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ユークの加護


「卵を拾ったよ」


 オアシスで女性たちが汗を落とす間、300メートルほど離れたとこに追いやられたユークは、砂に埋れた卵を見つけた。


「なにこれ、大きすぎない?」

「ちょっと怖い大きさですね……」

「この大きさだと、タイリクカメかしら?」


 ユークが両手で抱える、樽ほどもある卵だった。


「食えるかな?」

 ユークが殻を叩くと、カンカンと固い音がする。


「生きてるね。それにまだ固まってないし、いけそう」

 このところ、ずっと付いてくるリリンが太鼓判を押した。


「ねえ。大地母神の末端が、卵とか食べていいの?」

 最もな疑問をミグが聞いた。


「この体は、お前たちと同じ物で出来てるし。維持するのも大変だし、造るのに三十年くらいかかったんだよ?」

 まだ少女の体を強調しながら、リリンがいう。


「へー、人なら十数年でそれくらいまで育ちますよ?」

 今度はラクレア。


「そうだぞ。お前らが新しく一体産むのは、結構凄いんだぞ」

 リリンはあっさり認めた。


「なら、みんなで食べましょうか」と、さっそくノンダスが腕をふるう。

 腰の高さまである卵の上を切り落とし、木の棒を突っ込んでかき混ぜる。


「さすがに目玉焼きは無理ね。オムレツにしましょうか。ベーコンもあったわね、混ぜましょう」

 大味だったが、みんな文句一つ言わずに食べた。


 食事のあと、リリンが何でもない風にユークにいった。

「卵からだと、新しい力を得るのは無理なんだな」と。


「ふーん……えっ?」

 ユーク以外の、ノンダスとミグとラクレアが反応する。

「それ、詳しく教えてちょうだい!」

 三人の声が揃った。


 そういえばと、ユークも思い出す。

 もう当たり前のように使っている、戦闘力を読み取れる右目。

 それと『カウカソス』で無茶をする度に、一晩で治る再生力。


 どちらも、何時の間にか身についたものだった。

 役立つ能力が増えるなら、それに越したことはない。


「教えてくれ」と、ユークも頼む。


「教えるも何も、こいつ(ユーク)が食ったら加護の一部を、ちょっと使えるようになるだけだし」


 ゴブリンの神、火の鳥の再生力、あとタコの力が少し。

 リリンはつらつらと示してみせる。


「お前の場合、アルテミスの加護だな。けど珍しくないぞ? 相手を取り込む程度、わたしでも出来る!」


 自慢のついでに、皆の加護まで解説してくれる。


「ラクレアは、力の人神――アルケイデス――。ノンダスは、料理の神だな。道理でいい仕事をする。そっちのエロメイドは、花の神だ。花壇の手入れに向いてるぞ。それでお前は……」


 もったいぶってから、リリンはミグを見た。


「オケアノスとテテス、二人の血が伝わってる。この地上世界で振るう力なら、何十倍にもする。お前、なぜジヤヴォールに負けたんだ?」


 負けたどころか、ミグはあっと言う間にジヤヴォールに吹き飛ばされ気を失った。

 後は、アレクシスがほぼ一人で戦い、最後にミグを抱えて死んだ。

 答えようもなく、ミグは下唇を噛んだが、脳天気な声が聞こえてきた。


「へー、やっぱミグの力って凄いんだな。まだまだ、強くなるんだろ?」

 ユークの質問は、リリンに聞いたものだった。


「そうだなー、そっか人は成長するのかー」

「そうだよ。俺だってこれからだしな」


 ユークは、キラキラと光る出来たての鎧をぽんっと叩いた。

 さらにユークが質問を重ねる。


「なあ、俺の加護って、どんなものでも受け入れるの?」

「うーん、相手が加護持ちなら多分ねー。けど徐々に消化してるから、永久じゃないね。火の鳥の加護なんか、もう半分消えてる」


 意外な宣告で、ユークも慌てる。

「それは困る! この剣、本気を出すと俺の腕まで焼く……って、アレクシスはどうしてたの?」

 今度はミグへの問い。


「兄さまは、私と同じ”金羊毛の魔力”があったから、それで両手を守ってたかな。多分だけど……」

 まだショックが覚めやらぬ様子で、ミグが答えた。


 ユークは、それを聞いて考える。

 こいつ――カウカソスの剣――を、自由に扱えるようになれば、道が開けるという確信があった。

 強くなるには、それが最短だと。


「もしさ、ミグの生き血を飲めば、俺にも使えるかな。その神の力」

 思い切った質問だった。

「ユーク殿!」と、サラーシャが怒りの声をあげる。

 ノンダスもラクレアも、静かに息を飲む。


 一瞬にして、ミグは悟った。

 もし彼に心臓を捧げればそれが叶うなら、運命だと。

 きっとユークがわたしと一つになって、国を救ってくれるだろうと。


「いや、無理じゃね?」

 だが、王女の自己犠牲は直ぐに打ち砕かれた。


「こーいうのは、相手が生きてるから強く長く使えるんだよねー。全身くまなく共食いしたって、せいぜいその夜までかな」


「いやいや、待ってよ! 食べるなんて言ってないし! ちょっと血を貰って舐めるだけだってば!」

 大げさになった話に、ユークも焦る。

 さすがにミグを食すなど、考えてもいない。


「意味ないと思うけどなー。全身に張り巡らされた力、それを数滴の血を飲んだとこでねえ?」

 リリンは諦めろというが。


「なら、試してみましょう!」

 ラクレアは自分の指先を少し切って、止める間もなくユークの口に突っ込んだ。


 口内に広がる暖かい鉄の味に、ユークは戸惑いながらもごくりと飲み込む。

 ……特に、変わりはなかった。

『人の持つ加護を得るのは、非現実的』と結論を出した。


 一行は再び北へ動き出す。

 途上、ミグがリリンに尋ねる。

「ね、なんで急にぺらぺらと教えてくれる気になったの?」


 リリンは、バレたかという顔をして、小さく答えた。

「実はねぇ、地上に積極的に介入する一派が出たの。うちの主神、レアーなんかが顕現すると、大地ごと吹っ飛ぶでしょ? だからうちらみたいなのが、ちょっと肩入れしてもお咎め無しになったの」


「それって、敵対する神がいるってこと?」

「うん。新興の神でねー、名前は……。あ、ほらあんな感じで」


 リリンが指さした方を見ると、遠くに見えていたシル・ルクの街。

 そこに巨大な火柱が立った。


「なんだあれ!?」

 ユークが叫び、リリンが教えた。


「あれは、ミカエルってやつだね。本気でヒトを殺しにきてる。めちゃくちゃ強いけど、行く?」


「もちろんだろ!」

 ユークは、ラクダに気合を入れた。

 一行は砂煙をあげながら、速度を増す。

 次の相手は、神の使い。

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