第13話 貧乏と強盗と兵隊と革命
昼間は黒ランプを使って、病院で人の命を助ける。
夜は黒ランプのために、裏通りで人の命をぶんどる。
そんな奇怪な生活をはじめてみたけど、盗賊なんて探してもそうそう見つかるものではなさそうで心配だった。
そうでもなかった。
この国は王様が言うよりもずっとまずい状態らしくて、役人や兵隊はどんどんゴロツキやチンピラに近づいている。
まともな人ほど出世を止められたり、追い出されたり牢屋へぶちこまれた
そうなると盗賊も順調に繁殖するらしくて、患者から聞ける悪い噂も増え続けている。
それらの噂をたどってほんの数日で、顔を隠した二人組に包丁をつきつけられ、今月ぶんの『三体』を早くも達成できた。
オレは犠牲者が解体されて食われる姿をなるべく見ないようにしていたけど、耳もふさいでおけばよかった。
最後の「あなた……!?」という悲鳴を聞きたくなかった。
二人組の服装はボロボロで、かなり年をとった夫婦だと気がついてしまった。
エサにするならせめて悪人なら気が楽だと思ったのに。
オレを襲って来た相手でも、生活に困ってそうな人を殺してしまうと気分は最悪だ。
しかもその帰り道で騒ぎが聞こえたから駆けつけて……気色悪い笑い声のする家にたどりつく。
周囲に野次馬をひとりも見かけない理由はすぐにわかった。
軍服の男が玄関に立っている。
カニカマの眼だけをそっとのばして、中の様子を教えてもらったあと、オレは黒ランプをなでてお願いした。
「なあカニカマ。もう満腹か? まだ食えるか? でもとにかく、兵隊は一匹残らず解体してくれ」
「十体までの消化なら数分で問題ない。むしろ数の多さは望ましい」
できるだけ怖がらせて、むごたらしく痛めつけて……そう言おうと思ったけど、やめておいた。
それはカニカマにまで『非効率』と怒られそうな、余計な残酷さに思えたから。
でも見張りを含めて五人の兵隊を殺しつくして、家の中を自分の目で実際に見たら、余計でもなかった気がしてきた。
「カニカマ。食っていいのは兵隊だけだ」
兵隊の下敷きになっていた女の子は裸で絞め殺されていて、その両親や祖母らしき人たちの首にも軍刀が刺さっていた。
……なんで銃を持っているだけで、こんなひどいことをできるんだ? こうしないと自分が死ぬわけでもないくせに。
解体した肉の山をむさぼりながら踊りのたうつ巨大怪虫のほうが、よほどマシな悪魔に思えてくる。
「それと今回は、壁とかの血を残してくれ」
兵隊のサイフはもちろん、服や銃もそのままに、戸口を開けたまま立ち去った。
兵隊どもは自分たちの凶暴さのせいで、朝まで誰も近寄らなくて、兵隊殺しの犯人は誰にも目撃されなかった。
残された奇怪な惨状から、悪魔が兵隊に乗り移って強盗を働いたあと、共食いしたのではないか……なんて噂を患者から聞いた。
あの家族は、あんなクズ連中の血の跡や持ち物なんて早く家から持ち去ってほしかっただろうけど……骨さえ残さない『悪魔による悪魔の処刑』は公開できた。
それで同じような犯罪に手を出す兵隊が少しでも減ってくれたら、せめてもの手向けになる気がして、そうしないではいられなかった。
そんな翌日も昼は診察室で医者の仕事をしている。
忙しくて大変だし、人死にだってあるけど、やけに幸せな時間に思えた。
でも税金がまた重くなって、暗い顔の患者が多くなっていたし、仕事で無理をしてケガや病気になる患者も増えていた。
はじめから脅すような口調でサイフの中を見せない患者とか、ろくに入っていない中身を見せつけてケンカ腰になる客も増えている。
王様をぶっ殺すのが一番の薬にも思えたけど、それで国が変わるものかどうかはわからない。
なにせこの小さな国も、元の大きな国の役人をぶっ殺した金持ちが勝手に独立したばかりで、まだできてから五十年ほどだ。
とりあえずオレは患者をなだめて、仕事や家庭の愚痴をなるべく聞き出す。
そうすると患者も、オレのことをドロボウのように見る目つきはやめてくれる。
治療費がどれくらい必要で、どう払うかも話し合うようになってくれる。
ガラクタ売りの時と同じ要領だ。
「アラババ師匠。アタシが少し目を離すと、すぐツケの後払いを増やすのはなんで? アンタもがめついケチで、貧乏人の払いの悪さは知っているでしょ? 金持ちだけ診ろとは言いたくても言わないけど、サイフをしめるとこはしめないと」
「オッサン先生の言うとおりだけど。金持ちからはなるべくふんだくっているし……どうもオレは、子供とか子持ちの客を断るのは苦手で……でも子供は、末長くなじみ客になってくれるだろ? それにどんな患者でも、死んじまったら客になってくれないし…………いや、悪い。気をつけるよ。お人よしだと思われたらやっかいだ」
そこへモルジャジャが連れて来たのはガラクタ売りのクソジジイだった。
「若者よ。その医術の腕を見込んで頼みたいことがある」
「なにしにきやがったかは知らねえが、まずはサイフの中身を見せな」
こいつにだけはなんの遠慮もいらねえ。
「この身に潜む病魔を見事に突きとめて退治も成しえたなら、必ずや医学の歴史に残る功績として……」
「ふざけんな。そんなもんいらねえから金よこせ。でなきゃ勝手にくたばれ。というかオレからだましとった品物の代金をまだ払ってねえんだから、なんなら治療のふりして内臓をいくつか……」
「アラババ師匠。いくら老い先の短いドケチな客でも、そういうことは遠まわしにね?」
クズバカ先生なんかになだめられてしまった。
それはともかく、モルジャジャまでオレのそでを引いて、謎の踊りを見せている。なにが言いたいのかわからない。
「わかった。モルジャジャに免じて、とりあえず診察はしてやる」
なにもわからないけど、モルジャジャが口をはさむからには、少し考えなおしたほうがよさそうだ。
クソジジイから巻き上げた黒ランプは、今では別のガラクタといっしょに派手な布地で包んでいる。わりと邪魔だけどしかたない。
ほかにも黒ランプから目をそらすために香油瓶とか、怪しい文字のついた飾り金具とか、秘術の道具らしく見える物をいろいろと身につけるようになっていた。
それでもこのクソジジイは油断ならない。
オレの秘術の噂を聞きつけたら、誰よりも黒ランプを疑いそうだ。
なにせ黒ランプを売りつけた日から、オレが秘術を使っている…………おいモルジャジャ、まさか口封じまでは考えていないよな?
それはともかく、このクソジジイを診察したほうがいいことには気がつけた。
「二年ほど前から腹の……このあたりに違和感をおぼえていたが、それは段々と大きくなり、今では痛みも増している」
クソジジイは半年ほど前にもこの病院へ来ていた。
その時にオッサン先生は気休めの薬だけ出そうとしたけど、値切りがしつこいので渡さないで追い出したという。
オレはカニカマを使わないでいろいろまさぐったあと、奥の手術室へ連れて行った。
「これは実に難しい……」
などと神妙な顔で出まかせを言いながら、まずはクソジジイの手足を台へ縛りつけ、目隠しもする。二重に。
そのあとでカニカマに診察を頼んで、ジジイからは話を聞きだす。
「その妙な腹痛って、本当に原因はおぼえがない?」
「この私は天涯孤独の身となって五十年あまり。苦難の暮らしばかりを続けてきた。原因にしか心当たりがないとも言える」
「いろんなやつから呪われてそうだからな……覚悟くらいは決めていたか」
「待て若者よ。私にはまだ成さねばならぬ大志がある。この病魔が重く育つにつれて、天命を悟るに至ったのだ。それを果たすための年月はどれだけ残されているものか、把握しておかねば国家の憂いとなろう」
このクソジジイはいちいち口調がめんどくさい。
わずかな金のために人をだましまくってきた嫌われ者のくせに、なにを今さら大志だの天命だの、金持ちのバカ息子みたいな寝言を抜かしてやがる?
でも今のところ、オレの秘術や黒ランプを探ろうとはしていない。
本当にジジイの体がどこか悪いなら弱味をにぎれるし、丸きり健康なら企みがあるとわかる。
だから診察をする気になったけど……カニカマはだいぶ時間をかけていた。
ようやく合図があって、モルジャジャにはジジイの耳を塞いでもらう。
「儀式の補助で耳マッサージをしますよ~。わしゃわしゃ~。わしゃわしゃわしゃ~!」
丸めた紙を押しつけてガサガサ鳴らしていれば会話はほとんど聞こえなくなるから奇声まであげる必要はなさそうだけど、念のためと雰囲気づくりで。
「アラババ。この男は全身に、治しがたい腫れが広がっている。予測は難しいが、二年から五年先あたりには死にそうだ」
あと五年も生きられそうなのかよ。
……でも腹痛の話は本当だったらしい。
「治療の判断も難しい。大きな腫れをすべて切除すれば、腫れの広がりは遅くできる。しかし体力を奪いすぎ、かえって死期を早めるかもしれない。この男の気力も大きく影響する。私では推測しがたい分野となる。理解してほしい」
難しい選択だ。そんな病魔がとりついたのはクソジジイでよかった。
でもこれからも別の患者で、こういう『どっちが正しいか』なんて判断しにくい状況はたくさんありそうだ。
やっぱり医者は、思っていた以上にややこしい仕事だな?
……それに、いくら憎いクソジジイでも、命までぞんざいに扱ったら後味が悪そうだ。
「おいジジイ。アンタのことだから、下手な気づかいよりは自分で考える材料だけほしいだろ? だから正直に言うけど……あ、でもその前に診察費よこせ。サイフは? ここか?」
「勝手にあさるでない無礼者! ……腰の皮袋にある。中身は確かめてもよいが、払いは診断を聞いてからだ。そしてそれは、国家を正すための活動資金でもあると心得えよ」
「また大げさな。どうせサイフはふたつかみっつ、分けて持ってきたんだろ? そっちまで探られて余計にふっかけられたくなきゃ、ややこしいことは言わずに払っておけって……ほらやっぱり、ろくに入ってねえ。たったこれだけで治療なんかできるわけねえだろ? でもとりあえず、これだけでいい……治療をするなら別料金だが。アンタの体の診断は、これだけ払えばぜんぶ教える。だからもらうぞ? いいな?」
オレはまったく値引きをしないまま、クソジジイは意外にあっさりとうなずいた。
縛られていたこともあるだろうけど、クソジジイはいつもの半分も文句を言わないで値切りをあきらめた。
オレは『二年から五年先あたり』というカニカマの診たてを『数年はもたないかも』と少しぼかした上で、残りはほとんどそのまま伝えた。
クソジジイはずっと顔をしかめて聞いていたけど、聞き終えると意外と静かにうなずく。
「やはりそういうことであったか。私の命はこの時のために長らえていたのだ。アラババよ。貴様も医者であるならば、最も巨大なる病巣にむしばまれし国家への施術にこそ心血を注がぬか……これほど重大なる啓示の礼は、先ほどの診察費だけでかまわぬゆえ……」
まだ値切りをあきらめていなかったか。
「渡さねえよ。治療する気がねえなら、もうさっさと失せろ」
「機運はまさに醸成して準備もぬかりなく、同志も結集しつつある。新風に乗ずる気概あらば、いつでも活動資金の提供を申し出てかまわぬ」
「アホか。体が悪いなら妙な遊びに手を出してないでまじめに働いて、だましとった金をみんなへ返してからくたばれよ。そのほうが国をどうこうするより先だろうが」
「目先ばかりに囚われし未熟か……聞きおよんでおろうが、すでに昨夜には強盗まがいの無法をくりかえしていた兵隊どもが天罰を下され、その手際もまた神のごとく……おっと、詳しくは言えぬが。もはや軍の中ですら、国家を憂いて志を同じくする者は広がっているということだ」
ん? その天罰ってまさか……オレの腹の虫がやったことか?
「目先の私欲に溺れ、後悔を味わう前によく考えよ」
おいジジイ、アンタこそもっとよく考えろ。なにか誤解している。




