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第六話

 その後、保健室で治療を受けて、教室に行くことなく学園の敷地内にある病院に行くことになってしまった。保険の先生に怪我の理由を聞かれた時には、転んで植込みに突っ込んでしまった、と言ってみたものの、おそらく本当の理由は分かっているのだろう。それでも、深く追求してこなかったのは『この世界』がすでに末期だということなのだろう。

 傷口を洗い、消毒し、ガーゼと包帯を巻く。半日に一度の取り替えと飲み薬を処方されて病院を出る頃にはもう昼を回っていた。今日はこのまま、学校を休むことにしよう。


 こうなるなら、寮から直接病院に来りゃよかったな……。


 彼女の心配そうな表情が脳裏に浮かぶ。


 いらん心配させてもうたな……。

 せっかく前のような関係に戻れそうな感じやったのになぁ……、などと後悔染みたことばかり考えながら、寮までの道を歩く。途中に通りがかる中学校からは体育の授業を受けている学生たちの元気で楽しそうな声が響いていた。


 元気やなぁ、と思いながら、少し前までは自分もあの一員だったことを思い出して、進学につれて変わっていったものが眩しく感じられた。一介の高校生が何を一丁前に黄昏てんだ、とツッコまれそうだが、十五年ちょっとの人生の中で初恋の相手に自爆して、元の関係に戻れそうだったのに大怪我を見せつけて、ドン引きされる、なんて経験をそう簡単に乗り越えられるものではない。

 なんて考えながらマイフェイバリット青空よりも少し雲の割合が多い空の下、途中の自販機で飲み物でも買おう、などと思考を突散らかせつつ、寮へと歩いて行った。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 自販機で飲み物を買おうと思っていたが、さらに途中にある喫茶店に吸い込まれてコーヒーブレイクを嗜んだ。ゆっくりと流れる時間を感じながら、『Over Land』でのことに想いを馳せる。


 今日は何をしようか、昨日は逃げるようにログアウトしたから剣の手入れをして、夕食は適当にしつつも少しは凝ったものにしてみようか。今度、モンスターを倒した時は剥ぎ取り行為をしてみようかな?きっと今後必要になる技能だと思うし……。どっかの動画サイトに皮剥ぎのやり方とか上がってないかな?などなど考えていたら、いつもの下校時刻になっていた。

 ちょっとグロテスクだった動画を閉じて、会計を済ませると、ようやく帰寮の途に着く。

 意外と有意義な時間を過ごせたのではないか、と少し嬉しくなる。


 大きめな怪我をしてしまったが、『Over Land』に対する恐怖心は少なくてよかった。今日もゆったりと過ごすとしようかな、なんて考えながら自室前の廊下へ足を踏み入れる、と同時に息を呑んだ。


「……蓮ちゃん」


 玄関の前でみずきが壁にもたれて立っていた。少し怒ったような視線を寄越して「部屋入れて」と少し不機嫌な声を投げつける。「お、おう……」とだけ返事をして玄関の鍵を開ける。ちなみに、寮部屋には異性・同性共に他人を招き入れることは原則禁止されている。一緒に食事をするなら食堂へ、ゲームや歓談をするならレクリエーションルームを使うことが規則とされている。しかしながら、特段それらを取り締まる巡回がなされているわけでもない上に、問題さえ起きなければ監視カメラを確認することもないため、ままあることではある。

 先に配給の段ボールを入れ込んで、彼女を招き入れる。

 今日は『Over Land』できそうにないなぁ、と少し残念に思いながらも、初恋の相手を自室に招き入れるという特異なシチュエーションに胸打つものがある——が、彼女のむーっと不機嫌そうな表情を見るに期待は薄い。


「怪我は大丈夫?」

 座布団のない部屋の隅にちょこん、と座りながら彼女は言う。その言葉に棘を感じつつ「大丈夫」とだけ返事。しかし、その答えは到底彼女の納得し得るものではなかったようで、じっとりとした視線が顔に突き刺さるのを感じる。

 分かるよ、聞きたいことは『これ』じゃないことは。


「で、最近の体調悪いのと授業中寝てんのはなんで?」

 三角座りの膝で口元を隠しながらジト目で俺を見る。口調も尋問の体になっていることに思わず視線をそらしつつ「読書」と答えると「嘘やんね」とすぐさま釘を刺される。

 次、彼女が思ってたんと違うこと言ったら釘を打ち込まれることが彼女の態度から見受けられたため「……ゲーム」と少しボカす。


「そんな怪我するようなゲーム?」

 彼女はもはや答えを分かっているのだろう。それでも、自白という形をどうしてもとりたくて真綿で首を絞めるような追い込み方をしてくるのだろう。

「いや、これは体調不良が乗じての転倒からなる負傷で——」と保険の先生を丸め込んだシナリオを踏襲しようとしたが、彼女の視線に口を噤まざるを得なくなり「——そうです」と観念することになった。


 それからは、もはや懺悔の告白にも似た問答となっていく。

「そのゲームの名前は?」「『Over Land』です」

「毎日どのくらいやってるの?」「おおよそ十時間くらいです」

「嘘やんね」「はい、十二時間以上してます」

「面白いの?」「はい、かなり没頭しております」

「その怪我は?」「昨日、狼とやり合いまして……」


「めっちゃ危ないゲームよね、止めないの?」

 彼女の言うことはもっともだ。ゲームの世界から怪我を持って帰ってくるなんて、それはゲームではない。ましてや死ぬことさえもあり得るゲームなんて友人がしていたら気が気でないだろう。しかし、俺はそれ以上に……。


「これくらいの怪我やったら『こっち』でもやるやろ」

 俺は怪我した肩を、ぽんぽん、と叩く。痛痒い感覚がどうにも今の環境に酷似していた。


「『こっち』でもいつ『ファルクリーズ家』の標的になるかも分からんし、それやったら『向こう』で好きにやってる方がおもろいやん」

 数年前には東京がテロ組織の標的になっている。死者は数万人を数える大惨事となったがそのような世界と『Over Land』、一体どちらが安全なのだろうか。とにかくも俺は安全、不安全で『Over Land』をしていない。

 俺の言葉を聞いてか否か、彼女の表情はころっと変わっていた。じっとりとしていた目はキラキラと輝いて見え、下唇はせり上がっている。三角座りの膝を強く抱き、対面しているためにスカートの中身がチラリとする。そんなことさえも気にせずに彼女は「……ズルい」と一言溢すと、「ウチもやりたいのに……」と告白を並べた。


「えっと……、じゃあ、やるか?」

 気になるポイントから視線を躍らせながら、スマートフォンを取り出す。ちなみに、学園では『Over Land』の使用は原則禁止されている。しかしながら、スマートフォンの携帯は禁止されていないため、問題さえ起こさなければ取調べされることはない。『Over Land』をやる、やらないは結局のところ個人の決定に委ねられている。


 そして、彼女の判断は「うん!」という嬉しそうな声と、見ているこちらにまで伝染してしまう笑顔により決定された。

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