亡国の王女
トゥルス国の首都は、早くもお祭り騒ぎだった。
目前まで迫っていた魔王城が、ぐるんと方向を変えて他所の国へ向かったのだ。
めでたくない訳がない。
特に、この国の王にはめでたかった。
魔王の城とやらが国に侵入した時、兄であった前王が率いた部隊は壊滅して王も戦死。
緊急事態の玉座が転がりこんだと思ったら、その椅子も安全になったのだから。
そんな訳で、現トゥルス王マデブは上機嫌であった。
「大義であった。今宵は祝宴を催す、そなたらも参加するがよいぞ」
そう言って何処の誰とも知れぬ冒険者の二人、ユークとミグに直々に声をかけたほどだった。
「……祝宴かぁ」
ユークには当然複雑だった。
「まあ、仕方ないわ。冒険者百人ちょっとの命で、国が助かったのだもの。トゥルスにとっては福音よ」
何時も辛辣なミグが、今回はやけに物分りが良かった。
陽も暮れ、大広間では宴が始まる。
一段高い位置には、でっぷりと太ったマデブ王。
その周りを国の重鎮、それから今回の英雄である支援を務めた兵士たち。
ユークとミグには、末席が与えられた。
「わたし達、返り討ちにあっただけよ。それに目立つのは嫌いなの。ろくな事ないもの」
ミグは不満一つ言わず、目の前の料理と格闘し始める。
怪我と魔力切れには食事が一番だからと。
「けどなあ……」
ユークは納得し難いものがあったが、とりあえず羊肉にかぶりつく。
その合間にちらりとミグを横目で見た。
目立ちたくないと本人は言ったが、地味な魔法使いのローブを脱いで、豊かな銀髪を整えた金瞳の少女は、男たちの注目を集めまくっていた。
遥かな上座からも、熱い視線をそそぐものが居た。
その視線に気付いたのは、すぐ脇に控えている副宰相。
紋章官から外交官を経て、次の宰相を狙う野心家にとり、王の歓心を得る機会がないかと待ち構えていたところだった。
マデブ王の視線の先に居る少女、外交に就いていた副宰相には見覚えがあった。
副宰相はそっと席を立ち、王に耳打ちをする。
マデブは、にやりと笑ってから副宰相に聞いた。
「連れの男はどうするのだ?」
「そちらには、別室で女でも与えておきましょう」
「よし、例の臆病者の娘も並べよ。もし選んだら、そのまま奴にくれてやって追い出せ」
「仰せのままに」
太鼓腹を揺らしながら裏へ消えたマデブを見送ると、副宰相は周りの者に指示を出し、官僚らしい足取りで下座へ向かう。
遠巻きに銀髪を眺めていた兵士達を追い払うと、副宰相はミグの前に膝を付いてしばらく待った。
最初は無視していたミグだったが、仕方なく声をかける。
「副宰相ともあろう方が、何の礼でしょうか」
ユークには、何が起きてるのかさっぱりだった。
もう一度、深く頭を下げてから、副宰相は口を開いた。
「コルキスの王女、ミルグレッタ様でいらっしゃいますな」
さらに否定する間を与えずにたたみ掛ける。
「卑官、恐れながらもコルキス王陛下にお目にかかる機会を得まして、その際に王女殿下のご尊顔も一度拝謁いたしてございます。何よりも、あふれる気品と、受け継がれし太陽も隠れるその双眸、仰らずとも隠しきれるものではございませぬ」
何処かの貴族だと知っていたユークにとっても、これは驚きだった。
「へえー」と、一言だけ発してミグの黄金の瞳を見る。
その目にははっきりと、『面倒だ』と浮かんでいた。
「このような席に案内を致したこと、まこと申し訳なく存じます。我が主からも謝罪いたしますゆえ、何卒奥へといらして頂けませぬか」
副宰相は、ようやく本題にはいった。
だが、ミグの返答はにべもないものだった。
「気になさるな。国を失っては王女でもあるまい」
しかし副宰相もよどみなく続ける。
「我が国にも、コルキスからの難民が多数流れついてまして、その相談もしたいと」
「……わかった。伺おう」
少しだけ漏れ出た不穏な空気に、ユークは『ついていこうか?』と合図するが、これも副宰相に阻まれる。
「勇者どのには、別室に褒美を用意してますゆえ。ささ、そちらへ」
数人の兵士が現れて、有無を言わせずにユークを連れ去る。
ミグは一人で、宮殿の奥へと通された。