ミカエル戦
ミカエルは、シル・ルクの神殿群の上空に居た。
直接に人を粛清しても良いが、天使らしく傀儡を使う。
『そなたの名は?』
「アブラハムと申します!」
『よかろう。啓示を授ける、邪教を焼き尽くせ!』
珍しくヤハウエを信奉する者がいたので、その者に力を割いて与えた。
アブラハムとやらは死ぬが、未来では聖戦を始めた聖人となるはず。
ミカエルからすれば神の祝福であった。
「どっかで見たことあるわね」
全身から炎を吹き出し暴れる男を見て、ミグがいった。
「あれですね! ほら唯一の神を信じる宗教の人!」
「あー、あれね」
ラクレアとミグが以前、丘のふもとで見掛けた一神教の信徒だった。
目と口、爪の先からも炎を吹き出しながら、神殿の一つに入り込む。
美の神アフロディーテの神殿だったが、あっという間に火炎に飲まれ、衣服や髪を焼かれた女達が逃げ出てくる。
中では、美容を祈りにきていた女が何十人と死んだ。
生き延びた者に、医術の神に仕える者が治療するが、アブラハム――既に焼け焦げた死体――は容赦なく炎を吹きかけようとする。
ユークは、その間に割り込んだ。
ドワーフから買った盾――これも対魔法防御付き――と、カラヤン式重甲冑が全開でレジストする。
ユークには、僅かな熱波しか届かない。
「……もう、死んでるね。ミカエルの1/4くらいかな、大きな力の塊にすぎないや」
リリンがアブラハムの状態を伝えた。
バラバラにすれば止まるんじゃないかなとも。
黙って頷くと、ユークから斬りかかった。
暴れる炎を左右でノンダスとラクレアが押さえる。
ミグは呪文に集中しサラーシャが守り、ユークは攻撃を受けながらカウカソスで炎に道を作る。
燃えさかるアフロディーテの神殿の前で、ユークの剣が相手の胸を捉えたが、そこからも炎が吹き出す。
『まじかよ!? 斬れば斬るほど不利になるんじゃ……』
同じ火の神同士、致命傷を与えられるかユークは不安になった。
が、引くわけにはいかない。
『どっちが先に力尽きるか勝負だ!』
カウカソスの剣が互いの炎を巻き上げ、鎧がユークを全力で守護する。
ユークは一歩一歩距離を詰め、生きていれば即死の攻撃を加える。
最後は、息を止めて熱波に踏み込み、腰の骨を砕いた。
敬虔なアブラハムだった物は、その場に崩れ落ちる。
まだ高く炎を上げるが、いずれは尽きるはずだったが……。
「異教徒めが、よくも!」
上空から赤い光が降り立ち、アブラハムから炎を回収する。
ミカエルは、直に手を下すと決めた。
天使にとってライバルは同格の天使。
同じセラフのガブリエルが派手に功績をあげる中、『いやー失敗しちゃった』とはいかない。
六枚の羽を広げ、地上で戦闘態勢に入る。
大地も大気も震え、赤いプラズマが周囲の神殿を焦がす……。
「死ね、この野郎!」
性別のない天使に対して、ミグが下品な言葉を吐いた。
同時に、青白く光る魔法の矢がミカエルに届く。
ミカエルは翼の一枚で防いだが、そこには大きな穴が空いた。
「なんてことを!? 人間風情が!」
人のように怒りをあらわにしたミカエルが、炎の壁をミグへ飛ばす。
サラーシャがミグを抱えて逃げ、その後ろでまた一つ神殿が燃えた。
キィーン! と極度に硬い物同士のぶつかる音がする。
「お前の相手は、俺だよ!」と、ユークがアブラハムの黒焦げの死体を超えて斬りかかった。
ミカエルは、何時の間にか手にした剣でカウカソスを受け止め、二本の火神の剣が火花を散らしあう。
「はえー、凄いね。ミカエルとやりあえるとかー」
リリンもこれには驚いた。
このサキュバスもどきには、ユークの力がよく分かる。
ひ弱な個体の力にヒトの作る道具、鎧や盾や剣などが加算される。
これを『プロメテウスの剣』が数倍に伸ばす。
更にオスの力、ユークの場合は二ヶ月も発精を我慢した結果、三割ほどの力が掛け合わされる。
「その上に……」
ここでリリンは周囲を見渡す。
何時の間にか集まったあらゆる神々の神官たち、それが次々と強化魔法をユークに与えていた。
三角要塞にあったものと同系の強化魔法。
ユークの戦闘力は、それらが乗算され、ただの良く斬れる剣を持つ時の五倍以上になり、今は2万に近い。
『なんだこやつ!?』
ミカエルが焦る。
古い悪魔のジヤヴォールが、人に苦戦したと聞いた時、ミカエルは笑った。
『やつも老いて消滅も間近だな』と。
新興の絶対神とその眷属、ミカエルやガブリエルが人に遅れを取るはずなどない。
これから、一方的に力を増すばかりのはずだった。
「それが、こんなところでーーっ!」
ミカエルが手に持つ赤い剣と斬り結びながら、ユークは集中していた。
『腕力は強く体も硬いが、技は未熟』
舞い散る炎を盾と鎧、それに幾重にも付与された防御魔法で防げる限り、追い詰められると判断する。
一歩踏み込んだユークに、これまでにない力が付与された。
今まで受けた神の力とは別系統、ユークの戦闘力が更に倍化する。
『今しかない!』と、出処は分からないが、新たな強化を受けたユークは一気に攻めた。
翼を一枚切り落とし、肩口にカウカソスがめり込む。
ミカエルは流石に強く、ユークの剣で物理防御を突破しても、皮を裂くのが精一杯。
これは、互いの武器が火属性だったことも大きいが――。
ミカエルは逃げた。
残った四枚の翼で、空へと。
それと同時に、ユークにかかった謎の強化が消えた。
そして、ミカエルの背後で燃える神殿から、一人の男が飛び出し青い槍を投げた。
「ニヴルヘイム産――氷の世界――ヨトゥンの槍の味はどうかな?」
氷霜のランスが、ミカエルの背中に突き刺さった。




