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第五話

 やはり、思っていた通り、ドーベルマン(仮)は複数で行動していたようだ。

 あの後、海に向かって歩いていたところ、幾度となくドーベルマン(仮)たちが襲いかかって来た。剣を振るい、何頭かは斃したが、それらは怯むことなく、屈することなくその肢体を奮わせる。三頭に囲まれた辺りから対応に遅れが生じ、膝や肩に爪牙による傷が増えていった。

 何とか一難乗り越えたところで、堪らずログアウトを選択し、今は自室の布団で横になっている。


 あぁ、やっぱ犬系のモンスターは大変やな……、と思い知る。個別で来てくれる分には対応ができるが、隊列を組まれ、連携を取られると、どうしても後手に回ってしまう。後ろの状況なんて見えやしないのだ。漫画やアニメのキャラクラーたちはどのようにして気配を感じとっているのだろうか。

 この先も『あの世界』で生きていきたいと思うならば、必須科目になりそうだ。一体、誰が教えてくれるのかは分からないけど。

 とりあえずは場所を移動して、安全と思える程度の対策を施してログアウトしてきたが、次ログインする時は大丈夫だろうか、と不安になってくる。

 ………、それでもログインするんやろうけど。


 そわそわ、と思考を巡らせながら、いつも通りの体調不良と戦う。夕食もまともに食べないまま、日課をこなして早めのログアウト。それでも胃の中には吐き出すものが収まっているらしい。

 時計を確認すると、午前二時。いつもよりは早く戻ってきたおかげで睡眠時間の確保ができる。それでも、夜更かしには変わりないが徹夜を繰り返している身としては貴重な時間だ。

 せっかくだから、吐き気の波を漂いながら、眠りにつくことにしよう。そうしよう。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 おかしい。

 いつもより健康的な睡眠時間を得たというのに、体が痛い。吐き気を催す体調不良は若干和らいでいるが、どうにも肩が痛い。ついでに脚も痛い。起き上がろうと手を床についた瞬間、見えない何かに肘カックンされたように力が抜けた。以来、肩が痛い。ついでに脚も痛い。ズキズキ痛いというよりはジクジク痛い。耐えられる痛みではあるが、延々と続くため厄介な痛みだ。……ズキズキが続くのも嫌やけど。

 考えられるのは、昨夜のドーベルマン(仮)との戦いだろうか。何度か爪や牙が掠り、傷になっていたのは記憶している。唾つけとけば治るやろー、と思っていたが細菌やウイルスの類が爪に寄生していたのだろう。肩は少し腫れ上がっているようにも見える。

 まぁ、野生の犬やしな……、と思い直すと、次からはちゃんと消毒くらいはしようと心に刻み込む。


 痛いは痛いけど、学校を休むほどではないな。制服に袖を通す、そんな布擦れの摩擦でもジクジク痛むが、動けないほどではない。それに、休みの手続きは面倒な上に、変に気をつかうし……。

 部屋で一人痛みと戦うよりは、保健室に行って消毒などの適切な処置をしてもらった方が治りも早いだろう。そう考えると、休むよりも学校へ行く方がメリットを感じることができるように思える。休んだら、丸一日『Over Land』を満喫できるなどという考えが脳裏に浮上する前に外へ出ることにした。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 何とか学校の門を潜り、下駄箱へ到着。脚の痛みは徐々に和らいできているのか分からないが、肩の痛みは酷くなっているように感じる。実際に傷を見ると、掠ったにしては意外と深かったことが分かった。少し動かすと、切り口からジワリ、と血が滲み出る。ガーゼのようなものを部屋に常備はしていないため、使用頻度が少なくなっているシャツを切り裂いて、一先ずの抑え布として巻き付けている。

 とりあえず、保健室に行って消毒をしてもらおう。簡単な処置をしてもらえば、まずは気が休まる。


「……蓮ちゃん!おはよ!!」


 靴の履き替えに気を取られている間に背後をとっていた聞き馴染みのある声が、妙な気合が入った声色で挨拶してきた。振り返ると、唇をキュッと閉め、両手も握りしめた一大決心スタイルのみずきが不安げな表情でこちらを見つめていた。「あ、あぁ、おはよう」と口から溢れるような声で、挨拶を返すと、彼女は少し気が緩んだのか、顔を綻ばせる。


「さ、最近、体調悪そうやったから……その……」


 彼女から挨拶だけで終わってたまるか、という気概を感じる。表情こそ、えへー、と緩んでいるが靴からスリッパへの履き替えは俊敏かつノールックで行われ、気がつけば隣に並ばれていた。昨年度末の自爆を引き摺っている俺は何とか逃げたい衝動に駆られたが、『このまま』ではダメだ、とも感じているため、努めて保健室へと急ごうとする歩みを緩めた。


「まぁ、朝はな……」

「ずっとやよ?」


 朝の気怠さがそう見えたんだ、と言い訳しようとしたが、間髪入れずに否と突きつけられる。


「授業中もずっと寝てるし」

「それは眠いから」と、ここは素直に答える。その答えに安心したのか、それとも返事が返ってくることが嬉しかったのか、彼女はニコニコしたまま「や、ガチ寝やねんもん、先生が揺さぶっても一切起きひんもんね」と嬉々としながら睡眠時の俺の状況を教えてくれる。まぁ、体が求めている休息のため多少の振動はノー感だろう。しかし、今日は起きることになりそうだ。

 じくじく、と痛む肩が、早く保健室に行け、と俺を急かす。了解した、と体の信号に心打ちしながら「ほんじゃ、俺寄るとこあっから」とニコニコ笑顔のみずきに片手を挙げて別れを告げる。


「あ、何処行くん?」

「っっっ!」


 彼女にとっては、楽しい会話の途中にそそくさとフェードアウトしようとする友人を気にかけた反射的な言動だったのだろう。彼女は俺の手を握り、たまたまその手が痛めていた肩の方だっただけだ。

 激痛の悶絶する俺を見て「へ?」と力ない声を漏らす彼女。都合の悪いことに、傷口の開いた肩からは血が溢れてカッターシャツの肩口を赤く染める。


「れ、蓮ちゃん?」

「〜〜〜っ、大丈夫、大丈夫やから、ちょっと行ってくるなっ」


 彼女の手から抜け出して、俺は足早に保健室へと向かう。

 そんな俺を、彼女が追ってくることはなかった。

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