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第一話

「ね?どこ行くの?」


 そう言って、彼女は微笑んだ。

 その笑顔に見惚れながら、俺は——。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 眠い。眠すぎる。


 授業の終わりを告げる不朽の名作に耳を叩かれて、突っ伏した机から、のそり、と起き上がる。

 眠い目を擦っていると、「生きとったんかワレ」という背景音楽が耳に流れ込んできたが、おそらく俺のことではないと思い聞き流して、黒板の上にある丸時計に目を向けた。

 時刻は十五時半を少し回ったところ。

 ボリューム小さめのざわつき具合が放課後を物語る。


 んーっ、と伸びをして、窓の外へ目を移すと、雲の割合二対八の俺好みの天候であった。

 今日はどうすっかな、と想いを馳せながら帰り支度と、寝息でじっとり湿った机の上を袖で拭う。

 大した荷物もなくペッタンコなエナメル鞄を斜掛けにして、再度、今日はどうすっかな、と自問する。


 んー、まずは今日の寮飯が何かにもよるよなぁ、と考えて、欠伸を一つ。

 教室を出る直前に聞き馴染んだ声が耳に飛び込んできたが、特に目を向けるわけでもなく教室から出ることを優先して、廊下へと足を踏み出した。


 本当、気まずいので勘弁してほしい、と心底思いながら、一年生の下駄箱へと流れ込む。

 とりあえず、聞き馴染んだ声は追いかけてきてはいないようだ。

 さっさとスリッパと靴を入れ替えて、玄関を潜ると、教室の中からは感じることのなかった陽光が眼中に差し込んできて、ちょっとした貧血を起こした。

 二割の雲では陽光を抑え込むことはできないようだ、これからの好みの空模様は三対七にするとしようか、などと誰に話すつもりもない自らの嗜好について変更を加えながら寮までの道を歩く。


 ここは、府立五ヶ原学園。

 小中高大と全てを一貫した全寮制の学園だ。

 なぜ、そんな学生を抱え込むような学校が公立であるのか、というところに関しては追々説明することにするが、要するに『この世界は末期だ』ということに起因する。

 とにかくも、そんなマンモス校の玄関から学園のメインストリートまで出ると、俺のようなエナメル鞄を肩に掛けている学生もいれば、ランドセルを背負った小学生や、手提げ鞄を振り回す中学生もいる。

 かなり異色で賑やかな光景は、それでも緩やかにそれぞれの寮へと向かっていく。

 まず何をするにしても、一旦帰寮しないことには話にならない。


 しばらく、タイル敷の歩道を歩いて自室のある三十二期学生寮と書かれた団地に入る。

 扉のないエントランスを潜り、大浴場の暖簾を横目に階段を一つ登って、四つ目が俺の部屋だ。

 玄関前に置かれている段ボールを一旦脇に寄せて、人差し指を玄関に備え付けられているパネルに当てる。

 指紋認証なのか、静脈認証なのか、よく分からないが、カチリ、という音が解錠を知らせてくれてドアを開ける。

 まずは、エナメル鞄を室内に投げ込み、次いで段ボールを担ぎ入れる。

 カッターナイフでガムテープを切って、中を確認すると、ビニール袋に入っている米が一つ、食パンが二切れ、あとは卵やハム、鳥肉のブツ切りなどなど、パックとラップに包まれて入っていた。

 これが、この学園の寮飯。またの名を配給という。

 何とも味気ないシステムだが、これらを食堂へ持っていくと調理してくれ、学友と一緒に食事というスタイルも確立できる。


 とりあえず、俺はええかな……。


 段ボールの中身をエナメル鞄に押し込んで、箱のままの段ボールを玄関の外に出しておく。

 そうすると、業者が回収して、また翌日に同じようなスタイルで配給してくれる。

 パチン、と玄関の鍵を閉めると、エナメル鞄を指で摘んで、四畳程度の自室に足を踏み入れる。

 畳んだ布団と小さな机があるだけの部屋。

 誰かが、監獄、と言っていたが、監獄に入ったことがないのでいまいちピンと来ない。


 まぁ、どうでもええけど。


 畳んである布団を伸ばして、制服姿のままエナメル鞄を抱えて横になる。

 ポケットを弄って、スマートフォンを取り出すと、画面を立ち上げて『あるアプリ』をタップする。

 スマートフォンの画面にはロード中という文字と徐々に溜まっていくゲージが写されていた。




 ふぅ、と一つ息を吐いて、目を閉じる。


 さぁて、何すっかなぁ。




 そよ風が頬を撫ぜる感覚と、草木の葉擦れの音が耳に届いて目を開ける。

 そこには、雲割合三対七のマイフェイバリット青空が広がっていた。


 体を起こして周囲を見回す。

 視界の届く範囲には人工物はなく、膝丈程度の草が生い茂る野原、背後には肌寒い気を吐く森、空と交わる地平には煙を上げる山々が見通せる。

 さっきまで居た監獄とは正反対、いや、そもそも対極にあるものなのだろうか?と哲学でも始まりそうなほどの大自然に一人、ぽつんと長座している。


 『これ』が先ほどタップした『あるアプリ』、『Over Land』だ。

 いつ頃からか、突如として全世界に存在するスマートフォン、タブレットにインストールされた『謎のアプリケーション』。

 タップすれば、瞬く間に『Over Land』と呼ばれる『異世界』に『転移』する一体どのような仕組みになっているのか考えるのも馬鹿らしくなるほどぶっ飛んだ代物だ。


 昨日はここで『ログアウト』したんやったっけ。


 昨日のことを思い出しながら腹に抱いたエナメル鞄のチャックを開けて、中身を確認する。

 米にパン、ハムに鶏肉、卵にレタス、うん、たぶん大丈夫だ。と一つ頷く。

 エナメル鞄のチャックを閉じると「よっこいしょ」と一人号令をツイートして立ち上がる。

 少し上がった視点でも、ほとんど見える景色は変わらないという大自然に思わず笑みが溢れてしまう。


 どうしょうかな、飯にはまだ早いな……。


 そう思いながらスマートフォンを覗くと、午前七時を少し過ぎたところであった。

 ちなみに『Over Land』の時間は、世界標準時刻になっているらしく日本との時差は九時間程度だ。

 この時差が日々の寝不足に繋がっていることは重々承知している。


 エナメル鞄を肩に担いで、スマートフォンを眺める。

 そこには普段では見ることのないアイコンが並んでおり、その中の世界地図をタップする。

 現れた画像は、真ん中に海峡を挟んだ二つの大陸と八つの『町』、そして現在地のアイコンが描かれていた。


 こんまま、歩いたら海に出るっぽいな。どんくらいかかるかは分からんけど……。


 ちなみに、この地図のアイコンはなかなか動かない。

 それほどに『Over Land』は広大だということなのだろう。

 それを鬱々と感じるか、心を躍らせるかは、その人次第だろう。もちろん、俺は後者だ。


 とにかく、海目指して歩くとすっかなぁ。


 心地良い風を感じながら、野原を歩く。

 学校帰りに抱えていた気怠さや眠さは、すでに消え失せていた。

 それどころか、今流行りの音楽を鼻唄で奏でるほど上機嫌になっていることに自分では気付かない。

 急ぐこともないので、疲れたら好きに休む。そんな気楽な一人旅を謳歌する。




 この物語は、俺、神阪 蓮が『Over Land』を好き勝手に、のんびりと旅をするゆったりとした物語である。

 ……なんちゃって。

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