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山羊が見える  作者: マツダ
2/6

2.闇の中

前話・ヤギが見えるの続きです。

2.闇の中


最悪な気分だ。苔むしたコンクリートの上にできるだけ触れないよう、相本樹里は好きでもない制服の裾を引っ張った。それでも水分を吸った苔からじゅわりと汁が滲み出て尻の辺りに不快な染みを作り出す。最悪だ。なんだってこんな目に合わなければならないのか。

隣で寄りかかりながら泣くかのんの体温や菜穂美が目の前でいじり続けるスマホ画面の光さえ鬱陶しい。

あるかないかも分からない窓から漏れる光は外が夜であることを示していたが、今日も連日通りの熱帯夜で肌に触れる空気は重苦しく吸ったそばから内臓が茹で上がりそうだった。

「…………親から連絡が来ない。またスマホ見てないのかな……」

「菜穂美の親、スマホぜんぜん使えないもんね」

「樹里とかのんの方は?」

「あたし充電切れた……」

舌ったらずな声でかのんが言う。

「……私のも充電切れ」

素っ気なく言って樹里はそっぽを向いた。向いた先は相変わらず闇の中だったが。

なぜこんなところにいるのか。教室で眠くなり、目覚めたらここだった。まるで下手なサスペンス映画の導入だ。しかも目覚めた場所でヤギなんかに襲われて、莉緒とも逸れた。あと一人誰かもいた気がするが、覚えていない。

散々だ。本当に散々だ。私たちがなにをしたって言うのだろう。樹里はイラついた気持ちをぶつけるように近くに生えていた苔をもいで遠くに投げた。

「……これって何かの罰なのかな」

かのんが小さく呟く。

「罰?なんの?」

菜穂美が苛立ったように聞き返す。

「わかんないけどさあ……。うちら絶対にいい子ってわけじゃないじゃん。だから、これは罰で、私たちはなにか悪いことをしたんじゃないかなあ」

高く甘めな声がひどく耳障りだ。

罰。罪を犯したものには罰が与えられる。馬鹿馬鹿しい。私たちが一体なんの罪を犯したと言うのか。

「やめろよかのん。急にシスターみたいなこと言うんじゃねえよ」

わざと強い語気で返せば、怯えたような顔でかのんに見上げられる。わざとらしくて気に触る目つきが嫌で、樹里は肩にもたれたかかるかのんを押しやった。菜穂美はこっちを見ていないふりをしてまだスマホにしがみついている。

最悪だ。いつもはこんなのではない。もっとバカな話題でへらへらと笑っていたいのに。

「まじねえわ。最悪すぎ。こっから出たらまず真っ先にこんな目に合わせた変態を引きずり出して死刑にするから!」

虚勢を張った声がコンクリートの壁に響く。それに呼応するように一つの音が帰ってきた。


カツ、カツ、カツ、カツ


時を刻むかのごとく正確な歩調でそれが近づいてくる。

樹里もかのんも菜穂美も身構えた。闇の向こう側からなにが現れるのか、予測はついていた。

「また、あのヤギ……?」

「ヤギくらいなんでもないっしょ……。さっきは菜穂美のカメラでビビらせたのが悪かったんだし」

樹里は立ち上がって闇からくるものをよく見ようとした。そこからやってくるのはただのヤギだ。ヤギに違いないはずだ。


カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ


生ぬるい風が樹里の頬を撫でる。ふと、樹里はこの密室空間ではじめて風を感じたことに気がついた。


カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ


突如として不安が過ぎる。向こうからやってくるものは本当にヤギだろうか?

カツ、カツ、カツ、カツ、カツ

カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、カツ

カツ、カツ、カツ、カツ、カツ

闇の向こうから蹄の音が響く。なんだかその音は四つ脚で響かせるにはやけに音が多い。多重奏のように幾重にも音が重なり、反響音を繰り返す。音がどんどん近づいてくる

そこにいるのは、そこからくるのはなんだ?

樹里は月明かりと暗闇の界へ目を凝らした。闇の中から薄ぼやけた存在が泥の中から浮かび上がるようにゆっくりと輪郭を顕す。

灰色の角が月光を受けてそれは現れた。蹄を高らかに鳴らし、細長い瞳孔を動かしながらヤギは樹里を見上げた。

「メエェ」

小さく鳴いて黒ヤギは首をかしげるような動きをした。

「……ほら、やっぱただのヤギじゃん」

安堵のため息をついて、樹里はそこで自分が初めてひどい冷や汗をかいていたことに気がついた。

「ほんとビビらせないでよ……」

驚かされた仕返しに樹里はヤギの角をそっと撫でる。

「メェエエ」

「なんだよ。意外と可愛いじゃん」

「メェェエエ、メェエエエエ、メエエエエエヘエエッヘエエエエエエエッヘエエエエヘヘヘヘヘヘヘッヘヘ!」

ヤギが突然人のような笑い声をあげ、樹里は思わず硬直した。

「エヘエエエエ、エヘエエエヘヘヘヘ、ヘエエエエエエエエ」

ヤギは甲高い笑い声をあげながら樹里へと突進した。

「痛っ……!」

角が腹部に食い込み、鈍痛が襲う。樹里は腹を抱えながら蹲る。後ろではかのんと菜穂美が悲鳴をあげているのが聞こえる。

「メエェエエエエエッヘエッヘエッヘエッヘエ!」

ヤギは樹里の隣を通り過ぎ、かのんと菜穂美の方へと歩いていった。

「なんでこっちくるの!」

「来んな来んな来んなぁ!」

悲鳴をあげながら二人が逃げていくのが聞こえる。悪態をつきながら樹里が上を見上げると、ヤギはまだそこにいて樹里のことをじっと見下ろしていた。

前脚をカツカツと蹴り上げ、鼻息を荒くして今に樹里へと襲い掛かりそうだ。

「や、やだぁ……やだぁ……!!」

樹里は這い蹲りながらヤギから逃げようと足掻く。制服が何だかよくわからない薄汚れた水を吸って汚れるが、構わない。

廊下の端に寄って怯える樹里に対し、ヤギは二、三首を振ると大きく首をもたげた。

『罰だ!罰だ!罰だ!』

突然ひび割れたノイズのような声が響いて、樹里は思わず耳を塞いだ。

「ヒッ……!」

『哀れな罪人よ。己の罪を悔やむがいい!』

信じられない。ヤギが喋っている。

 黒い山羊の喉から人の声で自分を責め立てる声が聞こえる。

訳がわからなくて樹里は泣き出してしまう。恥も外聞もなく子供のようにわんわんと泣いた。

「ひっ……ひぐっ……うぅ……うええええええええええん……!」

 なんなのだこれは。意味がわからない。突然廃墟に閉じ込められかと思えば、ヤギに襲われ、友達には見捨てられ、ヤギに罪を問われている。

「あたっ、あたし、が……!なにしたって、いうのぉ!!」

垂れ流される鼻水を制服の袖で拭うが、とめどなく鼻腔の奥から熱い液体が溢れ出してくる。ただでさえ崩れていた化粧はドロドロに溶けてみっともないことこの上ない。

『何をしたが、わからぬというか』

 首を傾げながらヤギは歌うように低く問いかける。

「わっかんねえよ!くそ、ヤギのくせに喋るんじゃねえよぉ!!」

樹里は精一杯の虚勢を張るが、震えた声ではまるで威嚇にならなかった。

『ならば我が命令にひとつだけ従え。さすれば汝をここから出そう』

その言葉に樹里は顔を上げた。一体このヤギは私になにをさせようというのか。

やがて告げられた言葉に、樹里は絶望の表情を浮かべた。

「は、はあ…………?そんなの、聞くわけないだろ?馬鹿じゃねえの…………」

震える声で拒絶する。

『ならば、ここで永遠に罪を悔いるがいい』

鼻息荒く息を吐きだして、山羊は踵を返してそのままどこかへと消えてしまう。

カツカツという足音が遠のくのを聞いて樹里は深く息をついた。熱帯夜だというのに、体は酷く冷たかった。



「ねえ、やっぱり戻ろうよ……」

かのんが菜穂美のカーディガンの裾を掴みながらいう。菜穂美はかのんのその態度に苛立ちを覚えた。かのんは絶対に、樹里を思って戻ろうと言っているのではない。自分が罪悪感を抱えることが嫌で、樹里を見捨てたくないのだ。

いい子ぶりっ子なかのんのこういう所が菜穂美は大嫌いだった。

「知らないよ。かのんだけ戻れば?」

「ええ?なんで?」

なんで。とは。

まるで自分の主張が通って当たり前とでも言うようにかのんは首をかしげる。その行動にさえ、今すぐ舌打ちをして無視を決め込みたい。

「ねえ、きっと樹里も迷ってるよ……またあのヤギが出たら危ないし……」

「嫌だ。私だってあのヤギに会いたくない」

かのんの手を振り払う。「あ」という、困惑したような声が聞こえたが今度こそ無視を決め込んで菜穂美は前に進み始める。

握りしめたスマートフォンは圏外と電波一本の間を彷徨っている。もう少しで電波が届くはずだ。

もう少し。もう少し。

ピコンという甲高い電子音がして、スマートフォンがSNSを受信する。

「あ、来た」

 菜穂美は先ほど、自分のSNSアカウントで山羊の写真を投稿していた。自撮りや流行りものを載せるアカウントとしてそこそこ人気があるせいか、ほとんど暗いだけの写真でもいくつかの返信が付いていた。

電波の向こう側から人の気配を感じて菜穂美はほっとする。ヤギの写真を載せた投稿は思うよりも伸びていた。しかし安堵した心も、からかいや見当はずれな返信を目にするとたちまちしぼんで苛立ちへと姿を変えた。


SDo:怖!新しい脱出ゲームですか?

あみ太:ガチ誘拐案件?警察に連絡した方がよくない?

KT6:コラ画像乙。加工を練習してから出直してください。


「コラ画像じゃねえよくそが…………」


画面をスクロールし、なにか有益なものは情報のひとつでもないかと探ると、一つの返信に目が付いた。


茄子美:これT山にある廃墟っぽい。戦時中の実験施設で地下にあるとこ。たしか何年か前に写真家が立ち入り禁止なのに入り込んで問題になっていなかった?


 T山は学校にほど近い山だ。しかしその中に廃墟なんてあっただろうか?

「T山の廃墟ってさ……森ティーの言ってたやつじゃない?」

 いつの間にか画面をのぞき込んでいたかのんが言う。

「なにそれ。知らないんだけど」

 かのんの前から画面を隠して菜穂美は聞き返す。

「歴史の授業で言ってたじゃん。学校のあたりは疎開地でもあったけど、実験施設もたくさんあったって。ほとんどが戦後取り壊されたけど、中には残ってるかもしれないって。あいつなんか戦争オタクだからそういうの詳しいんだよ」

 そうなのか、と菜穂美は初めて知るような顔で返事を返す。歴史関係の授業は全部寝ていた。

「実験施設ってさあ、なんの?」

「え、それは……わかんない。なんかグロい話しはじめたから耳ふさいじゃったし……」

 顔をしかめて言うかのんにまた苛立ちが増す。肝心なところで本当に使えない子だ。それでもかのんが聞きたがらないということはろくでもない場所には違いない。実験施設というだけで肌にまとわりつく空気に嫌な感触を覚えてしまう。

「ま、戦争で使われてたってんならロクなもんじゃないでしょ。人体実験とかしてたんじゃない?」

「やめてよそういうこと言うの!」

 わざと恐ろし気なことを言えばかのんが悲鳴をあげる。それだけで菜穂美は随分気持ちが楽になった。自分より怯えている人間がいると少し冷静になってくる。

 ここが実験施設であるというのであれば、出口は限られてくるはずだ。窓が上部分にしかないということは、半地下なのかもしれない。ならば出口は階段を見つけて登ればいい。

 次にどうすればいいかわかるとなんだか希望が湧いてくる。

「とりあえず先に出口を探して助けをつれてこよう。その方がきっといい」

「……うん。わかった」

 菜穂美はかのんを連れ立って歩き出す。早くここから出て水でも飲みたい気分だった。




少し休んでから、私は晶子ちゃんと一緒にあたりを探索し始めた。光源は月明かりだけだが満足にあたりを見回すだけの余裕はある。

苔むしたコンクリートの廊下は長く続いており、時折ぽっかりと四角い穴が空いたような入り口がある。

一つ一つの部屋はほぼ空っぽで四角い空間にキノコや、あるいはよくわからないものが生えていた。たまによくわからない台や長椅子のようなものが置かれていたり、天井から無機質なシャンデリアみたいなものが吊るされていたりする。

「ここって何の廃墟なんだろうね」

私は晶子ちゃんに訊ねる。

「さあ……でもなんだか病院みたい」

「病院?」

「うん。だってほら、上のところに『13号室』って書いてあったりするし、さっきあったのって手術台や診察台みたいに見えない?」

言われてみて、私は「あ」と漏らした。言われてみればあの台や長椅子がそれらしく見える。上から吊るされていたのは手術用の照明と言ったところだろうか。

「え、じゃあここ廃病院ってこと……?ちょっとやだあ……」

廃病院という単語から私は真夏のホラー番組やホラー映画を連想した。なんだか手術の失敗で死んだ人の霊とかがいそうな気がしてくる。

「莉緒ちゃん、こういうのは怖いの?」

半分笑いながら晶子ちゃんが言う。揃えられた前髪の下のから意地悪く目を細められた気がして、私は馬鹿にされた気がした。

「怖い、とかじゃないけどさ!不気味というか?いいイメージはないっていうか……」

どうにかして否定しようとするが失敗した。むしろ言い訳じみている。そもそも私は、いかにもなホラーに怯えるたちだった。樹里たちと見に行ったホラー映画だって、ほとんど耳を塞いで目を瞑っていたものだから、樹里にひどくいじられたのだ。

「ふうん」

 晶子ちゃんはまるで平気なようで、私はなんだかむっとした。自分一人だけが怯えているなんて間抜けな気がしてしまう。

「晶子ちゃんも、本当は怖いんじゃないの?」

 ちょっとだけ意地悪な気持ちで問いかける。怖いに決まっている。こんな場所。

「うーん。確かに怖いけど、一人じゃないし。莉緒ちゃんがいるからまだ平気かな。さすがに一人でこんなところにいたら泣いちゃうかもだけどさ」

 こちらを振り返りながら晶子ちゃんが微笑む。その笑顔に胸の奥が締め付けられる気がした。

 どうしてそんな顔を私に向けてくれるのだろう。そんな資格、私にはないはずなのに。

 だって、私は晶子ちゃんをいじめているのに。


 くだらない理由ではある。本当によくある話なのだ。それでも当人らにとっては消えない疵になる話だ。

 私たちのグループは晶子ちゃんをいじめている。嫌がらせをして、根も葉もないうわさを流して、まるでいないもののように無視をした。そうしようと言い出したのは樹里だった気がする。金持ちなのが気に入らないとか、顔が不細工だとか、そんな理由で。

 本当は、そんなことないのに。家が金持ちなのは樹里も同じだし、顔のほうだって晶子ちゃんは綺麗な方だった。

 それでも逆らえば何をされるかわからない。同じ年頃の女の子でも、力関係がある。決して平等ではいられないのが真実なんだ。

 だから絶対に晶子ちゃんは私のことを恨んでいると思ったのに、今はこんなにも私に笑顔を向けてくれている。そのせいで余計に分からなくなる。

 どうして晶子ちゃんは、私を責めないんだろう。

 どうして私たちは、こんないい子を虐げているのだろう。

 樹里がやれって言ったから?あの子に友達じゃないって言われるのが嫌だから私は晶子ちゃんを無視したのだろうか。ああでもそれはやっぱり、間違いだったのだ。

「ねえ、晶子ちゃん」

 声を出す。晶子ちゃんに謝るべきだ。今までのこと、無視したことを。

 私の声にあの子の髪が揺れる。真っ暗な中でもわずかな月明かりを受けて艶めく黒髪がきれいだった。

「どうしたの?」

 目と目が合う。晶子ちゃんの黒い目が私の目を見ている。その途端に私の言葉は喉元で詰まってしまった。言わなきゃいけないのに。ごめんねって。本当は無視なんかしたくなかったって。それなのにまるで水中にいるかのようにうまく呼吸ができない。その目に心の醜い部分を暴かれて責められている錯覚が私の胸を締め付けた。

 晶子ちゃんに言葉をかけることさえ、許されないみたいだ。苦しくて苦しくて、仕方がない。空気を求める遭難者の様に私は喉の奥の声をどうにか振り絞る。

「…………許して」

 呼吸と一緒に掠れた声が漏れる。どうにかして吐き出せた言葉がこれなんて、愚かしすぎて笑いも出ない。

 晶子ちゃんが驚いた顔で私を見つめる。そりゃそうだ。いきなり許してくれなんて。私、きっと変な子に思われてる。いたたまれなくて、顔をそむけてしまった。

 ほら、晶子ちゃんもなんて返したらいいのか分からなくて黙り込んでしまったじゃないか。せっかくまた話ができたのにその糸口をあっという間に失うなんて私はなんて馬鹿なんだ。

 底の無い暗闇に目を向けて自己嫌悪に陥っていると、不意に後ろから頬をつつかれた。

「へあ?」

 咄嗟に振り返って、晶子ちゃんの指が私の頬へ少し食い込む。晶子ちゃんはふふっと笑って私の頬から指を離した。

「まぬけづら」

「ちょ、なに!?なんで!?」

 晶子ちゃんがなんでこんなことをするのか分からなくて、私は頭の上に疑問符を浮かべることしかしない。晶子ちゃんは何が面白いのか、そんな私を見て小さく笑っている。伏せた長い睫毛が相変わらず長くて、どうしてだか私はそれに見とれてしまった。

「なんのことかわかんないけど、いいよ」

「え?」

「許してあげるって言ってんの」

 突然の言葉に今度は私が言葉を失う。晶子ちゃんは、相変わらず私を見て笑ってる。学校のチャペルに飾ってあるマリア様の絵みたいな笑顔だ。

 なんのことかわかんないなんて嘘だ。晶子ちゃんは全部わかってる。全部知っている。私がしでかしたことも、私が何に許されたいのかも。

 私が晶子ちゃんをいじめたことを許されたいことを、晶子ちゃんは分かっている。

 それなのに!どうしてこんなにも簡単に許してあげるなんて言えるんだろう!

 まるで世界の闇が晴れていくようだ。途端に私は理解した。やはり晶子ちゃんをいじめたことは間違っていたんだ。私は樹里の言うことなんか聞かないで、晶子ちゃんと一緒にいればよかったんだ!

 深い安堵に包まれて、私は笑う。声が涙で震えないように必死に誤魔化しながら「ありがとう」を呟いた。

 晶子ちゃんはなにも言わずに私の手を握る。それに応えるように、私は晶子ちゃんの手を強く強く握り返す。

 この手さえ握っていれば、この闇の中の世界も怖くない気がした。

 


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