第5話 ニセ医者とヤブ医者
「くそっ、あのオッサン、患者をたくさん殺しているヤブ医者のくせに、オレをインチキ呼ばわりしやがって……」
いや、オレはインチキで医者のふりをしているだけのガラクタ売りだけど、カニカマはちゃんと治療しているからな?
「ほら! 本当は治療なんかしていないから、風呂敷や日よけで隠している!」
そうわめくヤブ医者に引っぱられて来た白人男は気乗りしない様子だ。
そりゃそうだ。オレも怒鳴り返しておく。
「あの馬車のご婦人は、指をケガしただけだ! なにも知らないくせに、死ぬかもしれないなんて出まかせを言うほうがインチキだろうがヤブ医者!」
白人男もバカらしくなってきたのか、足を止めた。
「ほら! あの小僧はなにも知らない! 小さな傷でも入る汚れや毒によっては、死ぬまで悪化することも知らないシロウトです! どんな危ないインチキ治療をしたかもわからない!」
しまった。ヤブ医者でも医者か。白人男も不安そうな顔になって、ふたたび近づいてくる……まずい。まずい。
オレは男の子へナイフをあずける。
「この秘術を途中で止めたら、助からなくなる! 誰も近づけるな!」
男の子はすぐに刃を抜いて、ヤブ医者と白人をにらみつけた。
「この人はご婦人をちゃんと治した! もっと重傷だった人たちも助けたと聞いたぞ!」
いい子だ。男の子の勢いに圧されて、オッサン医者は足を止める。
白人男は眉をしかめてなにか考えていたけど、ヤブ医者の手をふり払って引き返しはじめた。
「待って!? インチキです! たしかめればすぐ……うう!?」
オッサン医者がまだわめいて近づこうとしたので、男の子はナイフの先を向けておどす。
白人男は遠ざかり、オッサン医者もくやしげに引き返しはじめる。
やった! 勝った!
ここで油断しないのがオレだ!
なにかがうまくいった時、特にうまくいきすぎた時は、絶対に油断したらだめだ。
もっといいことを見逃すかもしれない。
すべてを台無しにするまずいことまで見逃すかもしれない。
オレの父さんが毒ヘビにかまれた日だって、朝から稼ぎが良かったから、体調の悪さに気がつくのが遅れた。
父さんの師匠だったクソジジイがいい話を持って来たあとは、必ずひどいことが待っていた。
今日だって、カニカマとのつきあいかたをほんの少しまちがえていたら、オレは死んでいたかもしれない……今でもまだぜんぜん安心できないし。
よく考えろ。あのヤブ医者をこのまま帰して、いいこと、悪いこと……
あのオッサンはまだオレのインチキを暴こうとして、誰かを呼んでくるかもしれない。
「おい待て、オッサン先生!」
下手すると兵隊とか……いや、オレの治療を見ていた連中のほうが、金になると思って秘密を知りたがりそうだ。
オレがガラクタ売りだと知っているやつらなら、なおさらだ。
そんな連中をたくさん集められるほうが、よほどめんどうになるかもしれない。
……ほら、思ったよりも悪い状況のままだ。気がつけてよかった。
というかすごくやばい。
でもいいことも……あるか? そんなの…………あ。
「……オレを弟子にしてくれ!」
オッサン医者が『はあ!? 寝言は寝てから言って!?』みたいな顔をしたけど、言葉には出さないで足を止めたから、脈はある。
「オレはまだ秘術の修行中だから、知らないことも多い」
ヤブ医者だろうと、医者のやりかたはいろいろ学べそうだ。
そうなれば、カニカマをもっとうまく使えるようになる。
「秘伝の技は誰にも教えられない。でも助手に雇ってくれたら、アンタが治せない患者でも、オレが代わりに治せるかもしれない」
オッサン医者はだまったまま、いらついた様子でまゆげを動かし続けている。
たぶん『ガラクタ売りの小僧なんかに医者の技を盗まれてたまるか』とか思っている。
でも『もし秘術とやらが本当なら、奪ってかせげるかもしれない。インチキならそれをばらして商売がたきをつぶせる』とかも考えるはずだ。
オッサン医者はなにも言わないで立ち去った。
あの様子だと『本当かどうか、もう少し聞きまわって確認してみよう』とか考えているか?
でもオッサン自身が秘術を手に入れることも考えはじめたら『ほかのやつにまで知られたら損だ』とも思うはずだ。
いろいろと聞きまわって『あいつはインチキだ』とか言いふらすかもしれないけど、みんなを呼び集めることはなくなる。
これで本当に、失敗を遠ざけて、成功に近づいた!
……だけどオレはまだ、カニカマについて知らないことが多すぎる。
すべてを台無しにする問題がまだどれだけひそんでいるか、油断はできない。
日暮れが近づいてきたので、まだラクダが行き来している内に、顔見知りの家具売りの荷台へ患者といっしょに乗せてもらった。
カニカマによれば『虫はすべて処理したが、傷だらけの内臓をつなぎ合わせるためにもう少し時間がかかる』とか。
それでもあげパン売りの親父は意識がもどって、痛みもだいぶ軽くなったらしい。
どうにか板へのせて動かし、家まで送れた。
治療を終えて外へ出ると、すっかり夜になっていた。
月は細く、道は暗くて人通りもない。
オレは血を使われすぎてひどく疲れ、足を引きずるように歩く。
「なあカニカマ。なんで人間の血でないとだめなんだ? それも内臓や脳なんて……うまいのか?」
「私の体は、調整を人体に依存している。いわば命をつなぐ薬として、人間の内臓や脳を必要としている。理解してほしい。風味も良い」
「生きるために必要なら、しかたねえか……」
でも食わせていい脳みそなんて、どこにあるんだよ?
金持ちになる願いだけかなえてもらって、人を殺さないで済む方法はないのか?
……ガラクタを安く買って高く売るみたいに、取引相手の考えをよく探らないと。
「アンタは三年たったらどうするんだ? もっと長くオレと組めないのか?」
「三年が限界となる。私はそれまでに故郷へ帰らねば、致命的に体調を崩す。理解してほしい」
「それも生きるために必要なことだったのか……というか故郷があったのか。虫の国とか? どこにあるんだ? なんで国を出たんだ?」
「アラババ……私は貴君に感謝し、期待もしている。しかしまだ故郷について話せるほど安全な協力者か、確証を持てないでいる。理解してほしい」
「あ……ああ。まだ言いにくいことなら、話さなくてもかまわねえさ。国の外に知られちゃまずい秘密は、職人芸とか伝統儀式とかでも多いからな」
「貴君との関係は、これまでの協力者よりも望ましい形で発達している。このまま継続させてほしい」
オレの前にも『殺戮虫』なんて呼んでいた持ち主がいるんだよな……そいつはどうなったんだ?
気になるけど、今はそちらも後まわしだ。カニカマの機嫌をそこねたくない。
「まあ、アンタの故郷は虫みたいに地面の中で、地上には嫁探しへ出てきたとでも思っておくさ」
「アラババ…………貴君との関係を終わらせたくない。その推測は口外しないでほしい」
やばい!? うっかり当てちまったか!? オレを終わらせるな頼む!
「わ、わかった。誰にも言わねえし、もうしばらく、この手の話はやめよう」
カニカマと話を終えると、ふと誰かが後をつけている気配がした。
はじめはヤブ医者オッサンかと思ったけど、もっと大柄で、ひとりでもないらしい。
オレはそっと早足になる……まちがいなく、オレを追っている。
うっかり油断していた。オレの治療を見聞きしたら、治療代か、秘術のタネをぶんどりに来るやつがいてもおかしくない!
「そういや最近、盗賊が増えているって……くそ! せっかく運が向いてきたのに!」
「アラババの脈が乱れている。貴君が危険な場合は、なるべく早く状況と願いを伝えてほしい」
そうだ。カニカマに頼めば……
「やばそうなやつらに追われている。あいつらが襲ってきたら、やっつけてくれ……でもオレの体力、そんなにもつのか?」
足はふらついているし、頭もぼやけてきた!




