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第7話 ヤブ医者の卵


 オレは翌日も仕事をさぼって、モルジャジャの家にいた。

 オレはだいぶ元気になっていたし、モルジャジャも看病は必要なくなっていたけど。

 カニカマに肉とか卵を食わせてみて、ランプから体をいろいろ出し入れしてもらって、できることとできないことを探った。


「やっぱりどうしても、人の肉じゃねえと調子が悪くなるのか……それだけは、どうにか考えねえとなあ?」


 もっと大事なことは、虫みたいな性格のカニカマとよく話し合っておくこと。

 突拍子もないことをさせないように、よく注意しておかないとまずそうだった。

 平気でろくでもないことを言い出すから。


「周囲の住宅から離れている民家を探してほしい」


「だめだ」


「十人までなら、大きな声を発する前に首を破壊しやすい。できれば五人以下が望ましい」


「だめだってば。人肉の調達は、しばらく考えたいから待ってくれ」


「一ヶ月以内が望ましい」


 黒ランプから花瓶の花みたいにカニカマの首と腕と触手だけがにょきにょきとのびて、組み合わさって小さな人型みたいに形を整え、子供が座っているような姿になる。

 とはいえ黒いカニとカマキリを合わせたような顔と肌なんだけど……モルジャジャも拍手しているとおり、異国風の美術品に見えなくもない。


「アラババ……私の立場も理解してほしい」


「うん? なるべくそうするよ。アンタは、その……遠い国から来た旅行客みたいなもんだろ? 親戚がひとりもいない中で、風習もまるでちがう連中を頼って生き抜くしかないんだから」


「それは……極めて有益な分析と評したい! 貴君は私の容器として性能が高い! 私も可能な限り、貴君と利益が一致するように人間を食したい!」


「やっぱりもっと話し合ったほうがよさそうだな」


 モルジャジャは「よかったねー」とか言いながらカニカマの頭をなでる……オレでもまだランプ以外の部分にさわるのは怖いのに。



 さらに翌日も休むつもりだったのに、妙な来客があった。


「ほらこれ! アタシの弟子! そうだな!?」


 猫背のヤブ医者オッサンは来るかもしれないと思っていたけど、いっしょに軍人がいた。

 まずい。盗賊の件か?

 でも捕まえるつもりなら、兵隊はふたり以上で来るはずだ。

 つけている階級章は……詳しくはわからないけど、いつもそのへんをうろついているやつらより、かなり上だ。

 なおさらひとりで来るわけがない。


「アタシは昔から、この小僧のめんどうをみて……そうだな!? これからも、いろいろ、教えてやるから……!」


 オッサン医者は軍人から見えない角度ではオレをにらみつけてくる。


『弟子にしてやるから、さっさと話を合わせろクソガキ』


 ……ということか。

 オレを弟子にすれば、よほどいいことがあるらしい。


『アンタには父さんを見殺しにされたうらみしかねーよ。ふざけんなクズ』


 ……と言うのは簡単だけど、よく考えたほうがよさそうだ。


「この前の事故での治療なら、オレが独学でようやく使えるようになった秘伝の技ですよ? 亡くなった父が異国の医学書を書き写して、残してくれていたんです」


 軍人がオッサン医者をにらみつける。

 長身でたくましくて、顔はタカのように鋭い。


「どういうことだ? 私は友人の妹君に代わって来訪している。それがウソをつかれて恥をかかされたとあっては……」


 わかってきた……事故でケガをした、白人の貴婦人の知り合いか?

 そのお礼が大きそうだから、オッサン医者は横取りするつもりで、急に師匠だと言いはじめたな?


「ち、ちがう! その医学書も、アタシが貸してやったもの! そうだな!? だからその書き写しだって、アタシのもの……どこ!?」


 オッサンはあせって汗だくだ。ざーまーみーろークソ医者ー。


「書き写しなら燃やしたんで、オレの頭の中にしかありませんよ」


 アンタの医学書なら、秘術も自分で使ってみやがれ!

 そんな本、はじめからないけどな!

 恥をかきまくって、牢屋にぶちこまれろ! オレの勝ちだ!


 などと油断しないのがオレだ!


「……でも『師匠』はそろそろオレに、いろんな技を教えてくれるつもりだったんだよな?」


 オッサン医者がぱちくりして、妙な間ができる。頭がにぶいな。早く察しろよ。


「そ……そう。そろそろ……弟子だから……」


 そう、医者の技を教えてくれるなら、今は助けてやる。


「さっそく明日から教えてくれるんだよな? なにせオレはまだ修行中の身なんで、あの秘術で治した傷にもしものことがあったら、師匠の技も知っておいたほうがよさそうだし!」


 残念ながら、半分は本当だ。

 なにせカニカマの治療が本当にだいじょうぶなのか、オレもいまだに確信はない。

 カニカマの『問題ない』はぜんぜんそうじゃないこともあったから。


 だからこのオッサンを巻きこんでおく。

 もし最悪の事態になっても、このオッサンがヤブ医者として『患者殺し』の罰からうまく逃げ続けた技に頼らせてもらう。

 ……父さんを見殺しにしたクソ医者だけど、オレが金持ちになるまではがまんだ。


「そう! この弟子はまだぜんぜん未熟! アタシがいないとあぶない! ほらね!? お礼はアタシだけに……」


 だからって調子にのりすぎんなよオッサン!?

 オレは軍人には見えない角度から、ゆがんだ笑顔でおどす。


「……いえ、アタシから、弟子に渡したい。とても、できのいい弟子……」



 軍人はオレに直接、金をくれた。

 あの程度の傷にしては、ずいぶんな額に思えたけど……ヤブ医者のねたんでいらつく態度がそれほど激しくないから、常識的な額なのか?


「私の友人は当初、弁当売りの娘のせいで馬が暴れたと怒っていたらしいな? しかし馬車にひかれた娘の身内である君が、代金もとらないで治療したことで、自分がラクダの手綱をまちがえたと認めやすくなったそうだ」


 おいおい……あの時にオレが治さなかったら、この治療代をもらえないどころか、馬車の修理代やほかの連中の治療代まで、オレたちにふっかけられていたのか?

 モルジャジャが言った『あっちの白人さんも治してあげたほうがよくない?』に助けられた。

 モルジャジャはたぶん、あの貴婦人が笑顔を向けてくれたから、気の毒に思って……優しさもたまには、こんな大きなもうけになるのか。


「三倍……いや五倍はいけた……アタシに話を合わせないから……」


 それにくらべてこのヤブ医者は……欲深い悪だくみが口からもれている。



 翌日からオレは、ヤブ医者の弟子になった。

 病院はオレの家みたいなボロ屋が何軒か寄せ集まったくらいの広さだ。

 ほかに三人いる助手と同じく、オレも掃除や雑用の下働きとしてこき使われるだけで、ほとんどなにも教えてもらえない。

 予想はしていたけどな。


 それでも数日、怒鳴られながら従うだけでも盗める技術は多かった。

 うつる病気かもしれない患者は離しておいたり、ケガはまず洗わせておいたり。

 どんなものでも、なるべく直接にはさわらないようにして、すぐに手洗い。

 自分の鼻と口を守るために、顔の下半分は布を巻いておく。


 患者同士や医者の間で病気や毒がうつってしまったら、治療とかいう以前の問題だ。

 オレは自分がずいぶん不用意に患者と接していたことに気がつく。

 名医カニカマ様を頼れるにしても、ニセ医者でかせぐためにはもっといろいろ知らないとまずいことがわかった。

 それなのに……


「アラババ先生! アンタが診てくれよ! ヤブ医者大先生じゃだめだ!」


 ……などと言う患者がどんどん増えた。というのも……


 あげパン売りの男の子が、売り歩きながらオレが町一番の名医だと言いまわっていた。

 その父親もどんどん回復して、いろいろ手伝えるようになってきたらしい。

 この町へ来た時よりも元気になった姿に、近所に住んでいた人たちも驚いて噂を広げている。


 白人の貴婦人は手の傷が驚くほど早くきれいに治ったとかで、手作りのアップルパイをオレの家へ届けてくれた。

 モルジャジャのケガのことまで気にしてくれて、上等な服の生地まで贈ってくれる。

 それらをえらい軍人さんが届けにくるものだから、目立たないわけがない。


 そしてなにより、あばら骨の折れていた鳥売りが、一ヶ月もしないで歩けるようになってしまった。

 折れた本人どころか、治したオレだって驚いている。

 そんなに早く治ってたまるか! でも治った。ごまかすのが大変だった。

 調子にのらないで『たまたま偶然』ということにしないとまずい。


「体質と秘術の相性、気温と地形と月齢がよくて、特にうまくいっただけらしいので」


 ……などと出まかせをならべて『同じことをやれ』と言われても逃げられる口実を作っておかないとまずい。

 調子のいい時に油断をするやつは、大きな失敗をやらかす。

 その点、師匠のヤブ医者オッサンはマヌケなほど考えなしで、むしろなんで今まで病院がつぶれなかったのか不思議になってきた。



「頼むよアラババ先生! ヤブ医者大先生に鼻をそぎ落とされたくない!」 


「いや、オレは修行中の身だし、ここは師匠の病院だし。師匠から教わっていないことを弟子のオレがやったらまずそうだし……そうでしょ師匠? 鼻血って、どうすりゃいいんです?」


 正解は『カニカマをつめこんで放置』だろうけど、いちいち秘術を使うのはまずい。

 黒ランプの秘密がばれないように、肝心な時だけにしないと。

 それになるべく自分は手を出さないようにして、師匠の技をおぼえたい。


「そんなことよりまず、患者のサイフを確かめるように教えたでしょ!? それと必要だったら、アタシは鼻もそぎ落としていいの! それはまだやったことないけど! やっても文句を言わない!」


 ……まあいちおう、参考にならないでもない。




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