~ 落し物は大事な物 ~
「若様、今後は勝手に一人で行動することがないように! 反省してくださいね」
シャンテとハバリに合流したイーグは幌馬車の荷台で腫れた背中の治療を受けて気持ちよさそうに目を細めていた。
「あ~効く~。このじんわりと暖かくなる感じが好きなんだよな」
「若様! ちゃんと聞いてますか!」
イーグの背中に向けられているシャンテの手の平からは回復魔法の淡い青色の光が放たれていた。
「効いてる、効いてる」
「まったくもう」
「あはは、大変ですね。シャンテさん」
シャンテの向かい側に座っていたケイは畏まった表情をしていた。
「ケイさん、何だかさっきと態度が違くないか? 二人っきりの時と口調が……」
「あの時はイーグさん達がウチのお客様って知らなかったからです。お客様にはちゃんとした態度を取らないと。私は
宿屋の看板娘ですから」
道中で改めてイーグ達に自己紹介されたケイはイーグ達が自身の実家である宿屋ノーズノーの客であると知った。それ以降ケイはお客様に対して失礼が無いようにと宿屋の娘としての態度を取り始めていた。
「ケイ。改めてお礼を言うわ。若様を助けてくれてありがとう」
「いえ、こちらこそ、私の方も助けてもらったわけですから」
頭を下げるシャンテに対してケイも慌てて頭を下げた。
「吾輩からも礼を言わせてほしい。従者である我らが不甲斐ないばかりにケイ殿に迷惑をかけてしまった」
ハバリも従者台で手綱を握りながら礼を言ってきたのでシャンテはハバリに対して再び頭を下げた。律儀にお礼を返すケイの姿を見てイーグは笑みを浮かべた。
「生真面目だな」
「真面目なのは良いことですよ。若様。私も真面目ですけど」
「真面目真面目とお前は割と遊ぶ方だろう」
「私は時と場合を選んでますから」
「えっ!?」
シャンテの発言に誰よりも早くハバリが疑問の声を上げた。シャンテはハバリに対して口で文句を言うよりも早く手元にあったリンゴをハバリに投げつけた。リンゴは動けないハバリの背中に当たり、あらぬ方向に飛んで行ってしまう。ハバリはリンゴを拾おうと慌てて手を伸ばしてなんとか掴むことができた。
「こら、食べ物を粗末にするな」
「ごめん、ハバリ。手が滑ったわ。それより何? さっきの声」
「……」
射殺すようなシャンテの視線を背中に受けたハバリは何と答えれば無難か分からず黙ってしまう。
「シャンテ、真面目なのはハバリの方で。お前は不真面目とは言わないが賑やかす方だろ」
「若様も酷い! もういいです。治療はここまでにします。後は自然に治してください!」
シャンテは回復魔法を中断すると頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
「事実を言っただけなんだが……。ケイさん、すまないな。こんな騒がしい客で」
「いいえ、とても楽しそうで羨ましいです」
「そりゃ楽しめそうなお供を選んだからな」
イーグは起き上がると怪我の具合を確かめるように体を動かした。
「まだ少し痛みはあるが、まあこんなもんだろ。ありがとう、シャンテ」
「別に……従者として当然のことをしたまでですよ~」
不機嫌そうに話すシャンテだったが、表情は主であるイーグに礼を言われて嬉しそうだった。
「シャンテさん、魔法が使えるんですね。私、初めて見ました。ちょっと感激してます」
「回復魔法とか補助関係を少しだけよ。若様が怪我した時に少しでも助けられるようにって必死に覚えたの」
「魔法って頭良くないと使えないんですよね」
「才能も必要みたいだけど一番は頭ね。頭の中で魔法の式を組み立てて発動させるの。私そんなに頭いい方じゃないからもう大変だったのよ」
「私も勉強すれば使えますかね。攻撃魔法とか憧れあるんですよね。手から炎とか出したいな~なんて」
「攻撃魔法は免許制よ。攻撃魔法は覚えるのも大変だけど、免許取るのも大変よ。私は諦めたし」
「そんなに大変なんですか?」
「今、免許持ってる人なんて世界中で一万人もいないんじゃない?」
「世界中で一万ですか……。昔は自由だったんですよね。双王伝説の頃は」
「確かに昔は免許もなく誰もが覚えさせすればどんな魔法だって使いたい放題。それだけに戦いは悲惨だった。魔法を打ち合っては一瞬で数百、数千の兵士が死んでいった。つい先程まで話をしていた相手が次の瞬間には消し炭となっていたなんてありふれた光景だった……らしい」
イーグは過去にイートグリフとして経験した戦争を思い出して表情を暗くなり、シャンテも主の心境を想い口を閉ざした。
ケイは暗くなり始めた空気を変えようと話題を帰ることにした。
「そ、そういえばイーグさん達はエルライン地方から来られたんですよね。私、他の地方って行ったことないのでどんな所か教えてもらえますか」
イーグ達は自分達の素性を隠すため、イーグはエルライン地方の田舎領主の次男坊。シャンテとハバリは従者であり、イーグの気まぐれ旅に付き合わされていると説明していた。
「どんな所か……。平原が広がっていて大きな街は必ず湖の近くにある。気候的には一年中暖かい場所だ。後は他の地区が寒い時には旅行者が多いな」
「このイートラントは夏は暑くて、冬は雪が降ってとても寒い地域ですから。そういうところ羨ましいです。毎年雪かきが大変なんですよ」
「過ごしやすい場所だが、景色に変化がなくてな。季節によって変化があるのが俺としては羨ましいよ」
「憧れが入っているとよく見えるものですからね。実体験すれば変わりますよ」
「そうかもしれんな」
「ない!!」
イーグとケイが談笑をしているとシャンテが悲鳴に近い声を上げた。
「ないわ、ない。どこにもない!」
シャンテは必死な表情で荷物を掘り起こすように何かを探していた。シャンテの突然の行動にイーグもケイも目を丸くした。
「どうした? 何を探しているんだ、シャンテ」
「わ、若様……。つ、杖はどうしました?」
「杖? 杖は投げた」
「はあぁぁぁぁぁっ!!」
シャンテの驚く声が荷台を通り越し山中へ響いた。大声を出したシャンテは動悸が早くなり苦しくなった胸を抑えた。ハバリも動揺しているのか馬車の揺れが先程より大きくなっている。
「な、投げたってどこに?」
「さっき植物に襲われた話はしたな」
「え、ええ、聞きましたけど」
「ケイさんを助けようにも手元に手頃な武器がそれしかなかったのでな。だから投げた。いや、意外に刺さるもんだな」
「いやぁぁぁぁぁっ!! ハバリィ! ハバリ! 引き返すのよ!! 今すぐに!!」
「こ、心得た!」
シャンテに言われてハバリが手綱を操作して引き返そうとする。
「待て待て、二人共。今から戻ったら夜になってしまうだろ。引き返すのは駄目だ」
「だって、杖を拾いに行かなくては!」
「そうです! 杖を山中に放置しておくなどできません!」
「落ち着け、二人共」
「これが落ち着いてられますか!?」
シャンテの剣幕に押され気味になりながらイーグは一つ咳払いをした後、改めて口を開いた。
「まずケイさんを明るいうちにリャブリャハまで連れて行ってやらないと彼女の家族が心配してしまう」
「そんなのは彼女をここで降ろせば」
「シャンテ、ケイさんは俺の命の恩人だ。その彼女に対してそんなことできると思うか? いや、俺にそんな不義理なことをさせるつもりか?」
「うっ、それは……」
「あ、あの~私だったらここから歩いて帰りますけど」
深刻そうな事情を察したケイが声を上げた。
「か、彼女はそう言ってますよ!」
「駄目だ」
イーグは頑なに首を縦に振らず、シャンテの意見を却下した。
「若様が一番あの杖がどれほどの物か理解しているはずですよね。だったらすぐにでも……」
「理解しているからこそだ。大丈夫。放っておいてもあの杖は俺の手元に戻ってくる。そういう物だ」
「いったい何を根拠に……」
「俺がそう思う。それ以上の根拠が必要か?」
「……」
シャンテは難しい顔でイーグをしばらく見ていた後、諦めたのか顔を伏せた。
「分かりましたよ。そこまで若様に言われたら何も言い返せません。ハバリもいいわね」
「……文句など言えるわけがなかろう」
二人が渋々納得した頃、幌馬車の進路方向に温泉地リャブリャハから立ち上る温泉の湯気が見え始めていた。