出征
ユーク達がテーバイに着いた時、珍しくも出迎えがあった。
以前、共にクラーケンと戦った戦友達だけでなく、商人やテーバイの新議長の姿まであった。
前議長ライオスの後を継いだのは軍人上がりのマッチョで、ノンダスとも友人だった。
「ノンダス! お主ほどの者が腕を失うなど……いや、生きててくれて良かった!」
新議長のペロピダスは、がっしりと抱き合ってノンダスを迎えた。
マッチョ同士の抱擁に、誰もが『暑苦しい』と思ったが口に出す者はいない。
「各地の事情や情報は山程入ってきている、どれも悲痛なものばかりだ。しかし、その中にお主の名前があった。よくぞ我がテーバイの誇りと威光を諸国に示してくれた、俺はお前を誇りに思うぞ!」
「政治家になって弁が立つようになったのね、ペロピダス。けどわたしの力じゃないわよ、活躍できたのはね」
ノンダスがユーク達を前に押し出す。
「ユーク・ヴァストークです」
初対面でもあり、ユークは一応自己紹介をした。
都市国家の指導者は、若者に疑いの目など向けることもなく、ユークの手をとっていった。
「もちろん存じていますよ。先のクラーケン襲来の折には、大変世話になりました。全市民に代わって礼を言わせてくれ、ありがとう」
強く手を握った後、ペロピダスはユークに感謝の抱擁とキスをした。
それを見たミグとラクレアが三歩下がる。
感謝の抱擁を空振りしかけたペロピダスは、次にミュールを捕まえた。
「新しいお仲間ですかな? エルフの方がテーバイへいらっしゃるとは珍しい」
「エルダリア国、ジュライ家のミュールと申します、閣下」
議長ともなれば外交の知識を詰め込まれる。
当然、『どちらさま?』などと聞き返す事もなく、エルダリア王族の来訪を略式ながら丁重に歓迎した。
ティルルも挨拶したが、議長は抱きついたりしなかった。
安心したラクレアも名乗ってから、ミグの番になった。
ほんの少し、ミグは薄汚れた自分の旅装を気にしていたが、この旅で初めて本名を名乗った。
「ミルグレッタ・メイデア・コルキス。お見知りおきを」
「これは……お目にかかれて光栄にございます、殿下……いえ陛下」
議長は、何とか反応した。
交流のないエルダリアと違い、東の大国コルキスとは長い付き合いがある。
滅亡に瀕したとはいえ、実質の女王の来訪にテーバイの官僚が慌て始めた。
「いいの?」とこっそりユークが聞いた。
「もういいわ。あとは、国を取り戻せるか死ぬかどっちかだもの。恥もクソもないわね」
後ろで聞いていたサラーシャが、卒倒するような台詞でミグは覚悟を述べた。
「ノンダス、お願い」
細かいことまで言わず、ミグが声をかけた。
一つ頷いてノンダスは頼まれた。
議長とこそこそと話を始める。
「しかし……歓迎式典が!」
「いいから、そんな状況じゃないでしょ?」
「だが、外交ってものがな……」
「直ぐに出てくから、いいの」
「そうは言ってもな……」と、ここでペロピダスはノンダスの無くなった右腕を見ていった。
「お前、まさかまだ戦うつもりか!?」
ノンダスは静かに頷く。
船の中で、ユークとも話し合った。
『せっかくテーバイへ着く、静養して欲しい』とユークは伝えたが、ノンダスは断った。
「まだ貴方たちだけに任せるのは不安よ」と。
戦闘力が半減しても、指揮を執れるのはノンダスしか居ない。
知識、経験ともにまだまだ熟練の戦士は欠かせない。
自らの浅い判断で原因を作ったユークは、その言葉に逆らえなかった。
そして、「次の戦いが終わればしっかり休むわ」
その言葉に甘えることにした。
ノンダスは、かつての戦友だったペロピダスに一言だけ伝えた。
「わたしの今のバディは、あの子なのよ」
「そうか……うん、分かった」
軍人上がりのペロピダスは、聞き返す事もせず納得した。
その夜は、議長の家に招かれた。
食事が振る舞われ、ノンダスの友人や商人たち、医術師や義手職人などが次から次へと呼ばれた。
義手は間に合わなかったが、ペロピダスは街の恩人と友人に出来る限りの準備を整えてくれた。
「えっ、こんなに?」
翌日、テーバイを出る人数にユークは驚く。
再建されたばかりのテーバイ軍から三十名、冒険者も十名程が噂を聞いて集まった。
『東方の大国を取り返す』この噂は、一日で街の外まで広まっていた。
商人ギルドの尽力で必要な物資は夜明けには出発し、ユーク達もその後を追うことになる。
「いいのかな?」
ユークは戸惑いもあってミグに聞いた。
「助けてくれるって言うなら、助けてもらいましょう。どうせこの先はもっと増えるもの。これ、宰相からの便りよ」
ミグが差し出した手紙には、コルキスの近況があった。
いよいよ切羽詰まった状況だが、反攻作戦の為に臣下も国軍も再起しつつあると。
ミグの帰国に合わせ、二万は集まるでしょうとも。
季節は、すっかり春になっていた。
半年前、たった三人でこっそり訪れたテーバイから、今度は市民に見送られながら出征する。
アルゴに跨がり先頭に立つユークや、援軍に向かう兵士の見送りも居たが、市民のお目当てはミルグレッタ姫。
わざわざ用意された白馬に、サラーシャが手間暇かけて整えた長い銀髪。
祖国を救いに旅立つ王女という絵物語に大きな歓声があがる。
「照れくさいわね……」
ミグはユークに馬を寄せて呟いた。
「心配するな、お前は死なせないよ」
ユークは強い決意をミグにいった。
「えっ……はい……うん」
勝つか死ぬか、先日の覚悟への返事だと気付いたミグは、強く言い切ったユークの横顔から目が離せなくなった。
頬を染めながら若き騎士に従う美しき姫の構図に、またテーバイ市民から大きな声があがった。
この日のテーバイの様子を謳った詩や歌が数多く残る。
それに触れる度にミグは恥ずかしさで死にたくなるが、それは遥か後の話。
ユークは初めて、ミグは6年ぶりに、コルキスの土を踏んだ。
いまさらですが、ノンダスの元ネタはテーベのエパミノンダス
ラクレアはヘラクレスから
メインの二人は最初スホーイとミグにしようと思ってたのですが
余りに安直だったのでミグだけ残しました




