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第1話 怪奇すぎるランプ


 ニワトリの鳴き声で目がさめた。

 冷える手をさすって、商売道具のガラクタをまとめる。

 ぼろい木戸を開けると空気はまだ湿っぽくて、砂ぼこりも舞いにくい夜明け前だ。

 オレの住む町はどこまでも石ころだらけの砂漠に囲まれ、その石ころを積み上げた家がゴミゴミと迷路みたいにひしめいていた。

 街道もでこぼこしているから馬車はたまにしか通らなくて、ラクダやロバが多い。

 でもほとんどのやつらは自分の足で大きな荷物を背負って仕事へ出かける。

 遠くに細く並んで見えるナツメヤシの木は甘い実をたくさんつけていたけど、緑が育つ泉のまわりは金持ちの豪邸ばかりが囲んでいた。


 となりの家から、年齢よりも幼く見える女の子がパタパタと駆け出てきた。


「にっちゃ! おはよ! アラババにっちゃ、今日の弁当はうまいよ!」


 オレの名前は『アリババ』ではなく『アラババ』だ。

 亡くなった父さんは『千夜一夜物語アラビアンナイト』にある『アラジンと魔法のランプ』と『アリババと四十人の盗賊』の話が好きだった。

 どちらも貧乏人が金持ちになる話だ。

 オレの名前はふたりの主人公の名前を強引に組み合わせている。

 でもアラジンは中国で使う名前のはずなのに、なぜ混ぜた。


「おはよモルジャジャ。おばさんの具合は?」


 となりの家のモルジャジャは幼なじみで、兄妹みたいに育った。

 いつもむやみに明るいけど、今オレが聞いたことは笑顔でごまかされる。

 となりのおばさんがそっと戸を開け、しぐさだけであいさつした。

 また少しやせて見える。

 オレもうなずいて、踊るようにまとわりつくモルジャジャと市場へ向かった。



 まだ店に商品を並べている夜明け前から、あちこちをのぞいてまわる。

 怒られるぎりぎりまで商品台の裏や店の奥ものぞく。

 オレは品物や商売道具に悪いものが混じっていたら教えてやるし、物を盗んだことはない……まだない。


「このザル、もうぼろぼろじゃねえか。これ、安くしておくから買っておきなよ。目の粗いできそこないだけど、作りだけはしっかりしているだろ?」


 オレはガラクタを売って暮らしている。

 商売をおぼえたばかりのころに父さんが死んだから、若くてもなめられないように、どの古物商よりも目利きを磨いていた。

 客の都合もひとりひとり細かくおぼえている。

 このオッサンは『デーツ』と呼ばれるナツメヤシの実を売っているけど、商売道具は質のいい新品を嫌っていた。


「おっちゃ、食えー。カシムサンド、食えー。今日のは安くてうまいけど、早く食えー」


 モルジャジャは弁当売りだ。

 年齢よりも背が低くて寝ぼけた口調だけど、値段の駆け引きはしっかりしている。

 オレの手伝いもしていた。

 遠くから来た連中には値段を大きくふっかけやすいけど、砂漠の商売人のせちがらさを警戒しているやつも多い。

 そこへモルジャジャにも入ってもらうと、それほど粘らないで折れてくれる客も多かった。



 朝のうちに市場をまわりきって、街道が通る峡谷まで近づくと、モルジャジャはくるくると回りだす。


「にっちゃ、少し早いけど弁当にしよー。うまいけど腹をこわしやすい肉をつめこもー」


「ああ、いたみかけの肉か。オレの腹はがんじょうだから、やばそうなほうをくれ」


「んー。味つけを濃いめにはしておいたー」


 今日は朝からわりと稼げたから、少し気を抜きやすい。

 まだ昼前で日差しもきつくないから通行人は多かったけど、見晴らしがよくて日陰もある大岩の上で腹につめこんでおく。

 街道のラクダやロバに混じって、馬に乗った兵隊が通りかかった時は、しっかりと見ておいた。


「にっちゃ、あの兵隊さんの銃は新しいやつ?」


「そう。白人の国だと、火縄銃はもう使わなくなっているらしい」


 わりとえらい軍人みたいで、角を細かく彫刻した火薬入れは異国の品らしい。

 古物商は持ちこまれた品物の値打ちを見抜けないと大損だ。

 なるべく多く見慣れて、新しい道具や飾り、使いかたや手入れもおぼえて頭に入れておく。



 朝にいろんなデーツ売りと交渉したオマケで、干したデーツをもらっていた。

 傷がついていたり、形の悪いものを六つ。

 味は干しぶどうに似ていて、干し柿にも近い。

 歯ごたえはサクサクしていて、指先くらい大きいわりに、ひょいひょいと食べやすい。

 砂漠で暮らすみんなの好物で、異国人もすぐ気に入るし、栄養もたっぷり。

 砂漠での長旅は昔からデーツとラクダの乳だけが頼り、というくらいに大事な食べ物で、普段からよく食べられている。


 モルジャジャに四つ渡すと、大きなふたつをかごの隅に入れておばさんのぶんにする。

 あとのふたつは大事そうになでたあとでかじり、口に広がる濃厚な甘さで顔をほころばせた。


 亡くなったモルジャジャの父親も『千夜一夜物語』が好きだった。

 親戚で親友だったオレの父さんに読まされた。

 モルジャジャの名前も『アリババと四十人の盗賊』に出てくる『モルジアナ』という娘からだけど……熱した油をぶっかけて三十九人の盗賊を煮殺し、最後のひとりまで剣舞のふりをして斬り殺してしまい、主人公の活躍を奪いきって話を終わらせるとんでもないやつだ。

 たぶんモルジャジャは名前のせいで、少し変わった性格になった。

『モルジアナ』を『モルジャジャ』に変えたおばさんの理屈もわからない。


『モルジャジャのほうがかわいいから、盗賊を殺す時にも油をぶっかけるなんて無駄づかいはしなくなるはず』


 ぜんぜんわからない。

 でもオレが両親を失ったあとも、おばさんはおじさんといっしょにオレのことを実の息子みたいにいろいろと親切にしてくれた。

 美人なのに、おじさんが死んでからは生活が苦しくなって、やせ続けている。

 オレの母さんと同じだ。あのままだと孫の顔を見る前に墓へ入ってしまいそうだ。

 だからオレはモルジャジャの稼ぎが足りない時は、手伝い賃を少し多めに渡している。


「どこかに金持ちのブサイクババアでも余っていて、結婚してくれねーかなー?」


「にっちゃ、ふんばれ! ババア死んだら遺産がっぽり! ハーレムうはうは!」


「そうそれ。オレは男としちゃ、若さ以外の売りもんねーし」


 自分ひとりが食っていけるかも怪しい。

 養えないのに家族を持ったら、軽蔑されて信用を失い、ますます苦しくなる。

 まともな結婚なんて、できそうにない。


「にっちゃ、目利きのガラクタ売り! そのうちすんごい金持ち、ドカンとだませる!」


「おう……ふんばるか」


 弱気になっていたら、来年まで食いつなげるかも危うい。



 昼飯を終えたあとは金持ち屋敷が多い泉のほうまで歩く。ひたすら歩く。

 昼の空はどこまでも青くて黒っぽいほどで、葉をわさわさと茂らせたナツメヤシの木はそこかしこで天高くのび、少しずつ日陰を作ってくれていた。

 泉が近づいて草も多いあたりになると、地面は柔らかくて涼しくなり、花の香りも流れてくる。

 周囲の畑にも届くように用水路が掘り広げられていて、泉の下流ならオレたちも水を使えた。

 あちこちから桟橋が出ていて、そのひとつから革の水袋を沈めて注ぎ足す。

 そこへじりじりと、うさんくさいジジイが忍び寄ってきた。


「若者よ。その目利きを見込んで、頼みたいことがある」


 ガラクタを背負いこんでいる同業者で、オレの父さんに商売のやりかたを教えた師匠だけど、父さんが死んだあとはオレからいろいろとだましとったクソジジイだ。


「じっちゃ、食えー。今日は特にうまいカシムサンド食えー」


 モルジャジャもこのジジイには今日の肉があぶないことを教えないし、安くするとも言わない。

 どうせしつこく値切られるし、質の悪い品を売ったと言いふらされたって、オレたちの評判のほうが勝つ。


 ちなみに『カシムサンド』はおばさんが発明した料理というか、このあたりでは一般的なピタという薄いパンのサンドイッチだけど、その時に安く買える肉と野菜をなるべくいろいろ刻んで入れている。

 値段のわりに具の種類が多くて人気だけど『カシム』は『アリババと四十人の盗賊』に出てきて体をバラバラに斬られてしまう男の名前から……なぜそれで売れると思ったおばさん……売れているけど。



 ジジイは値切りたおした弁当を木陰で食いながら、風呂敷に包んでいた品物を披露した。

 それは黒いランプ……なのか?

 このクソジジイが珍しくオレなんかを頼りに来るだけあって、ずいぶんと古風で奇怪な……やけに大きくて重いな?

 今はみんな、ガラス風防がついて芯の調節器もあるランプを使っている。

 水差しみたいな形をしたランプなんて、骨董屋か物語の挿絵でしか見ない。


「貴様がどうしてもと言うなら、売ってやらぬでもないが……価値はわかっておるだろうな?」


 たぶんこのジジイは自分でも見当をつけられなくて、オレの様子を見て高く押しつけるつもりだ。

 興味がないふりを工夫しなければ。

 こびりついた汚れとは別に、地も真っ黒な材質だけど金属だか陶磁器だか……中でなにか、かすかに動いている!?

 サソリや毒ヘビじゃねえだろうな!?


「おいクソジジイ!? オレになんてものを開けさせるつもりだよ!?」


「しかしそれが、まるで開けられそうにない。ランプの口が息をさせたりエサをやるための穴だとすれば、中身を出せなければ困りそうなものだが」


 もし毒ヘビとかでも、高く売れる珍品を飼っているかもしれないわけか。

 熱して殺したくないし、ランプ自体も下手なこじ開けかたで傷つけたくない。

 ふたのつまみを握ってみたけど、動きそうもない。

 ひっくり返したり、かたむけたりで解錠する仕掛け箱……でもなさそうだ。

 大きすぎて片手で持つための形状が無駄になっているマヌケさのわりに、技術そのものは妙に高い。

 装飾も近隣ぽいようで、細かい様式はずれがやたら自由……インドやアフリカの職人が模倣したものか?

 こういう読みきれない不思議さは、熱心に欲しがる物好きもわきやすい。

 でもジジイは人をだましすぎているから、怪しい品だとオレほど高くはさばきにくい。

 オレは朝の売り上げから、半分くらいの金をつかみ出した。


「アンタがふたを開けられるようにしたらもう少し払えるかもしれないけど、不恰好ぶかっこうで重い上に掃除が命がけのランプなんて、これでも多すぎる」


 桟橋から慎重に水へつけて、汚れをこすってみる。


「この汚れだって、なにか傷みが隠れてそうだから、もっと安くしてもらわないと……」


 まさか『魔法のランプ』から出てくる『三つの願いをかなえる魔神』までは期待しないけど『三ヶ月のメシ代』くらいにはなるかもしれない。


「なんたる愚か者よ。私がそれを手にするまでに、どれほどの試練を乗り越えたかも知らずに……」


「言ってみろって。また白人の遺跡荒らしどもを手引きして、そいつらの発掘品から抜き取ったんだろ? オレから白人連中に聞いてやろうか? それとも兵隊に言いつけて……そういえば妙な騎兵を見かけたな? もしかして探していたのは……」


「し、知らぬ! 私の知ったことではない! だがそのランプの出どころは忘れよ! よいな!?」


 図星だったらしく、オレが見せていた売り上げをひったくると足早に逃げ出した。

 オレはモルジャジャと笑いをこらえて見送る。



 ジジイが失せたあとで、オレの笑顔はひきつった。

 オレのつかんでいたランプが、急に重くなったように感じる。

 ランプの口やふたは水へ入れてなかったのに、どこかひびでもあって、水がしみこんだか!?

 もし高く売れる珍獣とかが入っていても、死んでしまう!?

 そんなことを一瞬で考えながら、モルジャジャが目を丸くして見つめているランプそのものへ目を向けると……倍ほども大きくなっていた。


 なんで? なにか変わった木材や革材だったとしても、水の吸いかたが早すぎる……どんどん増える重さで泉へ引きずりこまれそうになったので、あわてて抱え上げ、しりもちをつく。

 のっしりと赤ん坊くらいの重さ……熱さ……脈動!?

 それが急に速く、大きく……!?

 ふたがはじけとび、大量の煙が噴出する。

 オレたちは見上げて絶句した。


「願イヲキク! タダシ三年ダケ!」


 ランプからはいずり出た怪物はひょろ長い巨人で、真黒いカニとカマキリを合わせたような姿をしていた。




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