第28話 王様で盗賊で病毒で害虫で
王様の肖像画は何度か印刷物で見たことがあるけど、その印象よりも小柄で、顔も体もたるんでいた。
それにもうすぐ六十歳のはずだけど、どことなくまだ四十代か、下手すると三十代にも見える。
ペテン師クソジジイも同じような年だけど、八十代か、少なくとも七十代に見えるのに、えらいちがいだ。
でもどっちも嫌な年のとりかたに思えてしまう。
身を守るためか、大きな座椅子は舞台のような壇上にあって、かがめばすぐに隠れられる金属製のついたてもあった。
カーテンまで落とせば銃の狙いもつけられなくなりそうだ。
さらには四十人の兵隊がいつでも肉壁になれるように、周囲へひしめいている。
王様は座ってオレを見下ろしたまま、あごで返事をうながした。
「お招きいただいて光栄です陛下。それで、オレは……」
口上は途中でさえぎられる。
「うんまあ、そんなにあらたまった用事ではないからね!? 楽にしていいよ! んふは! 君さあ、なんだかすごい魔術を使うらしいね!?」
「おそれいります。オレなんかがどれだけ陛下のお役に立てるかはわかりませんが、よろしければさっそく……」
オレがゆっくり手を懐へ近づけた瞬間、兵隊が一斉に銃口を向けてきた。
オレが石のように固まっていると、肉壁の向こうから王様の声がする。
「あ~、それなんだけどねえ? 正体のわからない魔術なんて、城の中で使ったらまずくないかねえ? まずいよねえ?」
「しっ……失礼しました!」
話すには不便な遠さだったけど、王様の冷たいニヤニヤ笑いはよく見えた。
ずいぶん間があってから、王様の手ぶりで銃口が下ろされる。
「うん。でもまあ、君は、ぼくの役に立ちたいと思ってくれるんだねえ? それって、なにができるのかなあ?」
「ほかのどの医者にも治せないような患者でも、治せることがあります」
「あー、そんなこともできるんだ? でもそれって、魔術で病気にさせて、魔術で治しているだけ……なんてイタズラもできそうだね?」
たぶんできます。やりたくなったことも何度かあります。
でも求められている返事はそんなことではなさそう。
「ぼくの父がさあ、前の国王なんだけど……君くらい若い子だと知らないかなあ? いや、本人は必死で『国王ではなく首相』なんて言いはっていたけど。ぼくはそんな呼びかただけで白人たちと仲良くなれるとは、思えないんだよねえ?」
なんの話がはじまった?
「結局は武器が足りないと、国をとられちゃうでしょ? それなのに白人の使い古し商品を割高で買うだけなんて、いつまでたっても軍備で追いつけないよね? もっといい武器……ない?」
「どんな武器が、ありますかねえ?」
すっとぼけて探るのも命がけだ。
「この国が独立した時に使った『殺戮虫』とか……あの威力はもっと活用しないと、国が滅びるかもしれないのにねえ? 誰かが勝手に持ち出したらしくて、困っているんだよ!」
「そうなりますと、オレにはなにができますかね?」
ついにカニカマの昔の名前が出てきたけど、オレはまだぎりぎりとぼける。
「ぼくの悪口を言ったやつらは、みんな殺してきて! できそう!?」
どんどん態度が威圧的になっているけど……オレがとぼけ続けているわりには、意外と怒り出さないな? どういうことだ? もう一声、いっておくべきか?
「それには、どのような手段がよろしいですかね?」
「少し難しすぎたかな? それなら無理はしなくていいけど」
無感情な声音と表情からすると『そろそろ殺す』という意味かもしれない。
オレの動揺を腹ごしに感じているカニカマが、命令を待つように、あるいは落ち着かせるように、ランプの中をゆっくりと左右にうごめく。
「オレの秘術をそのように使うには、たくさんの新鮮な人体が必要となってしまうので……」
「ああ、それは知っている。問題ないよ。ぼくの敵が消えて、役立たずの貧乏人も減るなら、むしろすっきり」
だめだこいつ。この国はもう滅びるしかねえ。
……などと決めつけるな。
怒りがひどい時ほど、そんな自分はとりあえずサイフへつっこんだつもりで、今この状況に必要な、別の顔をした自分をとりだす。
「それで安心しました。それほどのご助力をいただけるなら、ずいぶんやりやすいので」
悪魔の手先にふさわしい笑顔になると、悪魔の考えもわかってきた。
王様はオレの話を引き出そうとしている。
もしかすると『殺戮虫』の名前を知っていても、使いかたまでは詳しくないのか?
「どのあたりから手をつけましょうか? 指示をいただけると助かります」
忠実な手下のふりをしながら、もう少し探りたい。
「そうだね……まずは、悪だくみをしているご老人に心当たりはないかなあ? 貧乏人をうじゃうじゃ集めて、ろくでもないことをふきこんでそうな……」
「もしやガラクタ売りの老人のことでしたら、最初の仕事としては最高の相手ですよ! オレの病院にまで押しかけて、王様の悪口を言いながら金をせびろうとしやがるペテン師なんで、ひどい迷惑でした! いつやります!?」
ごく自然に熱の入った返答をしていた。
「うん……それと、ぼくの子に、勉強熱心な子がいてねえ? 愛人の子だけど、ずいぶん目をかけてあげたのにねえ? ペテン師とか、外国の悪い友だちとつき合いすぎたのか、この国に迷惑な遊びを広めているようでねえ?」
迷惑な政治で国を滅ぼしかけているのはアンタだろうが!?
などと叫ぶわけにもいかない。
「もしや、ネコの治療をオレに頼んでくださった隊長様ですか? ずいぶんと仕事ができて顔が広く、人望も厚いようでしたが、それは残念ですねえ……」
遠まわしに『殺したらもったいない』とだけ伝えて、仕事は断らない。
「ではさっそく、まずペテン師のほうから用意を進めますので……」
とか言いつつ実行だけは引き延ばして、どうにかハンサム王子やクソジジイの手助けをして、王様の気が変わるようにうながす……もしくは、城の中にもっと味方を増やして……
「いや、それよりまず、人から盗んだものは返したほうがいいよね?」
アンタが『国のため』とかウソをついてぶんどった税金のこと?
「君がどうやって手に入れたのかは知らないけど、その『魔法のランプ』はぼくの父のもので、つまり本来はぼくのものでさあ? それを貧乏人の小僧が半年もしないで使いこなせているとわかれば十分なんだよねえ!?」
王様は立ち上がり、ゆがんだ笑顔を浮かべる。
「んふっはあ! 必要なものは『新鮮な人体』だっけ!? それだけで無学なガラクタ売りにも扱えるものなら、あとは城の学者たちに調べさせれば済む! 邪魔者を何百人もの消せるなら、役立たずの貧乏人を何千人でも何万人でも殺して使いこなしてやるさ!」
前の王様も、こんなクズ息子のことは信用できないから、兵器の正体を隠しておいたのでは?
兵隊たちがふたたび一斉に銃口を向けてくる。
王様と同じ冷えたニヤニヤ笑いと、ごてごてつけた勲章。
どう返すか、よく考えろ、オレ。
マヌケな悪魔はいろいろとヒントを出してくれていた。
まずは……全力ではいつくばって泣きわめく!
「あひいい!? どうかお許しください~! なんでも協力します! まさか盗まれたものだなんて知らなかったんです~う!」
全力で情けない顔と声になり、ランプをとりだすためにあわてたふりで、水袋の栓を開けておいた。
貧乏人のみじめったらしい泣き叫びはようやくクズ王様のお気に召したようで、得意げに下卑た笑いを拝ませてくれる。
「へっへえ小僧! 知ってる情報をぜんぶよこせば、好きな死にかたを選ばせてや……るお?」
真黒い鉤爪の四本腕が飛び出し、兵隊たちが驚いているすきに、オレはモルジャジャを抱きかかえた。
王様は『殺戮虫』という名の兵器が『ランプ』に入っていることは知っていたけど、虫の正体が自分から使いかたを教えてくれる変てこ巨大怪物とは知らなかった!
カニカマは水袋を次々と切り裂いて浴び、みるみる異形の巨人姿へふくらみながら、オレをモルジャジャごと尾でひょいと持ち上げて背に乗せる。
次の瞬間には暴走馬車の勢いで突っこみ、兵隊たちの銃は腕ごと斬り飛ばされ、次々と壁やシャンデリアに血を塗りつけて転がった。
暴発も含めて銃声がいくつか響いたけど、カニカマの腕と頭に当たった弾は少しへこみをつけて煙を残しただけ。
「あひぇいえええ~え!?」
今度は王様と兵隊たちが情けない悲鳴を合唱した。
おれはいちおう取引を提案しておく。
「銃を捨ててふせろ! そうすれば命まではとらない!」
でも王様と、その近くにいた司令官たちは「戦え!」「早く始末しろ!」と怒鳴り続けるばかり。
顔も王様と似ているから、息子や兄弟か?
しまいには「足どめしておけ!」と兵隊たちを突き飛ばして逃げはじめた。
王様と司令官たちが奥へ逃げこんだところで、壇上へカーテンついでに鉄の壁が降ってきて激突の轟音をあげる。
いくつかの銃眼まで空けられていて、王様の声が聞こえた。
「このしかけは、このためだった!? 毒虫の群れや、虫食いの伝染病にさせた人間たちを防ぐためでなく……あの怪物のため!?」
鉄壁につぶされて兵隊の銃がひとつと胴体がふたつ、断ち切られていた。
とり残された兵隊たちは逃げまどいながら銃を向け、片腕を失ってもサーベルを使おうとするやつまでいたけど、子供にちぎられるカマキリのように次々と解体されてしまう。
鉄壁ごしにクズの王様があわてた様子で抗議していた。
「待ちたまえ! ガラクタ売りくんを誤解させたなら残念に思う! でもぼくは始末しろと言っただけで殺せとは言ってない!」
「だったらまず武器を下げさせろよ!?」
刻まれ食われる兵隊の中には「父さん助けて!」とか「開けろ兄さん!」と叫ぶやつも多かった。
「ですから、その、まずそちらが、その怪物を消してくださいよ!? エサが必要なら身分の低い順にすればいいでしょう!? ていねいに誠実な話し合いを重ねたいと思います!」
王様は鉄壁の向こうにこもったまま、兵隊を止める指示は出さない。
オレはどうにか少しでも落としどころを探したいのに、人喰いの怪物虫より人間の言葉が通じねえ。
もちろん、そんないかれたクズに取引を期待しているだけじゃ命がいくつあっても足りないから、オレは話しながらも周囲の様子を見まわしていた。
「カニカマ、前の王様がアンタの対策を用意していたことが気になる。今も時間を稼いでなにか準備してそうじゃねえか?」
「アラババさん、私も同じように推測する。あの鉄壁だけでなく、この広間全体が、私でもすぐには壊せない強度になっている。脱出を優先させたい」
王様は身内の悲鳴と断末魔が飛び交う中へ、楽しそうな声をもらした。
「んへっははひゃ……! 話している……その怪物、話せるのか!? すごい……そういうことだったのか! クソ親父め! あいつが腰抜けだったばかりに! こんなことに……あんな、すごいものを……ああ、そうだ……」
声が変に落ち着いてきたと思ったら、さらに明るい大声が聞こえてきた。
「おい怪物! ぼくだったら、いくらでも新鮮な人肉を喰わせてやる! 若い娘でも、妊婦でも! 百人か!? 千人か!? 同じだけぼくの敵も喰い殺してくれるなら、いくらでもやる! だから命令に従え! そのガキを殺せ! 喰い殺せ!」
自分を王様だと思いこんでいる悪魔のような、虫ケラのような、ゴミクズが嬉々とわめく。




