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第8話 ニセ医者修行


 鼻血の患者がサイフを開いて見せると、中身は意外と多くて、ヤブ医者オッサンは診ていた老人を放置してツカツカやってくる。


「吐き気が少し? あっそ。眠気は? 息苦しくない? アタシはハンサム? 手足に腫れは? ほかに血が出ているところは……」


 いくつか質問をしながら眼とか舌ものぞきこんで、患者のサイフから金をひとつかみ抜き取ってから「ヘビにかまれていない?」と聞いた。


「やっぱりヤブだよアンタ! かまれて気がつかないわけないだろ!? 毒が入ったら、どれだけ痛むと思ってんだ!?」


 患者はそう言って左手を出し、以前にかまれたらしい、黒ずんで丸っぽくなった小指を見せる。

 ……あれ? オレの父さんは毒ヘビにかまれても気がつかなくて、かなり経っても『気分が悪そう』になっただけだぞ? 

 オッサン先生は患者を突き飛ばす。


「だったら知らないバカ! 気がつかない時だってあるのに! どうせもう、どうしようもないから、病院の外でくたばって!」


 オレはつい、割って入る。


「待てってオッサン。お客さんもよう……かすり傷もないのか? いちおうヤブ……じゃなくて師匠の言うとおりに、よく思い出したほうがいい」


「アラババ先生もそう言うなら……なにかで足首をひっかいたかな?」


 オレはすぐに患者のズボンをずり上げる。

 ボロぐつをはいていたけど足首はむきだしで、くぎでひっかいたような傷があった。

 ヘビの牙なら穴が二つ空くはずだけど、服とか靴が邪魔になったか?


「たしかに浅く見えるけど……だから痛みも少なくて、気がつかなかったんじゃねえかな? 師匠、そういうことですかね?」


 患者も不安になってきた様子で、ヤブ医者オッサンへすがるような目を向ける。


「シロウトが勝手にインチキ診断しないで! アタシが見ないでわかるわけないでしょバカ! 見たってわからないんだから!」


「いいから、傷が見つかったんだし、見てやりなよ。毒なら急がねえと」


「だから、手遅れだって言ってんの! 時間がたってる! 今さら傷を開いたって、たいして毒を出せない! おとなしく寝て、そのまま死ななかったら助かるだけ!」


「それなら……オレが秘術を試してもいいよな? 師匠が見捨てた患者をもらうだけだ」


「シロウトが勝手なことしないで! ぬぐぐっ…………なにをやるか、ぜんぶくわしく説明したら、立ち会って指導をしてあげる!」


 このクソオッサン、こんな時に……こいつにだけは、カニカマの秘密を知られるわけにはいかない。

 でも毒の治療は早くしないと、カニカマでも難しくなるかもしれない。

 患者がまた、オレにすがりついてくる。


「アラババ先生なら、ヤブ医者の手伝いなんかいらねえよ! あんなやつの言うことなんか聞かないで、自分で病院をはじめたほうがいい!」


「少し黙って!」


 と言うオレと師匠の声が重なった。



 数日の雑用でもわかったことだけど、医者は思った以上にたくさんのことを学んでいて、それでもなお診断はわからないことや当たらないことが多い。

 同じ場所の痛みでも『食中毒です』『伝染病です』『虫刺されです』と原因が自己紹介してくれるわけではないし、調べてつきとめても『どうすればアンタを消せる?』という質問には答えてくれない。

 患者の体力や体質、性格、食事や暮らしかたでも対処は変わる。

 それをまちがえたら、なにもしなければ死なないで済んだものまで、かえってひどくさせて殺してしまう事態だってありうる。


 だからオッサン先生がオレに『なにをやるか教えろ』と命令するのは、この病院で治療する限りは当然だった。

 それにこのオッサン先生……人としてはクズでバカだけど、話しかたがひどいだけで、医者としては言われているほどヤブではなさそうな気もしてきた。クズでバカだけど。


 そしてオレは病院の仕事を入口だけでも知って、自分がつくづくなにも知らないシロウトだとわかった。

 まだこの病院から離れたくない……


「あら~ん、だんな様~。ぼうやとケンカ~?」


 助手にひとり、やたらと色っぽいムチムチ体型のおねえさんがいるけど、それは別の話として。

 この人のおかげで職場通いが楽しくなっているのもたしかだけど。


「は~ん? だんな様のいらないお客様なら、あげちゃいましょ~よ~? だめになったらぼうやだけのせいにして、うまくいったら半分、お部屋代にちょうだいすればいいでしょ~? ね? ぼうやの秘密はそのうちじっくり……んふふ。ね?」


 オッサン医者は無言でそわそわうごめいたあと、小さく「うん」と言ってうなずく。



 待合室が妙な空気になったけど、オレは鼻血の患者をもらえて、奥の手術室を借りた。

 診察室よりも薬っぽい臭いが強い。細い換気口のほかは灯油ランプがいくつかあるだけで薄暗いけど、秘術を隠すにはちょうどいい。

 いつも持ち歩いていた布を患者の体にかぶせて、手術台の周囲にもはりめぐらせて、のぞき対策をしておく。


「何度も言うけど、オレは修行中の身だから。決して集中をみださないように。オレがなにか怪しいことをつぶやいても、なにをやっても……」


「その怪しいランプを使うんだろ? どんなすごい薬や道具が入っているんだ?」


「ほらそういう、余計なことを言わない! シロウトは黙って従う!」


「アラババ先生だって、ちょっと前まではガラクタ売りだったろ? 話しかたはヤブ医者先生に似てきたけど」


「…………残念だけど、集中できないとかえってひどくなるかもしれないから、オレもあきらめるしか……」


「わ、悪かったよ先生。もうなにも言わないし聞かないから、頼むよ」


「オレはずっと秘伝の技を隠れて修行していたし、このランプはたまたま精神集中に合っていたから使っているだけ」


「うん。なにも聞こえていない」



 オレは患者の足首から順にカニカマで探ったあと、どうでもいいガラクタをガチャガチャ鳴らしながら、ランプをさすってひそひそ話す。


「どうだカニカマ?」


「毒が体へ広がったあとだ。後遺症は避けられない。しかし私が処置をすれば、症状をいくらか抑えられる」


 さっそく治療をはじめてもらう。

 でもカニカマには任せられない重要な仕事が残っていた。

 患者への説明……これをまちがえると、とんでもないことになる。


 だんだんわかってきた。

 あのヤブ医者は、腕は最悪でもないのに、説明がひどすぎて損をしている。

 むしろあれほどクズでバカなのに病院がつぶれないってことは、腕だけはそれなりにまともなのかもしれない。


 オレは治療なら名医カニカマ様を頼れるし、カニカマに任せるしかない。

 でも患者のあつかいはオレが考えて、オレが工夫しないと、すぐにまずい事態へつながる……ニセ医者すら続けられない。

 つまり、ここからが勝負どころだ。


「お客さんよう、その小指はそこだけで毒が止まったらしいけど、何ヶ月も何年もかけてヘビ毒に苦しんだやつのことも、少しは知っているだろ?」


 鼻血の患者は黙ってうなずく。

 このあたりに住んでいれば、毒ヘビやサソリの被害は誰でも見聞きしている。


「手足が動きにくくなったり、腹や頭がおかしくなって、歯ぐきや小便から血が出て……お客さんの目も赤くなっているな?」


 オレは毒の診察なんかできないけど、父さんが死ぬ前の症状で関係ありそうなことを言って怖がらせておく。


「師匠の診たてどおり、もうぜんぶを元どおりに治すのは難しそうだ。でもオレの秘術なら、いくらか軽くできると思う。どれくらいうまくいくかはわからないけど、それでもやるか?」


「頼む、頼む」


 そりゃまあ、そう言うよな。

 医者先生らしく、ずるくて意地の悪い、患者の体を人質にとった取引だ。


 でもこういう説明が足りないと「本当はたいした毒ではなかった」みたいに、かんちがいされる危険もある。

 ましてカニカマが見事すぎる治療をしたら「やっぱり毒なんてウソだった」まで言われて、治療代を踏みたおされかねない。

 あるいは後遺症を半分に抑えても、今はたいしたことないから「ひどい処置で急に悪化した」とか、とんでもない誤解で逆うらみをされるかも。

 そうなったあとで「なにもしなければ、倍もひどくなっていた」と説明しても、納得してもらうのは難しい。

 あらかじめ患者が納得できるように、言いくるめておくことが大事だ。


 ガラクタを売る時のコツに似ている。

 ろくでもない品でも良い所を大げさに言って売りつけるけど、ひどすぎるウソやごまかしで怒らせたら、あとから殴られたり悪い評判が広まって損だ。

 むしろ悪い所もオレからうまく説明するほうが、値段に納得してくれることも多い。

 ひどいゴミならなおさら『自分の考えで選んだ』と客に思わせることが大事だ。


 ……この病院のオッサン先生は、そのあたりがとんでもなく下手で、たぶん腕よりも余計にヤブあつかいされている。

 まあ、性格がひどいから、みんなも余計に悪く言いたくなるせいもあるだろうけど。




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