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ドラゴンスレイヤー


 細長い体躯に長い尻尾、頭から尾の先まで背びれのような突起が並び、広げた翼は薄く鋭い。


 ワイバーンにも見えるが大きさが桁違い。

 四つの手足を持ち、唸り上げたのは竜の咆哮。

 離れて陣取る兵士の顔が恐怖に怯え、早くも包囲網が崩れた……。


 卵の近くで待ち構えていたミュールがユークに話しかけた。


「なあ、これは良くないんじゃないか?」

「ちょっと予想以上だ……」


「エルフにも竜対峙の伝説はあるが……一番最近でも二千年以上も前っ!?」

「避けろっ!」


 漆黒の鱗を持つ竜がユークに向けて破壊的なブレスを吹きつける。

 だが竜の攻撃は、二人の直前でリリンに弾かれて海に飛び込んだ。

 海の一部が爆発を起こし、塩が結晶になって降り注ぐ。


「いてて。危ないな、体が持ってかれるとこだった」

 ドラゴンブレスを曲げてそらしたが、戦闘向きでないサキュバスにはそれが精一杯。


「こいつ、カザンの黒竜ユランだね。生きてたのか……いや、魔王に喰われたんだな。うちには無理、もう限界!」

 それだけ言うと、リリンはあわてて姿を隠して逃げた。


「で、どうする?」

 戦うか逃げるか、ミュールが問う。


 黒竜ユランのお話は、ユークも聞いたことがある。

 故郷の村からも遥か東に居たという伝承のドラゴン。

 ユークが魔王に出会うずっと前に、取り込まれていたのだと予想が付いた。


 もう一つ、ユークは気付く。


「今の攻撃で、少しだけ戦闘力が下がった。あと……50発も打たせれば倒せるかも?」

 

 少しだけ、ほんの2000程度だがユランの力が落ちていた。

 リリンに無理やり叩き起こされ、万全にはほど遠い。

 もし完全体で生まれ、同時に周囲の兵士を食えば、手の付けられない怪物になるはずだった。


「50発!?」とミュールは驚きの声をあげる。


「それだけあれば、この国は燃え尽きるんじゃないのかね?」

 軽口を叩きながら、エルフの王子は槍の重さを確かめた。


「10発で済むようにするのが俺らの役目だろ?」

「まあそうだな。君が正しい」


 ユークは剣をミュールは槍を黒竜ユランへと向けた。


 厄介なドラゴンの咆哮――生物の動きを縛り恐怖を呼び寄せる――は、高い魔法防御を持つエルフには効かない。

 また、ユーク達の装備する最高級の鎧にも対抗魔術が付与されている。


 記録にある限り、一千年ぶりに人里に現れたドラゴンとユークは戦う。


 ユークの持つ『神剣カウカソス』は、竜の鱗も貫く。

 切りつけた手応えからユークは判断した。

『駄目だこいつ、腐ってやがる。とても食えそうにない』と。


 ゴブリンから奪った右目の能力、ポイニクスから奪った再生能力、このどちらも酷く減衰して何時消えるか分からない。


『食える魔物は食う!』

 そう決意してたものの、”加護”を持つような強力な魔物などそうそう居ない。


 戦いは、竜の足元から突き上げるミュールの方が活躍していた。

 ノンダスとラクレアは陽動に徹する、彼らの武器は竜に通らない。


 何度か飛ぼうとした黒竜ユランだったが、その度に弓に持ち替えたティルルとミグの魔法が翼を叩く。


 竜のブレスの威力は、ユークの聞いた伝承以上の威力だったが、腐った体は正確性を欠き周囲の山々を砕く。

 ただしその破壊力は、新しい地図が必要になるほどだった。


 短くも激しい戦いが終焉に近付こうとしていた。

 後ろに回り込んだユークが、長い尻尾の半ばから斬り落とすと、黒竜ユランはバランスを失い倒れた。


『ここで!』とユークが目の前に落ちた頭部へ突進するが、ノンダスから「まだ早い!」と声がかかる。

 ユークの右目にも14万の数字が残っていたが、思い切って飛び込んだ。


 だが、やはり早かった。


 竜の虚ろな光のない目がユークを確認すると、巨大な口を開いて地面に向けてブレスを吐き出した。

 大地がめくれ、岩石が溶けて舞い上がり、光を反射する結晶となって落ちてくる。


「くそっ、見失った!」

 ユークの視界から竜の頭が消えた。


 視界を塞ぐ爆炎の中、上からきた竜の前足は剣で受け止めたが、同時に繰り出された竜の牙がユークの鎧に食い込む。


「くっ……!」

 ドワーフの鎧はよく耐えた。

 だがそれでも、高い音を立てて金属が歪み始める。


 ミグの魔法、ミュールの槍、ラクレアの投擲が動きの止まった黒竜に集中しても顎は開かない。


『一呼吸、あと一呼吸出来れば、この剣で頭を真っ二つに……』

 ユークは、竜の牙に抵抗しながら隙を探すが、圧倒的な力は強まるばかり。

 ぼきりと音を立て、ユークの肋骨が折れた。


「ぐはっ!」

 大きく息が漏れてしまったユークの側で、聞き慣れた声がした。


「だから言ったじゃないの。ほんと、若い子はせっかちなんだから」


 ユークを見たノンダスがにやりと笑った。

 最期に余裕を見せる敗者の微笑でなく、部下に勇気をもたらす戦士の微笑み。

 

「よいしょおーー!!」

 ノンダスは大きな歩兵の盾と両手を竜の口へ突っ込んで、力任せに盾をねじる。

 僅かだが竜の顎が開き、その隙間からユークを蹴り出した。


 バカン! と大きな音を立てて、歩兵の盾は潰れた。

 何事も無かったかのように片手を竜の口から引き抜いたノンダスは、落ちていたユークの剣を拾って投げ渡した。


「さあ、あんたが決めるのよ!」


 折れた肋骨など物ともせずにユークが駆ける。

 ユークは、ノンダスの右腕が食いちぎられたのを見ていた。


 今度は間違いなくユークは動いた。

 竜の下顎を二つに割ったあと、喉笛に剣を突き立て全力で炎を送り込む。


 元々、熱には強い竜種だ。

 致命傷にはならなかったが、閉じることが出来ない口から魔力が漏れ出す。


 無秩序に放たれる竜のブレスをかいくぐり、両の前足と右の後ろ足を切断したところで黒竜ユランは諦めた。



「ノンダス! う、腕が!」

 一息付いたユークが真っ先に向かったのは、師匠とも呼べる戦士のもと。

 右腕の肘から先は食いちぎられたが、悲鳴一つ上げずに自力で止血していた。


「治療師を、早く!」と誰かが後ろへ向かって叫んだが、ユークの耳には入らない。


「ごめんなさい……俺が、指示を聞かなかったばかりに……」

 無謀にも飛び込んだ自分のせいだとユークは感じていた。


「そうね。あなたならもっと冷静な判断が出来たはずね」

 腕の根本を縛ったノンダスが立ち上がる。


「けど、よくやったわ。竜を倒すのに、危険と代償がないはずないわ。こうして立ってるということは私達の勝ちよ! 当分、稽古は付けてあげられないけどね」


 そういってノンダスは、ユークの頭を左腕で撫でた。


 魔王の眷属となった竜が完全に動きを止めるまで、さらに5日かかった。

 生き残った兵士達が鎖で固定し、動く組織を神聖魔法で一つ一つ潰して回ったた。


 ノンダスの右腕は細かく潰れ、”接合”は不可能だった。

 ”再生”の魔法もあるが、それは伝説と呼ばれるほど高度な魔術。


「今は先を急ぐのよ。コルキスの卵にも時間がないわ」

 傷口から熱が出たノンダスが、寝たままで一行を急かす。


 船は、ノンダスの故郷、テーバイの港へ入った。

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