに消えてしまった。
「今の奴、謝りもしないで!」
怒りのまま追いかけようとしたシャンテをイーグは腕を掴んで引き止めた。
「構わない。ぶつかったのはお互い様だ」
「大丈夫ですか?」
心配したダレンがイーグに声をかけてくる。
「大丈夫。少しばかり足が悪くて」
「よろしければ肩をお貸ししますが」
「いや、杖でもあれば……どこかで杖を買いたいのだが売っている店に寄っても?」
「では、ご案内します」
ダレンの案内で杖が売っている土産屋に辿り着いた。
店内には土産品として双王に関わる名前の付いたお菓子や民芸品が並んでおり、イーグの目当ての品である杖は店の端の方に売られていた。
「近場ですとこのお店ですが、よろしいでしょうか」
「ああ、問題ない」
イーグが杖を選んでいる後ろでシャンテとハバリがお土産品を品定めしていた。
「双王饅頭に煎餅、お餅ね。白と黒の組み合わせってアルナ様とイートグリフ様の肌の色ってことかしら」
「アルナ様は人族で薄い黄色の肌、イートグリフ様は魔族で肌は褐色であるからな」
「だったら黄色と褐色でいいじゃない。なんで白黒?」
「それはぶっちゃけて言いますと製造費用ですかね」
困った顔をしながらケイがシャンテの疑問に答える。
「色をちゃんと付けようとするとどうしても費用が掛かるらしくて単純な色にしているらしいです」
「いやいや、双王の土産でしょ。そこはこだわらないと」
「こだわりたいとは思っているんでしょうけど、予算が……」
「確かに客は少ないみたいだけど」
シャンテが店内を見る限り客は自分達を含めて一人がいるだけだった。しかし、ここまでの通りを歩いて来た限りでは人通りは多く、客足は悪くないように思えた。
「観光客はちゃんといるわよね」
「昔に比べると戻っては来てはいるんですけど、ほとんどがクリアンテ・パラスのお客さんなので」
「クリアンテ・パラス?」
「ここから見えるあの白い建物です」
ケイは土産屋から見える白く大きな石造りの建物を指さした。単純な大きさだけで言えば小国の城ほどの大きさの建物は木造建築が多いリャブリャハには異質な建物だった。
「あ~、アレね。気になってはいたのよね。あの建物だけ他と違い過ぎるし」
「リゾートホテルなんです。中には複数の温泉施設と遊技場に宴会場。結婚式場もあったりして。あとお土産屋さんも」
「ってことはあそこにいれば別に外に出なくても充分楽しいってわけね」
「はい、その通りで。観光客はクリアンテ・パラスのおかげで増えているんですけど、昔ながらのお店の売上は上がるどころか減っているらしくて……」
「これも時代の流れか。古き物より新しき物が好まれてしまうのだろうな」
ハバリがいつの間にか購入していた双王饅頭を手にして残念そうな声を発した。
「た、確かに今は負けてますけど、古いってことは伝統があるってことでそこは間違いなく強みなんです」
「ケイ、お客様に何を言っているんだ。内輪のことをそんなに……恥ずかしいじゃないか」
代わりの杖を購入したイーグと共にダレンがケイの傍に戻ってきた。
「お父さん、こうやって頑張っているってお客様に伝えることも大事だと思うの」
「お前のそういう熱意は良いことだと思うんだがな……」
「娘が頑張っていることは素直に認めてあげて褒めてあげるのが良いと思いますよ」
ダレンがケイの行動に困っていると助け舟を出すようにイーグが声をかけた。
イーグ自身、イートグリフとしては娘がおり、さらに孫娘達もいるため、男親であるダレンが年頃の娘に対して怒るせよ褒めるにせよ遠慮してしまう気持ちは充分に分かっていた。
「そうしておかないと反抗期が怖いってケイさんはもうその時期は過ぎているかな」
「私、反抗期なんてありませんでしたよ。ずっといい子でしたから」
「そうだったか? 私や妻を随分と困らせたことあるぞ。例えば数年前の秋祭りの時には……」
「あーっ! あーっ! お父さん! それこそ恥ずかしいから話しちゃ駄目!」
ケイが顔を赤くしてダレンの口を塞ぐ。ダレンは突然口を塞がれて驚いたが、娘のスキンシップが嬉しくて笑っていた。イーグはそんな仲が良いケイ達親子を微笑ましく眺めていた。
「いい親子だな」
「……若様、少し恋しくなってます?」
シャンテはイーグを覗き込むような角度で声をかけてきた。イーグはあおるような表情をしたシャンテの額を軽く叩いた。
「シャンテ、誰にものを言っている。旅を始めたばかりだぞ。恋しくなるにしても早すぎる」
「何も叩かなくても……」
シャンテが叩かれたことに軽くショックを受けていると一通り親子のスキンシップを終えたケイが早く宿へ向かおうと声をかけてきた。