ひとつめ
こういうものはニッチなものなので、お口に召したら珍しいくらいにおもっています。
へんに行儀のよい子供だと思っていたらこの世のものではなかったのだ。額の中央に人の倍ほどもある目玉をつけてしげしげと私を見ている。
「その鳥」
私の肩にはセキセイインコがいる。これももう6年も前に死んでいる筈だが、子供には見えるらしい。インコは一ツ目の指先にたわむれる。一ツ目は嬉しそうに鳥をつかまえようとする。可愛相なので左手で制するとやにわに駄々をこねはじめる。うるさいと一喝すると今度は大目玉いっぱいに涙をうかべ、箪笥が飛んで電灯がはじける。しかしこの鳥を遣る訳にはいかぬ。翌日私は小鳥屋で小さな籠を求めた。その中に卵を一つ入れると、寝室の隅に置く。果たして一ツ目は興味津々だった。
「かえるの、かえるの」
かえしてごらん。私は笑った。だが無精だからかえるはずもない。
それから三年。今も夜半になるとかすりの着物を着た大頭の子供が、からからの卵を覗き込んでいる姿がみえる。
(1999/10/18記)
一つ目小僧は江戸妖怪の最もポピュラーなもので、単に小僧の幽霊だったものが1つ目や大頭や狸の化け物や、豆腐小僧などに派生したようですが、基本は黄表紙にしか出没しません。