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決着の時


 サラーシャは、そっと部屋に入った。

 脱ぎ散らかされたミグの衣装を一つ一つ拾い上げ、敬愛する王女殿下が裸で寝てることを確かめた。


 戦いに赴いたユークを内緒にもしておけないが、ミグを放ってもおけない。

 まずは毛布をめくってミグの下腹を見た。

 リリンの付けた懐妊の文様は、綺麗さっぱりなくなっていた。


『無事に終わっても騒動が……まあ良いでしょう。出来たものは仕方がない』


 毛布ごとミグを抱えあげると、王女の居室に連れていってベッドに放り込む。

 明け方までうるさかったのだ、当分は起きてくるはずもない。


 他の侍女に、目覚めたら直ぐに湯船に漬け込むように命じて、主だった面々を集める。


「ユークちゃんが!?」

「ユークさまが!?」

 ノンダスとラクレアは驚いた。

 まさか一晩で回復するとは思っていなかったから。


 ユークの他人の加護を奪う能力、それが上手くいっても早くて十日後かそれくらいと、ノンダスは考えていた。


「で、どうだったの?」

 勝てる気配があったか、ノンダスが聞いた。


「ミルグレッタ様のお力を使いこなしておられました。もし、ユーク様で駄目ならもう他に手段は……」


『これから生まれる御子に賭けるしか』との言葉を、サラーシャは飲み込んだ。


「大丈夫なんじゃないの? すっごい元気だったわよ」

 ティルルが眠そうな様子で、適当に答えた。

 ミュールは会議に出ていない。


「……根拠は?」

 ラクレアが尋ねた。

「そりゃもう……エルフの感覚は鋭いの。昨夜は二人の声がうるさくてねえ」


「あー」と、ラクレアもノンダスも察した。

「ちょ、ちょっと待ってくだされ! サラーシャ、昨夜とは……まさか姫様が!?」


 元は王国の重鎮、老将軍だけが一人慌てた。


 だがユークを放っても置けない。

 あとひと押しの援軍が勝負を決める可能性もある。

 動ける者だけでも急いでユークの後を追うと決まった所で、王都の方角から大音響が上がる。


 急ぎ飛び出した一同と兵士達が見たものは、天を突くほどに舞い上がった火炎の柱だった。



 ユークはこの時になって、<<カウカソス>>がこれまで力を押さえていたことを知った。


 全身を金洋毛の加護で守り、初めてこの火神の剣は本気を出せる。

 道中に魔物は一匹も居なかった。

 多くはアレクシスを恐れて逃げ、残ったものは全て喰われた。


 再び対峙したアレクシスは、やはり一切の話が通じなかった。

 理解している様子もなく、ただ暴力のままに破壊する。


 ユークの剣技では、この生まれたての魔族に刃を当てるのは難しかった。

 だが刀身からは炎が溢れ出し、かすめるような攻撃でも確実にその体を炭へと変える。


 無言のままユークは追い詰めると、アレクシスも武器を取った。

 バビルサの残した巨大な戦斧を拾い上げ、軽々と振り回す。


 何度目かの剣と斧の衝突の後、ユークは強く気合を入れた。

「おおおおおっ!」と雄叫びと共に跳ね上げたカウカソスが、オークの斧を両断する。


 二人の持つ神の加護は、当然ながらアレクシスの方が強い。

 黒いオーラが金色のオーラを覆うほどだったが、ユークの手にはかつてアレクシスの物だった剣があった。


 長く伸びた魔族の爪がドワーフの鎧を削る。

 ただの鉄と革の素材なら一撃で壊れる程の威力だったが、今のユークには届かない。


 アレクシスは、鎧の左胸に空いた穴に目を付けた。

 昨日はぎりぎりのところで心臓をえぐり取られるのを防いだが、再びそこからユークの命を刈り取ろうとした。


 一年足らずの間だったが、毎日のように戦うか訓練してきたユークは、敵の狙いに気付く。

 そして、わざと隙を作った。


 互いに深く踏み込み、相手の懐を狙う。

 魔族の爪は……金羊毛の加護に阻まれた。


 剣の発する炎から両腕と体を守っていた加護を、ユークは胸の一点に集中させていた。


 同時に、両手を焼かれながらもカウカソスをアレクシスの胸部へ深く刺した。


 致命的な一撃にアレクシスは大きく暴れ、ユークの手から剣が離れる。

 だがその程度では絶命に至らず、大きく飛んで逃げようとした――。


『まずい、逃げられる!』

 ユークが次の手を探した直後、その足元に半分に折れた槍が突き刺さる。

 ヨトゥンの槍の穂先は、大地と魔族の足を凍らせ動きを奪う。


「何をしている。その武器ならば、主の手を離れようと命令に従うぞ」

 ユークの後ろから、エルフの声がした。


 振り向くことなく、言葉の意味を理解したユークが命じた。

「我が剣よ、全ての力を解き放て!」


 胸に刺さった剣を、必死で抜こうとしていた魔族の両腕が燃える。

 一瞬の間をおいて、天高く炎が吹き上げた。


 体の中から火神の炎を浴びた魔族は、しばらく立ち尽くすと、よろめきながら王宮へ向かった。


 その歩みは遅く全身が炭になるまでかかって、ようやく王宮へ辿り着いた。


「最後は、己の生まれた宮殿で死ぬか……」

 いつの間にか隣に来たミュールが、同じ王族であったアレクシスの最期に感傷的な言葉を送った。


 ユークは、何も言わなかった。


 カウカソスの炎は益々勢いを増し、遂に王宮全てを飲み込んだ。

 脆い石から砕け始め、王宮が崩壊する。

 魔族となったアレクシスは、最後の一片までも灰になる。


 最期を見届けたユークは、ミュールに聞いた。

「どうしてここへ?」


「エルフの感覚は鋭いのさ。出てく気配に気づかぬと思ったのかい? それに……一晩中うるさくて眠れやしない。この、下手くそめ」


「待て。待てまさか、昨夜のあれを!?」

「ああそうだ。あんな安普請なら聞こえない方がおかしい」


「なんてやつだ、このエロエルフ!」

「何を言うか、戦場でおっぱじめる奴が悪い。しかもお前ががっつくから王女がおびえて……」


「すまん、もう勘弁してくれ」

「まあ、言っておくが、ずっと聞き耳を立ててたわけではないぞ? 酒を持って外に避難したけどな。そこには、同じく逃げてきたティルルも居たがね」


 戦いには勝ったが、ユークは死にたくなった。


 長身のエルフは、ユークの肩を叩いて言った。

「ヒトにしては中々のもんだ。戻ろう、仲間達がこちらへ向かってるぞ。そうだな、今度、女を鳴かせるエルフの技を教えてやろう」


 ユークは、アレクシスの墓標となった燃え盛る王宮を後にした――。

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