戦争の時代へ
エルダリアに向かったは良いが、あれほど平穏だった海上も様子が変わっていた。
「なんだ、あれ?」と、船乗り達が慌て始める。
そのあたりに島は無いはずで、船長以下が海図とにらめっこする。
「動いた!」
島を見ていたユークが気付く。
「動いたわねぇ」
隣に立っていたノンダスも確認した。
突然、数百メートルはあろうかという”長いもの”が水中から起立する。
ゆったりと左右にふるそれを見て、全員がようやく理解する。
「カメの頭だ!」
「おい、こっちへ来るぞ!」
「帆をあげろ、魔法陣を全開で風を呼べ!」
歩いてるのか泳いでるのか、全長が2キロを超える巨大カメ。
「た、タイリクカメだぁー!」と、誰かが叫んだ。
ユーク達も卵を食った、陸と海に住む大カメ。
だが、これまではどんなに大きくてもせいぜい50メートル。
その気性は、キャラバンが上で寝泊まり出来ると言われるほど大人しい。
世界の均衡が崩れ、ありえない程に巨大化したタイリクカメは、真っ直ぐユーク達の乗る船を目指す。
甲羅には木々が生え、鳥が何百と飛ぶ動く島だ。
「いよー、ご客人。あれ、倒せるかい?」
船長が余裕をもって聞いた。
「まあ、無理だね」
ユークも余裕万端で答えた。
「だろうな」と船長が笑い、ユークも笑い声を揃えた。
余裕があったのはここまで。
二本マストの快速連絡船、これで逃げ切れなければ、人の船で振り切るのは不可能。
大商人バルカの用意してくれた船が、全てのマストに3枚ずつ帆をつけた。
魔法の位置確認装置もあるが、エルダリアからはどんどん離れる。
もう一つの魔法装置、微風を倍化させて帆に送る。
こちらは全力で運転される。
夜までかかってやっと振り切ったが、ここで舵を西――エルダリア――に戻すわけにもいかない。
「すまんが、このまま東に進む。いや東が安全とは限らんが、西にはいけぬ」
船長は、心底申し訳なさそうにユーク達に告げた。
これに反論しても、どうにもならない事はユークにも分かる。
手元に広げた地図をじっと見る。
「ランゴバルト聖王庁か、初めての国だけど……」
北の大陸からまっすぐ南へ伸びる領土を持つ、神権政治のランゴバルド。
海軍力では列強随一と言われる大国だが、このところ良い報告がない。
”魔王の卵”が一つ流れ着いたのだ。
即座に燃やそうとしたが、人の火では効果がなかった。
毒か魔法か有効な手段を探してる間に、さらなる災厄が襲ってきた。
魔王城が上陸したのだ。
一進一退の攻防と他国には伝わった。
援軍を求める報せも数え切れないほど発信された。
だが、聖都ヴァーンに迫るとの報告を最後に、公式の伝聞は途絶えた。
「南部は無事のようだがな」
船長が付け加えた。
聖都ヴァーンは、島とも半島とも呼べるこの国の北部にある。
「港に入って、情報を集めないとさっぱりか」
ユークはエルフの二人、ミュールとティルルにも確認した。
あの怪物カメが、彼らの国を襲うかもと思ったのだったが。
「いや、僕らの住処はあれよりもずっと高い位置にあるからね。あんな大物が登れるような山でもない」
寒冷地を好むエルフ族は、島中央の高山に寄ってるから心配しなくても良いと、ミュールは言い切った。
「ランゴバルド南部の港へいってみよう」
ユーク達は結論を出した。
本当に魔王城がここまで来ているなら、ユークは確かめたい。
東方にあるユークやミグの故郷を取り戻すに、これほどの好機はないからだ。
その期待の代わりに、新たに犠牲が増えるが。
「ランゴバルドって強いんでしょ? 魔王を退治したりしないかな?」
ユークは軽く聞いてみた。
「そうね、精強よ。倒せると良いわねえ……」
ノンダスが答えてくれたが、彼も、他の仲間達も望みはほとんど無いと分かっていた。
ユークが魔王城から逃げ出して半年。
世界の情勢は変わっていた。
魔物の侵攻は、東部から西部へ移る。
大国が並ぶ西部地域で、まだ崩壊した国はない。
だが避難民は三百万を超えた、これは人口の二十人に一人。
既に安泰な地方はない。
滅亡を予言する者も現れたが、悲観するには早い。
人族は、まだ組織的な戦闘が充分に可能で、オークを除く周辺種族との同盟や共闘も動き出していた。
そして、十数年前から魔族と魔物の攻撃を受け、衰退の一途だった東方から反撃が始まる。
時代の天秤は、まだどちらにも傾いていない。
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