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第9話 ガラクタ医者


 鼻血の患者を治療した結果、オレの評判はさらに上がった。

 でも運もよかった。

 師匠が言ったとおり、毒は全身にまわったあとで、本来はもう「どうしようもない」状態だった。

 できるといえば、おとなしく寝かせて汗をふいたり水を小まめにとらせるくらいで、薬も気休めみたいなものしかない。

 どれくらい寝込み続けるか、あるいは症状がおさまっても手足や頭がまともにもどれるかは、もう患者の体力勝負だった。


 オレが治療した患者は翌日から全身のあちこちに症状が出てきて吐き続け、手足が腫れて痛み、うまく話せなくなり……そこまで広く症状が出てしまうと助からないか、助かっても重い後遺症が残りやすい……はずだった。

 たった数日で、多くの症状がおさまってくる。

 全身にだるさや重さが残って、意識がぼやけ気味な以外は、自分で生活できるほどになってしまい、さらに少しずつ回復していった。


 カニカマは患者の血液を吸い取って、毒を抜いてからもどす作業をくりかえし、すでに痛んでいた部分、特に毒消しに使う内臓を補修しておいたという。

 ひどい話だけど『重くなるはずの症状』が出てくれたおかげで、それがやたらと軽く済んだものだから、オレの秘術のすごさを誰もが認めるようになった。


 ……でも、たった半月でも医者の弟子をやっていたからわかる。

 もし治療があと少し遅ければ、カニカマが同じだけがんばっても、なにもしなかったと思われるくらい重い後遺症が残ったかもしれない。

 治療があと少し早ければ、カニカマなら毒のほとんどを回収しきって、毒ヘビだったとは信じてもらえないほど症状が軽くなったかもしれない。


 どんなにがんばっても、結果がどうなっても、医者は患者に疑われて、逆うらみまでされる危険が大きい。

 シロウトのオレがニセ医者で高い評判を得られたのは、幸運が続いただけだ。

 カニカマがどれだけすごくても、オレ自身が医者のはしくれですらないシロウトのままでは、すぐに大きな失敗をやらかしそうだ。


 ガラクタ売りは道具の目利きや手入れだけでなく、客の好みも見抜いて殺し文句まで使い分けられないと稼げない。

 医者も診察と治療の腕だけでなく、患者を転がせる舌先もないと、オッサン師匠みたいに評判が落ちていく。


「それにオレはカニカマ先生という最高の『腕』があるけど、カニカマを使うしかない上、いろいろと問題の多い『腕』なんだよな……そんなわけでモルジャジャ、おまえの腕も貸してくれ」


「にっちゃ、アタシもふんばる!」


 家へ帰ったあと、モルジャジャにだけは状況をぜんぶ伝えてある。

 そしてモルジャジャがオレの助手として病院へ出入りできるように、師匠へ頼むことにした。


「おいおいオッサン!? モルジャジャのほうは給料なしでもいいって言ってんだろ!? なんでだめなんだよ!?」


「ふざけないでよバカ! ここはアタシの病院! 調子にのらないで! インチキシロウト! ニセ医者! スケベ! ガラクタ売り!」


 クソ医者てめえ……いろいろと当たっているけど……アンタこそ調子にのってんじゃねえぞ?


「それなら少し遠くなるけど、別の病院を探したほうがいいかな~? オレのすごさも知れ渡ったことだし、場所を貸すだけで治療代の半分も渡されるなら、もうどこでも歓迎されそうだ」


「ぬぐっ……ぶぎぎ……そんなことしたら、アンタがどれだけシロウトだったか、みんなに言いふらすから! そのランプが怪しい! とんでもない薬が入っているでしょ!? 兵隊にも言いつける!」


 うぐっ……痛いところを突いてきやがる。やばい。

 オレは『ヤブ医者の弟子として修行はしていたけど、自分でも隠れて秘術を学んでいた名医』ということにしないとまずかった。

 もし『シロウトがいきなり名医になれる秘術』なんてものがあると思われたら、兵隊が盗賊みたいに押し寄せてもおかしくない。

 まして『怪しいランプ』さえ奪えばいいなんて思われたら……


 このヤブ医者オッサンは頭と性格が悪いぶん、考えなしに動きそうで怖い。

 いつかは秘術を分けるふりして、黙らせておかないとまずい。


「ね~ん、だんな様~ん、本当にぼうやが飛び出しちゃったら、もったいないかもよ~お?」


 そんなわけで、この色っぽい助手さんを呼び寄せるために、さっきはわざと大声で言い返しておいた。

 この人の言うことなら、オッサンも素直に聞くことが多い。

 そしてこのムチムチおねえさんは、オッサンとちがって損得のわかるまともな人だ。話しかたはともかく。


「ただでこき使えちゃうかわいい助手さんなんて、ステキじゃな~い? 秘密をもらしちゃうお口も、ふたつに増えるのよ~お?」


 そんなことをオレたちの前で言うあたりも、よくわからない性格だけど。

 オッサン医者は顔をしかめて、長い鼻を左右させて悩む。


「んんん……やっぱりだめ! これはだめなの……」


「どけちー。わからずやー」


「待てモルジャジャ。そのとおりだけど……なあオッサン、いや師匠。失敗はぜんぶオレ、成功は半分アンタなら、いいことづくめだろ? この病院の評判だってよくなるし、アンタの人気だって、オレが持ち上げてやっても……」


 しまった。オッサンの顔色が変わった。痛いところを突いちまったらしい。


「だまらっしゃいバカ! ランプ置いてけバカ! もうアンタは来なくていい! 授業料にランプだけよこせバカ! ほら早く!」


 むちゃくちゃ言ってやがる……異国の客でもここまで話が通じないやつはそうそういねえ。


「アラババの脈拍が乱れている。貴君の障害は二秒で排除できる」


「待てカニカマ。だめだそれは」


 オッサンがギャンギャンわめいているおかげで、オレとカニカマのヒソヒソ話は気づかれていない。


「んーふーふーふ~ん」


 モルジャジャもこういう時はめざとく機転がきいて、謎の踊りで注意を引きつけてくれた。だけどもう少し別の手段はないのか。


「なあ師匠、オレも半月だけでも修行させてもらって、アンタがどれだけすごい仕事をこなしているのか、先っちょだけでもわかってきたつもりだ。オレも本当は、できればアンタへ分け前を納めたいんだよ……それにもしオレしか治せない金持ちとかが来たら、大もうけできるだろ?」


 アメで持ち上げ、アメで横っつらをひっぱたく駆け引き!


「うぬぐうう……でもだめ……もうぜったいにいいい……ん? 誰!? 出てって! 今は休業……いえ、ようこそ」


 宝石をじゃらじゃらつけた太ってブサイクなオバサンが、護衛の兵士を何人も引き連れてどかどか乗りこんできた。

 オッサンがぽつりと「たしか王様の従姉妹いとこ……」とつぶやいて青ざめている。



 護衛の連中もみんな、妙に高い階級章をつけていた。

 その中でも若いのに隊長らしいハンサム男に見おぼえがある。

 白人連中の知り合いで、オレの家までいろいろと礼品を届けてくれた人だ。


「アラババ君。君でなければ治せそうにない急患を頼みたい」


「アタシの弟子は命に代えてもやりとげます!」


 クソオッサン、裏返った声で即答しやがった!

 なにを勝手に!? オレを追い出したばかりで! まだ診察もしていないのに! 安請け合いを押しつけるなバカ! クズ! ヘンタイ! ヤブ!


 ……みたいな返答はこらえてみせるオレだ!


「でもオレは師匠から破門に……」


「するわけない! 厳しくしているだけ! 一番に目をかけている弟子だから当たり前!」


 おえらい軍人たちの厳しい目がヤブ医者オッサンに集まっている。

 宝石ババアは入って来た時からずっと、かみついてきそうな顔をひきつらせたままだ。


「でもオレが師匠に秘術を教えない内は、秘術を使わせないって……」


「それは……その秘術だけはもう、アタシの手助けなしで使ってもいいくらいに修行した! そうね!? 責任をぜんぶかぶれるなら、場所は気前よく貸すから好きにして! 治療代は半々でいい! もう秘術のことはなにも聞かない! でもそのうち教えて!」


 オッサン、必死だな……でもまあ、このあたりが落としどころか。

 またいきなりの幸運に助けられたけど、ここまですごいおえらいさんになると、どれだけでかい不幸がとなり合わせかもわからない。

 なにかあっても師匠に頼ったり、罰金や刑期も半々でなすりつけるために、ここは少しがまんして、オッサンの物わかりがいいうちに妥協しておく。


「でもオレはまだ修行中の身なんで。どこまでお力になれるか、さっぱりわかりませんが……患者さんはどのような症状で?」


 それまで黙っていた宝石ババアが、猛然と鼻息を噴出した。


「アタクシの娘が! この世で最も美しいシェヘラザードちゃんが! 死にかけているのよ!? 早く生き返らせて!」


 シェヘラザードは『千夜一夜物語アラビアンナイト』で全体の語り部となる娘の名前で、最後は王様と結ばれる賢い美人だ。

 でも宝石ババアが突き出したのはネコだった。

 しかもブサイクで太っている。

 あとそいつ……とっくに死んでないか?


「この子が死んだら、みんな打ち首! 銃殺刑! 吊るし首!」


 首を斬ったら吊るせないだろ。

 話が通じそうにない。やばい。思った以上にでかい不幸か?




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[良い点] “「んーふーふーふ~ん」  モルジャジャもこういう時はめざとく機転が働いて、謎の踊りで注意を引きつけてくれた。だけどもう少し別の手段はないのか。” [一言] モルジャジャがかわいい
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