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第11話 クズと悪魔とケチと金持ち


 シロウトのオレだって、カニカマの治療は異常にすごいとわかる。

 だから軍人なんかが黒ランプの秘密を知ったら、銃をつきつけながら国のためとかなんとか屁理屈をでっちあげて、ぶんどるに決まっている。

 うまくごまかさないと……でもどうやって!?


「……しかしとりあえず、秘術の内容までは追求しないでおこう」


 へ? なんで?

 ハンサム様は淡々と世間話のように続ける。


「秘伝の技なのだろう? 私は友人から西洋の進んだ文化を学んでいるが、自国の文化を大事にしたほうがいいとも教わっている。いずれまたアラババ君を頼るかもしれないから、私が堂々と紹介できるような人間でいてくれ。君がなにか困った時には、私のことも頼ってくれていい」


 なに言ってんだこいつ?

 わけがわからないけど……貧乏ガラクタ売りのオレなんかを信用してくれるらしい。

 おえらいさんの『頼れ』は話し半分に聞いたほうがいいらしいけど『頼る』とも言われてしまうと、期待を裏切るのがこわくなる。

 これが金持ちの使う人たらしの手口か? でもうれしい。

 うしろめたいことは抱えないように生きなくては。



 みんなでうやうやしく、おえらいさんたちを見送った。


「さ~て、オッサン先生よう!? おえらいさんにも頼られちゃうアラババ先生のおもてなしは、よ~く考えたほうがいいぜ~え!? けへへへ~え!」


「にっちゃ、盗賊の親分みたいな顔してる~う」


 そう言うモルジャジャの笑顔もいじわるそうだ。

 オッサン先生は歯がみしてうろたえる。


「なによアンタ!? なにを調子に……」


「調子に乗っているのは、オッサン先生のほうだろうがよ~!? 今からオレが『追い出された』とか言いふらしてこの病院をやめたら、また来たおえらいさんはどう動くかね~!?」


「うぬ……むぐく!?」


「安心しなって。オレはなにもアンタを追いつめたいわけじゃない。ただもう少し、まともな分け前がほしいだけで……」


「なにが望み!? 言ってみてクソガキ!」


「オレを医者にしてくれ。オレがいろいろシロウトなのは知っているだろ? オッサンは医者の技を盗まれたら損をするだろうけど、オレにちゃんと教えてくれたら、それ以上にもうけさせてやるよ」


 オレは明るくきりだしたけど、オッサン医者はごにょごにょと口ごもる。


「なんでアンタが……アタシは、アンタの父親を……」


 おぼえていたのか。

 というかまさか、気にしていたからオレをずっと警戒していたのか?


「いや、オレも、半月だけでもアンタの仕事を手伝って、少しはわかってきたから……」


 病院は、病院というだけでいろいろ大変だった。

 客はみんな命や体がかかっているから必死になるし、感情的になるやつも多い。

 夜でもたたき起こされる。

 話の通じない子供や老人や、頭のおかしいやつも来る。

 今日はネコまで来た。話の通じないババアと兵隊を連れて。


 金がなくても押しかけてくる。

 いちいちツケの後払いで相手にしていたら、きりがない。

 医者の仕事道具や薬はどれもバカ高いし、おえらいさんの機嫌をそこねた時には見舞いをたっぷり持っていかないと仕返しが怖い。


「……金持ちや死にかけの人が病院へ来た時にオッサン先生がいなかったら、それだけでまずいことになる。だからよほど大事な客でない限り、病院を空けて遠くまで診に行くことはできないんだろ?」


 だから貧乏ガラクタ売りだったオレの父さんは見殺しにされた。


「まあ、オッサン先生へのうらみが消えたわけじゃないけどよ……もう憎みたくないのも、本当なんだ」


 オッサン先生はぶっすりと無言でうつむいていた。

 オレ自身も、この気持ちをどうしたらいいのか、悩む。

 モルジャジャは心配そうにオレを見つめている……よく考えろ……


「アンタのおかげでオレが医者になれたら、まともに稼げて結婚もできる。そうしたら最初の息子に、父さんと同じ名前をつけて……それでたぶん、うらみの半分は消えるよ」


「半分だけ?」


 オッサン先生がぽつりとつぶやく。


「オレの息子が育って結婚もできたら、残りの半分も消える……気がする。そうなればオレは自分の子供や孫に、アンタのことは『大事な恩人』としか教えない……はず。たぶん」


「……それなら……」


「あ、でもやっぱり少しむかつくから、オレのほうが師匠ってことにしない?」


「な!? バカなのアンタ!?」


「だってオッサン先生の代わりはほかの病院にもいるけど、オレの代わりは誰もできないだろ? でもこの病院に来るおえらいさんは、オレが目当てだ。安心しなって。病院をぶんどるつもりはないし、分け前もこれまでどおりでいいから」


「ぐぎぎっ……でも……でもお!?」


 さすがに調子に乗りすぎだよな? でも一度はふっかけたあとで、まけてやったほうが得だと思ってもらえる。


「それにオレくらいすごい医者なら、いずれは城つきの侍医として呼ばれそうだろ? そうなればどうせ、ここは出て行くことになる」


「うう……でも……」


「オレが城でも出世できたら、アンタを城へ推薦することだって……」


 オッサンが目を見開いた。ものすごい勢いで。


「本当に!? アラババ先生は約束してくれる!? 絶対よアラババ師匠!? 師匠様!?」


 急に態度を変えすぎで怖い。

 でもとにかく、今日からはオレが師匠ということになった!



 甘かった。

 師匠になって一ヶ月。金持ちからの仕事もなかったわけじゃない。

 でもオレは貧乏ガラクタ売りだったせいで、金持ちの本性をあまりわかっていなかった。

 オッサン先生が白い眼でつぶやく。


「アラババ師匠はどうせ、金持ちは金が余っているからサイフがゆるいとか思っていたでしょ? そんな金持ちは、すぐにむしりつくされて金持ちじゃなくなるの。金持ちを続けていられる人のほとんどは、気前よさの何倍も、がめつい人ばかりよ? だから金持ちになれるの」


 そう。金持ちは貧乏人よりもはるかに強欲で残忍な顔を隠し持っているやつが多かった。

 じゅうたん屋の金持ちじいさんは腰痛がひどかったけど、だいぶ楽にしてやって、カニカマにはわざと少しずつ治させて何度も会って、かなり気に入ってもらえたけど、それで『孫娘をやる』とか『養子に来てくれ』なんて話は出てこない。


 払いはいいのだけど。軽いケガでも貧乏人の二倍も三倍も出してくれる人だっている。

 でも損得をよく考えてみると、それは大きなケガや病気をした時に、貧乏人を押しのけて先に治療してもらうための予約代でしかない。

 死にかけの貧乏人に順番をゆずってもらう代金より、ずっと安く済む。


 施しをばらまくのだって、食いつめた貧乏人が盗賊をはじめた時にも、後まわしにしてもらえるからだ。

 金持ち連中の気前よさはたいてい、それに見合う得へ結びついている。

 それを貧乏人よりも徹底しているから、金持ちのままでいられる。


 だからオレに『きっと王様にも重用されるでしょうな』と城への推薦をほのめかしたり『アラババ先生の嫁になれる娘は幸せにちがいない』などと結婚の紹介をほのめかしても……本当にそうする気はないことに気がついた。

 得がない。オレのような名医が貧乏から抜け出して客を選べるようになれば、治療代が貧乏医者の二倍や三倍では済まなくなる。

 まして城なんかに雇われたら、何十倍ものワイロを出さないと借りられなくなる。


 それにオレが最近までガラクタ売りだったことも知っていて、オレの魂胆も見透かしているらしい。

 すごい秘術を使わせるためか、すきがあれば秘術を横取りするつもりで親切ぶっていやがる。

 高い茶と茶菓子をただで出してくれるのは、雑談のふりで探るためだった。


『良い薬をとれる虫ケラなら蜜をやる。でも薬以外に用はない』


 少し踏みこんで親しくなろうとすれば、冷酷な笑顔で距離をとられた。



 そんなわけで、オレが城へ呼ばれる気配はなくて、オッサン先生もいらつきはじめる。


「クソガキ師匠! もっと患者の数をこなして! 休まないのバカ!」


 それでもオレを城へ送り出すために、力を入れて医者仕事を教えてくれるようになった。

 ただ……オレはものおぼえには自信があるけど、脈のとりかたをはじめ、経験を積むしかないことも多い。


 まともな修行をはじめて一ヶ月。

 オレはまだシロウトから一歩を踏み出しただけだと、よくわかった。

 名医どころかヤブ医者を名乗れる到達点だけでも、地平のかなたに思える。


 師匠とは呼ばれているけど、診察はオッサン先生に頼りきりだった。

 一部の往診は任せてもらえたけど、オッサンから言われた通りの説教や雑談をして薬を渡すだけだった。

 帰りには市場にも寄って、たくさんの綿や布や薬液などを仕入れて来るように頼まれている。

 助手に連れているモルジャジャとふたりで買い出しに使われているのと変わらない。


「これで今から医者になるなんて、何年かかるか……十年や二十年で足りるかもわからない」


「でもにっちゃ。カニカマは三年しか使えないよね?」


「そうそれ。それがばれたら病院を追い出されて、金持ち連中だって見向きもしなくなる」


 泉の上流には高くて長い塀が並んでいて、でかくて飾り模様の多い屋敷がたくさん建っていた。

 そして食えもしない草花や樹木までわざわざ植えて育てている。


「やっぱり死にかけている金持ちを探して、秘術に必要とかだまして、嫁をもらうのが一番だよな~?」


「にっちゃ、ふんばれ! 宮殿ドカンでムチムチどっちゃり!」


 モルジャジャはいつでもなんでも、むやみにオレをはげましてくれる。


「でもにっちゃ。そんなカモさん、どこで捕まるの?」


「そうそれ。そもそも金持ちにはたいてい、お抱えとか通いつけの医者がいるから。そいつらには治せなくて、でもカニカマなら間に合う患者をどうにか探さねえと……」


 金持ちの誰かが、さっさと手ごろに死にかけないかな……


「……なんか今のオレ、母さんが生きていたら泣いて怒りそうなことを考えていたかも」


「にっちゃ。悪魔になっちゃだめだよ? カニカマなら手ごろな死にかけ金持ちを作れそうだけど、最後の手段ね?」


「ま、待てモルジャジャ。オレもそこまでは考えていなかった。というかそれは、最後でもだめな手段だろ?」


「てへー」


 そんな明るくごまかすな。お前は悪魔か?

 でもその手があったか……カニカマに頼んで、金持ちの内臓をこっそり傷つけて、カニカマで治す……たぶんばれない、

 いや、でも、いくらなんでも、それは人としてまずい……はず。だよな?



 泉で水をくんだあと、木陰でモルジャジャと弁当を食べて、周囲に人目がないことを確認してから、そっと黒ランプをこする。

 ……実は三年どころか、三日以内に解決しないとまずそうな問題も抱えていた。


「なあカニカマ。ここ何日かは調子が悪そうだからなるべく寝かせていたけど、このままオレが人間を食わせないままだと、どうなるんだ?」


 カニカマに三人の盗賊を食わせてから、すでに一ヶ月以上が経っている。

 ランプから細い管が服の中をはいのぼり、ささやいてきた。


「できる限り冷静に努めたい。しかし貴君が水ばかりで一ヶ月以上も暮らした状態を考えてほしい。論理的な思考を保ちにくくなるはずだ。私は今がそれだ」


 ランプの中身がグネグネとうねりだす。

 まずい。今日は特に機嫌が悪そうだ。




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