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第6話 命ドロボウ


 ランプのふたの隙間から、指くらいに太い管が長くのびてくる。

 その先はカニみたいに眼がついていて、夜道をきょろきょろと見回した。


「その願いをかなえたいなら、人目につかない狭い路地へ入ってほしい」


 オレは言われたとおりに近くの路地へ入って、人通りがないほうへ向かう。

 盗賊たちの足音も駆けて追ってきていた。

 カニカマはやたらと冷静に話し続ける。


「百人以下なら問題ない。しかし私が相手の血肉を必要としていることも理解してほしい」


「え……殺すのか? で、でもオレの血が足りないなら、しかたねえか。あいつらに殺されそうなんだし…………ふぐぶっ!?」


 不意に物陰から大きな手に頭をつかまれ、星空へふりあげられたおのが見えた。

 腹を内臓ごとひっぱられたような感じもして、ランプからカニカマの首だけが飛び出し、ばかでかいムカデのように盗賊へ襲いかかる。

 一瞬に首を突き抜け、声と息の根をつぶしきった。


 まきちらされた鮮血へ何本もの管がはいずってすすりあげる。

 そんな感触までオレの下腹部へ伝えるのはやめてほしいと『願い』たくなったけど、ぜいたくを言える状況でもない。

 まだ仲間がいそうだった。

 死んでた。

 もうひとり、斧男の後ろに棍棒を手にしたノッポがいたけど、カニカマが斧男の首を突き抜けたところで目が合ったらしい。

 そのままそいつも口の中へ突撃されて、たぶん頭の骨まで砕かれて脳みそをずるずると吸われている。


 そこまで見えているわけではないけど、オレの腹へ伝わる感触で、なんとなく起きたことがわかってしまう。

 あとたぶん、カニカマがすごい元気になっている。

 ランプもどんどん重くなっているし、ビクンビクンふるえて熱くなっていて、こわい。

 オレの背後でガタリと物音がした。


「へっへえ小僧! 持ってるもんをぜんぶよこせば、命まではとらないでや……るお?」


 オレを追っていた大柄な盗賊のオッサンは得意げに鎌を見せびらかしてきたけど、仲間がふたりとも血まみれで白眼をむいて怪物に喰われている状況を理解するまでに、かなり時間がかかった。

 ようやく一歩さがって悲鳴をあげようとした時には、ランプから飛び出たカニカマの四本腕に逃げ道をふさがれていた。


「ふひぇえ……ぐぽぶふぉ!?」


 盗賊の鎌よりも凶悪な形をした鉤爪の群れが、一瞬に全身を解体する。

 オレはへたりこんで、異形の怪物が三人を食いつくすまで呆然と見ていた。

 わりと早く終わった。



 あちこちで犬がギャンギャン鳴いている。そりゃそうだ。

 こんなに物騒な、はらわたや脳みそまで混じった血のにおいを大量にばらまいていたら……


「なるべく壁とかの血も消せるか?」


「同意する。私も補給は無駄にしたくない……アラババの服もしゃぶってかまわないか?」


「いやだけど、頼む」


 オレの服もあちこち血まみれになっていたので、少しでも落としておかないと。

 でも誰かが来るような気配はない。

 おかしな物音に気がついたとしても、巻きこまれて盗賊に襲われることをこわがって、家の中に閉じこもっているのか?


 オレはカニカマがしゃぶりつくした盗賊たちの衣服や持ち物をまとめて抱え、さっさと立ち去る。

 こわさで足がふるえて、疲れもひどくて、うまく歩けない。

 それでも町はずれまで行って、盗賊たちの持ち物を埋めてから帰った。

 サイフから金だけは抜き取ったけど、ろくに入ってなかった。



 家に帰ってから真鍮しんちゅうの灯油ランプに火をつけ、自分の衣服をたしかめる……これも捨てないとまずそうだ。血の染みが抜けきっていない。

 洗うだけ洗って、桶に入れておく。

 カニカマさえうまく使えたら、服代くらいはすぐに稼げるはずだ。

 そうなる前に、人殺しを疑われて兵隊に目をつけられるほうがまずい。


 着替えてから、隣の家を訪ねてモルジャジャの様子をたしかめる。

 まだ腕は痛むらしいけど、大ケガだったわりには元気そうだ。

 おばさんが夕飯の残りのスープをくれたのは助かった。

 客からもらった揚げパンを四つも食べたのに、まだやたらと腹がすいていたし、メシの用意をする元気もなかった。


 おばさんが台所へ立ったすきに、こっそりモルジャジャと話す。


「カニカマのこと、誰かに言ったか?」


 すぐに首をふった。


「さすがオレの相棒だ。肝心なところは勘がよくて助かる」


「いつもするどいよー。んへへ~」


 そう笑う顔と声はマヌケだが。


「とにかく、くわしくは明日」



 翌朝、目がさめると手足や頭がずっしりと重かった。だるい。しんどい。

 黒ランプは腹にくっついたままで、寝ている間だけ腹の皮を引き延ばして毛布から出ていてくれたけど、オレが起きるなりモソモソともぐりこんできて、ぴったりとくっついてくる。重い。

 起き上がるのが、きつい。

 壁を頼りに、となりの家へ。


「おばさん。オレも少し調子が悪いから、モルジャジャの看病ついでに休んでおくよ。みんなにもそう言っておいてくれる?」


「ずいぶん顔色が悪いけど、病院へ行かなくてだいじょうぶ?」


「そ、それは問題ない」


 カニカマがそう言っていた……なんて言えないけど。


「少しはりきりすぎただけ。でもかなり稼げたから、体にいい食いもんを買ってきてくれると助かる。肉とか卵とか」


 昨日のニセ医者で稼いだ金がかなり残っていたから渡しておいた。



 おばさんが弁当売りと仕入れに出かけて、オレはモルジャジャと留守番に残る。


「にっちゃとふたりきり~。んへへ~」


「おとなしく寝ていろ。オレの指くらい深く傷が開いていたんだから」


「そんなに? そではひどいことになってたけど」


「カニカマ、モルジャジャの具合を診てくれるか? どれくらいで治りそうだ?」


 黒ランプをなでると、ふたのすき間から紐のような触手がするすると伸びてモルジャジャの毛布へもぐりこむ。

 もぞもぞとうごめきながらはいまわって、モルジャジャは「うーわー」と嫌そうにこわばった苦笑でがまんしていた。


「順調だ。激しい運動をしなければ問題ない。安静にしていれば数日で痛みもひく。激しい運動をしても悪化まではしにくいはずだ」


「そうか……ずいぶん早いな? あとはなるべく、傷あとが残らないといいけど……うん……」


 ようやくひと安心したら、昨晩の、あとかたも残らなくなった三人の盗賊を思い出してしまう。

 恐怖と苦悶の顔……ばらばらにされた手足とはらわた……


「にっちゃ? だいじょうぶ?」


 オレのほうが逆に、モルジャジャに心配されて手をにぎられていた。



 なにをどこまで話していいものか、かなり迷った。

 だけどモルジャジャにだけは、昨日のことを正直に伝えることにした。

 とはいえ、見たとおりにくわしく説明したら何日も悪夢にうなされそうだから、なるべくかいつまんで。


「うーわー」


 それでもそう言うよな。


「三人も食べたのに、そんなに小さくおさまるのー?」


 気になるのはそこかよ?


「水分の噴出と栄養の消化に数分ほど待ってもらえれば、私の肉体は整理しやすい」


「んー。よくわからないけど、にっちゃとアタシを助けてくれてありがとー」


 モルジャジャが仕事仲間でよかった。

 この世でモルジャジャ以外の人間が、ここまで早くカニカマに慣れるとは思えない。

 ……いや、おばさんも油断はできないけど。

 あの人はときどきモルジャジャのななめ上をいく。



 夕方になって、おばさんが帰ってくる。

 丸ごとのニワトリとカゴいっぱいの卵を抱えていて、料理までしてくれた。


「カニカマっておいしいの?」


 おばさんから突然に聞かれて、オレたちは絶句する。

 モルジャジャは『カニカマのことは話してない』と言いたげに首をふった。


「お、おばさん、その名前はどこで聞いたの?」


「モルジャジャが寝言で……『食べちゃだめ』とかなんとか」


「あ……ああ。なんだそうか。でもそれは…………昨日、中国人に教えてもらった妖精の名前なんだよ。むやみに名前を呼ばなければ幸せを運んでくれるらしいから、誰にも言わないでくれる?」


 オレはどうにか出まかせをならべて、モルジャジャはこっそり黒ランプをなでる。


「だいじょうぶだよー。食べたりしないよー」


 そういえばこのランプ、鍋に見えなくもないな?



 うまいもんを腹いっぱいに食べて、自分の家へ帰って、寒くて暗い寝床にもぐると……またあいつらのことを思い出してしまう。

 斧、棍棒、鎌……あの盗賊たちは服装からしても、普段は別の仕事をしているか、最近まで別の仕事をしていた気がする。

 たぶん、食えなくなって盗みをはじめたんだ。

 持ち物に金目のものはなくて、サイフの中身もしょぼくて……

 結局はオレのほうが、あいつらからなにもかもぶんどったのか。


 たしか『命まではとらない』とか言ってたけど、オレは命まで……墓に埋める骨すら残さず、カニカマのエサにした。

 そういえばカニカマは『月に三体以上が望ましい』とか言っていたから、今月はもうだいじょうぶ……なんて安心したら、まるきり殺人鬼じゃねえか。


 襲ってきた盗賊が悪いのだけど、三人もの命を盗むなんて、オレのほうが悪魔に近いのか?

 いや、あいつらはオレがぜんぶ渡したって殺したかもしれないし、今までにも人をたくさん殺していたかもしれない。

 それなら悪魔に食わせてもいい連中だろ……だよな?


 それにあのヤブ医者のほうが、もっと多くの人を殺してそうだ。

 王様なんて『こうしないと国が滅びる』とかの出まかせで税金をぼったくり続けて、みんなを貧しさで殺しまくっているから、悪魔の中の悪魔だ。

 オレはただ、自分が殺されそうだったから、カニカマにお願いしただけ。


 ……やめよう。眠る前にこんなこと考えるの。

 おばさんの鳥鍋と卵料理、すごいうまかった。いくらでも食えた。


 ……あの盗賊たちにも、死ぬ前にひと口くらいは食わせてやりたかったな。

 もしオレが運悪く商売に失敗していて、あいつらより早く盗賊になって殺される人生だったとしたら。死ぬ前にひと口くらい、うまいもんを食いたいよな……

 せめて自分の骨くらいは、おばさんとモルジャジャに届けてほしい。


 ……考えるな。こんなこと、今は考えるな。金持ちになるまでは考えるな。

 そうしないと稼げない。生きていけない。

 死んだら終わりだろ……だよな?




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