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王都の戦い3


 失われたはずのコルキス王国の正統後継者。

 その者が、姿だけは生前のままに現れた。


 付き合いの長かった者ほど、混乱と動揺も激しい。

 特に妹であるミグにとっては、その場に座り込むほどの衝撃だった。


 兄の遺体は自分の目で見たが、『実は生き延びていて、わたしの窮地を救いにきてくれた』との思いが、どうやっても消せない。


 大声で「お兄さま!」と呼びかけたが、アレクシスはミグの方を見向きもせず、手近にいた兵士の一人を殺して血を吸収する。


 兄がコルキスの兵を殺し血を飲むなどありえない。

 だから”あれ”は兄ではないと、ミグも頭では分かったが体は動かなかった。


 混乱するミグと兵士達の前で、ユークは早くに冷静さを取り戻した。

 付き合いが1ヶ月程と短かったせいもあるが、このままでは全滅だとの危機感が体を動かす。


「惑わされるな! 見た目だけだ! 本物のアレクシスではない!」


 大きく叫ぶと、ミグから貰った王家の宝剣を兵士に見せつけるようにしてアレクシスに叩きつけた。


 人型の魔王の眷属は、竜の鱗も切り裂く神剣の一閃を素手で弾いた。

『嘘だろ!?』

 ユークもこれには驚き、飛んで離れる。


 代わってミュールが槍を繰り出すが、今度は左手一本でさばく。

 優れた素体を元に、バビルサの力も吸収したアレクシスの強度は、神の域に達しようとしていた。


「今度は、焼き斬る!!」

 ユークの掛け声と共に、神剣カウカソスが炎をまとう。

 斬れないなら燃やせば良い、両腕の焼ける痛みなど無視した全力の攻撃。


 この攻撃は、アレクシスも受けずに避けた。

 カウカソスの炎がアレクシスを追うが、本体まで届かない。

 

 じわりと、紫色の体から黒い糸が溢れ出す。

 ミグが持つ王家の加護、伝説の金羊毛に例えられる金色の魔力が、今は黒かった。


 身体や魔力の大幅な強化のみならず、あらゆる攻撃に対して抵抗を持つ、人類世界でも最高峰の神の恩寵。

 コルキス王家にのみ伝わる力が、ユークの前に立ちはだかった。


 だがユークは諦めない。

 前衛を務める戦士の役目に、時間を稼ぐことがある。

 最大火力を持つミグが立ち直るまで、どこまででも粘ると決め、アレクシスに挑む。


 ミグの隣では、サラーシャが泣いていた。

 彼女が子供の頃から憧れて、子まで産んだ優しく強い王子、それが魔王の手により敵となった。


 サラーシャの心にあるのは絶望で、隣に座る主君のミグはもっと深い絶望を感じてると思っていた。


 そんな二人の間に、一人の女性が立った。

 背の高いエルフの女は、ミグの衣服を掴んで乱暴に引き上げる。


「立ちなさい、ミルグレッタ。それでも女王になる者ですか。あなたが立たねば兵も仲間も愛する者も、みな死にますよ」


 同じ王家の娘からの叱咤に、ミグはよろめきもせずに立った。

 いまだ足に力が入らぬサラーシャには信じられない光景だったが……これで、コルキスの民に勇気が戻った。

 兵士達は捨て身の攻撃で時間を作る。


 ティルルがいった。

「わたしが先に撃ちます。あなたの一番の魔法で、止めを刺してください」

 ミグは黙って頷いた。


 黒羊のオーラを漂わせるアレクシスに対して、金洋のオーラをミグが発現する。

 一挙に数倍に跳ね上がった魔力は、神でさえ恐れる魔法として練り込まれた。


 十数人の兵士が虚しく死んだ。

 ミュールの槍でさえ折れ、ユークの攻撃も体に届かない。


 しかし男達は、充分に時間を稼いだ。


「いきますよ」

 ティルルが合図と共に数体の精霊を解き放った。

 エルフの操る精霊は、直接攻撃はせずにアレクシスの視界を困惑させる。


『邪魔だ!』と言わんばかりに、アレクシスが全身の魔力を解き放ち爆発させた。


 土埃や瓦礫、死体までも吹き飛ばす威力だったが、ミグの目は兄だったものをしっかり捉えていた。


「今です!」と、ティルルが合図した。

 王宮の遥か上空から、ありったけの魔力と熱量を集めたミグの青白い<<シリウス>>が直撃した。


 この大威力の一撃をミグは完璧に制御した。

 第一波で全身を撃ち付けて拘束し、徐々に焦点を絞る。


 岩石でさえ蒸発する熱が指向性を持ってアレクシスの魔法防御を貫き、その素体を溶かし始める。


『やったか!?』とは、誰も言わなかった。

 白い光で何も見えなかったのだ。


 徐々に……輝きが収まる。

 いや、闇が光に対抗するように広まる。


 左手を掲げたアレクシスが、己の加護と魔王から分け与えられた力、全てを混ぜ合わせて抵抗する。


「もっと細く、そして強く!」

 一点突破、ミグの魔法が遂に黒い魔力を突破して大地を溶かした。


 ユークがとっさに拾った木の盾は、ミグの攻撃の余波で炭になっていた。

『もう使えないな』と、足元にごろんと投げる。


 アレクシスが立っていた場所は、大きな穴が開き、中では岩が赤く燃えている。

 が……戦士の勘は、まだ構えを解くことは許さなかった。


 ユークは、駆け寄って来ようとしたミグに『来るな』と合図し、それから叫んだ。


「駄目だ、逃げろ!!」


 赤い穴から黒い影が飛び出す、アレクシスだった物はもう人の動きではなかった。

 空中でくるりと周ると、目に付いた兵士へ口から襲い掛かる。


 血をすすり頭を砕いて脳を喰う。

 次から次へと兵を襲うと、一番美味そうな獲物に目を向けた。


 立ちはだかったラクレアとノンダスを簡単に蹴散らし、ミグに狙いを定める。

 彼女が持つ加護と魔力を奪えば、魔王に生み出されたこの”魔族”は比類なき力を得る。


 サラーシャがミグを庇って覆いかぶさるが、二人まとめて餌食にせんと魔族は右腕を振り上げた。

 

 ガッ! ユークの剣と右腕がぶつかった。


 今出せるギリギリのところまで、カウカソスの力を引き出す。

 右手に刃が食い込み、ユークは敵の左半身に回り込む。


 魔族の左腕は、ミグの魔法で消滅していた。

『勝てる、いや勝たねばみんな死ぬ! ならば……!』


 ユークは、プロメテウスが授けた全てを剣から解放すると決めた。

 恐らくは、無防備な彼の体は一片も残らぬ……。


「ユーク!」と呼ぶ声が耳に入った。

『あの子が生きててくれるなら、死んでもいいが……せめて、一回くらい一線を超えたかったなあ』


 ユークが剣に呼びかけるその刹那、時の流れが遅く感じる程の集中――アレクシスの左腕がゆっくりと再生し、ユークの胸を貫いた。


 周りから見ると、一瞬だった。

 魔族の右腕を破壊し、軽く押し込んだユークがバランスを崩した敵の左側へ動く。

 素晴らしく華麗でなめらか、ノンダスも『見事!』と言う他にない動きだった。


 それから覚悟の一閃を叩き込もうと、僅かに青眼から剣を浮かせる。

 ほんの少しの隙間に、魔族の左腕が突き刺さった。


「いやあああーーー! ユーク!!」

 ミグにとって、全てを失った叫びになる……はずだった。


「仕方ないなあ。この体、作るのに三十年はかかったんだぞ?」

 リリンが、意識を失ったユークの首をむんずと掴み、後ろに投げた。


「たかが自称魔王の召使いが、大地母神レアーの眷属に敵うと思うてか!」

 勇ましい台詞の後に、リリンは付け加えた。


「呼吸を止めるくらいの間だけ防いでやる。さっさと逃げろ」


 何の特技もない、非戦闘員のリリンにとってはそれが限界。

 だが、生きてる者にとっては充分な時間。


 ノンダスが武器も盾も捨て、ユークを背負う。

 ティルルがミュールに肩を貸し、ラクレアがミグを抱え上げた。

 兵士達も武器は捨てても負傷者は見捨てずに退却する。



 全てを賭けた王都の戦いは、惨敗に終わった。


 

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