第15話 怪しい壺
カニカマとよく似た黒い壺だと……?
まさかカニカマの嫁さん候補か? 腹の虫もそわそわとうねっている。
「それは少し気になる……午後もしばらくはオッサン先生に診察を頼んでもいいかな?」
「アンタどうせ秘術なしの診察なんてまともにできないでしょ!? 早く行って! それでもし秘術に使える壺ならアタシに譲って! 使いかたも教えて!」
……この病院がつぶれなかった理由のひとつは、あのオッサンがどれだけクズ
でバカでも、考えていることがわかりやすくて安心できるせいもあるか?
たまに正直すぎて怖くなるけど。
噂を持ってきたのはあげパン売りの男の子で、案内までしてくれた。
オレが名医という評判をあちこちで広げてくれているし、使えるやつだ。
「この礼に、治療費の払いが苦しい時は少しくらい待つからな?」
「だいじょうぶです。父からも、なにがあっても遅れては恩義に欠くと言われました。……あの店です!」
店というか、路上にござを敷いて古い皿や花びんを並べているだけ。
でも近づくまでそれがわからないくらいに人だかりができていた。
客ではない野次馬まで勝手に口論して値段を上下させている。
「これだけで秘術を使えるわけではないだろ!? 修行がどれだけ必要かもわからないのに高すぎる!」
「これさえあれば死んだ人間が生き返ることだってあるのに安すぎる!」
店主の若い男はとまどっていたけど、とりあえず値段は少しずつ上がっているらしくて、仕入れ元などはのらくらとごまかしつつ様子見をしていた。
オレはあげパン売りの子を仕事へ返してから、モルジャジャとこそこそ話す。
「まずいな……あれがもしカニカマの探しているメスだとしても、競り落とすのは大変そうだ」
「にっちゃ、オスだったらカニカマの友だちにできるのかな?」
「そういやオスかもしれないのか……いや、どっちにしろ大問題だ。他人に渡って秘術のネタがばれたら、オレの金もうけが台無しになる!」
そしてオレもすぐに見つかって輪の中へ引きずりこまれた。
「ほら見ろ! アラババ先生まで病院から飛んで来たほど、たしかな品だ!」
「アラババ先生から値段をつけろよ! ちゃんと理由と使いかたも説明しろ!」
みんな勝手なことを言っているけど、オレはとりあえず品物を見る……慎重に、興味は薄そうに。
でもこの程度の演技は見慣れている連中に囲まれているので、いろいろとやりづらい。
あらかじめカニカマといろいろ合図を決めておいてよかった。
「この壺が……オレのランプと同じような品だと?」
カニカマは自分の仲間なら、においでわかるらしい。
答が『はい』なら『ズルッ、ズルッ、ズルッ』と速めに三回ずつ内臓をなでる。
答が『いいえ』なら『ズルル~、ズルル~』と遅めに二回ずつ。
でもカニカマの返答はなぜか『ズル…………ズル…………』と弱く一回ずつ……これは『待って』の合図だ。いきなりどうした?
「アラババ先生! もったいつけんなよ!」
「待ちなって。持ってみないと良さなんてわからないのが骨董の常識だろ?」
見た目だけでも奇怪な品だとわかるけど。
ふたと取っ手のついた蜜壺に似ているけど、取っ手の代わりに短い注ぎ口がふたつある。
人の頭ほどに大きい球形なこともあって、使いやすいとは思えない。
店主は迷っていたけど、客たちにどやされて品物を渡してくる。
軽い。カニカマとちがって中身がなさそうな……たしかに似たような黒い材質だけど、少し色つやが悪いし、手ざわりもしっくりこない……でも似ている。
不便そうなわりに大きな球形はしっかり安定しているし、仕上げがやたらきれいなのに、底までつるんとマヌケに平らですべりやすそうとか……能力のわりに感覚がずれているちぐはぐさで、カニカマの仲間じみている。
などと本業の古物商にもどっている場合ではない!
そでに隠して、カニカマの触手をオレの指先まで伸ばしておいた。
触れたらより正確に同種族のことがわかるらしい。
それなのにカニカマは返事をしないまま……だったら質問を変えてみるか?
「これが秘術に使えるか? そうだな……」
すぐに『ズルル~、ズルル~』と『いいえ』の合図が届いた。
「……まあ、無理だろうな。たしかにどこかオレのランプと似ているけど、とても向いているとは思えない。それより医学書とか香油はないのかよ? 秘術に使えそうなものが売られているって聞いてきたのに」
そんなものは扱っていないガラクタ売りだとわかっているけど、ランプは秘術と関係が薄いように思わせておきたい。
「おいアラババ先生、そんなこと言って後で安く買い取るつもりだろう!? それに店主てめえ! よくも秘術の品だなんてだましやがったな!?」
疑うならどちらか片方にしろよ。
でもこの店主はどこからこの壺を仕入れたんだ?
「私はだましてない! 秘術に使えるなんて一度も言ってない! 使えるかもしれないから、使えないとは言わなかっただけだ!」
よく考えろオレ……いろいろ難しいけど、三秒以内に。
「おい別に、オレは悪い品だなんて言ってないだろ? 使い勝手は悪そうだけど、飾っておくぶんにはおもしろそうだ。急いで買いたいような品物ではないけど……店主さん、仕入先はどこだよ? 教えてくれるなら値段は少し高めにつける」
「その……家で祖母が使ってたんだよ。私はアンタのランプの噂を聞いて、色や質感が似ている気がして、高く売れるかと思って……」
「ふ~ん? 売れ残りをゴミ入れにでも使ってたような顔だな……いや別に、それでもかまわねえけど。もしまた売れ残ったら、これくらいなら出してもいいから、持ってきてくれよ」
みんなが言い合っていた値段よりはずっと安く、でも『不便な壺』にしてはかなり高い金額を見せて、さっさと輪を離れる。
あまり興味を持たれたらまずいけど、これからも似たような品物が出てくるかもしれない。
もしカニカマの仲間をほかの誰かが手に入れた時にも、オレの耳へ噂が入る程度の値段にしておいた。
カニカマが返事を迷った理由も気になる。
オレが離れた途端、店から客や野次馬はどんどん減って、値段もどんどん下がって、それでもまだ『不便な壺』はオレが見せた値段より少し高いあたりで何人かが言い合いを続けていた。
オレはモルジャジャと近くの茶売り店へ寄り道して、甘い茶を飲みながら首元の管とコソコソ話す。
「おいカニカマ。あの壺はやっぱり、アンタの仲間と関係あったのか?」
「同種族の死体だ。貴君の頭蓋骨だけ残って、中身がない状態と考えてほしい」
「なるほど。それで『同種かどうか』は答えないでおいて『秘術には使えない』には即答したわけか。色や手ざわりが悪かったのも、死んでいるせいか?」
「それも少しは影響するかもしれないが、死後の扱いの悪さや、生前の食生活の悪さも大きそうだ」
「それで……あれは手に入れなくてよかったのか?」
「問題ない。我々は同種族も丸ごと食用にするが、あの部分だけでは、貴君らがニワトリの頭骨だけを食べる労力に近い」
オレは仲間を墓に埋めたりしたいか確認したつもりが、思った以上に風習のちがいが大きかった。
「なあ、カニカマの仲間は地上にどれくらいうろついてんだよ?」
「私も把握していないが、故郷へ帰るたびに数は激減している。この千年ほどは地上から帰郷できる同種族の数が極端に減り続けている」
「それならなおさら、仲間は大事だよな?」
「減った数だけ保育施設の空きができる。自身の子孫を残す上では好ましい」
「虫らしい発想だな……と思ったけど、いい土地のぶんどり合いは人間も続けてきたか。というか殺し合いまでしょっちゅうだ。そうなると王様が貧乏人をぶち殺して税金をぶんどるのも、動物としては自然なのか?」
「手段としてはありふれているが、それでは共生関係の効率が悪い。そのため人間は『国家』や『国民の権利』といった社会制度を発明したと推察できる。貴君の言いかたならば、誰もが好きなようにぶっ殺しあいを続けたら、国という群れは繁盛しなくなる」
そうなると……この国の王様が虫ケラなみってだけか。
昼は病院にこもっている時間が長くなったせいか、市場のにぎわいは少し遠く感じるけど……虫ケラもどきに支配されている国のみんなは、だんだん顔がすさんできているかもしれない。
でも茶を飲んでいるオレのことを見かけて、焼き菓子をくれるおばあさんがいた。旦那の治療費を半分ツケにした礼らしい。
父娘づれの石鹸売りからは欠けのある品をひとつ包んでもらえた。
オッサン先生から言われた通りの薬を渡しただけで、ツケにはしていないし安くもしていないのに……商売の苦労話を聞いたくらいだ。
オレが医者先生だから機嫌をとっておきたいのか?
でもそれにしては、やけにうれしそうに渡してくれる。
みんな生活が苦しくても、優しくしたりされたりを大事にしたい気持ちは変わらないのか?




