3人目の仲間
勢いよく走り出したユークだったが、すぐに十字路で立ち止まる。
「どっちだ?」
他国のしかも王宮の中など、田舎育ちのユークに見当が付くはずもない。
右目に頼ってみたが、離れているミグの反応はない。
代わりに、後ろから見慣れた数字『545』がやってくる。
「待ってくださいー! ご主人様! いえ、主君、あるじ、マスター!」
どれも微妙にずれていた。
本来、騎士階級の者には、無茶な命令に従う義務はない。
この騎士の娘を娼婦の列に並べるというのも、マデブ王の意地の悪さから出た、思いつきの娯楽でしかなかった。
「えーっと、君?」
「ラクレアです!」
「ラクレアもさ、王さまの命令だとしても、あんなの気にすることないよ。騎士を譲るなんて聞いたことがない」
奴隷みたいに、と付け加えるのはユークも我慢した。
「けど、私の力を必要としてると! それに、もうトゥルス国の騎士ではなくなりました……」
自分たちとは別の形だが、同じように母国がなくなった彼女に、ユークは同情してしまった。
「う……。だとしても、俺には君ほどの戦士を雇う金はないよ」
右目のこれが故障してなければね、と付け加えるのも飲み込んだ。
「そう、それです!」
ラクレアは、ユークの言葉にまた強く反応した。
「どれですかね?」
「私を戦力として、騎士として見て下さる部分です! 父の失態から女の身で家を継ぎましたが、この国ではもう騎士としては扱って貰えません。貴方が私を必要としてくれるなら、何処までも付いていきます!」
ラクレアが高らかに忠誠を誓う。
この時代の理想の騎士像とやらを、こじらせた結果ではあったが。
「ええー……」と困惑のするユークの右目に、また別の数字が浮かぶ。
大きな反応だがミグではない。
測定能力よりも探査能力、こっちが便利かもしれない。
これなら、森の草木に隠れた獲物も見つけ易いだろうとユークは感じた。
廊下の先から歩いて来たのは、見覚えのあるトゥルス騎士団の副団長。
戦闘力は変わらずに『228』を示す。
つまりこの<<弱者の物差>>――ユークは名前も知らないが――は故障してない。
ユークは一度ラクレアに視線を戻す。
とても信じられないが、この手を合わせて懇願する女騎士が、この国でもトップ級の戦闘力なのは事実のようだった。
「当面は俸給も出せなけど、それで良いなら」
「はい! ありがとうございます! 精一杯尽くします!」
ラクレアは喜びの余り、また両手を掲げてくるくると回りだす。
自分の判断が正しいのか、ユークはまったく自信がなかった。
そんな二人の前に、7歩ほどの距離をあけて男が立ち止まる。
「さて、話は済んだようだね。では質問に答えてもらおう。この先は陛下の寝室だ。君たちは、ここで何をしている」
副団長は、ユークから目線を外さずに問いかけた。
時間は少し遡る。
ミグは身体中を這い回る手に、身に付けている物を一つ一つ、一枚一枚剥がされていた。
屈辱に瞳が燃えるが、それ以外は決して表に出さない。
それがせめてもの抵抗だった。
金色の瞳の先ではマデブが椅子に腰掛け、甘味をつまみながらミグの裸を眺めている。
脱がすのは、マデブお気に入りの女達の役目。
このデブには、女に脱がされる女を眺めるのが好きという、常人には理解し難い趣味があった。
「もうよいぞ。下がれ」
上と下、あと一枚ずつというところで、王は女どもに命じた。
あとは自分が楽しむつもりだった。
出っ張った腹を揺らしながら、ミグの肩を押してすぐ後ろのベッドに倒す。
肌に触れた砂糖でベトベトの手が、ミグにはこの上なく気持ち悪かった。
かつて、もっと危ない目にもあったが、その度に兄であるアレクシスが助けてきた。
『兄さまが生きていれば……』
そう思うと泣きそうになったが、こんな奴に涙を見せる気はない。
荒い息遣いとともに、マデブがさらに一歩ミグに近づいた。