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一つ目の卵


 ミグは魔法使いである。

 灼熱の魔法を操る攻撃に特化したタイプは珍しい。


 普通の魔法使いは、もっと役立つ技術を身につける。

 代表的なものが、通信と運搬と強化。


 遠くと情報のやり取りをし、重量を減らし大量の荷物を運び、強化された道具は農業・鉱業・林業などを盛んにする。


「それが、これだ!」

 ユークは通信用の水晶球を取り出した。

 戦いの合間、暇があれば仲間達から文字を習っていた。

 その成果を見せる時が来たのだ。


 水晶に指で文章を書いて、送りの呪文を最後につけると、直ぐに返事が来た。

 大商人バルカの用意してくれた船からだ。

『了解した。西岸のパドウェに向かう。5日の予定』


「出来た!」

 ユークは自慢げに水晶を見せる。

 何時も文字を教えていたミグとラクレアが、揃ってユークの肩や頭をばんばん叩きながら褒める。


 ノンダスにとっても若者の成長は嬉しいが、寂しくもある。

 個々の戦闘に関しては、もう追い越されたと感じていた。


『底がない。いいえ、天井がないのね。この二人……』

 この世界で魔王と対峙して生きてるのは、ユークとミグだけだ。


「ユークちゃん、そろそろ指揮の勉強もした方がいいわね。テーバイに戻れば軍事関連の書物があるから読みましょう?」

「ええっ、勉強!?」


 そんなもの、森に暮らしてた頃も冒険者になってからも、無縁だと思っていた。


「そうよ、読み書きは士官の第一歩よ。これからコルキスを背負っていくのでしょ?」

「ええっ、俺が!?」

 

 ユークは思わずミグを見てしまう。

『俺は誰にも言ってないのに』という視線だったが、ミグはすっと目を逸らす。

 

 代わりにサラーシャが答えた。

「ミルグレッタ様の夫となられるには、それくらい当然でしょう。いずれは再建した全軍の先頭に立っていただかねば」

 

 ミグは女性陣と会話を共有し秘密なんてなかった。

 しかも、以前なら全力で否定するはずのミグが、軽く頬を染めてうつむくのみ。


 その様子を見て、ユークもいよいよ追い詰められたと感じた。

『もう決定事項なのかよ……』

 心の中で呟き、賢明にも口には出さなかったが。


「ユークさまも年貢の納め時ですかー。残念ですねえ」

 本気か冗談か分からぬ口調でラクレアが慰める。


 どうしたものか……とユークも悩む。

 ミグの境遇や容姿に惹かれて一緒に旅をしてきたのは事実だが、周りから囃されると逃げたくなる。

 彼はまだ若かった。



 ユーク達は、西から登ったアペニン山脈を東へ降りる。

 港で船に拾われ、海を渡ればテーバイに着く。

 そこからは陸路で1ヶ月余りでコルキス、旅は終盤かに思われた。


「あれは、なんだ?」

 海を見下ろせる山道、そこから海岸に異様な物体をユークは見つけた。

 黒い瘴気をまとった”魔王の卵”だった。


 リリンが確認して断定する。

「あらら、あれはヤバイね。もうすぐ羽化するよ」


「もうすぐってどれくらい?」

「一ヶ月もなさそう」


「そんな! コルキスの卵は5年前のものだろ?」

「知らないよー、同時に孵るように設定したんじゃない?」


 魔王の産んだ三つの卵、その一つを前にして作戦会議が行われた。

 数キロの距離を置いて数千の兵士が見張っているが、魔物の姿はない。


「さて、捨て置いて先を急ぐか手を出すかだけれど……」

 ノンダスは一応提案するが、ユークの顔を見れば答えは分かる。


「やろう。今なら全員が万全で、準備も整えられる。放っておけば西海岸は全滅だ」

 ユークが即答する。


 特に反対意見も出ない。

 ミグも大きく頷く、彼女はユークのこういうところが大好きだった。


 ユークの自信も根拠がない訳ではない。

 通常の戦場で使われる強化魔法、さらにエルフの守り、長い禁欲で貯め込んだ力、これらをかけ合わせてユークの戦闘力はおよそ6万。


 ミュールは4万5千、ラクレアとノンダスが1万5千。

 サラーシャは大きく離れもうミグの護衛しか務まらないが、そのミグが完全に集中すれば8万を超える一撃が出せる。


 これ程の好機は滅多になく、見張りの兵士に早速申し入れる。


「俺達が戦う。危ないから手を出すな」と、大上段な物言いだったが指揮官は素直に受け入れた。


 なんでも、「最近は夜毎に卵から咆哮が聞こえるんだ。何とかしないとと思っていたが、何も効果がない……」

 そう言って指揮官は、噂に聞く冒険者の一団に頼ると決めた。



「少し手伝うよ。卵はうちが割る。レアー様には内緒だよ?」

 大地母神の眷属が完熟する前に追い出してくれる事になった。


 ユークは、油断はして居なかったが、少し自信過剰になっていた。

 今なら、多少のモノが現れても”勝てる”と。


 装備は整い、幾重にも強化魔法をまとい、仲間達と迎え撃てば何とでもなるはずだった。


 リリンが羽化をうながし、巨大な卵を割って現れた”それ”は、周囲の瘴気を吸収し急速に力を上げる。


 ユークの右目に、久々に強い警戒信号が出た。

 見守る兵士の間から、悲鳴にも似た声が飛ぶ。


「竜だ……」

「ドラゴン!?」


 殻を割ってもたげた長い頭から、蒼い炎がほとばしる。

 ユークの頭上の大気を焼いた閃光は、兵士の一団を直撃して瞬時に二百人以上が蒸発する。


 <<弱者(パワー)物差(スケール) >>が弾き出した数字は、18万7千余だった。

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