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エルフの耳


 ミカエルの背中から、氷と炎が同時に落ちる。


「うわっ、なんだ!?」

 火と氷の雨を避けるように、ユークも数歩退いた。


 ユークが、アフロディーテの神殿から出てきた男に視線を移そうとして、ノンダスから叱責が飛ぶ。


「まだよ!」と。

 敵から目を離さない、基本を思い出してユークは空を見上げる。


 青い槍に貫かれたミカエルの戦闘力が激しく上下する。

 上は五万、下に落ちると二万。

 魔力を主戦にするものは、戦闘力の上下が激しいと、ユークは経験から知っている。


『まだ油断しては駄目だ』と、気合を入れ直したがミカエルは更に高度を上げた。

 

「戻れ!」と、神殿の男が槍に命令した。

 青い槍は、男の手へと飛び帰った。


 翼が四枚になったミカエルは、逃げ口上すら言わずに、リリンが消える時と同じ様に中空に消えた。

 周りが歓声に沸いたが、今度はユークも直ぐに警戒を解かなかった。


 強い反応は、まず仲間たち。

 それから神殿の男、槍を手にした長身の男は15000ほどの戦闘力がある。

 その奥、炎に包まれた神殿の中にも高い反応がある。


 戦闘態勢のままのユークのところへ、リリンがふわっと飛んできた。

「まぁ、もう来ないよ。あれだけやられれば数年はかかるし。何といっても、あいつの主神は人気がない。使える力も限られるんだな、これが」


 槍使いに「助かった。ありがとう」と言うべきか、ユークは迷った。

 むしろ、それだけ強いなら最初から手伝えと言いたいところだった。


 青い槍の男は、ユークの方へ歩いてくる。

 背が高く、長めの金髪が兜から流れて、涼やかな面立ち。

 ユークが素直に反感を覚えるほどの、美青年だった。


 男は、ユークに近づいたが、周りを見渡してすっと方向を変えた。

 そして、ユークを通り過ぎて、彼の仲間の一人に声をかけた。


「ミルグレッタ様でいらっしゃいますね? お会いできて光栄です」


 そのまま優雅に跪いて、ミグの手を要求する。

 その慣れた動作に、ミグも自然と手を差し出し、男はその手の甲に騎士の接吻をした。


「そなたは?」と、ミグが尋ねる。

「これは申し遅れました。私、エルダリアのエ・ミュールと申します」

 金髪のイケメンは、ミグを見上げてにこりと笑った。


「あらまあ」とミグが照れた。

 聞いたこともない国だが、身分があると誰が見てもわかる。

 しかも、久しぶりに若い騎士から姫扱いされ、ミグの気分はとても良かった。


 面白くないのは、ユークだった。

 戦いの昂ぶりと、良くわからない感情が混ざる。

 鞘にしまおうとした剣を、興奮のままに男に向けた。


「おい! そこのお前! なんだてめえ!」

 自己紹介したばかりの男に剣先を向けてしまった。


 男の方も引かない、それどころか煽った。

「しつけのなってない従者だな」と。


 炎の剣と氷結の槍。

 双方とも神話に由来する二つの武器が向き合った……が。


「ちょっと、ユーク! やめて!」

「こらミュール! それどころじゃないのに!」

 二つの叱り声が、二人を挟んで飛ぶ。


 一つはミグ、もう一つは神殿の中から。

 まだ燃える神殿の出口から、これまた背の高い女性が出てくる。


 片手で杖を掲げて大きな魔法球を作り、中には何人もの人を炎から守る。

 もう一方の手はミュールとやらに向けていたが。


「もう必要なさそうね」と、その腕を下げる。

 途端に、ユークの目に映るミュールの戦闘力が半減した。


 ユークとミグには分かった。

 炎を防ぎながら、強力な付与魔法を駆使する――先ほどユークを強化したのも彼女――強力な魔導師。

 単純な攻撃型魔法使いのミグより、技術は何段も上である。


「困るよティルル。これから良いとこを見せようと思ったのに」

 ミュールが長身の女性に語りかける。


「はあ? 怪我人も沢山いるのに、私戦にはしる馬鹿が相手されると思ってるの? ねえ、あなたもそう思うでしょ?」

 ティルルは、ミグに語りかけた。


「え? ええ、そうね。うんその通りよ!」

 ユークが嫉妬したと思い、少し浮かれていたミグも正気に戻る。


 気を削がれたユークだったが、別のことに気づく。

 ティルルと呼ばれた女性、ミュールと同じ派手な金髪に、このところ美人を見慣れたユークでもため息が出る程に整った顔。

 そして、ミュールと違って兜を被ってない頭、そこから飛び出る長い耳。


「エルフ? へー初めて見た……やっぱり美人なんだ……」

 何の気なしに感想が漏れた。


「あらそう? ありがとう」

 ティルルはにこやかに応対する。


 今度は、ミグが面白くない。

 記憶にある限り、ユークに直接容姿を褒めてもらったことがない。

 ティアラを見せた時の、『お姫様みたい』という間抜けな一言だけ。

 そもそも、ユークから告白させるつもりだったのに、未だそれらしき事を囁かれていない。

 

 これらを思い出し、良かった機嫌が急速に悪くなる。


『面白くなってきた!』はラクレア。

『また面倒なことにならなきゃ良いけど』とはノンダス。


 そしてサラーシャは、やっと思い出した。

「あーそう言えば、エルダリアにも行きましたね」


「何の用で?」と聞いてからミグも思い出した。

 五人の老臣が、あちこちの国へ自分を売り込みに行っていたことを。


 ミュールは、槍を背中に収めると兜を外した。

 長い耳がぴょんと飛び出し、周りの注目を集めると、素晴らしく爽やかな顔でいう。


「未来の妻を迎えにきたんだ」と。

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