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第三話

 ズキズキ、と痛む頭に手を当てながら顔を起こすと、黒板の上の丸時計は十六時半を指し示していた。周囲を見回すと教室に残っている人影はまばらであり「生きとったんかワレ!?」というバックグラウンドミュージックが何処かから聞こえてくる。


 ふぅ、と一つ息を吐いて、隣の席に目を向けると、また違ったタイプの息が一つ漏れ出た。


 なんで、こいつは……。


 そこにあったのは、他人の席で、こっくりこっくり、と眠りこける、みずきの姿。なぜ、そこに座っているのか。なぜ、眠っているのか。という問いの答えが俺にあるのが分かり、また違った意味の頭痛が俺を襲う。


 話たいんやろぉけどなぁ……。


 俺にとって今、一番気不味い相手ナンバーワンの座をほしいままにしている彼女の姿を見つめる。心の中では起こすべきか否かという議論が行われ、起こすべきだ、という結論が過半数以上の議席から支持を獲得していた。

 俺を待ちながら眠ってしまった彼女を無視して帰るというのは、何とも後ろめたい。


 観念して彼女の肩へ手を伸ばすと、「みぃちゃん!お待たせ!!」という声が同時に教室内に飛び込んできた。

 はぁはぁ、と息を切らしている姿からおそらく走ってここまで来たのだろう。その声の主と目を合わせると、げっ、という言葉が口から出そうになった。


「げ」


 あろうことか、そいつは口に出していいやがった。

 東尾薫、俺とみずきの一学年下の中ガキ生であり、生意気盛りで事ある毎に突っかかってくる鬱陶しい奴だ。性別は一応女。同じ敷地内とはいえ、中学校から高校は途中に小学校と合同で使用する運動場や体育館、プールを挟んでいるため、そこそこ距離が離れている。彼女が息を切らしている理由は上記の通りであるが、一応、ここは高校一年生の教室だ。俺にとっては高校二年生の教室もとい上級生の教室に足を踏み入れることさえ恐れ多いというのに、彼女は中ガキ生でありながら、堂々と高校の敷地に足を踏み入れ、意中の教室まで乗り込んで来た。なんと豪胆な女であろうか。


 とにかくも、だ。

 この状況は、やりようによっては好機ともなり得るシチュエーションであると、思考を転換させる。

 さっと、みずきの肩を叩いて「みぃ、薫が来たぞ」とだけ告げて、颯爽とエナメルバッグを肩に掛ける。「へ?あ?」と状況を理解できていない、ふわふわとした鳴き声を背に薫の横をすり抜けると、教室から脱出することに成功した。途中、薫に「何、無視すんの?」と嫌味を言われたが「うるさい」と一蹴して、俺は帰寮の途へ着いた。

 その背中に「別にええけど」と言葉をぶつけながらも、すぐさま「ほな、みぃちゃん帰ろ!」と切り替えてくれる彼女は、もしかしたら良い女なのかもしれない、と頭の片隅に疑惑が浮上したが、すぐさま頭を振って沈没させることにした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 今日の支給品の中に豚肉があったため、今日の夕食は生姜焼きにしようと思う。


 いつものように、帰寮後すぐに『Over Land』の世界へと転移した俺は、エナメルバッグの中に詰め込んだ食料を眺めながら夕食の事に思考を集中させる。そうでなければ、玄関開けたら目の前に落ちていた手紙に思考を持っていかれそうだからだ。ノートを千切って折り曲げただけの簡単な手紙、書かれていた内容は、最近の俺が体調不良っぽいこと、そして授業中寝過ぎていることを心配している、といった内容であった。差出人は言わずもがな、最近気不味いあの子だ。

 頼むから、しばらくはそっとしておいてほしい。そうすれば、その内いつも通りになれると思うから。

 などと、言い訳じみたことを一人で悶々と考えてしまう。


 思考が手紙の方へ偏ってしまいそうになるのを首を振ってシャットアウトすると、スマートフォンを手にとる。画面を点灯させると、そこにはいつもの『世界地図』が映し出される。昨日の進捗としては、地図の上で二、三ミリといったところだろうか。拡大すれば、もちろんアイコンは動くが、世界規模で考えると、やはり遠いと感じる。

 海まで一センチと考えれば、あと三日から五日かな。

 ………、ゲームとかでよくあるファストトラベルみたいな機能があればいいのになぁ……。


 なんて考えていても仕方がない。とにかく歩こう、と気持ちを切り替えて歩を進める。

 天候は昨日に引き続き、三対七のマイフェバリット青空が広がり、穏やかな風が吹いている。足元を見れば膝丈の草花が風に揺れている。遠くへ目を向ければ、昨日も見えていた山々が煙を吐いている。変わらない景色がずっと、ずっと続いていく。広い、広すぎる世界にぽつん、と一人ひた歩く。息が上がるほど急いでも、途中で立ち止まっても、世界は変わらない。


 ………、明日くらいからは、ちゃんと話してみようかな……。


 悩んでいたことがどうでもよくなる世界でただ一人、延々と歩き続けるのだった。

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